二度、優勝の喜びを分かち合った有明で、錦織圭(にしこり・けい)が最後のジャパンオープンに臨む。木下グループジャパンオープンテニスチャンピオンシップス2026の男子本戦は、9月30日から10月6日まで東京・有明で開催される。今季限りでの現役引退を表明している36歳は、主催者推薦のワイルドカードでシングルス本戦に出場する。[1],[2],[6]

この大会は、海外で積み重ねた力を日本の観客に直接見せる場所だった。2012年と2014年の優勝は、その関係を記録に残した。今年は次のタイトルだけを目指す大会とは意味合いが異なる。それでも、観客の前に立つ錦織は、勝敗を争う選手である。[14]

「悔いなく終われるように」 会見で示した思い

日本テニス協会が大会公式サイトに掲載した9月25日の会見報告で、錦織は「悔いなく終われるようにしたい」と語った。現在の状態が格別に良いわけではないとも説明しながら、日本で最後に試合をできる機会への感謝を示している。引退を決めたからといって、競技への気持ちまで消えたわけではない。[3]

主催者は10月6日、有明コロシアムで功績をたたえるセレモニーを予定している。ただし、これは錦織の最終試合日を確定する発表ではない。どこまで勝ち進むかによって試合の日程は変わる。最後の大会への出場と、最終日に行う催しは、分けて受け止める必要がある。[4]

大会の主な日程(日本時間、主催者発表)[5]
日程男子シングルス
9月28・29日予選
9月30日~10月1日本戦1回戦
10月4日準々決勝
10月5日準決勝
10月6日決勝

主催者は、直前の大会の進行などによって日程が変わり、1回戦が本戦3日目にずれ込む場合もあるとしている。観戦する場合は、大会全体の予定に加え、日ごとの試合順を確認したい。[5]

2012年、有明で越えた一つの壁

錦織は1989年12月29日、島根県生まれ。2007年に17歳でプロへ転向し、翌2008年にはデルレービーチでツアー初優勝を挙げた。日本テニス協会の歴史資料は、これを日本男子史上2人目のツアー優勝と位置付けている。[6],[7]

2012年には全豪オープンで8強入りし、秋にはジャパンオープンを制した。決勝の相手はミロシュ・ラオニッチ。7―6、3―6、6―0で勝ち、ツアー大会としてのジャパンオープンで日本男子初優勝を果たした。[7],[8]

「日本男子初」という記録には、大会の成り立ちが関わる。日本テニス協会の資料によると、ジャパンオープンは1972年に創設され、初代王者は坂井利郎だった。国際ツアーのグランプリに組み込まれたのは翌1973年である。錦織の2012年優勝を語る際には、この前史も落とせない。[8]

世界の有力選手を迎える大会で、日本の選手が最後まで勝ち残る。錦織の優勝は、世界に挑む姿を海外からのニュースで知るだけでなく、国内のコートでその到達点を見届ける機会になった。

全米準優勝の後、もう一度勝った2014年

2014年は、錦織のキャリアが大きく動いた年だった。全米オープンではアジア男子として初めて四大大会シングルスの決勝に進出。その道中でラオニッチ、スタン・バブリンカ、ノバク・ジョコビッチを破った。決勝ではマリン・チリッチに敗れたが、世界最高峰の大会で優勝を争う日本男子の姿を現実にした。[7],[9]

その後、クアラルンプールで優勝して東京へ戻り、ジャパンオープン決勝では再びラオニッチと対戦した。結果は7―6、4―6、6―4。全米での大きな到達点の後も戦いを続け、2週連続の優勝を手にした。[9]

大会史には、ロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダル、アンディ・マリーらの名も並ぶ。その優勝者一覧に錦織の名が二度刻まれていることは、単なる地元人気とは違う根拠を持つ。観客の期待に応えた記憶と、国際大会を勝ち抜いた実績が同じコートに重なっている。[14]

世界4位、五輪銅メダル 勝利の意味を広げた年月

自己最高の世界ランキングは2015年の4位。ツアーのシングルスでは12勝を挙げている。全米オープン公式サイトが2026年の別れを伝える際にも、これらはキャリアを代表する数字として記された。[10]

2016年リオデジャネイロ五輪では、男子シングルスの3位決定戦でナダルを破り、銅メダルを獲得した。日本のテニスでは、熊谷一弥と柏尾誠一郎がメダルを得た1920年アントワープ大会以来、96年ぶりだった。国際ツアーでの活躍が、五輪の日本代表としての成果にもつながった。[11]

一方、キャリアは記録更新ばかりではなかった。9月25日の会見報告では、故障で長い期間を失ったことへの思いも語られている。本人は、十分に満足しているわけではないという感覚と、よく頑張ったという感覚の両方を示した。華やかな到達点だけで19年のプロ生活を説明すると、この実感が抜け落ちる。[3]

ニューヨークで向き合った、次の世代

今年8月28日、全米オープン予選決勝で錦織を破ったのは坂本怜だった。スコアは4―6、6―7。錦織の最後の全米出場は、本戦ではなく予選で終わった。全米公式の報告によれば、試合後にはコート上で功績をたたえる催しが行われた。[10]

そしてジャパンオープンでは、その坂本も、錦織、島袋将とともにシングルス本戦のワイルドカードを得た。9月24日の主催者発表には、予選の推薦選手として望月慎太郎、ダニエル太郎、西岡良仁も挙がる。錦織を見送る大会であると同時に、ほかの日本選手が自分の結果をつくる大会でもある。[12]

坂本が錦織に勝った一試合を、そのまま将来の世界ランキングや実績の継承とみなすことはできない。ただ、先頭を走った選手と次の世代が公式戦で向き合い、再び同じ本戦に名を連ねる。その事実は、曖昧な「世代交代」という言葉より具体的だ。

選手と大会を支える、競技の外側の仕組み

錦織の活動には企業との長い関係もある。ユニクロは2011年からグローバルブランドアンバサダーとして支援し、2022年6月には所属契約を発表した。同社は当時、ウエア開発に加え、社会貢献や次世代育成に取り組む方針を説明している。契約の存在と、その後の成果の評価は別だが、選手の活動が試合中だけで完結しないことを示す一例である。[13]

今年の大会は日本テニス協会が主催し、木下グループが特別協賛する。会場は有明コロシアムと有明テニスの森公園コート。ハードコートで、男子シングルス本戦は32人、ダブルスは16組が争う。歴史的な選手の最後の出場を受け止めながら、通常の国際大会として競技を進める仕組みがある。[1]

結末を決めずに、最後の大会を見る

有明には、優勝した日の記憶がある。だが、最後の大会の価値を、もう一度同じ結末になるかどうかだけで測る必要はない。これから始まる本戦は、過去の再現ではなく、現在の錦織が相手と向き合う試合の積み重ねになる。

本人が望む、自分のテニスを披露して悔いなく終えるという目標。その難しさも含めて見届ける時間が始まる。拍手はこれまでの歩みに向けられても、次のポイントの勝敗は、まだ決まっていない。