銭湯の一日は、暖簾が掛かるずっと前に始まる。京都府が公表した進行表では、8月26日午前10時からの1時間は浴場の清掃と薪の補充などの「業務体験」に充てられた。その後、11時10分から50分間、長者湯の間嶋健太(まじま・けんた)さん、京都府公衆浴場業生活衛生同業組合理事長で門前湯を営む吉本誠(よしもと・まこと)さん、京大銭湯サークル会長で京都大学文学部2回生の中丸悠(なかまる・ゆう)さん、松井孝治(まつい・こうじ)市長、西脇隆俊(にしわき・たかとし)知事が車座になった。

これは第137回「西脇知事と行き活きトーク」。府は、知事が現場へ「行き」、聞いた声を府政に「活かす」催しと位置づける。今回はKBS京都「あったか京都!」の収録形式だった。銭湯利用者を広く募った公開討論ではなく、公式に示された登壇者は経営者2人、学生1人、知事、市長の5人である。

その構成には利点もある。浴場組合の代表は業界全体の課題を語れ、長者湯の経営者は一軒の日常を示せる。学生は次の利用世代の視点を持ち込み、料金を決める府と地域施策を担う市の首長が同席する。ただし、収録された全発言や政策上の合意事項は、8月28日午前8時の本稿公開時点で府の公式サイトに掲載されていない。議論の中身を、発表済みの制度や参加者の短い事後発信以上に推測することはできない。

確認できた範囲:開催日時、会場、業務体験、出席者、収録形式は京都府の8月19日付報道発表で確認した。松井市長は公式SNSで当日の開催と約1時間の意見交換を報告したが、逐語記録ではない。本稿は、未公開の発言を引用せず、会合以前から公表されている料金、施設数、予算、補助制度、防災協定をもとに存続条件を検証する。
1917年長者湯の創業年。2026年で109年となる。
87施設2025年末に京都府内で営業していた銭湯。2010年末の187施設から約54%減。
550円一般公衆浴場の大人料金の統制額。2025年4月1日適用。
84施設2026年度の子ども入浴料金無料化事業の対象。京都市内77、市外7。

文化を語る前に、清掃と薪を置いた意味

政治家の視察で、清掃や薪運びは写真になりやすい。だからこそ、儀礼で終わらせない読み方が要る。浴場は大量の湯をつくり、温度を保ち、浴槽水を衛生的に管理し、床の滑りや排水を確かめ、営業時間後にはまた洗う。客が目にする浴室は、設備と人の労働が毎日やり直した結果である。

長者湯は、その仕事を隠し切らない銭湯だ。京都府と京都市などで構成する「まるっと京都推進会議」の観光記事によると、薪には工務店から届く廃材などを切って使い、井戸水をくみ上げる。同記事は2025年時点で、市内で薪を使って湯を沸かす銭湯は「10軒くらい」という店側の説明も紹介している。地下水や廃材の利用は長者湯の個別事情であり、京都の全銭湯に当てはまるわけではない。

営業の創業は大正6(1917)年だが、京都市の歴史的風致に関する資料は建物の築年を明治5(1872)年とする。浴場組合の公式案内によると、2002年に京都市歴史的意匠建造物に指定され、2023年にはサウナ新設を含む改装を行った。観光記事は、3代目から4代目へ担い手が引き継がれているとも伝える。古いものを残すために、新しい設備と客層を受け入れる。長者湯が会場に選ばれた理由は、懐かしい外観だけではなく、継承と更新が同じ建物で進んでいる点にある。

銭湯文化とは、タイルや番台の意匠だけではない。明日も同じ時刻に湯を張れる設備、労働、料金、客、担い手の総体である。

550円は「値段」ではなく上限である

京都の一般公衆浴場は、自由に入浴料を決める商売ではない。京都府知事が公衆浴場入浴料金審議会の意見を聞き、統制額を指定する。現行の上限は、法令上の区分で12歳以上550円、6歳以上12歳未満200円、6歳未満100円。2025年4月1日、従来の510円、160円、60円から、それぞれ40円引き上げられた。浴場組合は別に、学生証などを示した中学生の料金を400円としている。

