東京のランウェイは、ひとつの顔を持たない。だから面白い。2026年の東京ファッションを見ていると、ひとつの大きな流行よりも、複数の強い声が同時に立ち上がっていることに気づく。FETICO、någonstans、YOHEI OHNO、RYUNOSUKEOKAZAKI。四つの名前は、同じ方向を向いているわけではない。むしろ、それぞれがまったく違う未来を指している。

FETICOは、女性の身体と視線の主導権をめぐるブランドである。någonstansは、旅と日常、機能とリラックス、都市と自然のあいだにいる。YOHEI OHNOは、服と身体の関係を構造とユーモアでずらす。RYUNOSUKEOKAZAKIは、服をほとんど祈りや彫刻に近いところまで押し上げる。東京が世界に提示できる強さは、ひとつの完成された流派ではなく、この差異の密度にある。

Rakuten Fashion Week TOKYO 2026 A/Wでは、33のコレクションが発表され、30の公式デザイナーショーと3つのパートナーショーが並んだ。Vogue Businessは、今季の東京について、FETICO、Pillings、Kamiya、Keisuke Yoshidaなど一部の有力若手が公式会期外で発表したことにも触れつつ、東京が次世代デザイナーの発見の場として重要性を増していると報じた。つまり、今の東京を見るには、公式ランウェイだけでは足りない。公式、オフスケジュール、ストリート、店、SNS、海外バイヤーの視線。そのすべてを合わせて、東京の次が見える。

四つの名前、四つの方向

FETICO船山瑛美氏による、身体・センシュアリティ・女性像の再編集
någonstans植田みずき氏による、旅・自然・リラックス機能の大人服
YOHEI OHNO2014年設立、服と身体の関係を実験的に再定義
RYUNOSUKEOKAZAKI祈り、平和、彫刻的身体装飾を服へ変える
33Rakuten FWT 2026 A/Wの総コレクション数
16Vogue Businessが報じたJFWO招待の国際ゲスト数

この四組を並べると、東京の幅がよく見える。FETICOは、いまの日本のウィメンズウェアで最も明確なブランド・アイデンティティを持つ一つである。någonstansは、ENFÖLDの思想から派生しながら、旅と自然に向かう。YOHEI OHNOは、商業性と奇妙さのバランスで、東京の買える実験性を示す。RYUNOSUKEOKAZAKIは、服がアートに接近する地点を示す。

ここに共通するのは、いずれも“東京らしい”ということだ。ただし、その東京らしさは、原宿だけでも、青山だけでも、渋谷だけでもない。センシュアルな女性像、機能的な旅服、変形する日常着、祈りの彫刻。東京は、複数の身体を同時に持っている。

東京の強さは、ひとつの答えを出さないところにある。FETICO、någonstans、YOHEI OHNO、RYUNOSUKEOKAZAKIは、その未完成な多声性をそれぞれ別の角度から照らしている。

FETICO:女性の身体を、誰のために見せるのか

FETICOは、船山瑛美氏が手がけるブランドである。Rakutenは2025年8月、Rakuten Fashion Week TOKYO 2026 S/Sにおいて、FETICOのショーを“by R”プロジェクトで支援すると発表した。Rakutenの発表は、FETICOを船山氏が創設したブランドとし、ホリスティックビューティーブランドTHREEとのコラボレーションでランウェイショーを行うと紹介した。

Vogue Businessは2025年9月の東京SS26総括で、FETICOがRakutenのby R支援を受けて、これまでで最も大きなショーを行ったと報じた。また、FETICOのランジェリー的なファッションの進化が強く印象に残ったとし、日本の独立系ウィメンズウェアが世界の顧客に向けて、明確なブランド・アイデンティティを持つ必要性の例として触れている。

FETICOの魅力は、肌を見せることそのものではない。身体をどう見せるか、誰がその視線を支配するかにある。透ける素材、カットアウト、タイトなライン、ドレープ、レース、ニット、ランジェリーの記憶。これらは、男性の視線へ差し出されるセクシーさではなく、女性が自分の身体を編集するための装置として働く。

