酸化ガリウムを結晶にする炉の内部では、矛盾が熱せられていた。原料を溶かすには1800度前後の高温がいる。酸化物として健全な結晶を育てるには酸素も欲しい。ところが融液を受け止めるイリジウム製るつぼや発熱部品は、その酸素で酸化しやすい。守ろうと酸素を減らせば、今度は結晶側に酸素欠損や微小空隙を招き得る。
さらにイリジウムは、地殻にほとんどない白金族金属だ。東北大学が新成果を発表した2026年7月28日時点の説明では、同年6月の価格は1グラム約4万円。古河メタルリソースの月間指標でも6月平均は3万9513円だった。2022年に研究チームがOCCC法の初期成果を公表した時の約1万5000円から、四年で二倍以上になった。
東北大学発のFOXとC&A、東北大学の鎌田圭、吉川彰両氏、三重大学の姚永昭氏らが取り除こうとしたのは、るつぼの価格だけではない。この「酸素を入れたい結晶」と「酸素を嫌う容器」の衝突そのものだった。
答えは、別の貴金属に替えることではなかった。融液を原料自身で包み、容器を事実上なくすことだった。
原料そのものを「るつぼ」にする
OCCCは「Oxide Crystal growth from Cold Crucible」の略で、コールドクルーシブル(スカル溶解)と、種結晶を回転させながら引き上げるチョクラルスキー法の考えを融合した。2024年にScientific Reportsへ掲載された査読論文は、その仕組みを詳細に記している。
装置の下部には、水冷された銅製のバスケットがある。高周波の電磁場が中央の酸化ガリウム原料を誘導加熱し、融液にする。しかし、冷たい銅に近い外周の原料は溶けず、薄い固体層として残る。この「スカル」が自分自身の容器になり、熱い融液と銅を隔てる。原料の一部が鍋の役割を果たすため、イリジウムるつぼがいらない。
上から降ろしたβ-Ga₂O₃の種結晶を融液表面に触れさせ、回転させながらゆっくり引き上げる。原子が種の結晶配列に沿って固まり、一つながりの結晶が伸びる。2024年の装置はSiC MOSFETを用いた0.4~0.5メガヘルツ、最大35キロワットの高周波電源で、最大直径46ミリの結晶を育てた。
直径を倍近くへ広げるには、単に原料を増やすだけでは足りない。種の細い部分から肩を滑らかに広げ、目標径へ移り、同じ太さの直胴部を保つ必要がある。温度の小さな揺らぎは外形の波打ちや結晶欠陥へ変わる。2026年のチームは高周波発振器と育成炉を改良し、周波数と出力を調整する独自の自動形状・径制御ソフトでこの肩部を制御した。
| 工程 | OCCC法で起きること | 解こうとする問題 |
|---|---|---|
| 融解 | 高周波誘導で中心部だけを約1800度へ加熱 | 抵抗加熱用の貴金属部品を不要にする |
| 保持 | 水冷銅の近くに残る固体原料が融液を包む | イリジウムるつぼの費用・酸化・混入を避ける |
| 結晶化 | 種結晶を回転・引き上げし、融液を単結晶へ固める | 方位のそろったバルク結晶をつくる |
| 大型化 | ソフトが高周波条件を変え、肩と直胴径を自動制御 | 径の揺れと大型化時の欠陥を抑える |
| 雰囲気 | 貴金属を守る必要がなく、高い酸素分圧を使える | 酸素欠損、微小空隙などの低減を狙う |
高価な金属を抜くと、酸素を戻せる
「貴金属フリー」は原材料費の見出しになりやすい。FOXは2024年、OCCCで基板製造コストを従来の100分の1にできる可能性を示した。しかし、これは同社側の将来試算であり、量産工場の監査済みコストではない。装置稼働率、結晶の長さ、切断歩留まり、研磨、検査、電力、再加工まで含めた「使えるウエハー一枚当たり」の数字はまだ示されていない。
より本質的な利点は、雰囲気の自由度だ。従来の溶融成長法では、イリジウムの酸化を抑えるため酸素分圧を低くしなければならない。その条件は、結晶中に酸素空孔をつくりやすく、ナノボイドやマイクロボイドなどの欠陥と結びつくことがある。OCCCでは酸素に弱い貴金属部品がないため、より酸化性の高い環境で結晶を育てられる。
