明治2年、1869年。徳川慶喜に仕えた旧幕臣たちは職を失い、刀を鍬に持ち替えて牧之原台地へ入った。翌年には大井川の川越制度が廃止され、川越人足も仕事を失って開墾へ加わった。砂礫の台地で選ばれた作物は、開国後の日本を支えた主要輸出品の一つ、茶だった。

157年後の夏、同じ土地へ届いたのは鍬ではない。インドからは微弱な光、熱、振動、電波を集めて茶園の霜害センサーを動かす半導体。韓国からは牧之原茶を発酵させる化粧品原料や、老朽管を3キロ探るロボット。ジョージアからは企業のコードを「生きた記憶」に変えるソフトウェアと、視覚障害者を案内する靴。英国からは紙包装のプラスチック被膜を代替する天然ポリマーが提案された。

牧之原市が主催する第5回チャレンジビジネスコンテスト「まきチャレ2026」は8月18日、230件の応募から40のセミファイナリストを発表した。主催者発表では国内156、海外74、応募元は11カ国。2022年の初回91件から2.5倍に増え、過去最多を更新した。

牧之原が求めているのは、地域について語る起業家ではない。茶農家、工場、観光事業者、行政の誰と、何を、どの順番で試し、誰が最初に買うのかまで書いた提案である。

230から40へ――まず確認できた数字

コンテストは牧之原市が主催し、市商工会が企画運営、CFスタートアップパートナーズが事務局を担う。静岡県と経済産業省関東経済産業局が後援する。応募者は協賛企業、地域の特定産業、行政、観光資源のいずれかとの具体的な協業案を事業計画へ入れる。

一次審査は、地域産業・観光との親和性と地域貢献、新規性・競争優位、対象市場の規模と成長性、収益性と持続性、経営チーム、実現可能性とリスクの6項目による書類審査だった。230件の17.4%に当たる40件が次へ進んだ。公開された一覧をJapan.co.jpが所在地別に数えると、国内29、海外11。海外セミファイナリストは韓国5、インド3、ジョージア2、英国1である。「11カ国」は応募全体の広がりであり、40組が11カ国から選ばれたという意味ではない。

230件2026年の応募総数。国内156、海外74
40組書類審査を通過したセミファイナリスト
11カ国応募元の国・地域数
200万円大賞賞金。賞金総額は300万円超
選出は性能保証ではない:40案の技術効果、特許、規制適合、費用、売上予測は、原則として応募者が提出した説明である。書類審査通過は、製品の第三者試験、投資判断、行政調達、牧之原での採用を意味しない。本稿は提案を「計画」として記述する。

40案は、町の課題を映す診断画像

一覧を眺めると、華やかな技術より先に牧之原の弱点と資産が見えてくる。茶農家には高齢化、後継者不足、改植後に収穫できない空白期間、霜、兼業稲作の負担がある。製造業には技能承継、部品情報の管理、配管や設備の予知保全がある。海岸と空港を持つ観光地には交通、宿泊、非常時の水、情報発信がある。行政にはインフラ点検、外国人住民の生活立ち上げ、介護、防災、人材流出という課題がある。

地域テーマセミファイナリストの提案例事業化で問われること
茶業の継承あとつぎバンクは屋号を残す連続承継と輸出の統合、MINORICAは改植後の苗木成長を速める葉面散布、ineRoboは小型ロボットで兼業稲作を省力化する計画。農家の同意、収量・品質、費用負担、農薬・資材規制、誰が運用を続けるか。
茶の高付加価値化韓国企業の発酵化粧品、茶葉を漬ける「TEA WINE」、ホテル客室から越境ECへつなぐ茶のショールーム。原料規格、表示・酒類規制、継続需要、牧之原側へ残る粗利。
製造・技能AIによる電子部品データ管理、15秒の音声と画像で熟練知を残す仕組み、インド企業のエネルギーハーベスティング半導体。工場データへの接続、安全認証、現場の採用、試作から有償購買への移行。
防災・インフラ空気製水機、平時に稼ぎ災害時に水を供給する循環コンテナ、道路・水道の共有地図、韓国の管路ロボット。南海トラフ対策との整合、水質・耐久性、公共調達、既存業者との役割分担。
移動・観光遊休バス・介護車両を協賛金で回す運賃ゼロ交通、スポーツファンに特産品を届ける仕組み、茶を宿泊体験と越境販売へ結ぶ計画。道路運送法、保険、季節変動、乗車密度、観光客を反復購入者へ変えられるか。
暮らし・人材外国人の本人確認と生活支援、公務員人材の育成、若者と企業のAI面談、働く喪主の忌引き支援、地域ケアガイド。個人情報、公平性、行政予算、利用者数、既存相談窓口との重複。

さらに異彩を放つ案もある。地元中高生12人が「学生イベント会社」をつくり、地頭方海浜公園で500人規模の催しを営業から決算まで運営する。ワインのソムリエは茶葉を甲州ワインに低温浸漬する。英国のMarinaTexは、茶や中食の紙包装に使う天然被膜を検証する。技術の先進性だけでなく、地域の誰が一緒に動くかが構想へ組み込まれている点が、このコンテストらしい。