なぜ今も統制するのか。厚生労働省の衛生管理要領は「一般公衆浴場」を、地域住民の日常生活で保健衛生上必要な入浴施設と定義する。公衆浴場法は1948年に制定され、営業には許可を求める。1957年の厚生省令は、都道府県知事に入浴料金の統制額を指定させる仕組みを整えた。家庭に風呂がない世帯が多かった時代、銭湯は選択的な余暇ではなく、清潔を保つ生活基盤だった。

その公共性は、経営を難しくもする。燃料、電気、水、洗剤、修繕、保険、人件費は上がっても、店ごとに機動的な価格転嫁はできない。2025年3月の審議会は、従来の推計では無償労働を前提にしかねないとして、人件費を適正に反映させる必要を指摘した。老朽化した建物の再調達費をどう見るかは、なお継続課題とされた。

西脇知事も同月の記者会見で、燃料高と後継者問題を挙げ、利用者負担と安定供給の間で「ぎりぎり」の判断だったと説明した。これは、値上げすれば問題が解けるという話ではない。安すぎれば店が消え、高すぎれば日常利用が減る。統制額はその境界を行政が引く制度であり、存続費用の全額を保証する制度ではない。

仕組み2026年時点で確認できる内容支えるものそれだけでは解けない問題
入浴料金統制額大人550円、中人200円、小人100円日常利用の負担を抑えつつ、標準的な収支を反映個々の建物、借入、客数、設備状態の差
設備改善補助通常改修は補助率15%、1件15万〜150万円ボイラー、ろ過器、配管、煙突、サウナなど自己負担、工事中休業、予算上限、建物本体
子ども無料化大人同伴の小学生以下、2027年3月末まで親子の来店機会、次世代の利用習慣成人客の継続、単価、設備更新、後継者
防災協定浴場、生活用水などの提供協力被災後の身体・精神面の健康停電・断水時の稼働、人員、燃料、耐震性

461軒から、府内87施設へ

減少は新しい現象ではない。京都市は2017年の市民広報で、家庭風呂の普及により、市内の銭湯が1970年の461軒から2016年末の154軒へ減ったと説明していた。京都府の2026年度事業ページは、比較範囲を府内の営業中施設へ改め、2010年末187施設、2025年末87施設と示す。15年で100施設、約54%の減少である。

二つの統計は地域と定義、時点が異なるため、一本の連続系列として足し合わせることはできない。それでも方向は明瞭だ。家庭内浴室が標準になった高度成長期以降、銭湯の基礎需要は縮小した。利用者が減れば一人当たりに分担される固定費は重くなる。設備が故障したとき、建て替えや大規模改修の回収期間を描きにくい。経営者が高齢になり、承継先がなければ、赤字でなくても閉める判断が起きる。

全国でも同じ構造がある。厚生労働省によると、2024年3月末の公営・私営を合わせた一般公衆浴場は2,847施設。1970年には浴場業の87%を一般公衆浴場が占めたが、2023年度は12.0%だった。レジャー型や宿泊・スポーツ付帯の浴場が増える一方、近所の入浴を担う施設は減り続けている。

京都には学生、観光客、サウナ利用者という需要もある。2025年度の府審議会は、他府県と比べて井戸水に恵まれ、学生客が多い傾向を挙げた。若い経営者が休廃業した浴場を引き継ぐ動きや、物販の伸びにも期待を示した。ただし、審議会自身が「定量的な検証」を求めている。活性化の物語は、閉店数、客数、利益、設備負担を置き換える証拠ではない。

京都の湯屋は、都市の記録だった

京都の浴場史は長いが、寺院の施浴、商業的な湯屋、近代の公衆浴場を一つの起源物語にまとめると、時代ごとの制度と利用者を見失う。国立国会図書館のレファレンス協同データベースは、1923年刊行の『京都の湯屋』を、当時の市内湯屋を調査し、「湯屋の沿革」をまとめた資料として紹介する。少なくとも長者湯創業期の京都では、湯屋は調査され、料金や衛生、都市生活との関係を論じる対象になっていた。

