1947年9月23日、松戸の低地では地図が生死を分ける作業に使われていた。カスリーン台風による利根川決壊の濁流は埼玉東部から東京下町へ広がり、国土交通省が保存する記録には、米軍工兵と日本人労働者が松戸地区で24時間休まず働き、水を低地へ導いたとある。どこが低く、水がどちらへ進み、何時間で何を守れるか。地形を読むことは復旧そのものだった。

79年後の2026年6月13日、上矢切第三町会公民館の机に広げられたのも地域の地図だった。ただし今回は、水が来る前に人がどう動くかを描く。町会の19人が三つのグループに分かり、松戸市危機管理課と損害保険ジャパンの支援で、洪水をテーマに「SOMPO流・逃げ地図」づくりへ取り組んだ。

参加者は避難先を確認し、道にひもを沿わせ、色鉛筆で時間帯を塗った。普段なら近道の路地が冠水時にも通れるか。坂は高齢者にどれほど長いか。塀が倒れたら、夜に照明が消えたら、一人暮らしの隣人を待ったら。行政のハザードマップにない生活の細部が、会話から紙へ移った。

逃げ地図は避難命令でも安全保証でもない。 公的な浸水想定、指定緊急避難場所、当日の気象・河川情報を土台に、住民が時間と地域の障害を考えるための補助ツールだ。色が同じでも、歩行能力、雨、暗さ、冠水、混雑、出発の遅れで実際の所要時間は変わる。
19人上矢切第三町会からの参加者
43m/分標準とする高齢者の上り坂歩行速度
129mひもの基本単位=3分の歩行距離
153mm/時松戸市の内水浸水想定に用いる最大時間雨量

距離ではなく、時間を塗る

つくり方は子どもにも理解できるほど単純だ。まず、対象とする災害を決め、その災害から命を守れる避難目標地点を置く。高齢者が上り坂をゆっくり歩く速度を1分43メートルとし、3分で進む129メートルに合わせたひもを用意する。避難目標から道路にひもを当て、3分以内、3~6分、6~9分と、遠くなるほど色を変える。矢印で逃げる方向を示し、崖、狭い道、橋、冠水地点などの障害を書き込む。

普通の地図にあるのは場所と距離だ。逃げ地図が加えるのは「期限」である。500メートル先という表示は近く感じるかもしれない。だが高齢者の基準なら平常時でも12分近くかかる。玄関で靴を履き、薬を探し、家族へ電話し、隣人を呼び、雨具を着る時間は地図上の距離に入っていない。

夜間、豪雨、積雪を想定する場合、歩行速度を標準の80%へ落とすなど条件を変えられる。車いす、杖、ベビーカー、視覚障害、認知症、ペット同伴なら、同じ道でも時間と安全性は変わる。色は地形の絶対値ではなく、「この人が、この条件で、どこまで届くか」という仮説だ。

地図の段階行うこと問い直すこと
災害を選ぶ洪水、内水、土砂、津波、大火などを一つずつ設定同じ避難先が全災害に安全とは限らない
目標を置くその災害に対応する安全な地点を確認「避難所」と「緊急避難場所」を混同していないか
時間を塗る129mのひもで道路を3分帯に色分け最短経路は、本当に通れる経路か
障害を記す冠水、崖、塀、狭路、暗所、階段などを追加雨・夜・停電・地震後なら何が変わるか
人を重ねる支援が必要な人、連絡役、同行方法を話す助ける人自身が逃げ遅れない仕組みか

発祥は、津波後の東北

「逃げ地図」は2011年の東日本大震災後、日建設計の有志ボランティアから生まれた。津波で道路や避難場所が失われた被災地で、再び津波が来る不安を抱える住民と避難ルートを検討した。設計者が大規模建築の避難計画で使う「全員が何分で外へ出られるか」という発想を、街全体へ広げたのである。

過去の浸水範囲を重ね、安全な高台までの道路を3分ごとに色分けした。歩行基準を速い成人ではなく、高齢者の上り坂43メートル毎分に置いたことが重要だった。平均値の地図では、最も時間を必要とする人が消えてしまうからだ。

