トレイルが事業の基本設計になる
BASE TRESは2012年、代表の松本潤一郎氏が地元の高齢者から、かつて炭焼きや日常の移動に使った道の話を聞き、「西伊豆古道再生プロジェクト」を始めた。2013年にはYAMABUSHI TRAIL TOURを開始。現在は約40キロのコースを案内し、講習、レンタル、自転車、電動アシスト車も用意する。
売る商品はライドだが、仕事は客が来る前から始まる。地区・管理者の許可を得て、倒木と藪を除き、排水を整え、路面を点検し、安全に案内し、傷んだ場所を直す。観光は使われなくなった道に「料金を払う利用者」を与え、道は観光に固有の物語を与える。
事業は外側へ広がった。伐り出した木をBASE TRESやLODGE MONDOの改装材、薪ストーブ燃料、伊豆田子節の燻し材に使う。ハイク、カヤック、釣り、採取も組み合わせた。2025年7月には松崎町に30席の薪火レストランQUEBICOを開業。2026年1月、観光庁「サステナブルな旅アワード」準大賞の受賞を発表した。
物質、金、知識を追う
| 森から出るもの・活動 | 次の使い道 | 戻る価値 |
|---|---|---|
| 再生した炭焼き道・生活道 | MTBとハイクのガイドツアー。 | 料金、雇用、継続的な点検。 |
| 幹・枝 | 内装材、薪、かつお節の燻し材。 | 利用されにくい材の市場。 |
| 木の熱 | QUEBICOの調理、給湯、暖房。 | 飲食売上と化石燃料購入の削減。 |
| 木灰 | 地元農家の土壌改良材。 | 成分と量が適切なら養分を土へ戻す。 |
| 魚、ジビエ、野菜、山菜 | 料理と採取・釣り体験。 | 訪問客支出が複数の生産者へ届く。 |
| ガイドの山の知識 | 解説、安全、研修。 | 暗黙知が地域の有償技能になる。 |
本当の循環経済には少なくとも三つの輪がある。物質の輪は木と養分を活かす。資金の輪は観光収入を人件費と整備へ戻す。知識の輪は土地所有者の記憶、林業、道づくり、料理技術を次世代へ渡す。物質だけ数えれば、維持できる人という最重要資源が消える。
里山は「手つかずの自然」ではなかった
集落に近い林は、燃料、木炭、落ち葉、飼料、きのこ、杭、食料を供給した。ナラなどの広葉樹は根元近くで伐って萌芽更新させる。繰り返す伐採と採取が、若い林、草地、田畑、水辺のモザイクをつくった。
人のいない自然ではなく、反復労働が形づくった自然だった。開けた環境を好む種がいる一方、老木や枯死木を必要とする生物もいる。管理は自動的に善ではないが、放棄も生息環境を変える。問うべきは「人か自然か」ではなく、どの介入を、どの強さで、何の生態的成果のために行うかだ。
西伊豆の古道はこの生産景観のインフラだった。炭焼きには窯場と薪炭林への道が必要で、住民は車道以前から集落、畑、山、海を結んだ。勾配と行き先に経済関係が刻まれた道である。
道を消したエネルギー革命
20世紀半ばまで薪と木炭は家庭・産業の普通の燃料だった。灯油、LPガス、電気、都市ガスは少ない日常労働で高密度のエネルギーを提供し、自動車は移動を舗装路へ移した。炭焼き道は荷物も通行者も失った。
同時に戦後日本は復興木材を見込み、スギ・ヒノキを大規模に植えた。後に安い輸入材と高い国内人件費が林業採算を弱めた。国土は森林に覆われたままでも、人工林は間伐を要し、広葉樹の薪炭林は定期利用を失った。緑の山が経済的には放置されることが起きた。
森林面積と森林状態は違う。密な林は下層植生やアクセスを失うことがある。放置された薪炭林は別の生息環境へ遷移し、太い木が増え、伐採が作った年齢のモザイクを失う。整備は「伐れば手入れ」とせず、目標状態を定めなければならない。
