獅子が舞い、長刀が振られ、棒の手が披露される。その動きを次の世代が身につけるまでには、舞台からは見えない時間がある。11月1日、三重県桑名市の柿安シティホール(桑名市民会館)で開かれる第68回近畿・東海・北陸ブロック民俗芸能大会は、六府県の八団体を迎える。地域ごとの芸を見比べるとともに、それを伝える人々の営みに目を向ける機会だ。[1]

開催地域を持ち回る大会で、三重県開催は2018年以来8年ぶり、6回目となる。県が掲げる目的には、観客の理解を深めることだけでなく、保存団体同士の交流や継承への意欲を高めることも含まれる。[1]

八つの芸能を、一つの「獅子舞」にまとめない

出演予定の芸能と地域(県発表の掲載順。上演順ではない)[1]
芸能名・読み地域
神子原の獅子舞
みこはらのししまい
石川県羽咋市
大森検藤流棒の手
おおもりけんとうりゅうぼうのて
愛知県名古屋市
近江のケンケト祭り長刀振り
おうみのけんけとまつりなぎなたふり
滋賀県守山市
原田神社獅子神事祭
はらだじんじゃしししんじまつり
大阪府豊中市
古座獅子舞
こざししまい
和歌山県串本町
桑名の伊勢大神楽
くわなのいせだいかぐら
三重県桑名市
伊奈冨神社の獅子神楽
いのうじんじゃのししかぐら
三重県鈴鹿市
御頭神事
おかしらじんじ
三重県伊勢市

名称には「獅子」「神楽」「神事」が繰り返し現れる。しかし、似た姿をしていることと、同じ来歴を持つことは別だ。どこを巡る芸なのか、どのような願いと結びつくのか、誰が演じるのか。そうした違いまで知ると、短い上演から受け取れるものが増える。

桑名の大神楽――祈りと曲芸がともに旅する

地元から出演する「桑名の伊勢大神楽」は、国の文化財名称では「伊勢太神楽」と表記される。1981年に重要無形民俗文化財に指定された。三重県の文化財解説は、その起源を明白とはせず、神社の神楽が独立して職業化した可能性を示している。古さを語る際にも、確かな記録と推測は分けて受け止めたい。[2],[3]

この芸の特徴は、厄を祓う獅子舞と、放下芸(ほうかげい)と呼ばれる曲芸的な要素が組み合わされていることだ。文化庁の解説は、増田神社での奉納以外に近畿・北陸を巡る活動を紹介する。神事としての役割と、人を引きつける技が重なっている。[3]

観客が驚く技にも、それを成り立たせる間合いや連携がある。見る側には一瞬の出来事でも、演じる側には繰り返し覚え、身体に定着させる過程がある。大会で注目したいのは技の派手さだけでなく、動きが次の動きへどうつながるかという点だ。

伊奈冨神社に残る、地域を巡った記憶

鈴鹿市の「伊奈冨神社の獅子神楽」は、県の文化財資料によれば、江戸時代に伊勢国を巡っていたことが『勢陽雑記』などに見える。北勢・中勢には、この神楽を習い伝えたとされる獅子舞が残る。芸能の分布は、地域を越えた人の往来の痕跡でもある。[4]

同資料が紹介する地元での神楽は三年に一度の周期を持ち、四つの獅子頭と口取り四人を中心に構成される。こうした本来の周期や構成を知っておくと、ホールでの発表を、その土地の祭礼全体と取り違えずに見ることができる。[4]

地域に根づくことと、外から伝わることは矛盾しない。別の土地で習った芸を、そこで繰り返し営むうちに地域のものとして受け継いでいく。その歴史を知ると、今回のように異なる地域の担い手が出会う場にも、単なる披露以上の意味が見えてくる。

1695年の獅子頭と、いま担う人々

大阪府豊中市の原田神社には、1695年奉納の銘がある獅子頭が残る。市の解説によると、獅子頭は「おてんさん」と呼ばれ、神の依代(よりしろ)として祀られる。悪疫退散を願う祭りであり、家々の厄を祓う舞も行われるという。[5]

年代のある道具は、歴史を具体的に示してくれる。ただし、古い獅子頭が残ることと、当時と全く同じ形で演じ続けていることは同義ではない。保存された物と、身体を通して伝わる技。その両方を見なければ、民俗芸能の継承は捉えきれない。

ユネスコ登録の現在地を分けて見る

守山市の「近江のケンケト祭り長刀振り」は、2022年にユネスコ無形文化遺産に記載された「風流踊(ふりゅうおどり)」を構成する芸能の一つだ。市は、下新川神社と小津神社の祭礼を紹介し、豊作や暮らしの安寧を願う踊りとしてその背景を伝えている。[6]

一方、今回の三重県発表は「桑名の伊勢大神楽」や「御頭神事」を、「神楽」としてユネスコ登録を目指す芸能として紹介している。登録済みのものと、登録を目指すものは区別が必要だ。国や県、市の文化財指定も、ユネスコの記載とは別の制度である。[1]

知名度が上がれば、新しい観客と出会う機会は広がる。しかし、その評価が日々の練習や道具の手入れを自動的に担ってくれるわけではない。登録の有無だけで芸の価値を測らず、それぞれの地域で誰が何を支えているかを見ることが大切だ。

子どもが加わること、続けられること

名古屋の大森学区自治会は、検藤流棒の手について、大人に加えて子どもたちも演武に参加すると紹介している。棒や竹刀などを使う芸で、起源については神事や自衛のための武術など複数の説があるという。ここでも、一つの起源を断定するより、地域がどう伝えているかに耳を傾けたい。[7]

子どもが一度舞台に立つことと、何年も続けられることの間には距離がある。教える人の時間、練習する場所、道具を使える状態に保つ仕事。継承を考える際には、参加のきっかけと同時に、参加を続ける条件を問う必要がある。

文化庁の令和7年度補正予算による地域文化財総合活用推進事業は、用具の整備、記録作成、後継者養成やその拠点整備を支援対象に挙げる。少子高齢化などによる伝統行事の危機を、地域社会の維持にも関わる課題として位置づけている。これは全国的な制度の説明であり、今回の八団体への交付決定を示すものではない。[8]

映像記録にも役割がある。文化庁は、伝承や普及など目的に応じた記録づくりと、その活用の重要性を示してきた。見せるための映像と、動きを学び直すための記録では、必要な撮り方や説明も変わる。記録を残すことと、教わる相手がいることを、ともに考えたい。[9]

舞台の先にある、次の稽古へ

開場は正午、開演は12時30分、終演は17時頃の予定。入場無料で事前申込は不要だ。会場は桑名市中央町3丁目20番地。県の案内では、一団体あたり20~30分程度の演舞を予定している。最新の開催情報は公式案内で確認できる。[1]

客席では、獅子の表情だけでなく、支える人の動きにも注目したい。音を出す人はどこを見ているか。次の所作へ移る合図は何か。上演後に残る関心が、地域の祭りを訪ねることや、地元の芸能を知ることにつながれば、大会の意味はその一日を越える。拍手の後に次の稽古が続く。その条件にまで目を向けることが、受け継ぐ人々への理解になる。