知っているはずの江戸の風景を、もう一度、どこから見ているのか考える。東京国立博物館が9月29日から12月20日まで本館A室で開催する特別展「歌川広重 江戸のベストアングル」は、内山晋(うちやま・すすむ、1893~1980)旧蔵の浮世絵1,025点の受贈を記念する展覧会だ。私的な蒐集から博物館の収蔵品となった作品を通じ、広重の風景表現をまとまりとして読み直す機会になる。[1]
1,025点は受贈した浮世絵の総数で、すべてが一度に会場へ並ぶという意味ではない。展示は三期に分かれ、作品は各期ですべて入れ替わる。よく知られた「名所江戸百景」を中心に見るなら、第3期の11月25日以降が対象となる。開幕時の中心は「東海道五拾三次」だ。[1],[2]
三つのシリーズを、三つの時間で見る
| 期間 | 主な内容 |
|---|---|
| 9月29日~10月25日 | 「東海道五拾三次」と江戸名所 |
| 10月27日~11月23日 | 「木曽海道六拾九次」と諸国名所・花鳥画 |
| 11月25日~12月20日 | 「名所江戸百景」の世界 |
シリーズを通して見ることには、一枚の名品を見るのとは違う意味がある。画面の近くに何を置くか。遠くの景色まで、どこに視線を通すか。人物を大きく描くか、小さく散らすか。異なる場所を描いた版画をたどれば、広重が風景を選ぶだけでなく、見せ方を組み立てていたことに目が向く。
蒐集の始まりは、故郷の港だった
東博の紹介によれば、静岡県出身で商事会社を営んだ内山晋の蒐集は、学生時代に故郷の江尻清水湊を描いた広重作品を手にしたことから始まった。本格的な蒐集の契機は、ボストン美術館や大英博物館で浮世絵の展示を見たことだったという。[1]
身近な土地の記憶と、海外の美術館で受けた刺激。その両方が一つのコレクションにつながった経緯は、浮世絵を日本国内だけで完結する文化として捉えない視点を与える。作品は制作された時代を離れて移動し、別の場所で見られ、評価され、再び集められてきた。
今回の受贈の意味も、名品が増えたという一点にはとどまらない。まとまった作品群が収蔵されることで、展示のたびに比較する対象を変え、別の問いから見直す土台ができる。これは今後の具体的な研究成果を約束する話ではなく、コレクションが公共の場に置かれることの意義である。
火消の家に生まれた、江戸の絵師
歌川広重(うたがわ・ひろしげ、1797~1858)は、江戸の火消の家に生まれた。静岡市東海道広重美術館によると、家業を継ぐ一方、1811年頃に歌川豊広へ入門した。画号の「広重」は、師の名から「広」、自身の名から「重」を取ったものだ。[3],[9]
1833年頃に刊行が始まった保永堂版の「東海道五拾三次之内」は、当時の旅への関心を背景に人気を得た。広重の名所絵は、宿場や道を描きながら、その場所の気候や時間、人の営みも画面に収める。風景を単なる地名の説明として終わらせないところに、繰り返し見たくなる理由がある。[3]
本展の第1期には「日本橋 朝之景」や「庄野 白雨」が挙げられている。出発の朝と、旅の途中で出合う雨。同じ街道のシリーズでも、見る側が感じる時間の速さは変わる。地図なら一本の道としてつながる行程が、版画では異なる経験の連なりになる。[2]
「木曽海道」は、広重一人のシリーズではない
第2期の中心となる「木曽海道六拾九次」は、渓斎英泉(けいさい・えいせん)と広重が手掛けたシリーズだ。中山道広重美術館の解説では、起点の日本橋と69宿を描く70枚揃で、英泉が24図を制作した後に広重へ引き継がれた。[4]
出版社も途中で変わり、版権が移って再版された。展覧会を「広重展」と呼んでも、作品の成り立ちには別の絵師や出版者がいる。作者名だけでなく、シリーズ名や版元にも注意を向けると、風景版画が企画され、売られ、繰り返し制作された出版物だったことが見えてくる。[4]
一枚の色を生む、絵師以外の仕事
多色摺りの木版画である錦絵は、絵師が一人で仕上げた絵ではない。アダチ伝統木版画技術保存財団は、絵師、彫師、摺師と、制作をまとめる版元による仕事として説明する。図案を版木に移し、彫り、色を重ねて紙へ摺る。その工程を経て、手に取れる一枚ができる。[5]
とりわけ空や水面の微妙な濃淡を見るときは、「ぼかし」に注目したい。木版技術を継承するアダチ版画研究所の解説では、版木に絵具をのせる刷毛の調整が、ぼかしの表現を支える重要な要素となる。なだらかな色の変化も、単なる塗り分けではなく、摺りの仕事によって生まれる。[6]
構図を考える広重の力と、線や色を紙に実現する職人の技術。この二つを切り離さずに見ると、小さな人物や雨の線、遠景の淡さが、背景以上の意味を持ち始める。鑑賞の対象は描かれた風景だけでなく、それを見えるものにした手の仕事へも広がる。
名所の景色を、見慣れない角度から
第3期の「名所江戸百景」には、「亀戸梅屋舗(かめいどうめやしき)」や「大はしあたけの夕立」が含まれる。いずれも1857年の作品だ。大きく迫る近景や、斜めに走る橋と雨。画面をどこで区切り、どの方向へ視線を動かすかが、場所の印象を変える。[2]
ここでの「名所」は、景観の形を正確に写すという目的だけでは説明しきれない。木や橋をどの大きさで扱うかによって、見る人は景色の外から眺めることも、その場へ踏み込んだように感じることもできる。現在の写真に慣れた目であれば、何を画面の外へ切り落としたのかにも注目してみたい。
この表現は海外でも別の作品へ受け継がれた。ファン・ゴッホ美術館の作品解説によれば、ゴッホは1887年に広重の雨の橋をもとに絵画を制作し、雨を細い筆による線で表した。木版画を油彩へ移す過程では、同じ構図も別の素材と筆触を持つ。広重への関心を、単に「西洋にも影響した」で終わらせず、どの表現がどう変わったのかまで比べられる例だ。[8]
保存するからこそ、いつでも全部は見せられない
博物館へ入った作品は、常に展示できるわけではない。東博は予防保存の説明で、光や展示期間を管理して保存と公開を両立させるとしている。浮世絵版画など、色あせしやすい染料を用いた作品はとくに光への配慮が必要だ。[7]
展示替えは、見る機会を区切る。その一方で、作品を次の観客へ渡す条件でもある。今回の三期構成のすべてを保存上の理由だけに帰すことはできないが、収蔵と常時展示が同じではないことは、来館計画にも関わる。目当ての作品がいつ出るかを調べることから、鑑賞は始まる。
来館前に確認したいこと
通常の開館時間は9時30分~17時、金曜・土曜は20時まで。入館は閉館30分前までで、一般の当日観覧料は1,500円、大学生は500円。休館日の特例や無料対象者、最新の展示情報は、東博の公式案内で確認したい。[1]
有名な一枚を見つけるだけでも楽しい。しかし、この受贈記念展で試したいのは、目を止める場所を少し変えることだ。人物の歩く向き、道の曲がり方、空の濃淡。一つの細部から隣の作品へ視線を移すと、江戸の風景は懐かしい図柄である以上に、見るという行為を組み立てた表現として立ち上がってくる。