その後、千葉大学、明治大学、日建設計などがワークショップ手法を検証し、津波だけでなく洪水、土砂災害、大火、複合災害へ応用した。2014~17年のJST・RISTEX事業では、1/2500白地図、129メートルのひも、色鉛筆による標準手法と、子どもから高齢者まで参加できる運営方法が整えられた。2018年には、世代間・地域間のリスクコミュニケーションを促す活動として日本建築学会賞を受賞した。

1947年 ・ カスリーン台風の洪水が関東低地を襲い、松戸でも排水・誘導作業。

2011年 ・ 東日本大震災後、日建設計有志が被災地で逃げ地図を開発。

2013年 ・ 災害対策基本法改正で地区防災計画と避難場所指定制度を創設。

2014年 ・ 地区防災計画制度が施行。逃げ地図の研究・標準化事業が始動。

2018年 ・ 逃げ地図活動が日本建築学会賞。

2022年 ・ 松戸市と損保ジャパンが包括連携協定。

2026年6月 ・ 上矢切第三町会19人が洪水版ワークショップ。

松戸では、地図の西と東で高さが変わる

松戸市は江戸川を挟んで東京と接する。市の西側には江戸川沿いの低地が広がり、東側には台地がある。上矢切は江戸川と台地の縁に近く、「どちらへ」「どの道で」「何分で」高い場所へ向かえるかが現実的な問いになる。

市の水害ハザードマップは、江戸川と中小河川の洪水、高潮、津波、内水氾濫を重ねて確認できる。内水は川の堤防が破れる外水氾濫とは違い、短時間の豪雨が下水道や水路の排水能力を超えて道路や宅地へたまる現象だ。松戸市は想定最大規模として1時間153ミリの降雨を使い、浸水区域だけでなく継続時間も示す。

外水と内水では逃げ方が同じとは限らない。大河川の氾濫は深く長く浸水する可能性があり、早期の広域・水平避難が重要になる。すでに道路が冠水した後は移動の方が危険になり、堅牢な建物上階への垂直避難が現実的な場合もある。内水では、深いアンダーパスや水路沿いの近道を避ける必要がある。

したがって、地図は「最も近い学校へ行く」だけでは作れない。松戸市も、災害の種類と規模で使える場所が異なるため、家族や地域で二カ所以上を決めるよう案内する。浸水想定区域内の避難施設は、洪水時に3階以上を緊急利用する施設として示される場合がある。

ハザードマップは「水がどこへ来るか」を示す。逃げ地図は「私たちは、その前にどこまで動けるか」を問い返す。

避難場所と避難所は、同じではない

言葉の混同は経路選びを誤らせる。指定緊急避難場所は、洪水、崖崩れ、地震、津波、大火、内水など災害種別ごとに、差し迫った危険から命を守る場所だ。指定避難所は、危険が去るまで、あるいは家へ戻れない被災者が一定期間生活する施設である。

一つの学校が両方を兼ねることはあるが、すべてではない。地震には安全な校庭が洪水時には浸水区域内かもしれない。宿泊できる体育館が、最初に命を守る最短の高台とは限らない。2026年3月から国土地理院は指定避難所も地理院地図で公開しているが、災害種別と最新の自治体情報を確認する必要がある。

紙の上で始まる、地域の会話

上矢切のワークショップで重要だったのは、三グループに分かれたことだ。地図を一人で完成させれば、その人が知る道しか残らない。複数の住民が囲むと、「そこは大雨で水がたまる」「この階段は手すりがない」「あの家には一人暮らしの人がいる」「夜は真っ暗だ」と、日常の記憶が集まる。

研究でも、逃げ地図づくりは知らない地域の参加者にさえ、ハザードマップを自分の問題として理解させ、避難建物、災害弱者、話し合いの必要性へ注意を向けた。地図の完成品より、作成中のリスクコミュニケーションが本体だと開発者たちは繰り返す。

