黒い正方形の面に、超音波振動子が16列、16行。合計256個が4万ヘルツで空気を揺らす。その上に置かれたのは、直径1.5ミリ、密度1立方メートル当たり40.4キロの発泡ポリスチレン球だ。目ではただの白い粒に見える。だが各振動子が発する波の時差を電子的にそろえると、空気中に細い音圧の芯と同心円状の輪が立ち上がり、粒は音源から20センチ余りの高さで止まった。

研究を率いたのは、筑波大学情報学学位プログラム博士後期課程の頃安祐輔氏と、同大学図書館情報メディア系の伏見龍樹助教ら。クリストファー・ストーン氏、ブルース・W・ドリンクウォーター教授らブリストル大学の研究者、落合陽一氏、星貴之氏が加わった。成果は2026年8月24日、米国物理学会のPhysical Review Lettersに掲載された。

論文の核心は、遠くへ届いたことだけではない。従来は、音圧がほぼゼロになる「節」や低音圧のくぼみに小さな物体を捕らえるのが空中音響浮遊の基本だった。今回の球は、ゼロ次ベッセルビームの中心にある高音圧の領域に入った。音の弱い場所を囲う方式から、長く伸びる強い芯で支える方式へ。装置の幾何と力の使い方を変えたのである。

成果を正確に読むために:「40センチ先」は最大397ミリという実験上の動作範囲の上端で、直径1.5ミリの軽い発泡ポリスチレン球を使った値である。「障害物を回り込んで運んだ」のではなく、50ミリ角の障害物で音路の一部を遮り、その先で再形成された音場に球を浮かせた。液滴、細胞、薬品、工業部品、人がいる作業環境は、この論文では試していない。
397ミリ音源からの最大動作距離。波長の46.6倍。
1.5ミリ主実験で使った発泡ポリスチレン球の直径。
256個16×16で並べた40kHz超音波振動子。
約6倍同条件の従来型ツイントラップの最大66.7ミリとの比較。

「40センチ」は、止めた一点ではなく動かせた範囲

チームはまず、円すい角20度に設定したベッセルビームで15回の独立試行を行った。どの試行でも球は観察した60秒間を通じて浮遊し、平均の高さは220.4ミリだった。ただし完全に静止したわけではない。横方向にも上下方向にも揺らぎ、複数の離散的な高さの間を自発的に移る現象も見えた。

次に、音場そのものを動かした。ビームを左右に傾けると、中心軸へ戻そうとする力に球が追従し、毎秒約5.7センチで横へ移動した。円すい角を変えると上向きの力が変化し、毎秒約4.3センチで上下した。両方を組み合わせ、横97.7ミリ、縦141〜397ミリの範囲を実験的に確かめた。

比較用の「ツイントラップ」は、同じ装置、同じ条件で横62.6ミリ、最大高66.7ミリまでだった。397ミリを66.7ミリで割った「約6倍」は、この同条件比較から出た。過去のあらゆる音響浮遊装置に対する万能な記録でも、397ミリ先で重い荷物を長時間保持したという意味でもない。

距離の記録より重要なのは、反射板を上に置かず、一つの平面から出した音だけで、遠い開放空間に三次元の復元力を作ったことだ。

なぜ物体は「節」に集まってきたのか

音は圧力の波である。強い超音波が小さな物体に当たり、散乱すると、時間平均ではごく小さな力が残る。これが音響放射力だ。上向きの成分が重力と釣り合い、横へずれた物体を元へ戻す成分があれば、接触せずに空中で保持できる。

古典的な装置では、向かい合う音源と反射板、または二つの音源の間に定在波を作る。進む波と戻る波が重なり、音圧が周期的に小さくなる節が並ぶ。空気中の波長より十分小さい多くの粒子は、その低音圧点の周りに捕らえられる。安定だが、物体を扱える場所は音源と反射板に挟まれ、間隔も波長に合わせなければならない。

2010年代には、多数の振動子の位相を個別制御する超音波フェーズドアレイが、反射板なしの片側型を発展させた。二つの焦点を組み合わせるツイントラップ、渦状の位相を持つボルテックストラップ、低音圧部を高音圧で包むボトルトラップなどである。それでも基本は「弱い場所を強い音で囲う」。焦点から離れると力は急に弱くなり、従来型の片側トラップでは作業距離が数センチに限られた。

輪が中心を作り直す、ベッセルビーム

通常の集束ビームは一点へ絞った後に広がる。ゼロ次ベッセルビームは違う。断面を見ると、音圧の高い中心核を同心円状の側帯が囲む。有限の装置で作る実際のビームは理想的に「回折しない」わけではないが、一定距離にわたり中心を細く保ちやすい。

