桜の幹の根元に、細いうどんのようなものが落ちている。色は明るい橙色から褐色。近づけば、土でも樹液でもない。樹皮の下で木を食べる幼虫が、坑道から押し出した木くずと糞の混合物――フラスである。

2026年6月17日、国民宿舎小豆島の依頼で、小豆島町池田の桜並木を調べていた樹木医が、サクラ2本と隣接するスモモ1本で疑わしいフラスを見つけた。香川県環境保健研究センターが7月7日にフラスを分析し、クビアカツヤカミキリAromia bungii特有のDNAを検出した。翌8日、県の環境・農業職員が現地で成虫を捕獲した。香川県で初めての確認だった。

始まりは一匹でも、問題は一匹ではない。成虫が現れるまで、幼虫は木の中で通常2年を過ごす。捕まえた成虫がその場所で羽化したのか、別の場所から飛来したのか。近くのどの木に何匹がいるのか。すでに何個の卵が産み付けられたのか。見える成虫は、地下ではなく「樹皮下」に隠れた時間の、最後の短い場面にすぎない。

大切な読み方:県内初の成虫捕獲は、小豆島全域に定着したことを証明しない。一方、一匹を駆除したから侵入を止めたとも言えない。確認地点のフラスからDNAが出ており、別のスモモ園でも被害が疑われた。必要なのは、推測で「島じゅう」と広げることでも、安心することでもなく、木ごとの分布を調べ、複数年追跡することだ。

6月のフラス、7月の成虫、8月の果樹園

最初の確認地点は、国民宿舎小豆島から城山公園へ続く桜並木と隣接するスモモ樹だった。7月12日には、海を隔てた県東部の東かがわ市三本松でも、民家に隣接する側溝から成虫の死骸が見つかった。周辺約1kmの公園などを緊急調査したが、疑わしいフラスのDNA検査は陰性だった。少なくとも二つの発見だけでは、両地点がどうつながるかは分からない。

8月4日には、注意喚起チラシを見た小豆島の農業者が、小豆農業改良普及センターへスモモの異変を連絡した。地元報道によると、職員が13本を調べ、6本でクビアカツヤカミキリと思われるフラスを確認し、殺虫剤で防除した。他の島内スモモ農家では、その時点で被害は確認されていなかった。公園の景観問題が、農業生産の問題へ一段近づいた。

6月17日 樹木医が池田のサクラ2本、スモモ1本で疑わしいフラスを発見し、県へ通報。

7月7日 県環境保健研究センターがフラスから種特異的DNAを検出。

7月8日 県職員が現地で成虫を捕獲。香川県内初確認となる。

7月12~13日 東かがわ市で成虫の死骸を発見・通報。周辺調査の疑似フラスはDNA陰性。

8月4日 島内の農業者がスモモ園のフラスを通報。13本中6本で疑わしい被害を確認。

8月5~6日 県が樹木医、行政、施設管理者向けの現地防除講習と初動研修を開催。

8月22日 住民、樹木医、自治会、町・県が室生地区周辺で一斉探索・防除を予定。

赤い首は目立つ。危険な時期は見えない

成虫は触角を除いておよそ2.5~4cm。全身は光沢ある黒色で、前胸が鮮やかな赤色をしている。雄は触角が体長の2倍近くになり、雌は触角と体長がほぼ同じ。日中に動き、初夏から夏に樹幹や太い枝で見つかる。姿は派手で、昆虫を知らない人にも比較的覚えやすい。

しかし成虫期は短い。木から出た直後から交尾・産卵でき、雌が1,000個を超す卵を産んだ例もある。卵は樹皮の割れ目に置かれ、およそ2週間で孵化する。小さな幼虫はすぐ樹皮下へ潜り、養分を運ぶ内樹皮を食べる。冬は休みながら成長し、2年目の夏に材内へ蛹室をつくり、3年目の初夏に成虫となって細長い脱出孔から出る。

2.5~4cm触角を除く成虫の体長
2年日本で基本となる幼虫期間
1,000個超一匹の雌で記録されたことがある産卵数
5~9月フラスを盛んに排出する探索期

一匹の幼虫は成長しながら長い坑道を掘り、複数の排糞孔をつくることがある。初期には太さ約2mm、成長すると約8mmまで太くなり、最もよく見られるフラスは2~5mmほど。被害初期は地際から人の目の高さまでに出やすい。だから見回りは木を遠くから眺めるのではなく、幹の下部を一周する。

