東京・天王洲の倉庫を転用した白い展示室で、三つの異なる「見る」が出会う。寺田倉庫は10月2日から24日まで、TERRADA ART COMPLEX ⅡのBONDED GALLERYで企画展「After Light」を開く。出展するのは、油彩を重ねて削る今西真也(いまにし・しんや)、光学素材を用いる志村諭佳(しむら・ゆか)、既製の物とイメージをつなぎ直す金氏徹平(かねうじ・てっぺい)である。
主催者は、反射、透過、影によって生じる知覚と、見慣れた対象が別の文脈に置かれたときの認識の変化を展覧会の軸に据える。ここで「光」は共通の画材というより、三人の作品の差を露わにする条件だ。絵画、光学的なレリーフ、コラージュ的な立体は、同じ方法にも同じ美術史にも属していない。
その不揃いさが、この企画の強みになり得る。見えるものを増やす光と、意味を不安定にする光は同じではない。作品の表面が明るくなるほど、鑑賞者の理解まで明快になるとは限らない。
「光の展覧会」と呼ぶだけでは足りない
展覧会名は「After Light」。公式の日本語副題は示されていない。「光のあと」は残像を連想させるが、主催者の説明は眼の生理現象だけに絞っていない。物質に当たった光、そこから生まれる陰影、素材を通り抜けた色、別の関係へ置かれた物——その連鎖の先で、鑑賞者が対象をどう理解し直すかに焦点を置く。
三人を同じ「光の作家」にまとめれば、それぞれの仕事を薄めてしまう。今西の光は、厚い絵具と削った跡が受け止める。志村の光は、光学素材を透過し、鑑賞者の位置に応じて像や色を変える。金氏の作品では、光に照らされた物以上に、物とイメージの接続が、それまでの用途や意味をほどいていく。
| 作家 | 主な方法 | 今回の公式説明 | 公開資料の限界 |
|---|---|---|---|
| 今西真也 | 油絵具を厚く重ね、削り、引き剥がす | 陰影のあるマチエールから光と物質の関係を描く | 出品点数と作品名は未公表 |
| 志村諭佳 | 光学素材を用いたレリーフ | 透過光と色彩による知覚の変容を示す | 作品の配置、照明条件は未公表 |
| 金氏徹平 | 既製の像や物を切断・集積するコラージュ | 対象の意味と関係性を揺さぶる | 立体・映像などの構成内訳は未公表 |
発表資料には今西の「Holiday cracker 34」、志村の「の あいだ - ミル (Magenta - White)」、金氏の「POOOPOPOO#17」の画像が掲載された。ただし、資料はこれらを明確に「出品作品一覧」と位置づけていない。本稿では、展覧会の方向を示す参考画像として扱い、会場に並ぶと断定しない。
今西真也——光を描く前に、絵具を掘る
1990年奈良県生まれの今西は、2015年に京都造形芸術大学大学院の芸術表現専攻ペインティング領域を修了し、奈良を拠点に制作している。豊田市美術館の収蔵記録は読みを「いまにし・しんや」とし、2021年と22年の「Glimmering」3点を油彩・カンヴァスとして登録する。
今西の画面は、絵具を置いて像を完成させる一方向の作業ではない。厚く塗り、削り、下の色を再び露出させる。その反復によって、表面には制作の時間が凹凸として残る。遠くから像に見えたものが、近づくと絵具の物質へ戻り、見る位置を変えると溝や盛り上がりの影が動く。
ギャラリーncaの2025年個展「ひろがってゆくイマージュ」は、今西が廃墟、稲妻、炎、クラッカーなどを扱いながら、再現と物質のあいだを揺らしてきたと説明する。「Holiday cracker」では、実際にクラッカーを鳴らした痕跡も制作へ組み込まれる。絵は出来事の絵解きではなく、出来事が表面を変えた証拠になる。
2020年には「Story - Where are we going ?」でシェル美術賞グランプリを受賞。2025年には奈良県立美術館ギャラリーで「吸って、吐いて」を開いた。受賞と美術館収蔵は経歴の節目だが、「After Light」にとって重要なのは、光が外から付け足す効果ではないことだ。光は、積み重ねてから失われた絵具の層を、現在の眼へ戻す。
志村諭佳——映画の光を、見る身体へ返す
志村諭佳は1976年横浜市生まれ。多摩美術大学を卒業し、英国セントラル・セント・マーチンズの大学院を修了した。長く弟の志村健太郎と姉弟ユニットSHIMURAbrosとして活動し、映像を単なるスクリーン上の物語ではなく、光、時間、機械、観客の身体からなる装置として解体してきた。
2009年、三面映像の「SEKILALA」で第13回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞を受賞した。文化庁の記録は、断片的な場面の組み合わせが上映ごとに異なる物語を生み、観客が現実、記憶、妄想のあいだを行き来すると評した。翌回には、列車をX線CTで撮影した「X-RAY TRAIN」が審査委員会推薦作品に選ばれている。