原理は、斜め方向から来る多数の波を、共通の軸で重ねることにある。中心の一部が遮られても、障害物を外れて進んだ成分が下流で再び干渉し、中心核を組み立て直す。この性質が「自己修復」と呼ばれる。物質が直るわけでも、音が障害物を貫通するわけでもない。残った波が向こう側で音場を再構成するという意味だ。

ベッセル型の非回折ビームが光学で実験的に示されたのは1987年。J・Durnin、J・J・Miceli Jr.、J・H・EberlyがPhysical Review Lettersに報告し、その後、超音波画像、通信、加工、粒子操作へ考え方が広がった。今回の研究は、その長い中心核を空中の片側音響浮遊に使った。

160ミリ角のSonicSurfaceアレイは、各振動子の位相を計算し、円すい角を持つ波面を合成する。4万ヘルツの音の波長は実験条件で約8.52ミリ。最大397ミリは46.6波長に当たる。「遠い」は単なる日常尺度ではなく、波長に比べてトラップがどれだけ延びたかを示す数字でもある。

強い音の芯で、なぜ押し出されなかったのか

高音圧の中心に小球を置けば、普通は外へ押し出されそうに見える。実際、研究チームが通常の集束ビームで試すと、球はいったん捕捉されても約3秒後に飛び出した。ところが、ベッセルビームでは、円すい角と球・空気の密度、圧縮率の組み合わせにより、横へずれた球を軸へ戻す成分が生じた。上向きには音響放射力が重力を打ち消す。両者がそろい、三次元の捕捉になった。

ただし、計算だけで全部が説明できたわけではない。音響放射力だけのモデルは平衡高さを192ミリと予測したのに、実測平均は220.4ミリだった。強い音が空気に定常的な流れを起こす「音響流」の上向き抗力を加えると、計算上の平衡域は207〜249ミリとなり、実測を含んだ。

それでも、ベッセルビームが通常の集束ビームより実験で安定した理由は、モデルが完全には捉えていない。半波長、約4.26ミリ間隔で現れた複数の浮遊高さも、理想化した進行波モデルには出なかった。天井から返る、入射波の1%未満に相当する弱い反射を加えると、離散的な高さは定性的に再現できた。片側装置を「開放空間」と呼んでも、実際の部屋は音響的に無関係ではない。

50ミリの立方体、その向こうで浮いた粒

障害物実験では、音源から110ミリの位置に一辺50ミリの立方体を置いた。境界要素法によるシミュレーションは、遮られた中心核が立方体の上方で再形成されると予測した。入力電圧14ボルトで照射すると、発泡ポリスチレン球は平均267ミリの高さに浮いた。

これは鮮やかな実証だが、精度も併記すべきだ。20秒平均の位置に対する揺らぎの幅は横6.61ミリ、上下40.2ミリ。障害物なしの主試験より上下の変動が大きい。論文が示したのは、音路の一部が欠けても捕捉が失われないことだ。動く障害物を避け、粒を曲がった経路で自律搬送したわけではない。

チームは二つの球を横に並べ、別の構成では上下に分けて同時浮遊させた。球以外では、直径約0.8ミリの乾燥茶葉、長軸約2.3ミリのシリカエアロゲル片、直径約1.3ミリのジャガイモでんぷん円盤を保持した。形状の幅は広がったが、いずれもミリ級の軽い試料である。

項目論文で実証したことまだ言えないこと
距離EPS球を音源から141〜397ミリの縦範囲で移動397ミリで任意の材質・重量を保持できる
搬送横97.7ミリ、縦方向をリアルタイム制御複雑な経路、乱流中、高速生産ラインでの搬送
障害物50ミリ角の固定物の先で音場を再形成し、小球を浮遊粒を障害物の周囲へ誘導、動的な衝突回避
試料EPS球、茶葉、エアロゲル、でんぷん円盤、2粒同時液滴、細胞、薬剤、危険物、実用部品の取り扱い
環境室内の管理された装置で片側照射屋外、騒音・気流下、人と共存する環境での安全性

定在波から「空中の手」まで、90年の系譜

音で粒を集める観察は19世紀のクント管までさかのぼるが、超音波で小さな物体を浮かせた初期の報告は1933年のK・BücksとH・Müllerに結び付けられる。その後、音響放射力の理論、宇宙の微小重力下で容器に触れず試料を保持する研究、材料処理や液滴分析が発展した。長く主役だったのは定在波だった。