これは「高酸素なら欠陥がすべて消える」という意味ではない。温度勾配、引き上げ速度、径の拡大、熱応力、原料純度は別の欠陥を生む。2026年5月のJournal of Applied Physics論文は、OCCC結晶の種直下中心部でX線ロッキングカーブ半値幅約26秒角という良好な領域を確認する一方、径を広げる肩・翼部ではねじれ型の格子方位差が発達すると報告した。らせん転位密度も中心部の10⁵個毎平方センチメートル級から翼部の10⁶個級へ上がった。
つまり、自動径制御は見た目を丸くする機能ではない。大型化で結晶格子が少しずつ回転し、使える面積を失う問題に対する制御技術でもある。
電気を使うすべての場所にある「見えないスイッチ」
パワー半導体は、情報を計算するCPUとは役割が違う。電力を切り替え、変換し、モーターや電池へ渡す高速スイッチだ。交流を直流へ、電池電圧を別の電圧へ変え、鉄道、工場、太陽光発電、送配電、電気自動車、通信基地局、データセンターの損失を左右する。
スイッチが切れている時には高い電圧を止め、入っている時には抵抗を小さくし、切り替えの瞬間を短くしたい。シリコンは半世紀以上この仕事を担ったが、材料として耐えられる電界には限界がある。ワイドバンドギャップ材料は、より薄い層で高電圧を遮断し、高温・高周波で動かせる可能性を持つ。導通損失を減らし、周辺のコイルや冷却器も小さくできる。
β型酸化ガリウムのバンドギャップは約4.8電子ボルト、理論破壊電界は約8メガボルト毎センチメートルとされる。シリコンカーバイド(SiC)や窒化ガリウム(GaN)より広い「超ワイドバンドギャップ」だ。しかもSiCやGaNと違い、原料を融液にしてバルク単結晶を育てられる。この製造上の違いが、低コスト基板への期待を生んだ。
日本はこの分野の初期史で重要な役割を果たした。情報通信研究機構(NICT)とタムラ製作所、光波は2011年に単結晶酸化ガリウム・トランジスタを実証し、2012年に発表。2013年には最初のMOSFET、2018年にはイオン注入で作った縦型トランジスタを報告した。横に電流を流す研究素子から、厚い基板を縦に使って高電流を扱うデバイスへ、設計は実用の方向へ進んだ。
1960年代 ・ β-Ga₂O₃の結晶・光学特性研究が進む。
2011~2012年 ・ NICTなどが初の単結晶Ga₂O₃トランジスタを実証・発表。
2013年 ・ ゲート絶縁膜を持つGa₂O₃ MOSFETを発表。
2018年 ・ イオン注入による初の縦型Ga₂O₃トランジスタ。
2022年 ・ C&Aと東北大学がOCCC法で約5センチ級の育成を公表。
2024年 ・ 直径46ミリのOCCC結晶を査読誌に報告。FOX設立。
2026年 ・ 全装置貴金属フリーで直径3.5インチへ。詳細をIWGO国際会議で発表。
2029年 ・ FOXなどが掲げる量産開始目標。達成は今後の検証事項。
「結晶」と「半導体製品」の間
ニュース写真の青白い円柱を、すぐ電気自動車やデータセンターへ載せることはできない。育成したバルク結晶は「ブール」と呼ばれる。結晶方位を測り、外周を整え、薄く切り、割れや反りを抑えて研磨する。そこへ高純度のエピタキシャル層を積み、電極、ゲート、絶縁膜を形成し、チップに分割し、熱と高電圧に耐えるパッケージへ封止する。
この鎖のどこかで欠陥や歩留まりが悪ければ、安いるつぼの利点は消える。3.5インチのブールが一本できたことと、同径の無欠陥ウエハーを毎週同じ品質で出荷することは違う。さらに、ウエハーの存在と、何万時間も故障せず動くパワーモジュールの量産も違う。
今回の直径は約88.9ミリ。面積効率では前進だが、SiC産業は6インチから8インチへ移行している。ロームはNEDO事業で2026年、8インチSiCの一貫量産技術を整えたと発表した。GaNも充電器、データセンター電源、高周波用途で商用化が進む。酸化ガリウムが競う相手は研究室のシリコンではなく、すでに工場、顧客、信頼性規格を持つ二つの材料である。
| 材料 | 強み | 現在の弱点・位置 |
|---|---|---|
