海外のスタートアップと実証実験を行い、技術の有効性も確認した。それでも本契約に進まない。関西企業が国際的な協業を事業に育てるには、何が必要なのか。
エンコグナイズ合同会社(encognize G.K.)のCOO、Brian Lim氏は、Japan.co.jpへの書面回答で、双方が「成功」の意味を共有することと、担当者が異動しても続く関係を築くことを挙げた。海外企業にとっても、日本進出の足掛かりは必ずしも資金調達ではない。まず必要なのは、自社の技術を使う顧客や、一緒に事業を動かす相手だという。
今回の取材は、大阪府が9月24日に配信した大阪の起業環境に関する紹介記事をきっかけに行った。国境を越えた事業展開を支援するLim氏に、具体的な協業事例と、実証で終わらせないための条件を聞いた。
鉄道の介助と温かい弁当、現場の課題が接点に
Lim氏が例に挙げたのは、鉄道利用者の介助を支えるソフトウエアを提供するTransreportと、温かい食事を自動販売機で届けるWada FoodTechだ。業種は異なるが、いずれも日本側の現場の課題と海外企業の技術を結び付けている。
同氏によると、Transreportは起業支援プログラム「Startupbootcamp Osaka」を通じて阪急電鉄と出会い、業務の効率化や利用者の満足度向上につながるかを小規模な実証で確かめた。
Transreportが公表する導入事例では、阪急電鉄で2024年4月に職員向けアプリ、2025年4月に利用者向けのウェブアプリが稼働した。介助に必要な情報を職員間で共有し、利用者が乗車前に支援を申し込める仕組みだ。単なる技術展示にとどまらず、鉄道の運用に組み込まれた事例といえる。[1]
一方、Wada FoodTechと原田産業の協業では、温かい弁当を販売する技術と、日本側の流通・運営の基盤が組み合わさった。Lim氏は、創業者の日本への理解、自販機が浸透した市場環境、オフィスで働く人が集まる立地などを、日本を選んだ背景として説明する。原田産業側には、設置先との関係や保守・技術対応、仕入れ先とのつながりを生かす余地があったという。
原田産業の発表は、和田フードテック株式会社への出資と業務提携を確認できる一次資料だ。同社は2020年から日本の食事流通の課題を調べる中で協業関係を築いたとしている。共同で展開する「カリダス」の公式サイトには、2024年3月に大阪・北浜で温蔵式自動販売機サービスを始めたことが記載されている。[2] [3]
Lim氏は、商業契約に至るまでの一般的な目安として6〜18カ月を挙げた。ただし、上記2事例の実際の期間を示すものではないと明記している。今回の回答では、両案件の契約金額や支払い条件も示されていない。
同じ実証でも、成功の定義が違う
実証実験(PoC)が次の契約につながらない理由として、Lim氏がまず指摘するのは、当事者間の前提のずれだ。目的、評価指標、技術の能力、期間などについて、互いに異なる理解のまま進む場合がある。
海外企業が技術面の目標を達成したと考えても、日本側が期待した業務上の成果には届いていないかもしれない。一方にとっての成功が、もう一方にとっては不十分な結果になる。その違いが明らかにならないまま、話し合いが止まってしまう。
対策は、開始前に目標を定めるだけではない。実証中も手順や目的、集めたデータを記録し、双方が同じ根拠で評価できるようにすることが重要だという。同氏は、実証の合意に節目ごとの評価や判断の条件を盛り込み、成果が確認された場合にどのような条件で本契約へ進むかも話し合うよう勧める。
役員とのつながりだけでは続かない
もう一つの障害は、関係づくりを狭く捉えることだ。Lim氏によると、海外スタートアップの創業者や事業開発担当者は、会議に出席した最上位の役職者との関係を優先し、実務を担う若手や現場の担当者との接点を十分につくらないことがある。