これは2011年後に制度化された地区防災計画の考えとも重なる。大災害では行政自身も被災し、公助だけでは全員へすぐ届かない。2013年の法改正は、住民と事業者が地域固有の計画を作り、市町村防災会議へ提案できる仕組みを設けた。逃げ地図で見つかった危険な塀、必要な避難階段、支援者の配置は、訓練や地区計画、まちづくりへつなげて初めて力になる。

一枚の地図が隠すもの

逃げ地図の明快さは、同時に限界でもある。43メートル毎分は基準値であり、個人の測定値ではない。信号待ち、混雑、玄関から道路まで、持ち物の準備、家族の合流、避難情報を理解するまでの時間は含まれない。冠水は深さ15センチでも足元を見えなくし、側溝やマンホールの危険を隠す。水深が増せば地図上の「道」は道でなくなる。

公式ハザードマップにも前提がある。想定した雨量や破堤地点に基づくシナリオで、色の外側が無条件に安全という意味ではない。公表後に地形、建物、避難施設、工事が変わる。国土地理院も、データが未整備・更新途中の場合があり、最新情報は自治体で確認するよう求める。

逃げ地図を「使える計画」にする更新項目
  • 年に一度、避難場所の指定、工事、閉鎖、新しい危険箇所を確認する。
  • 平日昼、夜間、豪雨、停電、冬季など複数条件で歩いて計測する。
  • 高齢者、車いす、子ども、外国人、ペット同伴者の別ルートを試す。
  • 外水、内水、地震、火災を一枚に混ぜず、災害別に作る。
  • 「誰を助けるか」だけでなく、連絡期限と支援者の撤退時刻を決める。
  • 紙だけでなく家族、町会、学校、介護事業者と共有し、訓練で修正する。

時間地図が見つける、まちの欠陥

地図の赤い区域が広ければ、住民の努力不足とは限らない。安全な目標地点が少ない、横断歩道が遠い、坂に手すりがない、避難ビルへ夜間入れない、といった都市構造の問題かもしれない。仮設の避難階段、民間建物との協定、照明、標識、ベンチ、排水改善を加えた時、色がどれほど短縮するか比較できる。

この「対策前と対策後を同じ時間尺度で比べる」機能は、建築設計から生まれた逃げ地図らしい。感覚的な不安を、公共投資と合意形成の問いへ変える。新しいデジタル版は歩行属性や勾配を計算できるが、精密な画面だけでは隣人の名前や、雨の日に滑る坂の記憶は入らない。デジタル地図と手作業の会話は、競合ではなく補完関係にある。

未来――避難を「場所」から「間に合う行動」へ

損保ジャパンと松戸市は、上矢切を皮切りに他の自治会へ広げる方針だ。展開の価値は、同じ完成図を複製することではない。江戸川低地、台地の縁、中小河川沿い、内水がたまりやすい市街地では、危険も安全な方向も違う。町会ごとに時間を測り直す必要がある。

そして地図は、作った日に古くなり始める。住民は年を重ね、空き家が増え、介護が必要な人が変わり、道路工事が始まり、避難所の指定も変わる。完成品を壁へ貼るだけでは、再び「誰かが作ったハザードマップ」に戻ってしまう。歩き、話し、塗り直す周期こそ防災力だ。

1947年、松戸では人々が濁流の行き先を読み、低地へ水を導いた。2026年、上矢切の住民は水が来る前の人の流れを紙に描いた。地図の線に時間を加えると、避難先は単なる点ではなくなる。そこへ間に合うため、誰と、いつ、どの道を動くのかという物語になる。

逃げ地図の色鉛筆が描くのは道路ではない。決断までに残された時間である。

取材・参考資料

編集注: 逃げ地図は日建設計の登録商標。記事中の所要時間は標準手法による目安であり、個人の避難可能時間を保証しない。実際の避難は松戸市、気象庁、河川管理者の最新情報と指示に従う必要がある。