日本のウィメンズウェアは、長く“かわいい”か“モード”か“実用”かで語られがちだった。FETICOは、その間に別の領域を作る。強く、脆く、官能的で、管理されている。服は身体を隠すのではなく、身体の所有権を再交渉する。そこに、FETICOがいま注目される理由がある。

FETICOの歴史的文脈:ランジェリー、モード、東京の女性像

FETICOを理解するには、日本の“見せる服”の歴史を見る必要がある。1980年代の日本モードは、身体の輪郭を隠すことによって西洋的な女性美を揺さぶった。川久保玲や山本耀司の黒、余白、非対称は、女性の身体を消したのではなく、別の見え方へ移した。

一方、1990年代以降の東京ストリートでは、ギャル、ロリータ、原宿、制服文化、ランジェリー的アイテム、アイドル的なかわいさが広がった。女性が装う身体は、常に社会の視線と交渉してきた。FETICOは、その歴史の上に立ちながら、かわいさでも反身体的なモードでもない、現代的なセンシュアリティを提示する。

それは、国際的にも通じる言語である。2020年代のファッションでは、身体、ジェンダー、視線、自己演出、SNS上の見られ方が重要なテーマになっている。FETICOは、その議論を東京のウィメンズウェアとして翻訳している。

någonstans:どこかへ行くための服

någonstansは、2017年にENFÖLDから生まれたブランドとして知られ、クリエイティブ・ディレクターは植田みずき氏である。公式サイトは、ブランド名をスウェーデン語で「どこかへ」「ある時」を意味すると説明する。日常と離れた“どこか”へ向かい、新しい自分に出会う。そんなコンセプトがブランドの基盤にある。

THE TOKYOのブランド説明は、någonstansを“旅”や“自然”からインスパイアされた、自由で本質的な美しさを大切にしたブランドと説明し、リラックス感と機能性を備えたデザインで、アクティブな大人の女性の日常に寄り添うと紹介している。Fashion Pressも、2017年のリゾートコレクションから始まった日本ブランドとして、ENFÖLDの新ブランドとして誕生し、大人の女性に向けたリラックスしたホリデースタイルやスイムウェアを展開すると紹介している。

någonstansは、ランウェイの劇的なブランドとは少し違う。むしろ、日常がどこかへ出ていく瞬間に強い。旅行、海、山、ホテル、飛行機、雨、プール、週末、都市の移動。服は、張り詰めたモードではなく、動ける美しさになる。ゆったりしているが、だらしなくない。機能的だが、スポーツウェアそのものではない。大人の女性が、自分の体と予定に合わせて選ぶ服である。

någonstansの意味:ラグジュアリーより“余白”

東京ファッションの中で、någonstansのようなブランドは重要である。なぜなら、すべての東京ブランドがパリ的なドラマを目指す必要はないからだ。都市で働き、旅をし、家族や友人と過ごし、自然へ行き、日常を少し離れる。その生活を支える服もまた、東京のデザインである。

2010年代以降、日本の女性服には、過剰なトレンドよりも、リラックス、機能、体型をきれいに見せるシルエット、手入れのしやすさ、移動のしやすさを求める流れが強くなった。ENFÖLDやnågonstansは、その流れの中で、実用とデザイン性を両立する場所を作った。

ファッションウィークの文脈では、派手な若手や実験的なブランドが目を引きやすい。しかし、都市のファッション産業を本当に支えるのは、着る人の生活に深く入るブランドである。någonstansは、東京の“生活の中のファッション”を代表する重要な名前である。

YOHEI OHNO:服と身体の関係をずらす

YOHEI OHNOは、2014年設立の東京発ウィメンズウェアブランドである。Rakuten Fashion Week TOKYOの公式プロフィールは、ブランドを「服と身体の関係を、独自の造形と実験的アプローチによって再定義する」存在と説明する。アートと日常の境界を曖昧にし、構造とユーモアのバランス、既成概念を超えた美をブランドの核としている。