戦後の公衆浴場法は、衛生施設として営業許可と構造設備、管理を行政の枠に置いた。料金統制は、毎日の清潔を所得にかかわらず利用しやすくする考えと結びついた。やがて住宅に浴室が普及すると、「衛生上必要な施設」だけでは存続理由を説明しきれなくなる。銭湯は、交流、健康、観光、建築、サウナ、災害対応という新しい言葉で価値を語るようになった。

だが、新しい価値は古い義務を消さない。浴槽水の水質、レジオネラ症予防、清掃、換気、温度管理は、文化イベントのない日も必要だ。歴史を守ることと公衆衛生を守ることは別々の予算項目に見えて、現場では同じ配管、同じ釜、同じ人の時間に重なっている。

1872年 京都市資料が長者湯の建物の築年として記載。

1917年 現在の長者湯の営業が創業。

1923年 当時の市内湯屋を調べた『京都の湯屋』が刊行。

1948年 公衆浴場法が制定。

1957年 知事が入浴料金統制額を指定する厚生省令が施行。

1970年 京都市内の銭湯は461軒と市が記録。

2025年 京都府内で営業中の銭湯は年末87施設。

2026年 府・市・浴場組合が防災協定を締結し、子ども無料化を通年実施。

子ども無料化は、割引ではなく需要政策

2026年度、京都府公衆浴場業生活衛生同業組合が主催し、府と市が共催する子ども入浴料金無料化事業が始まった。18歳以上の大人と一緒なら、小学生以下の子どもの通常200円または100円が無料になる。住所は問わず、大人1人につき子どもの人数制限もない。期間は2026年4月1日から2027年3月31日までで、予算により変更の可能性がある。対象は組合加盟の府内84施設、うち市内77、市外7である。

府は当初予算案で「子ども銭湯利用促進事業費」を5,000万円規模と説明した。市も5月補正で、入浴作法や銭湯の歴史を学ぶ機会、子どもの関心を引く催しを支える「子ども銭湯応援事業」に1,500万円を計上した。8月からはゲーム『にゃんこ大戦争』との連携も展開している。

8月26日の対話後、松井市長は公式SNSで、近隣の幼稚園から15人ずつ4班、計60人が長者湯を利用したと間嶋さんから聞いたと紹介した。これは一施設の一事例で、無料化事業全体の利用実績やリピーター率を示す統計ではない。それでも、家庭に風呂がある子どもに「銭湯へ行く理由」をつくる政策が、実際の団体利用へつながる可能性は見える。

問うべきは無料になった人数だけではない。同伴した大人は再訪したか。子どもが有料年齢になった後も利用するか。混雑や清掃、スタッフ負担はどう変わったか。無料分は店に適切に補填されたか。スマートフォンでQRコードを読む手順は、端末を持たない同伴者を排除しないか。需要政策として評価するなら、文化体験の写真だけでなく、経営と利用の継続を測る必要がある。

災害時に頼るなら、平時に残さなければならない

2026年2月5日、京都府、京都市、浴場組合は「災害時における浴場等の提供支援に関する協定」を結んだ。市は、浴場施設や生活用水などの提供に協力し、被災者の身体的・精神的な健康を保つことが目的だとする。自宅の浴室が使えず、避難生活が長引くとき、近隣の湯は衛生だけでなく、睡眠や気分、生活の区切りにも関わる。

しかし協定は、災害時の稼働を自動的に保証しない。断水すれば水源が要る。停電すればポンプや照明、ろ過設備が動かない。ガス、重油、薪など熱源の確保、煙突や建物の耐震性、働く人の安全、被災者を受け入れる導線も必要になる。井戸や薪を持つ浴場でも、すべての設備が電気なしで動くとは限らない。

防災上の公共性を本気で評価するなら、協定締結数だけでなく、各施設の電源、水源、燃料、耐震性、受け入れ可能人数、再開訓練を確認し、その改修費を支える必要がある。災害時に使いたい施設を、平時は一民間事業者の自己負担に委ねるのは整合しない。

