春、北海道北部の山では、深い雪がほどける。水はブトカマベツ川の本流だけを下るのではない。岸を越え、去年まで乾いて見えた古い川筋へ入り、倒木の根元を回り、林床の低い場所をつないでいく。夏から秋に水位が下がると、その脇道の一部は流れを失う。だが川が消えたわけではない。細長い池、濁ったたまり、草陰の静かな水面として残る。
長く、こうした場所は本流の「余り」に見えた。河川図では細すぎ、低水時の踏査では流れておらず、整備では排水の悪い場所に分類されやすい。ところが、東北大学、北海道大学、東京大学、米コロラド州立大学のチームが川全体を測ると、余りに見えた水域が、ある生物には中心だった。
研究者が2021〜22年にドローンと地上調査で追ったのは、北海道大学雨龍研究林を流れるブトカマベツ川の本流9.2kmである。直径15cmを超える木材631本、そのうち直径50cm超56本、木が集積したログジャム77か所を記録した。さらに、常に流れる分流19、増水時だけ本流の水が通る一時的な流路29、本流から表面上切り離された旧流路38を地図化した。
631本を数え、川を二つの水位で見た
2026年8月12日付で『Ecosphere』に掲載された論文の強みは、魚の捕獲地点だけを調べたのではなく、地形、水のつながり、生物の分布を同じ地図上に重ねたことにある。研究チームは2021年11月の低水時と、2022年5月の融雪期にドローンを飛ばし、写真測量でオルソモザイクを作成した。地上から見ればただの林間のくぼみでも、上空から二つの季節を比べると、どこへ水が入り、どこで止まり、どこが乾くかが見える。
融雪時には脇流路の90%を本流の水が通過し、残る10%は本流から切れた止水だった。低水時になると、本流の水が流れ続けたのは20%。46%は流れのない水を残し、34%は乾いた。つまり同じ地形が、季節によって「川」「池」「乾地」を行き来する。
| 研究上の区分 | 数 | 水の動き | 生態学的な意味 |
|---|---|---|---|
| 常時流れる分流 | 19 | 融雪時も低水時も本流と表面水でつながる | 大きい魚や流水性の底生動物が使いやすい |
| 一時的に流れる旧・脇流路 | 29 | 増水時には通水し、低水時は止水になる | 水交換と静水の両方を持つ「小さいが強い」生息場 |
| 切り離された旧流路 | 38 | 表面上は本流と接続せず、池として残る | プランクトン、両生類、イトウ幼魚などの重要水域。ただし酸素不足になり得る |
本流の平均幅は12.3m、谷底は平均243.8mと広く、一地点で並ぶ川筋は一つから八つまで変わった。木材数、ログジャム数、河床勾配を含むモデルが流路数を最もよく説明し、木とログジャムはいずれも流路数と統計的に正の関連を示した。ただし調整済み決定係数は0.23。川の形の多くは、谷幅、土砂、洪水履歴、植生など、モデルに収まり切らない要因にも左右される。
木は「隠れ場所」より大きな仕事をする
川辺の森が魚を助けるという話は新しくない。枝葉は日陰をつくり、水温上昇を抑え、陸生昆虫を餌として落とす。水中の根や幹は捕食者からのカバーになり、流れの裏に休める場所をつくる。今回の研究が前面に出したのは、その直接効果より一段大きい、地形をつくる働きだった。
本流に木が集まると、ログジャムの上流側で水位が上がる。洪水時、水は低い岸へ乗り越え、別の筋へ流れ始める。これを流路の分岐・転流という。新しい脇流路ができ、年月とともにログジャムが崩れたり、入口に土砂がたまったりすると、そこへの水の入り方が弱まる。常流の分流は一時流路になり、やがて池になることもある。木は永久構造物ではないから、形成と崩壊を繰り返し、違う接続状態を同時に生む。
自然な川の豊かさは、同じ場所を永久に保存することだけから生まれない。流れ、止まり、乾き、またつながる場所が隣り合う「変化の余地」から生まれる。
コンクリートや大石も流れを変える。しかし木は運ばれ、引っ掛かり、束になり、腐り、崩れる。研究チームは、この一時性こそが接続度の異なる水域を維持する鍵になり得ると考える。ただし、ログジャム形成から分流の誕生、崩壊、土砂充填までを長年追った実験ではない。論文が使う慎重な表現は「大径木は重要な役割を果たす可能性がある」だ。
「面積が小さい」と「重要でない」は同じではない
常流、一時流、切断水域の生物密度をそれぞれの面積に掛け、9.2km全体でどの環境が個体群を支えるかを推定した。その結果、魚類11分類群のうち4、底生大型無脊椎動物26分類群のうち5、プランクトン3分類群のすべて、両生類2分類群のすべてが、一時流路または切断旧流路を主に利用していた。