Vogue Businessの2026 A/W総括では、Isetan Restyleのバイヤー橋本浩平氏がYOHEI OHNOを評価し、胸元でねじれるエレガントなニットや、前に余分な袖が付いたシャツなどを例に挙げた。素材が変わっているときは形が普通で、形が変わっているときは素材が普通。消費者への入口を作りながら、仕事を更新していると評された。

ここにYOHEI OHNOの強さがある。完全にアートへ行きすぎない。完全に商業へ寄りすぎない。奇妙さを、買える範囲へ落とし込む。服の構造に小さな事件を起こしながら、着る人を置き去りにしない。東京のデザイナーにとって、このバランスは非常に重要である。

YOHEI OHNOと“商業的な実験”

日本の若手ブランドが世界で評価されるには、創造性だけでは足りない。バイヤーは、売れるかどうかも見る。Vogue Businessは、今季の東京がいつもより商業的に成立しやすいという評価も紹介し、日本ブランドは品質、納期、フィット、アジアの顧客への相性で需要が高いとするバイヤーの声を伝えている。

YOHEI OHNOは、この文脈で重要である。服と身体の関係をずらすが、日常へ戻る道を残す。ねじれたニット、余分な袖、構造的なトップス。見た瞬間に違和感がある。しかし、着られる。売場に置ける。顧客が自分のワードローブに取り込める。この“商業的な実験”こそ、東京が世界市場で強くなるための鍵かもしれない。

パリの若手ブランドは劇的で、ミラノは産業が強い。東京は、その間で、奇妙だが着られる、実験的だが品質がある、という独自の位置を取れる。YOHEI OHNOは、その可能性を示す名前である。

RYUNOSUKEOKAZAKI:服が祈りになる場所

RYUNOSUKEOKAZAKIは、他の三者とはまったく違う場所に立つ。Rakuten Fashion Week TOKYO 2026 A/Wの3月21日の公式記事は、RYUNOSUKEOKAZAKIのコレクションで印象的な金属アクセサリーを、デザイナーと親しいアーティスト辻一徹氏が制作したこと、広島出身の岡崎氏がブランドの根底にある「祈り」のテーマを、世界の平和への願いにもしたいと考えていることを紹介した。

Vogue Businessは、2026 A/Wの東京における芸術的ハイライトとしてRYUNOSUKEOKAZAKIを挙げた。4年ぶりのランウェイショーであり、ウェアラブルな外骨格のような彫刻を作るアーティスト兼デザイナーとして、すでにV&Aやメトロポリタン美術館といった世界的機関に作品が収蔵・展示されていることにも触れた。今回は、よりレディ・トゥ・ウェアへ近づく彫刻を見せたと評されている。

RYUNOSUKEOKAZAKIの服は、ファッションというより儀式に近い。身体から放射状に広がる構造、装飾、祈り、平和、広島の記憶、金属、光。服は、日常のための道具ではなく、身体を通じて何かを捧げるための形になる。東京のランウェイにこうした存在があることは、都市の幅を大きく広げる。

アートとファッションの境界

RYUNOSUKEOKAZAKIを、通常のブランドと同じ基準で見ると、理解しにくい。売れるか。量産できるか。日常で着られるか。もちろん、ファッションビジネスとしては重要な問いである。しかし、岡崎氏の仕事は、別の問いを持つ。服は祈れるのか。身体は彫刻になれるのか。装飾は平和への願いになれるのか。

Vogue Businessが報じたように、岡崎氏の作品はすでに世界の美術機関にも届いている。これは、東京ファッションが持つ重要な可能性である。東京は、売れる服だけでなく、ファッションとアートの境界を揺らす服も持っている。パリのオートクチュールが技術と夢で成立するように、東京にも、祈りと構造で成立する別のクチュール的領域があり得る。