設備補助が予算上限に達したという信号

京都府の2026年度公衆浴場設備改善事業補助金は、エントリー総額が予算上限に達したため、4月22日までに受付を終えた。通常の設備改善は補助率15%で、1件当たり15万円から150万円。ボイラー、温水器、ろ過器、熱交換器、貯湯タンク、配管、空調、天井、内壁、煙突、サウナなどが対象に含まれる。バリアフリー化は補助率50%、10万円から50万円である。

通常改修で上限150万円に達するのは、対象経費が1,000万円規模以上の工事である。つまり大規模な更新では、残る負担が少なくとも850万円規模になる。工事中の休業や、補助対象外となる外壁・屋根、日常の維持費もある。補助は重要だが、古い建物をまるごと再生する保険ではない。

受付が早く埋まった事実は需要の強さを示すが、Japan.co.jpが確認した公表ページには、申請施設数、採択数、予算総額、採択されなかった需要額は載っていない。行政が次に示すべきなのは、制度が人気だったという評価ではなく、どの設備がどれだけ更新でき、予算外にどれだけ残ったかである。

浴場組合の吉本理事長は公式あいさつで、後継者不足と建物設備の老朽化を業界全体の懸念とし、若い世代が安心して経営へ参画できる仕組み、設備更新、省エネルギーを挙げる。価格、投資、承継は別々の問題ではない。高効率設備は燃料費を下げ得るが、先に資金が要る。承継者は魅力だけでなく、更新負債も受け継ぐ。

「残す」を測る六つの数字

西脇知事は2026年1月、銭湯を「多世代交流の場」と捉える考えを示した。松井市長は2月、廃業をそろそろ「打ち止め」にしたいと記者会見で語った。方向は明快だ。問題は、願いをどの指標へ変えるかである。

府と市が毎年公開すべき指標
  1. 営業施設数:許可件数ではなく、実際に開いている施設、新規、承継、休業、廃業。
  2. 利用者数:年代、平日・休日、初回・再訪を個人情報に配慮して集計。
  3. 設備更新:申請、採択、未採択、工事費、休業日数、省エネ効果。
  4. 労働と承継:家族の無償労働を含まない実労働時間、賃金、後継者の有無。
  5. 子ども事業:無料利用、同伴者、再訪、店への補填、運営負担。
  6. 防災能力:水・電源・燃料・耐震性・訓練・受け入れ可能人数。

数字だけでも残らない。番台で交わす短い言葉、同じ町の異なる世代が一つの湯を使う感覚、建物の匂いや音は、表計算に収まりにくい。だが、数字なしに「文化」を繰り返せば、経営者の献身を文化の名で無償化する危険がある。

長者湯での業務体験が政策につながるとすれば、知事と市長が薪の重さを知ったことではない。湯を一日沸かす費用と、109年続ける投資を、誰がどう分担するかを公開して決めることだ。利用者は手頃な料金を望み、行政は衛生、交流、防災を期待し、地域は景観と記憶を残したい。その複数の便益を一軒の売上だけで賄えないなら、差額を支える仕組みが要る。

銭湯が残るとは、建物が写真の中に残ることではない。夕方、暖簾が掛かり、決められた温度の湯があり、清掃した人に賃金が払い、壊れた釜を直せることだ。京都が文化を守れるかどうかは、会合で語った言葉より、次の設備故障のときに営業を続けられるかで決まる。

主な一次・公式資料

編集注:長者湯(ちょうじゃゆ)、西脇隆俊(にしわき・たかとし)、松井孝治(まつい・こうじ)、吉本誠(よしもと・まこと)、間嶋健太(まじま・けんた)、中丸悠(なかまる・ゆう)の表記・読み、所属は京都府・京都市の一次資料で確認した。一般公衆浴場、入浴料金統制額、生活衛生同業組合は法令・行政資料の用語に合わせた。提供された為替の更新時刻、8月26日午後7時24分UTCは、日本時間8月27日午前4時24分に換算した。