| シリコン(Si) | 低コスト、巨大な供給網、成熟した加工・信頼性 | 超高電圧・高温・高周波では材料限界が近い |
| SiC | 高電圧と優れた放熱。EV、鉄道、産業・送電で商用化 | 基板・加工コストが高いが、6~8インチ量産で改善中 |
| GaN | 高速・高周波。小型電源、RF、データセンターで強い | 高電圧縦型やネイティブ大口径基板は発展途上 |
| β-Ga₂O₃ | 約4.8eVの広いバンドギャップ。融液からバルク育成可能 | 放熱、p型ドーピング、欠陥、量産・信頼性が未成熟 |
日本国内にも、別の「るつぼなし」がある
直径3.5インチを「世界最大のるつぼフリーGa₂O₃」と表現するのは正確ではない。NEDOとノベルクリスタルテクノロジーは2025年12月、原料を上から連続供給するDrop-fed Growth(DG)法で直径95ミリ、長さ50ミリのn型β-Ga₂O₃結晶を育成したと発表した。こちらもイリジウムるつぼを使わず、従来EFG法の10分の1の基板コストを見込むとしている。
二つの成果は競合しつつ、焦点が違う。DGは95ミリという寸法と連続供給による長尺化を示した。OCCC側の主張は、るつぼだけでなく、ヒーターを含むバルク育成装置のどこにも貴金属部品を使わず、高い酸素分圧と自動径制御を組み合わせたことにある。どちらが最終的に安く高品質なウエハーを出せるかは、結晶写真では決まらない。
両陣営とも2029年前後を一つの節目に置く。ノベルクリスタルテクノロジーは同年に150ミリ、2035年に200ミリを目指す。FOXは2029年の量産開始を掲げる。これは日本が酸化ガリウムの材料、装置、基板、デバイスを国内でつなぐ産業機会を見ていることを示す一方、目標年は科学的結果ではなく事業ロードマップである。
酸化ガリウムの「アキレス腱」
最大の物性上の弱点は熱だ。β-Ga₂O₃の熱伝導率は結晶方向によっておよそ10~27ワット毎メートル・ケルビン。SiCの約490、GaNの約200~230、シリコンの約150に大きく劣る。低損失材料でも、チップ内部の電流集中やスイッチングで熱は生じる。逃がせなければ性能を下げ、寿命を縮める。
そのため薄膜をSiC、ダイヤモンド、銅など熱を流しやすい土台へ接合する研究や、裏面を薄くする設計、両面冷却、高性能パッケージが必要になる。結晶を安くしても、熱対策のパッケージが高ければシステム全体の優位は縮む。
もう一つはp型ドーピングだ。シリコンのCMOSや多くのパワーデバイスは、電子が主役のn型と、正孔が主役のp型を組み合わせる。β-Ga₂O₃ではアクセプターが深く、正孔が局在しやすいため、実用的なバルクp型伝導が難しい。n型ユニポーラ素子には大きな可能性があるが、設計の自由度はSiやSiCより狭い。
そして供給網には別の金属問題が残る。イリジウムを装置から抜いても、ガリウムそのものは必要だ。米国地質調査所によると、中国は2023年に世界の一次ガリウム生産の最大98%、2024年には約99%を占めた。輸出規制も続く。原料使用量、リサイクル、備蓄、調達先の多様化は、結晶技術とは別に解かなければならない。
- 再現性: 同じ直径・長さ・品質のブールを連続何本つくれるか。
- 全径品質: 中心から端までの転位、ボイド、ひずみ、不純物の分布。
- 長さ: 直径だけでなく、切り出せるウエハー枚数を決める直胴長。
- 歩留まり: 切断・研磨・エピ成長を経てデバイスに使える面積の割合。
- スループット: 一回の育成時間、装置稼働率、高周波電力消費。
- 一枚当たり費用: 装置、原料、エネルギー、検査、廃棄を含む実コスト。
- 信頼性: 高電圧・高温・長時間動作での劣化とパッケージ寿命。
発表、査読、そして量産の証拠
今回の3.5インチ成果は、東北大学のプレスリリースで公表され、2026年8月4日に米メリーランド州で開かれたInternational Workshop on Gallium Oxide and Related Materials(IWGO 2026)で「OCCC法に特化した自動径制御システムによるβ-Ga₂O₃バルク単結晶育成」として発表された。2024年の46ミリ育成法と2026年の欠陥解析には査読論文があるが、3.5インチ育成そのものの詳細な査読論文は、記事公開時点で確認できない。