日本の研究者も転機を作った。2014年、落合陽一氏、星貴之氏、暦本純一氏は、向かい合う超音波フェーズドアレイで粒を三次元操作する成果をPLOS ONEに発表した。2015年にはブリストル大学を中心とするチームが、片側アレイからツイン、ボトル、渦型の音響ホログラムを作り、反射板のない捕捉を示した。2019年には、浮遊粒子を高速に動かし、映像、音、触覚を同じ空間に提示する立体ディスプレーも報告された。

1933年 BücksとMüllerが超音波定在波による初期の浮遊実験を報告。

1980年代 容器に触れない材料処理を目指し、宇宙実験を含む音響浮遊研究が進展。

1987年 Durninらが光学の非回折ベッセルビームを実験的に提示。

2014年 落合・星・暦本氏が対向フェーズドアレイで三次元空中操作。

2015年 音響ホログラムによる片側捕捉の複数方式を実証。

2019年 音響捕捉した粒を使う立体映像・音・触覚提示を発表。

2026年 高音圧のゼロ次ベッセルビームで最大397ミリの片側浮遊。

応用を語る前に、越えるべき五つの壁

筑波大学とブリストル大学は、自動実験、空中立体表示、壊れやすい試料、汚染を避けたい材料、危険物への将来応用を挙げる。片側から遠くへ手を伸ばせれば、上側を開けたままカメラや分析装置を入れられる。障害物で音路の一部が欠けても場が戻る性質は、実験台の器具が多い環境で魅力的だ。

しかし、応用を実証したのは将来像ではなく、音場の原理である。第一に荷重。主試料は極めて軽いEPS球で、力は粒の大きさ、密度、圧縮率、形状に依存する。第二に安定性。最大距離、障害物、複数粒子では揺らぎが無視できず、閉ループ位置計測や制御が必要になる。

第三に試料への影響。4万ヘルツは多くの成人の可聴域より上だが、「聞こえにくい」と「安全」は同じではない。音圧、曝露時間、動物や機器への影響、音響流、加熱を用途ごとに評価しなければならない。論文は人体安全試験や生体適合性試験ではない。

第四に環境。気流、温湿度、壁や天井からの反射が音場を変える。今回、弱い天井反射でさえ平衡高さに関与した可能性がある。第五に再現性と量産性。実験では装置を約1時間運転して熱平衡にし、精密な位相制御を行った。産業現場では立ち上がり、振動子のばらつき、故障、電力、保守まで問われる。

論文自身が残した未解決点
  • ベッセルビームが通常の集束ビームより実験的に安定した機構を、数値モデルは完全に説明していない。
  • 音響流は上下の平衡位置に無視できないが、減衰モデルにより予測速度に幅がある。
  • 半波長間隔の離散的な浮遊高さは、弱い天井反射で定性的には再現できるものの、完全な反射モデルが必要。
  • 有限サイズのアレイが作るビームは、無限距離で非回折・自己修復する理想解ではない。
  • 長時間耐久、実用試料、開放環境での性能と安全性は今後の検証課題。

「遠くへ届く」より、「空間を空ける」

397ミリという数字は見出しになる。だが、この成果の本当の価値は、距離を競うことより、装置が占める空間の片側を空けたことにある。定在波の反射板が上から消えれば、観察、照明、測定、別の操作を組み合わせやすい。ベッセルビームなら、その開口を保ったまま、従来より深い作業域を持てる。

同時に、論文は音響浮遊の難しさを隠していない。球は揺れ、予測と実測はずれ、空気の流れと天井の反射が働き、最も安定した理由は残った。これは欠点を並べただけではない。理想化した波の式を現実の部屋へ持ち込み、どこで理論が足りなくなるかまで測った結果である。

1933年の定在波は、物体を「音の静かな場所」に置いた。2026年のベッセルビームは、強い音の細い軸を遠くへ伸ばし、その中で粒を支えた。次の一歩は、白い小球をさらに遠くへ飛ばすことではない。何を、どれだけ安定に、どの環境で、安全に扱えるのかを一つずつ測ることだ。音の手が研究室の外へ出るかどうかは、その地味な検証にかかっている。

主な一次・公式資料

編集注:氏名、所属、役職、論文名と用語は筑波大学の日本語公式発表、研究グループ公式ページ、原著論文に合わせた。直接引用は用いていない。「音響浮遊」は筑波大学発表と論文和訳題に従い、研究者プロフィール等で用いられる「音響浮揚」と同じ分野概念として扱った。「回折しない」「自己修復」は有限アレイでは一定範囲の近似的性質であり、本文で限定した。提供された為替の更新時刻、8月26日午後7時24分UTCは、日本時間8月27日午前4時24分に換算した。