担当者の異動や海外赴任が起きたとき、プロジェクトの経緯や判断材料が組織内に残っていなければ、新任者と一から関係を築く必要が生じる。実証の成績が良くても、別の案件が優先され、返信が途絶えることもあるという。
同氏の助言は、組織内に複数の相談相手を持ち、知識を特定の個人に集中させないことだ。これは海外企業だけの課題ではない。受け入れる日本企業にとっても、異動後の引き継ぎや意思決定の継続性を設計する必要がある。
日本向けに変えるべきものは何か
海外で通用した事業の進め方を、そのまま日本へ持ち込めるとは限らない。Lim氏は、現地の消費行動やサービスへの期待を捉え直す必要性を説明する例として、IKEAを挙げた。
IKEAミュージアムが公開する初期の日本進出の記録でも、大きな家具と日本のコンパクトな住まいとの不一致が紹介されている。スタートアップそのものの事例ではないが、商品への関心と、日常で使ってもらえる条件は別だという論点につながる。[4]
技術の紹介資料を日本語にするだけでなく、相手がどんな制約の下で仕事をし、導入後に何を求めるのかを確かめる。その作業を初期の訪問から始めることが、Lim氏の提案の中心にある。
初訪問は売り込みより、仮説の検証に
「最初の90日」をどう使うかという問いに、同氏は来日前の準備まで含めて答えた。想定するのは、大阪が適切な進出先かどうかをまだ見極めている海外の創業者だ。
- 来日の約30日前:市場、業界、主要企業や人物を調べ、紹介を依頼して面談を組む。Lim氏は、事前調査にAIも活用するよう促す。
- 到着時:休息を取り、周囲を観察し、現地の暮らしや雰囲気に触れる。
- 14日目ごろまで:主要な面談を終え、礼状とともに次の行動を確認する。顧客候補だけでなく、業界事情を知る専門家にも話を聞く。
- 45日目ごろ:必要に応じて再連絡し、オンラインでの面談や次回訪問の議題を提案する。
- 90日目ごろ:再訪や対面の打ち合わせを計画し、継続して取り組む意思を示す。
これは一律の日程ではなく、同氏が提示した行動の目安だ。初回訪問は強い売り込みをする機会というより、自社の仮説が現地で成り立つかを検証する機会として捉えるべきだとしている。
相談先の例にはFUTRWORKS、CIC Osakaが運営するO-NEXUS、IBPC Osaka、Osaka Innovation Hubを挙げた。支援内容、利用条件、料金は各機関への確認が必要になる。
中小企業も、課題を持ち寄る側になれる
日本企業が得られるものは、新しい技術だけではない。Lim氏は、海外市場で蓄積された事例や失敗からの学び、異なる仕事の進め方に触れる価値を指摘する。日本側が地域の事情や実務上の制約を伝えることで、技術を現場に適した形へ変えていけるという。
さらに、関西の大小の企業が自社の課題を持ち寄り、経済団体などを通じて海外の協業候補に伝える方法には、まだ開拓の余地があると提案した。これは新たな制度の発表ではなく、企業間の出会いを増やすための同氏の構想だ。
ただし、紹介を受ければ成功するわけではない。具体的な課題を整理し、双方の役割を決め、事業として成り立つ関係をつくる作業は残る。

東京との比較を越え、大阪の強みを問う
大阪の弱点を尋ねると、Lim氏は東京と比較する意識が強すぎるのではないかと答えた。東京の別バージョンとして自らを示すより、大阪固有の強みに踏み込むべきだという見方だ。
同氏は、人や文化、生活費、企業の開放性などを大阪の利点として評価する。これは都市間の統計比較ではなく、事業支援の経験に基づく見解である。また、海外の起業家を迎える競争相手は東京だけでなく、シンガポール、ソウル、上海などにも広がると指摘した。
関西の産業基盤を強みにするには、企業の集積を紹介するだけでは足りない。困りごとを明確にし、海外の技術と結び付け、担当者が変わっても事業を育てる。今回の回答は、その実務を地域の競争力につなげる視点を示している。

