津波で姿を変えた町の一角で、小さな魚の集団が世代を重ねていた。岩手県大槌町の淡水湿地に生じたイトヨとニホンイトヨの交雑集団を追った研究が、9月25日付の学術誌「Nature Ecology & Evolution」に掲載された。2012年から2020年にかけた調査は、異なる種が交雑しても、その境界が失われるとは限らないことを示した。[1]

2012年には採集個体の38%が雑種だったが、2020年には集団の遺伝的構成はほぼイトヨに近づいていた。どちらの種に由来する遺伝的な変異かを追うと、ニホンイトヨ由来の変異の多くが減少していた。魚が生きている間に別の種へ変身したのではない。生存、移動、繁殖の違いが、次の世代へ伝わる遺伝情報の構成を変えていったという話だ。[1]

北海道大学北方生物圏フィールド科学センターの細木拓也(ほそき・たくや)特任助教、国立遺伝学研究所の北野潤教授らによる共同研究。現地での長期採集に、野外実験と遺伝解析、計算機シミュレーションを組み合わせ、交雑後も種の違いが保たれる仕組みを調べた。[1],[9],[10]

海からの魚と、川からの魚が出会うまで

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震と津波は、大槌町の市街地を壊滅的に傷つけた。津波と地盤沈下でできたくぼ地には湧水が入り、新たな淡水の池が生じた。研究チームは、海側からニホンイトヨが、川の上流側からイトヨが運ばれ、接触した可能性が高いとみている。魚が運ばれた瞬間を観察したわけではなく、地形や震災前後の標本から組み立てた説明である。[1],[2]

淡水が保たれた背景には、この町の水の歴史がある。大槌町の解説によると、大槌川と小鎚川に挟まれた町方地区には自噴井があり、地下水は源水川にも湧き出す。こうした水は古くから生活用水として利用されてきた。イトヨの生息地は、研究者が震災後に見いだした場所だけで完結するものではない。人々の暮らしと湧水環境が重なってきた地域の一部だ。[6]

2018年の先行論文は、震災前の標本を利用し、魚の形態や遺伝的構成、水環境の変化を比較した。源水川では、湧水が津波で入り込んだ海水を洗い流したと考えられ、水の電気伝導度は約2年半で震災前の水準に戻った。電気伝導度は水中のイオン量を反映する指標であり、生態系全体の回復を一つで証明する数値ではない。[3]

「交雑するなら同じ種」とは言い切れない

イトヨは学名をGasterosteus aculeatus、ニホンイトヨはGasterosteus nipponicusという。後者は2014年に新種として記載された。新種記載の年は、人間が分類学上の名前と区別を正式に示した年であって、その年に魚が進化して誕生したという意味ではない。[5]

古い研究では「太平洋型」「日本海型」といった呼び方も使われてきた。2018年の論文は、イトヨには海と川を行き来する集団も淡水で暮らす集団もある一方、ニホンイトヨは海洋性か遡河回遊性だと整理している。今回の大槌のイトヨは淡水で生活する集団であり、イトヨという種のすべてが淡水専業というわけではない。[3]

種の違いを支える「生殖隔離」は、交尾できるかどうかだけを指さない。出会う場所が違う、配偶相手として選びにくい、子が育ちにくい、繁殖能力が低い。こうした違いが遺伝子の交換を減らす。境界を完全な壁と考えるより、遺伝情報の一部は通っても、集団全体は均一にならない仕組みと考えるほうが、今回の結果を理解しやすい。[1]

性染色体の研究を、野外の時間軸につなぐ

この研究の背景には、震災前からの遺伝学の蓄積もある。北野氏らの2009年の論文は、日本のイトヨ類で、雄の求愛行動に関わる遺伝子座が、進化の過程で新しく生じた性染色体にあることを報告した。別の、祖先から受け継いだX染色体には、行動による隔離と雑種雄の不妊に関わる遺伝子座が見つかった。性染色体が、種間の遺伝的な交流を抑える働きにも関係していた。[4]