一時流路の面積は本流の9%、切断水域は6%相当にすぎない。それでも、そこを好む生物には代替のない場所だった。止水を好む生物の多くは、完全に切れた池より、一時的につながる流路に多かった。研究者は、本流との水交換がなく有機物がたまる切断水域では、溶存酸素が低くなりやすいことを一因として挙げる。つながりは多ければよいのでも、切れていればよいのでもない。違う強さの接続が並ぶことが重要になる。
| 生物群 | 調べた分類群 | 一時・切断水域を主に利用 | 読み方 |
|---|---|---|---|
| 魚類 | 11 | 4 | 成長段階によって主な生息場が変わる魚を含む |
| 底生大型無脊椎動物 | 26 | 5 | 流水性だけでなく、静かな有機質水域に依存する群がいる |
| プランクトン | 3 | 3 | 流されにくい水域が個体群の中心になる |
| 両生類 | 2 | 2 | 流れの弱い繁殖・幼生環境が欠かせない |
イワナの一生は、一つの流速では完結しない
最も明瞭だったのがイワナ、学名Salvelinus leucomaenis、英名white-spotted charである。捕獲した147個体を大きさから年齢群に分けると、0歳魚の推定87%が一時流路、5%が切断水域にいた。1歳魚でも42%が一時流路、14%が切断水域だった。ところが2歳魚は89%、3歳以上は98%が常時流れる水域を主に使った。
小魚には、弱い流れが餌をとりやすく、体力消耗を抑え、大型魚から逃れる場所になり得る。大きくなれば、冷たく酸素の多い流水や深い淵が必要になる。だから保全対象は「稚魚の池」だけでも「成魚の本流」だけでもない。二つの間を移動できる接続である。
数値には留保もある。0歳魚は小さく、電気捕魚の捕獲効率が低いため、論文は個体数を過小評価している可能性を明記した。また、研究区間の外へ上下流移動した魚を完全には追跡していない。それでも年齢群間の偏りは極端で、一つの種を「本流の魚」とだけ呼ぶ危うさを示す。
イトウの幼魚が選んだ、濁った静水
さらに重い意味を持つのがイトウParahucho perryiである。日本最大級の淡水魚で、IUCNレッドリストではCritically Endangered、環境省レッドリストでは絶滅危惧IB類(EN)。国立環境研究所によれば、かつて北海道から東北の河川にいたが、現在の国内分布は道北・道東など十数河川に限られる。
今回の面積加重推定では、調査で得たイトウは一時流路または切断水域という氾濫原の静かな水を主に使っていた。これを「イトウは池の魚」と読んではならない。2023年に同じブトカマベツ川で発表された別調査では、30の分流地点で捕れたイトウはすべて尾叉長69〜137mmの幼魚で、流速が遅く濁度の高い止水的環境ほど密度が高い傾向があった。一方、本流21地点で目視されたのは300〜800mmの若魚・成魚で、深く、倒木などのカバーが多い淵を選ぶ傾向があった。
幼魚と成魚は別の風景を必要とする。成魚は海や河口、下流、本流、産卵支流を移動し、繰り返し産卵する。2020年の環境DNA調査は北海道120河川のうち7河川でイトウDNAを検出し、現存量が少数地域へ強く偏る可能性を示した。国立環境研究所の猿払川研究では、標識魚が24kmをさかのぼり、前年と同じ小支流へ90%近い精度で戻る例もあった。どこか一か所を守れば足りる魚ではない。
だから静かな脇流路は、巨大な成魚の陰に隠れてきた幼魚期のボトルネックかもしれない。本流の深い淵、洪水時に開く分流、低水時のたまり、河口と沿岸、産卵支流。その連続性が切れれば、一生のどこかで行き止まる。
1901年の研究林が残した「基準点」
この発見を可能にしたのは、ブトカマベツ川が普通の河川ではないからだ。北海道大学雨龍研究林は1901年に設置され、約2万5,000ha。石狩川支流の雨竜川流域、幌加内町母子里に広がり、朱鞠内湖を囲む。冬は氷点下35度に達し、積雪は2mを超える。北部には針広混交林、ミズナラ林、アカエゾマツの湿地林、大規模な河畔林が残る。
論文によれば、流域の一部は数十年前に伐採されたが、河川回廊には直径1mを超す木も残る。雪は例年11月下旬から5月初めまで続き、最大約3m。4〜5月の融雪出水が、夏秋とは別の川を出現させる。人為の全くない「原始河川」ではないが、日本ではほとんど失われた複数流路型の山地氾濫原を観察できる希少な参照地である。