成虫を探すのは一夏の仕事だ。フラスを探すのは、木の中に隠れた二年を読む仕事である。

木はなぜ弱るのか

幼虫が主に食べる内樹皮には、葉でつくられた糖などの養分を運ぶ師部がある。一本の幹で多くの幼虫が回廊を広げると、枝や根へ届く流れが断たれ、樹勢が落ちる。枝枯れが進み、1年から数年で枯死することがある。内部に空洞や腐朽が増えれば、台風や強風時の枝折れ、倒木という人身・建物リスクにもなる。

国内で確認されている主な宿主は、モモ・ハナモモ、ウメ、スモモ、プルーン、アンズ、ソメイヨシノ、オオシマザクラ、ヤマザクラなどサクラ亜科の樹木である。森林総合研究所の整理では、国内で被害本数が最も多いのはソメイヨシノだが、加害されやすさではモモ類が高い。リンゴ、ナシ、ビワは同じバラ科でも、国内の野外被害は確認されていないとされる。単に「バラ科なら全部同じ」と考えてはいけない。

小豆島の発見が重いのは、一つの場所に公共の桜、観光施設、住宅の庭木、農家のスモモなど、所有者と目的の異なる宿主が並ぶからだ。並木は景観と花見を支え、果樹は毎年の収入を支える。一本を伐る判断にも、樹木の安全、文化的価値、防除費、将来の感染源という別々の尺度がぶつかる。

日本への侵入は、一つの波ではなかった

クビアカツヤカミキリは中国、朝鮮半島、ベトナム北部など東アジア大陸部を原産とし、日本には貨物や木材梱包などの物資に紛れて入ったと考えられている。国内では2012年、愛知県で樹木被害が初確認された。その後、2013年に埼玉、2015年に群馬・東京・大阪・徳島、2016年に栃木、2017年に和歌山へと、連続していない地点で確認が続いた。

飛び地の地図は、一つの発生地から成虫が全国へ飛んだようには見えない。森林総合研究所などが6地域120個体のミトコンドリアDNAを調べると、地域ごとの遺伝子型は多くが異なり、国内の複数地点へ別々に持ち込まれた可能性が示された。関東の一部では共通型もあり、定着後の地域間移動も否定できない。つまり水際の侵入と国内移動の両方を考える必要がある。

環境省は2018年1月15日、クビアカツヤカミキリを外来生物法の「特定外来生物」に指定した。2026年3月末時点で国は17都府県への拡大を記録し、その後、香川、岡山など新たな確認が加わった。7月末の地域報道は20都府県と数えている。2025年10月には桜の名所・吉野山でも初確認され、果樹だけでなく、地域の記憶を担う桜景観の問題として国の白書にも取り上げられた。

日本での転機意味
2012愛知県で国内初の樹木被害日本での侵入・定着が顕在化
2013~17関東、近畿、徳島など飛び地で確認自然分散だけでは説明しにくい全国化
2018特定外来生物として規制開始生体の飼養・保管・運搬・販売・放出などを原則禁止
2022国内6地域120個体の遺伝解析を公表複数回・複数地点への侵入を支持
2025吉野山で初確認歴史的桜景観への脅威が全国課題に
2026香川・小豆島、岡山後楽園周辺などで初確認瀬戸内でも早期封じ込めの前線が拡大

島へどう来たのか――海を飛んだとは限らない

島で見つかった成虫は、「本土から海峡を飛んできた」という物語を誘う。だが、現時点で侵入経路を示す証拠はない。成虫が飛来した可能性も、幼虫を含む木材、薪、植木、梱包材など人が動かす物資に伴った可能性もある。確認地点の個体群を遺伝解析し、周辺の被害分布と物流履歴を調べなければ区別できない。

島は海で隔てられているから、侵入がなければ防壁になる。しかしフェリーや貨物が毎日結ぶ現代の島では、海は完全な検疫線ではない。逆に、侵入初期の範囲が限定されていれば、港、道路、宿主木の配置を使って重点的に探せる。島であることは、守られているという保証ではなく、封じ込めを設計する地理的条件だ。

伐った被害木を気軽に別の場所へ運ぶことも危険である。幼虫は切断材の中でも生き続け、羽化できる。環境省は、伐採材を放置せず、焼却施設での処理、破砕、燻蒸などを求め、切り株にも抜根や被覆処置を勧める。駆除のつもりで運んだ薪が、新しい発生源になれば逆効果になる。

フラスは重要だが、フラスだけで断定しない

サクラやモモから木くずを出す在来昆虫もいる。コスカシバのフラスは黒っぽい粒状の糞が目立ち、量は少ない。ゴマダラカミキリのフラスは色や連なり方が似るが、木くずが長い繊維状になりやすい。クビアカツヤカミキリでは、木くずがスプーンですくい取ったような形で、挽肉のように連なる傾向がある。