遺伝子座とは、ある性質と関連する染色体上の位置や領域をいう。領域を絞り込むことと、その中で働く原因遺伝子を一つずつ突き止めることは同じではない。今回の論文を「種を分ける遺伝子をすべて特定した」と読むのは行き過ぎになる。

今回の研究につながる2025年の日本生態学会の発表では、淡水での生存や海への移動に関わる領域を含め、生殖隔離の遺伝的要因と津波跡地の変化を照合する考え方が示されていた。既に分かっていた行動や不妊の仕組みを、実際の自然集団で何世代にもわたり働く障壁として確かめようとした点が重要だ。[11]

生き残ること、池を離れること

共同研究の発表によると、淡水での野外実験ではニホンイトヨの生存率がイトヨより低く、交雑個体はその中間だった。別の行動実験では、ニホンイトヨのほうが海側へ移動しやすかった。集団からある由来の遺伝的変異が減る理由には、そこで生き残りにくいことだけでなく、その場所を離れることもある。[1]

これに配偶行動や雑種雄の不妊が加わると、子孫への遺伝情報の伝わり方には複数の段階で差が生じる。研究は、その差に関わる領域ほど早期にニホンイトヨ由来の変異が減ることを示した。ただし、主要な領域の変化だけでは、その後に広範囲で起きた減少を説明し切れなかった。[2]

シミュレーションでは、少数の大きな効果を持つ領域に加え、多数の小さな遺伝的不適合を仮定すると、観察された変化を再現できた。それぞれの種の中では問題なく働く遺伝子でも、交雑によって別の組み合わせになると、生存や繁殖に不利になることがある。この説明は有力な仮説であり、小さな効果を持つ原因をすべて直接同定したという結果ではない。[2]

遺伝的な変異の割合は偶然でも変わる。研究チームは、この遺伝的浮動だけで観察結果を説明できるかを計算したが、検証したモデルでは十分に再現できなかった。自然選択の関与を支持する結果だが、偶然の影響が一切なかったという意味ではない。[1]

9年追ったからこそ見えた変化と、残る限界

もし2012年の採集だけで調査を終えていれば、交雑が大きく広がったという記録になっていたはずだ。逆に2020年だけを見れば、その前に起きた混合の大きさを見落としかねない。同じ地域に通い、過去の標本と後の世代をつなぐことに、この研究の価値がある。

ただし、変わらない一つの池を同じ条件で観察し続けたわけではない。論文の方法では、地形の変化に伴って年ごとの採集地点が異なり、つながる可能性のある複数の池の個体をまとめて扱っている。主な追跡手法であるRAD-seqは、ゲノム各所のDNAの一部を読む方法だ。全個体の全塩基を毎年調べた研究ではなく、一部のニホンイトヨ由来の変異も残っていた。[2]

解析用のコードやデータはDryadで公開されている。研究者以外の読者にとっても、観察、実験、モデルのどの部分が結論を支えるかをたどれることは重要だ。モデルが観察に合うことは説明の根拠になるが、現地で起きたすべてを再現した保証にはならない。[8]

魚が戻ることと、生態系が元に戻ること

大槌町の震災アーカイブには、イトヨを守るために源水川を清掃した活動が残されている。今回の論文に登場する自然選択とは別に、生息場所を支える人の仕事があったことも忘れられない。遺伝的な境界が保たれたことを、被災した環境は放っておいても回復するという結論に置き換えることはできない。[7]

本紙は、環境調査や復興事業への示唆は、短い調査で得た姿を最終結果と決めないことにあると考える。魚がいるか、どれほどいるか、水環境はどうか、遺伝的な構成はどう変わるか。それぞれ異なる問いを持ち、時間をかけて確かめる必要がある。

大槌の湿地で見えたのは、二つの種が混ざった後にも続く進化だった。種の境界は、交雑が起きた一度の出来事だけでは決まらない。次の世代に何が受け継がれるかを追うことで、その境界を支える働きが初めて見えてくる。震災の記憶とともに残る水辺は、長く観察し続けることの意味を伝えている。