参照地は、過去を飾る博物館ではない。何を復元目標にできるかを教える比較対象だ。自然な山地河川は一本の澄んだ流れだけだ、という現代人のイメージ自体が、すでに改修された川を見慣れた結果かもしれない。著者らが「失われ、忘れられた基準」と呼ぶのは、その認識のずれである。
1901年 北海道大学雨龍研究林が設置される。
20世紀 日本各地で伐採、河道の直線化、氾濫原の農地化が進み、複数流路と河道内木材が減少。
1970年代以降 北米を中心に、河道内木材が淵、土砂、魚類生息場をつくる役割の再評価が進む。
2008年 日本の研究者が『サケ科魚類の生息に及ぼす倒木の効果』で既往研究と倒木投入実験を整理。
2021年11月 ブトカマベツ川を低水時にドローン撮影。
2022年5月 融雪期の高水時に再撮影し、地上調査・生物調査と統合。
2026年8月12日 『Ecosphere』が9.2kmの統合研究を掲載。
「きれいな一本の川」をつくった歴史
木を障害物とみなした歴史には理由がある。流木は舟運を妨げ、取水口に詰まり、橋脚に集まり、洪水時に水位を押し上げる。川をまっすぐにし、倒木を取り除き、氾濫原の水を抜けば、洪水を早く流し、農地や市街地を守り、土地を使える。
北海道開発局がまとめる釧路川の歴史は、その功罪を率直に示す。1920年の大洪水後、河川切替と直線化が進み、1931年に新釧路川が完成した。1980年代まで上・中流へショートカットと築堤が広がり、洪水被害を大きく減らし、酪農と市街地の発展を支えた。一方で、流速増加、土砂流入、湿原や旧川の変化が問題になり、2000年代には蛇行復元と自然再生が政策となった。
今回の論文も、日本の広い谷底の多くで、樹木が伐られ、流路が固定され、氾濫原が水田へ変わったと整理する。これは過去の治水を無知と断じる話ではない。当時の死者、浸水、食料、生計に答えた工事の利益を認めた上で、自然の働きを削った長期費用も測れる時代になった、という転換である。
残す場所、動かす場所、止める場所
「倒木は生態系に良い」と「流木は危険だ」は両立する。国土交通省は現在も、山地の中小河川で流木が橋梁を閉塞し、河積を阻害して水位上昇や想定外の浸水を起こすリスクを検討している。ブトカマベツ川のような広い無堤の研究林と、住宅地を流れ狭い橋をくぐる河川を同じ管理にすることはできない。
必要なのは「全部撤去」と「全部放置」の間を、地形とリスクで設計することだ。
- 低リスクの自然回廊:河畔林と木材供給を守り、川が横へ動ける空間を確保する。
- 復元可能な区間:旧流路の再接続、氾濫原の掘り下げ、固定・設計した大径木を組み合わせ、増水時と低水時の両方を監視する。
- 橋・樋門・取水施設の上流:流木の集積と閉塞を重点監視し、必要なら選択的に除去・捕捉する。
- 市街地・狭窄部:治水安全度を優先しつつ、支流や上流の安全な場所で生息場の複雑さを補う。
- 生物モニタリング:成魚だけでなく稚魚、魚だけでなく両生類・プランクトン・底生動物を、複数水位で調べる。
- 順応的管理:工事前後の地形、水温、酸素、洪水、木材移動を測り、固定した設計を修正する。
気候変動下では、この判断はさらに難しくなる。極端な豪雨は木材移動と橋梁閉塞を増やし得る一方、渇水と高水温は魚の逃げ場を奪う。河畔林の日陰や、接続度の異なる水域は避難場所になり得るが、今回の研究は気候変動への耐性を直接試してはいない。価値を推測することと、効果を測ったと言うことを分ける必要がある。
この研究が証明したこと、まだ証明していないこと
| 言えること | まだ言えないこと |
|---|---|
| 木とログジャムが多い区間ほど、流路数が多いという統計的関連があった。 | 木を追加すれば、どの河川でも同じ数の分流ができるという因果。 |
| 一時・切断水域を主に使う分類群が魚、無脊椎動物、プランクトン、両生類にいた。 | 生物多様性の増加量を、木だけの効果として分離した実験結果。 |
| イワナの小型年齢群と大型年齢群で主な生息環境が大きく異なった。 | 個体を標識して、生涯の移動を直接追った証拠。 |
| ブトカマベツ川は自然に近い複数流路型氾濫原の重要な参照地である。 | 一つの北海道河川の結果を、都市河川や急峻な谷へそのまま移す一般則。 |
生物密度を面積へ拡張した推定には、地点ごとのばらつきと統計的不確実性が積み重なる。深い本流は電気捕魚の対象外で、イトウ成魚などを捕れなかった。木の直径基準や調査法が違うため、他地域の木材量と単純比較もできない。論文の価値は「最終回答」ではなく、地形学、水文学、生態学を同じ川幅に並べたことにある。