それでも現場判定は間違い得る。東かがわ市の緊急調査では、見た目が疑わしかったフラスがDNA陰性だった。逆に、小豆島の最初のフラスはDNA陽性となり、翌日に成虫が見つかった。市民の役割は診断を確定することではなく、見落とさず、場所と時間を記録し、専門家へつなぐことだ。

住民が見つけたときの五つの行動
  • 木を見る:サクラ、モモ、ウメ、スモモなどの幹下部を一周し、連なったフラス、排糞孔、脱出孔を探す。
  • 記録する:発見日時、正確な場所、木の種類、状況をメモし、可能なら虫・フラス・木全体の写真を撮る。
  • 通報する:香川県みどり保全課(087-832-3227)または市町の外来生物担当課へ連絡する。
  • 成虫は現場で駆除:県は市販殺虫剤や踏みつけなどによる、その場での確実な殺処分を求めている。
  • 生体を運ばない:特定外来生物のため、生きたまま持ち帰る、飼う、他人へ渡す、別の場所で放すことは法律で禁止される。

高所の枝、道路沿い、腐朽した幹、農薬使用を伴う作業は住民が無理に行うべきではない。木の所有者・管理者と、樹木医、行政、農業指導機関が安全性と被害度を判断する。疑わしい木を独断で伐り、材を運ぶことも避ける。

一本の木を守る方法と、地域を守る方法は違う

被害が軽く、幼虫が少ない木では、坑道を追って幼虫を掘り取る、排糞孔へ登録農薬を注入する方法がある。ただし森林総合研究所の手引きでは、個別注入の成功率は約5割とされ、3日~1週間後に新しいフラスが出ていないか再確認が必要だ。「薬を入れた」で終わらず、排出が止まったかで判定する。

サクラでは、ドリル穴から薬剤を木全体へ行き渡らせる樹幹注入も選択肢になる。だが薬剤が届きにくい腐朽部や、蛹室で休眠する個体が残る可能性があり、翌夏の網巻きを組み合わせる場合がある。果樹に使える薬剤・使用時期・収穫前日数は製品ごとに異なり、農薬取締法とラベルを厳守しなければならない。古いマニュアルの薬剤一覧を、そのまま現在の処方箋として使ってはいけない。

網は成虫を木から出さないための隔離装置であり、巻けば終わりではない。幹へ密着させると成虫が食い破るため空間を持たせ、細かく丈夫な網を地面まで固定する。羽化期には頻繁に見回り、内部で見つけた成虫を処分する。放置すれば、網の中で交尾・産卵し、同じ木に次世代を増やす危険さえある。

重度の木は伐倒、抜根・切株被覆、材の破砕・焼却・燻蒸が必要になる。これは一本を救う判断ではなく、その木を繁殖源にしない地域防除の判断である。被害が広がってからは、すべての木へ丁寧な処置をする人手も予算も足りなくなる。早期発見が大切なのは標語だからではなく、選択肢が残る時間を買うからだ。

被害段階主な対応重要な限界
疑い写真・位置・樹種を記録し通報、専門家が同定在来種のフラスと誤認する可能性
軽度幼虫掘り取り、排糞孔への登録農薬注入一回で成功しないことがあり、再点検が必須
中度サクラの樹幹注入、網巻き、継続モニタリング休眠個体や薬剤の届かない部分が残り得る
重度伐倒、材の破砕・焼却等、切株処置文化的景観と費用の損失。材の不適切な移動は拡散源
地域木の番号付け、地図化、複数年調査、住民通報網土地所有者と管理主体を越えた調整が必要

8月22日、住民が「島の目」になる

香川県と小豆島町は8月22日午前8時30分から、室生自治会館を集合場所に一斉防除活動を予定している。室生・浜条の両自治会、小豆島ふるさと村、香川県樹木医会、NPO法人みんなでつくる自然史博物館・香川が協力する。最初の30分で生活史を学び、その後1時間、樹木医と被害木を探す。

これは単なる清掃ボランティアではない。専門家しか見分けられない状態では、島中の私有地、公園、道路、果樹園を毎週見ることはできない。住民がフラスの実物、出やすい高さ、宿主木を知れば、生活動線が監視網になる。一方、誰もが自己流で薬を入れたり木を切ったりすれば、誤診、事故、材の拡散を招く。市民科学の価値は、専門判断を置き換えることではなく、発見までの時間を短くすることにある。