これは成果を否定する話ではない。証拠の段階を分けるためだ。プレス発表は何ができたかを早く伝える。国際会議は専門家の議論に開く。査読論文は装置条件、測定、再現性を検討可能にする。工場での量産データは、それらを経済と品質保証へ移す。読者が見るべきは、研究が今どの階段にいるかである。
OCCCの階段は確かに上がった。2022年の約5センチ級、2024年の査読済み46ミリ、2026年のX線欠陥地図、そして3.5インチと自動径制御。高価なイリジウムを避けるアイデアから、大型結晶の輪郭を制御する装置へ進んだ。
次は輪郭の内側だ。高酸素雰囲気が実際にボイドをどこまで減らしたか。3.5インチの端まで転位密度がそろうか。長い直胴を何度も再現できるか。切断後のウエハーとエピ層が高電圧デバイスでどれだけ長く動くか。ここから先は、一枚の鮮やかな結晶写真よりも、地味な分布図と歩留まり表が重要になる。
未来――材料の矛盾を、設計でほどく
酸化ガリウムがSiCとGaNを置き換える未来を、今断言することはできない。おそらく材料は用途ごとに棲み分ける。Siは安価な大市場に残り、SiCは高電圧と放熱、GaNは高速・高周波で伸びる。Ga₂O₃は、熱を管理でき、p型を必ずしも必要としない高電圧スイッチや高周波用途から足場を築く可能性がある。
それでもOCCCの発想には、材料科学の強さがある。希少金属を少し節約したのではなく、材料と容器が互いを傷める関係を装置設計で解き直した。水冷銅の内側で、溶け残った原料が自ら壁になり、高周波が中央だけを液体にする。古い制約を守りながら改良するのではなく、制約が必要だった理由を消した。
直径3.5インチの結晶は、完成品ではない。だが、完成品へ至る道で何を安くし、何をまだ解かなければならないかを見える形にした。もし2029年の量産目標が達成されるなら、その成功は「大きな結晶を一度つくった日」では測られない。同じ結晶を何度も、長く、欠陥少なく育て、切った円盤の一枚一枚が高電圧を支えた時に測られる。
炉の中で消えたのは、イリジウムのるつぼだった。産業化への試練は、そこから始まる。
- 東北大学「次世代パワー半導体用酸化ガリウム単結晶の大型化に成功」――3.5インチ成果、装置、参加機関、助成、IWGO発表情報。
- Scientific Reports「A novel growth method for bulk Ga₂O₃ single crystals without a noble-metal crucible」――OCCCの装置原理、46ミリ結晶、初期品質評価。
- Journal of Applied Physics「Synchrotron-radiation x-ray topography and reticulography of bulk β-Ga₂O₃ crystals grown by the cold crucible method」――2026年の格子方位・転位解析。
- NEDO「世界最大級・直径95mmの酸化ガリウム単結晶を育成」――DG法との比較、寸法、費用試算、ロードマップ。
- NICT・世界初の単結晶Ga₂O₃トランジスタ、2013年MOSFET、2018年縦型トランジスタ。
- Advanced Electronic Materials・Ga₂O₃パワー半導体レビュー――バンドギャップ、破壊電界、熱・デバイス課題。
- 米国地質調査所・Critical Minerals Review 2026――ガリウム供給集中と輸出規制。
- NEDO・8インチSiCウエハー量産技術――商用競争環境の比較。
編集注: 3.5インチ結晶の寸法と貴金属フリー装置は研究チームの2026年7月発表に基づく。2029年量産、100分の1の基板費用などは企業・事業側の目標または試算であり、実証済み市場価格ではない。性能値は材料の理論・代表値で、完成デバイスの性能を保証しない。