2026 A/Wで岡崎氏がよりレディ・トゥ・ウェアの方向を示したことは、今後を考える上で興味深い。彫刻的な世界を、どこまで服として着られるものへ近づけるか。そこに、ブランドとしての未来と、アートとしての強さの両方がかかっている。

なぜこの四組なのか:東京の四つの未来

FETICO、någonstans、YOHEI OHNO、RYUNOSUKEOKAZAKIを並べると、東京の四つの未来が見える。FETICOは、女性の身体と視線の未来。någonstansは、生活と移動の未来。YOHEI OHNOは、商業的実験の未来。RYUNOSUKEOKAZAKIは、祈りとアートの未来である。

この四つは、互いに競合しているわけではない。むしろ、同時に存在することで東京の厚みを作っている。世界のファッション都市に必要なのは、ひとつの有名ブランドだけではない。買えるブランド、見せるブランド、考えさせるブランド、生活に入るブランド、アートへ行くブランド。その全部が必要である。

東京はしばしば、パリやミラノに比べて制度が弱いと言われる。たしかに、国際的なプレス、バイヤー、ショールーム、資金、スケジュールの課題はある。しかし、デザイナーの幅という意味では、東京は非常に豊かである。課題は、その豊かさを世界へ見える形にすることだ。

世界が東京を見る理由

Vogue Businessは、2026 A/Wの東京が近年で最も国際的なシーズンだったとし、JFWOが16名の国際ゲストを招いたと報じた。また、Isetanや香港I.Tなどのバイヤーが、日本ブランドの品質、納期、フィット、アジア顧客との相性を評価していることも紹介した。日本ブランドは、派手さだけでなく、実際に売れる強さを持っている。

これは重要である。東京のデザイナーは、世界市場で“面白いけれど売れない”存在に留まる必要はない。品質があり、納期があり、フィットがあり、アジアの顧客に合い、北米や欧州のアジア系顧客にも届く。そこに、東京ファッションの商業的な可能性がある。

FETICOの明確な女性像、någonstansの生活機能、YOHEI OHNOの買える実験性、RYUNOSUKEOKAZAKIの芸術的強度。この四つは、それぞれ違う市場と違う読者に届く。東京は一枚岩ではないからこそ、世界のさまざまな入口を持てる。

Japan.co.jpの見方

東京の次を見るなら、大きなブランド名だけを追っていては足りない。FETICO、någonstans、YOHEI OHNO、RYUNOSUKEOKAZAKIのような名前に、都市の本当の変化が現れる。彼らは、東京ファッションが単なるストリートでも、単なるモードでも、単なる商業でもないことを示している。

FETICOは、身体の主導権を服にする。någonstansは、移動する生活を服にする。YOHEI OHNOは、違和感を商品へ変える。RYUNOSUKEOKAZAKIは、祈りを造形へ変える。この四つの変換が同じ都市にあることが、東京の価値である。

2026年の東京ファッションは、完成された王国ではない。むしろ、まだ工事中の都市である。だから、次のデザイナーを見る価値がある。ランウェイの照明の下に、東京の次の産業、次の美学、次の身体、次の祈りが立ち上がっている。

読者のための要点

項目内容
何が起きたかFETICO、någonstans、YOHEI OHNO、RYUNOSUKEOKAZAKIを、2026年の東京ランウェイで注目すべき四つの方向として特集。
FETICO船山瑛美氏による、身体、視線、センシュアリティを扱う注目ウィメンズウェア。
någonstans植田みずき氏による、旅、自然、機能、リラックスを大人の女性服へ変えるブランド。
YOHEI OHNO2014年設立。服と身体の関係を実験的に再定義し、商業性と奇妙さを両立。
RYUNOSUKEOKAZAKI祈り、平和、彫刻的構造を服へ変える、東京のアート寄りファッションの重要名。

Sources and references

この記事は、Rakuten Fashion Week TOKYO、Vogue Business、Rakuten Group、Tokyo Weekender、Fashion Press、någonstans公式サイト、THE TOKYO、StyleZeitgeistなどの資料を参考にしました。