映画史への問いは、その後、光を物質にする方向へ進んだ。2012年の「Film Without Film」は、レフ・クレショフの編集実験を手がかりに、映画の時間と空間を3Dプリンターで立体へ置き換えた。ポーラ美術館の2018〜19年展では、鏡に投影光を返して観客とプロジェクターを露わにする「Silver Screen」などを通じ、映像メディアと現実の関係を再検討した。
今回の発表で寺田倉庫は、志村を「志村諭佳(SHIMURAbros currently on hiatus)」と表記し、2025年までSHIMURAbrosのYukaとして活動したと説明する。活動休止の時期や経緯は明らかにしておらず、解散と読み替える根拠はない。今回が個人名で紹介されること自体、過去の共同制作と今後の個人制作をどのようにつなぐかを見る機会になる。
公式資料が示す現在の方法は、光学素材によるレリーフである。白と黒が反転し、その「あいだ」から別の色が現れる。作品は壁に固定されていても、見え方は固定されない。鑑賞者が横へ一歩動くことが、映画の編集に代わる。連続するフレームではなく、身体の移動が像を変える。
金氏徹平——物を照らすより、意味の接着をはがす
金氏徹平は1978年京都府生まれ。京都市立芸術大学在学中にロンドンのロイヤル・カレッジ・オヴ・アートへ交換留学し、2003年に同大学院彫刻専攻を修了した。現在は同大学の彫刻専攻准教授である。
金氏の材料は、彫刻のために用意された石や木に限られない。日用品、玩具、印刷物、配管、既製のイメージから部分を切り出し、別のものへつなぐ。そこで失われるのは物体そのものではなく、「これは何に使うものか」「この像は何を意味するか」という慣れた分類である。
2009年の横浜美術館個展「溶け出す都市、空白の森」は、新作を中心に約120点を集め、10メートルを超えるインスタレーションと大型映像を展開した。2016年の丸亀市猪熊弦一郎現代美術館「金氏徹平のメルカトル・メンブレン」では、他者との接続や、会期中に変化する展示全体までをコラージュの延長に置いた。2020年にはチェルフィッチュと金沢21世紀美術館で「消しゴム森」をつくり、観客、物、空間、時間の上下関係を崩した。
この歩みから見れば、金氏を「照明を使う作家」として三人目に加えるのは狭すぎる。主催者も、金氏については光そのものより、既製の像と物を接続して意味と関係を揺らす点を強調する。「After Light」における役割は、見る条件が変われば、対象の同一性まで不安定になることを示すことだろう。
ただし、発表画像の「POOOPOPOO#17」が実際に出品されるか、彫刻、絵画、映像、写真のどの領域が会場で比重を持つかは公表されていない。過去の大規模展をそのまま130平方メートルの会場へ想像で縮めるべきではない。
三人が交わるのは、作品ではなく鑑賞者の中
今西は表面の下にある時間を削り出す。志村は見る位置によって光と色の関係を変える。金氏は物と像が背負う文脈を切断し、別の接続をつくる。作品形式に共通点を求めるより、その結果として鑑賞者の確信がどう崩れるかを見る方が、この企画の構造に近い。
最初に見えた像は、近づくと絵具になる。白だと思った面は、角度を変えると色を帯びる。用途を知っている物は、別の物に接続された瞬間、名前だけでは説明できなくなる。主催者がいう「認識の変化」は、難しい解説を読んで起きるのではない。見る距離、角度、順序を変えた身体の中で起きる。
ここには美術史上の一本の系譜より、三つの異なる歴史がある。戦後絵画が問い続けてきた平面と物質、映画誕生以来の投影と観客、20世紀のコラージュ以後に広がった断片と再配置。その交点を「光」という一語で結ぶのは大胆だが、光を主役にしすぎれば三人の差を消す。むしろ、光の「あと」に残る不一致こそ見るべきだ。
- 距離を変える:今西の像が絵具の凹凸へ戻る地点を探す。
- 横へ動く:志村の光学素材で、色や白黒の関係が変わるか確かめる。
- 物の名前を急がない:金氏の断片を用途ではなく接続から見る。
- 照明も見る:作品だけでなく、影、反射、壁、鑑賞者自身の位置を意識する。
白い展示室の背後にある、倉庫と市場
会場も中立ではない。寺田倉庫は1950年設立。天王洲を芸術文化の発信地にする構想のもと、2016年にTERRADA ART COMPLEX Ⅰ、2020年にⅡを開いた。BONDED GALLERYは2022年、税関長の許可を受けた保税蔵置場を生かす常設型の展示空間として始まった。
約130平方メートルのホワイトキューブには調光可能なスポットライトがあり、海外から運び込んだ美術品を関税などの支払いを留保した保税状態で閲覧、保管、商談できる。展覧会だけでなく、オークションの内覧やショールームにも使われる。
「After Light」がそこで開かれることには、意図されたかどうかとは別に、興味深い響きがある。作品は知覚を揺さぶる一方、会場は作品を安全に照らし、運び、保管し、流通させるためにつくられている。白い壁が視覚のノイズを消しても、税関、物流、市場、設備は消えない。