森林総合研究所は、被害初期には幹下部を調べ、年1回しか見回れない場合はフラスが増えるお盆過ぎを効率的な時期とする。8月22日の設定は、この知見にかなう。だが一度の行事で終われば、来年の羽化や、今年孵化した幼虫は追えない。樹木に番号を付け、位置、排糞孔数、処置、再発を同じ地図で更新する仕組みが必要だ。

成功とは「今年、虫を見なかった」ことではない

幼虫が木の中で二冬を越すなら、今年の成虫期が終わって静かになっても安全宣言はできない。2026年夏の卵は、2027年にフラスを増やし、2028年ごろ成虫になる可能性がある。処置した木から排出が止まったか、周辺木に新しいフラスがないか、翌年以降の成虫が減るかを追わなければならない。

逆に、一本の被害木が見つかったから島の桜並木を全部伐る根拠にもならない。現段階で分からないのは、島内の分布範囲、個体数、侵入回数、侵入経路、各木の被害度、防除後の生存率である。DNAは種を確かめたが、発生規模まで教えない。13本中6本という報告も、一つの園地の調査で、島全体の被害率ではない。

科学的な限界:「県内初確認」は行政記録上の初確認であり、その日が侵入日ではない。幼虫期間から考えれば、確認地点では以前に産卵が起きた可能性が高い。ただし、いつ、どこから、何回侵入したかは未解明である。東かがわ市や岡山の確認とのつながりも、現時点では推定できない。

桜を守ることは、同じ景色を永久に固定することではない

日本で被害が最も目立つソメイヨシノは、同じ遺伝型の接ぎ木で全国へ広がり、一斉に咲く景観をつくった。だから公園や堤の長い並木は、花見の季節には壮観である一方、害虫にとっては好適な木が連続する道にもなる。重い被害地では、バラ科以外への植え替えを含む多様化が提案される。

小豆島の初動段階で、ただちに桜を別樹種へ置き換える話ではない。だが、守る対象を「一本も変えないこと」と定義すると、重度被害木の伐倒が遅れ、並木全体を危険にさらすことがある。反対に、恐れて早く切りすぎれば、まだ救える景観を失う。木ごとの被害度と地域の感染源を同時に見る必要がある。

最初のフラスを見つけたのは、機械でも偶然の観光客でもなく、依頼を受けて木を見た樹木医だった。次の果樹園を知らせたのは、注意喚起を読んだ農業者だった。行政のDNA検査、樹木医の診断、農家の毎日の観察、住民の足元を見る目が、一つの防除網になり始めている。

島を守れるかは、一匹を捕まえた場面では決まらない。うどん状の小さな排出物を、誰が見つけ、誰へ知らせ、木をどう記録し、翌年も見に戻るかで決まる。クビアカツヤカミキリとの最初の夏は、派手な赤い首の虫を追う戦いではない。見えない二年間を、地域がどれだけ早く可視化できるかという戦いである。

確認・対策概要

クビアカツヤカミキリ(Aromia bungii)。中国、朝鮮半島、ベトナム北部など原産
小豆島の初確認地小豆島町池田、国民宿舎小豆島から城山公園の間の桜並木と隣接スモモ樹
確認方法樹木医がフラスを発見、県研究機関が種特異的DNAを検出、翌日成虫を捕獲
主な宿主サクラ、モモ・ハナモモ、ウメ、スモモ、プルーン、アンズなど
主な兆候幹から出る橙~褐色の連なったフラス、排糞孔、細長い成虫脱出孔、枝枯れ
法的位置2018年1月15日から特定外来生物。生体の飼養、保管、運搬、販売・譲渡、放出などを原則禁止
住民対応写真、場所、日時、樹種を記録して県・市町へ通報。成虫は現場で駆除し、生きたまま運ばない
一斉活動2026年8月22日8:30~10:00、室生自治会館集合。生活史講習と樹木医同行のフィールドワーク
未解明島内分布、個体数、侵入時期・経路、他地域との遺伝的関係、複数年防除の成否
取材資料・出典

編集注:小豆島の13本中6本という果樹園被害はKSBの8月10日報道に基づくため、県の最終同定・被害確定と同義には扱っていない。国内確認都府県数は環境省の2026年3月末17都府県と、7月末の地域報道20都府県を時点付きで記した。小豆島への侵入経路、東かがわ・岡山などとの関連は不明で、海上飛来や物資移動のいずれかに断定していない。農薬登録は変わり得るため製品名を処方せず、現行ラベルと専門機関への確認を求めた。為替表示は編集部提供値。