次に必要なのは、ログジャムの誕生と崩壊を年単位で追い、洪水前後に流路がどう変わるかを測り、別の気候・地質・管理履歴を持つ河川で再現性を確かめることだ。安全な区間で木材投入や旧流路再接続を試すなら、対照区を置き、洪水リスクと生物効果を同時に評価しなければならない。
ブトカマベツ川が差し出したのは、川の新しい部品ではなく、川の見方である。本流だけを青く塗った地図では、魚の幼年期も、カエルの繁殖地も、洪水が開く季節の道も消える。池は川の外ではない。倒木はいつもごみではない。乾いた旧流路さえ、次の融雪で水が戻るなら、川の時間の中にある。
一本の清流を守るだけでは、一生を守れない生物がいる。必要なのは、流れる水と止まる水、深い本流と浅い脇道、森と川、平水と洪水を、別々の施設ではなく一つの動く生態系として扱うことだ。631本の木が教えたのは、自然の川が散らかっている理由ではない。その複雑さが、命を置く場所を増やしているということだった。
研究概要
| 論文 | Large wood supports hydrologically variable floodplain environments and aquatic biodiversity |
|---|---|
| 掲載 | Ecosphere 17(8): e70700、2026年8月12日。doi:10.1002/ecs2.70700 |
| 著者 | Hiromi Uno、Junjiro Negishi、Kentaro Morita、Osamu Kishida、Ellen Wohl |
| 場所 | 北海道大学雨龍研究林・ブトカマベツ川。本流9.2km |
| 方法 | 2021年11月の低水時と2022年5月の融雪時のドローン測量、地上の木材・流路調査、既存の水生生物密度調査を統合 |
| 主結果 | 大径木631本、ログジャム77、常流分流19、一時流路29、切断旧流路38。木材量・ログジャム量と流路数に正の関連 |
| 生物 | 4/11魚類、5/26底生無脊椎分類群、3/3プランクトン、2/2両生類が一時・切断水域を主利用。イワナは成長に伴い主生息場を移行 |
| 主な限界 | 単一河川の観察研究、相関で因果未証明、生物密度の面積拡張に不確実性、深い本流と区間外移動の捕捉不足 |
- 北海道大学・東北大学「倒木が複雑な川の水の流れと多様な水生生物の生息場を支える」(PDF)
- Uno H.ほか「Large wood supports hydrologically variable floodplain environments and aquatic biodiversity」Ecosphere
- Dryad「Large wood supports hydrologically variable floodplain environments and aquatic biodiversity」データセット
- 遠藤大斗ほか「北海道北部のブトカマベツ川におけるイトウの生息環境特性」保全生態学研究
- 北海道大学北方生物圏フィールド科学センター「Uryu Experimental Forest」
- Mizumoto H.ほか「An Environmental DNA Survey on Distribution of an Endangered Salmonid Species, Parahucho perryi, in Hokkaido」
- 国立環境研究所「幻の魚イトウの回遊と河川の連続性」
- 長山滋也ほか「サケ科魚類の生息に及ぼす倒木の効果」水利科学
- 科研費「巨木の森が形作る氾濫原水域のShifting mosaicと多様な生物群集」
- 国土交通省北海道開発局「釧路川の川づくり」
- 国土交通省「土砂・流木を考慮した中小河川の水害リスク評価に関する技術検討会(第1回)議事要旨」(PDF)
編集注:「倒木」は一般向け表現として用い、研究上のlarge wood(直径15cm超の木材、単独材とログジャムを含む)と区別した。イワナはデータセットと論文の学名に基づきSalvelinus leucomaenisとした。研究の相関を因果として表現せず、面積加重推定、捕獲効率、単一河川という限界を明記した。イトウの保全区分は論文、IUCNを引用する研究、環境省レッドリストに基づく。為替表示は編集部提供値。