| 時代 | 山との関係 | 残したもの |
|---|---|---|
| 近世以前 | 道が人、炭、薪、食料、資材を運ぶ。 | 濃い地域知と頻繁に利用する薪炭林。 |
| 明治〜戦前 | 市場、林業、沿岸交易が拡大。 | 資源利用が商業化し広域につながる。 |
| 戦後復興 | スギ・ヒノキ造林が加速。 | 成熟した人工林資源と高い管理費。 |
| 高度成長 | 化石燃料、輸入材、自動車が地域系を代替。 | 炭焼き道と広葉樹燃料市場が衰退。 |
| 人口減少期 | 所有者と担い手が減る。 | 境界、アクセス、管理知識がボトルネックに。 |
| 西伊豆モデル | 体験、食、熱が管理需要をつくる。 | サービス経済で生産景観を支える試み。 |
なぜ自転車が森を支えられるのか
急峻で所有が細分化した土地では、低価格の木材だけで丁寧な整備費を賄いにくい。体験は搬出材1キロ当たりより高い価値を生める。同じ1キロの道を、追加伐採なしに何度もガイド商品として提供できる。
ガイドは許可、道の知識、移送、安全、講習、機材、解説を束ねる。初心者は地形だけでなく安心を買い、上級者は単独では見つけにくい道への正当なアクセスを買う。
アクセスは無条件の自由利用ではない。トレイルは所有権、集落慣行、責任を横切る。BASE TRESは関係地区・管理者の許可を得て再生すると説明する。この社会的許可が資産である。無管理の情報拡散は私有地へ利用者を送り、協力関係を壊しうる。
トレイル教室――再生は毎日続く
一度開いた道も完成ではない。雨水は轍に集中し、タイヤは土を緩め、根が露出し、枝が落ち、植物が戻る。急斜面と台風の伊豆では排水が中心技術になる。水を侵食させず道外へ逃がす必要がある。
| 管理仕事 | 意味 | 追うべき証拠 |
|---|---|---|
| 所有者協定 | 許可、責任、閉鎖条件を定める。 | 範囲、更新、紛争処理。 |
| 排水・路面 | 侵食、土砂流出、危険な轍を抑える。 | 大雨後点検、補修時間、流出地点。 |
| 利用者管理 | 速度と技能を共有景観に合わせる。 | 人数、事故、苦情、ヒヤリ事例。 |
| 季節閉鎖 | 飽和土壌、野生生物、林業作業を守る。 | 明確な発動基準と遵守。 |
| 生態モニタリング | 道外の攪乱を発見する。 | 植生、外来種、野生生物記録。 |
| 整備財源 | 流行後の放置を防ぐ。 | 利用者・ツアーごとの整備配分。 |
MTBは設計・管理されれば保全を支えられる。無管理なら侵食、種子拡散、野生生物への攪乱、歩行者との衝突を招く。「再生済み」は開通日ではなく、適応的に維持する制度を意味すべきだ。
QUEBICO――100%の範囲を読む
QUEBICOにはガスが引き込まれていない。管理する森から木を選び、伐り、薪にする。直火で料理し、木質バイオマスボイラーで給湯と2フロア4台のパネル暖房を賄う。事業者はこれを「熱エネルギー自給率100%」と表現する。
「熱」という限定が重要だ。照明、冷蔵、換気、エアコン、ポンプなどは電気を使う。車、チェーンソー、食材配送、客の移動も境界外でエネルギーを使う。オフグリッドではなく、そう主張もしていない。
店舗は調理・給湯・暖房から化石燃料をなくし、年18.7トンのCO₂を削減すると推計する。公式サイトには基準燃料、薪含水率、燃焼効率、算定式、第三者検証の全詳細はない。監査済みライフサイクル結果ではなく、運営者推計として読むべきだ。
木質バイオマス――再生可能でも無煙ではない
木を燃やせば今すぐ二酸化炭素が出る。持続的に伐採し、再成長し、景観全体の炭素量を保ち、輸送・加工が小さく、高効率で燃やし、化石燃料を置き換えるなら削減に寄与しうる。排出は今日、再吸収は数年〜数十年なので時間も重要だ。