主催者は寺田倉庫で、公開資料に担当キュレーター名はない。美術館の収蔵研究展ではなく、企業運営のギャラリースペースによる企画展である。その事実は作品の価値を決めないが、誰が企画を語っているかを明確にするために必要だ。
1950年 寺田倉庫設立。
2009年 SHIMURAbros「SEKILALA」が文化庁メディア芸術祭優秀賞。金氏が横浜美術館で大規模個展。
2016年 TERRADA ART COMPLEX Ⅰ開業。金氏が丸亀で「メルカトル・メンブレン」。
2020年 TERRADA ART COMPLEX Ⅱ開業。今西がシェル美術賞グランプリ。
2022年 BONDED GALLERY開業。
2025年 主催者によると、志村がSHIMURAbrosのYukaとして活動した最後の年。
2026年10月2日 「After Light」開幕予定。
開幕前に、わかることと待つべきこと
会期は10月2日から24日。通常は正午から午後6時までだが、初日は午後6時から8時、10月9日は正午から午後9時、最終日は正午から午後5時となる。休廊日は10月4、5、6、13、18、19日。入場無料。会場は品川区東品川1-32-8、TERRADA ART COMPLEX Ⅱの4階で、りんかい線天王洲アイル駅B出口から徒歩約8分、東京モノレール中央口から約11分と案内されている。
開幕までに確認したいのは、出品作品の全体像、新作の有無、各作家の点数、照明と配置、参考画像の作品が実際に並ぶか、関連トークがあるかである。志村が個人名で発表する今回の作品と、活動休止中とされるSHIMURAbrosの過去作との関係も、公式説明だけではまだ見えない。
だからこそ、予告段階で展覧会の成功を保証する必要はない。三人の経歴は十分に厚いが、グループ展の成否は有名作家を並べたことではなく、作品同士の距離と照明、見る順序が新しい関係をつくれるかで決まる。
光は、世界を明らかにするものだと考えられがちである。「After Light」が面白くなるとすれば、その常識を反転させたときだ。照らされたあとに輪郭が揺れ、見えたあとに意味が遅れ、鑑賞者が自分の眼を疑い始める。展覧会は、その瞬間をつくれるかどうかを10月の白い部屋で試される。
- 寺田倉庫 — 「After Light」公式発表、開催概要、作家紹介
- 寺田倉庫発表(PR TIMES掲載)— 参考画像、作品名、作家略歴
- TERRADA ART COMPLEX — 公式展覧会ページ
- TERRADA ART COMPLEX — 施設沿革、入居施設、アクセス
- 寺田倉庫 — BONDED GALLERY公式施設案内
- 寺田倉庫 — 2022年BONDED GALLERY開業発表、保税機能
- 今西真也 — 公式プロフィール
- nca | nichido contemporary art — 今西真也作家ページ
- nca | nichido contemporary art — 2025年個展「ひろがってゆくイマージュ」
- 豊田市美術館 — 今西真也の読み、収蔵作品「Glimmering」
- 出光興産 — シェル美術賞2020グランプリ発表
- SHIMURAbros — 公式略歴・展覧会歴
- 東京画廊+BTAP — SHIMURAbros公式作家ページ、作品情報
- 文化庁メディア芸術祭 — 「SEKILALA」受賞記録
- 文化庁メディア芸術クリエイター育成事業 — 「映画なしの映画」
- ポーラ美術館 — 「SHIMURAbros―Film Without Film 映画なしの映画」
- 横浜市民ギャラリーあざみ野 — 2024年SHIMURAbros展
- 京都市立芸術大学 — 金氏徹平公式プロフィール、役職、展覧会歴
- 京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA — 金氏徹平の読みと作家紹介
- 横浜美術館 — 2009年「金氏徹平:溶け出す都市、空白の森」
- 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館 — 2016年「金氏徹平のメルカトル・メンブレン」
- 金沢21世紀美術館 — 2020年チェルフィッチュ×金氏徹平「消しゴム森」
- 外務省・文化庁資料 — 志村諭佳の公式ローマ字表記 SHIMURA Yuka
編集注:「After Light」は2026年10月開幕予定であり、本稿は設営前の公開資料に基づく。発表資料に掲載された3作品の画像は、全出品リストとして明示されていないため、出品を断定していない。志村諭佳の読みと英語表記は公的記録を照合し、SHIMURAbrosの活動状況は主催者の「currently on hiatus」という表現に限って記した。為替更新時刻は8月26日午後7時24分(UTC)を日本時間8月27日午前4時24分に換算した。