正しい比較は「店がなければ木はどうなったか」。森に残って炭素を蓄えたか、整備で切られ腐ったか、長寿命製品になったか、別の場所で燃えたか。必要な道整備で出た枝と、熱だけのために伐る健康な老木は炭素物語が違う。
大気汚染も見る。木煙には微小粒子、窒素酸化物、有機汚染物質が含まれうる。乾燥薪、制御燃焼、適切なボイラー、煙突位置、保守で減らせる。「地元産」は距離の説明で、清浄さの自動保証ではない。
| 主張 | 必要な証拠 | 見落とし |
|---|---|---|
| 再生可能な木 | 伐採計画、再成長、景観炭素量。 | 必要な時間内に全て再成長すると仮定。 |
| 化石燃料熱を代替 | 有効熱量と信頼できる基準燃料。 | ボイラー効率と補助電力。 |
| 地元燃料 | 産地、輸送、加工記録。 | チェーンソー、車、乾燥、通勤。 |
| 清浄燃焼 | 含水率管理、機器基準、保守。 | 従業員・近隣の微小粒子曝露。 |
| 正味炭素便益 | ライフサイクル境界と時間幅。 | 制度上、煙突排出をゼロ扱いすること。 |
灰が輪を閉じる――ただし慎重に
QUEBICOは木灰を地元農家へ土壌改良材として届ける。灰は森林から運んだカルシウム、カリウムなどを土へ返し、アルカリ性なので酸性土壌のpHを適量で上げられる。
万能肥料ではない。成分は樹種、土壌汚染、燃焼で変わり、過剰散布はアルカリ化や塩類過多を招く。汚染物質が灰へ濃縮する場合もある。食用作物では分析と農業指針に従うべきだ。受け入れ土壌が必要とする成分と量が合うときだけ、健全な循環になる。
レストランは熱需要家以上の存在
薪はかさばり単価が低い。レストランは同じ木を熱、香り、接客、物語へ変える。地魚、ジビエ、きのこ、果物、山菜、野菜が場所の価値を含む料理になる。客は森を走り、その木を使った宿に泊まり、採取や釣りをし、森の熱で調理された食を味わえる。
垂直統合は一回の滞在で支出を広げる。雨でライドが中止でも夕食は提供でき、食事客が翌日ツアーを予約できる。宿、道、食が互いに客を送る。
ただし「地産」も正確に読む。メニューには輸入コーヒー、ワイン、香辛料などもある。矛盾ではない。真剣な地域経済は密閉系ではない。どの高価値関係を地域化し、何を輸入し、両者を正直に区別するかが大切だ。
循環型、持続可能、再生型は違う
持続可能は一般に、生態・社会条件を枯渇させず維持すること。循環型は廃棄物を設計段階で減らし、資材を有用な価値で回すこと。リジェネラティブ(再生型)はさらに強く、活動前より生態・社会システムを良くするとの主張だ。
西伊豆モデルは事業間の流れを明確につないでいる。再生型かどうかには、森林の構造と種、土・水、炭素、侵食、雇用品質、住民同意、整備へ戻る収入比率を長期測定する必要がある。賞は方法を評価するが、経年証拠の代わりではない。
規模も境界になる。30席店は選んだ地域材を使える。伐採計画なしに何千店へ複製すれば森林・大気への圧力が増える。「もっと木を燃やす」が教訓ではない。「土地に合う管理へ需要を結び、生態的収穫量内に留める」が教訓だ。
地域経済の授業――素材でなく手入れを売る
地方は低価格の素材を出し、高価格の完成価値を輸入しがちだ。丸太を出し、家具が戻る。魚を出し、ブランド料理は別の都市で売られる。若者は複数技能を生かす仕事が少なく流出する。BASE TRESは林業、ガイド、設計、宿、料理、物語を結び、価値連鎖の一部を反転する。
仕事は複合的だ。ガイドはブレーキ技術、天気、救急、土地関係、排水を知る。料理人は樹種、含水率、火、食材を知る。古い産業分類には収まりにくい組み合わせが、小市場で一人分の生計をつくる。
観光も収奪しうる。利益が外部投資家へ流れ、住宅が不足し、住民が文化を演じ、人気場所が傷む。長続きするモデルは資産所有、賃金、収容人数、住民が道を閉じ・変える方法を公開する。
西伊豆の輪を監査する
| 分野 | よりよい指標 | 分かること |
|---|---|---|
| 森林 | 計画面積、樹齢・樹種、炭素、生息環境。 | 伐採量だけでは生態回復を示せない。 |
| トレイル | 整備時間、侵食地点、事故、閉鎖日。 | 開通距離が状態と費用を隠すのを防ぐ。 |
| エネルギー | 有効熱、薪水分、排ガス、補助電力。 | 薪量と効率・清浄熱は同じでない。 |
| 経済 | 地域賃金、調達比率、供給者数、整備配分。 | 客数だけでは金が残る場所を示せない。 |
| 地域社会 | 所有者協定、住民意見、紛争処理。 | 社会的許可もインフラである。 |
| 学習 | 研修、徒弟、技能継承。 | 創業者より長く知識が残るか。 |
歴史的意味――道は用途を変え、記憶を残す
古道は最初、必要の経済に属した。薪、炭、移動に人力が必要だから歩いた。化石燃料と自動車がその労働を不要にし、道は藪へ消えた。新事業は昔の生活を再現しない。客は楽しみで走り、料理人は燃料を高付加価値体験へ変え、ネット予約が遠方客を呼ぶ。
それでも物理的論理は残る。森、集落、川、海が近い。管理は資材を生み、資材はエネルギーを持ち、知識は繰り返し土地へ入る人に宿る。革新は、歴史を牧歌化せず、自然を手つかずと装わず、この関係へ現代収入を結ぶことにある。
戦後日本は規模、標準化、輸入エネルギーを評価した。西伊豆は別の命題を試す。急斜面、忘れられた道、広葉樹林、漁村、空き建物という制約を見える価値にし、一つの体験へ結べば、小さな場所も競争できる。
輪は完全ではない。客は車で来る。電気と食材は地域境界を越える。木煙には排出があり、道利用には生態費用がある。基準は完全性ではなく、透明な改善だ。境界を示し、流れを測り、所有者の声を聞き、物語を売った後に森が本当に良くなっている輪こそ有用である。
西伊豆の最重要商品は自転車ツアーでも薪火料理でもないかもしれない。放棄されたインフラを「維持を必要とする記憶」と見直し、訪問客の楽しみを、景観を生かし続ける地道な仕事へ変える方法なのである。
資料・さらに学ぶために
- YAMABUSHI TRAIL TOUR — コース総延長、ツアー、古道再生事業。
- BASE TRES「古道再生プロジェクト」 — 年表、許可、炭焼き道、木の用途。
- BASE TRES「私たちについて」 — 人材、会社史、森・海・観光の接続。
- QUEBICO公式サイト — 熱エネルギー境界、薪、灰、食材、CO₂推計。
- LODGE MONDO「QUEBICO開業」 — ボイラー、暖房用途、電力の除外。
- BASE TRES「サステナブルな旅アワード受賞」 — 受賞歴と他地域への展開構想。
- 林野庁「森林・林業白書」 — 日本の森林史、資源、担い手、木材市場。
- 林野庁「森林資源の現況」 — 面積・構成の公式統計。
- SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ — 社会生態学的生産景観。
- 環境省「里地里山の保全」 — 国内政策と景観の背景。
- Ellen MacArthur Foundation「循環経済入門」 — 資源循環と設計原則。
- IPCC第6次評価報告書・第3作業部会 — バイオエネルギーと炭素会計の条件。