なぜ人口約4万人の市に世界が来るのか

牧之原市は2005年10月、旧相良町と旧榛原町の合併で生まれた。面積111.62平方キロ。2025年初めの住民基本台帳ベースでは人口は約4万2,000人で、減少が続く。市長は2026年4月、人口減少が周辺自治体より速く、10年後、20年後も持続できる行政運営が必要だと説明した。

だが、人口だけで経済の厚みは測れない。経済産業省・総務省の2022年経済構造実態調査を基にした集計では、市の製造品出荷額等は1兆2,044億円。輸送用機械が51.5%、飲料・たばこ・飼料が20.6%、電気機械が19.8%を占めた。スズキ相良工場と研究開発設備、飲料・茶関連工場、部品企業が集まり、農村風景の内側に大きな産業顧客がいる。

交通も特殊だ。東名高速の相良牧之原インターチェンジ、御前崎港、富士山静岡空港という陸・海・空の入口が近い。静波海岸やさがらサンビーチはサーフィンと海水浴の舞台になる。茶園、工場、物流、海岸、空港が狭い市域に同居するため、農業技術、材料、モビリティ、観光、輸出を一つの実証地で組み合わせやすい。

牧之原は小さいから市場がないのではない。小さい範囲に、農業、巨大工場、海、空港、行政という五つの「最初の顧客候補」が近接している。

砂礫の台地を輸出産地へ変えた前史

牧之原台地の歴史は、地域資源が最初から「資源」だったわけではないことを教える。関東農政局によれば、旧幕臣らは1869年に開墾を始めた。静岡県の説明では着手時の区域は約1,400ヘクタールともされ、苦労の末に5,000ヘクタール余りの大茶園へ変わった。大正初期までに台地の大部分が拓かれた。

茶が選ばれたのは景観のためではない。開港後、生糸と茶は日本の主要輸出品だった。荒地、失業者、輸出需要を結ぶ事業モデルだったのである。現在の深蒸し茶も、強い日差しで肉厚になる葉を長く蒸し、渋みを抑え、鮮やかな緑とまろやかさへ変える。土地の条件を加工技術で価値に変えてきた。

その成功は永続を保証しない。農林水産省によると、全国の茶栽培面積は2025年に3万3,400ヘクタールと前年比5%減った。同年の一番茶荒茶生産量も10%減り、鹿児島が初めて全国1位になった。牧之原の茶業は、後継者、荒廃茶園、改植、輸出向け商品、抹茶・てん茶への転換を同時に考えなければならない。だから40案の中に、承継、苗木、センサー、化粧品、ワイン、包装、ホテル販売が並ぶ。

応募数は5年で2.5倍になった

まきチャレは2022年に始まった。91件、3カ国、協賛17社、大賞100万円。翌年は131件、2024年は149件、2025年は168件へ増えた。2025年には市制20周年を機に大賞を200万円へ倍増。2026年は230件で、前年より62件、36.9%増えた。海外応募は74件でほぼ横ばいだが、国内応募が95件から156件へ64.2%増えたことが記録更新の主因である。

開催年応募参加国大賞大賞受賞者
2022913100万円S.Lab(ウクライナ)— 茶樹と菌糸を使う包装材構想
20231315100万円ParaLux(福岡)— 地域資源を生かすウェディング
20241498100万円Midwest Composites(マレーシア)— 廃棄茶樹の複合素材
202516810(別の募集資料は11)200万円roly-poly Organics(静岡)— ダンゴムシを使う循環肥料
202623011200万円10月20日に発表予定

この推移は運営事務局の発表値で、第三者監査された応募統計ではない。また、公表資料には一部の細部に揺れがある。6月の募集資料はセミファイナリストを「30社程度」と見込んだが、実際は40。2025年の参加国数は資料によって10または11、2026年の協賛数も32または33と表記される。応募数、2026年の国内外内訳と11カ国、40組、主要日程は複数の現行資料で一致したため、本稿はそこを中核事実とした。

表彰台の後に残ったもの

地方のビジネスコンテストは、写真を撮り、賞状を渡し、翌年また募集すれば成立してしまう。まきチャレが本当に違うかは、過去の提案が市内でどう変化したかに表れる。

市の公式ページは、2023年大賞ParaLuxが地域パートナーとM-Weddingsを設立し、景観を使うウェディング事業を始めたとする。2024年大賞のマレーシア企業Midwest Compositesは、ケナフや廃棄茶樹を混ぜるペレットを開発し、市内の射出成形工場で茶を使った自動車内装部品の試作品を完成させた。過去の協賛賞から生まれた「波乗りレモン」は、荒廃茶園をレモン畑に変え、2026年には道の駅で商品フェアが開かれた。

受賞しなかった企業にも例がある。2023年セミファイナリストGreatValueの技術は地域通貨「まきペイ」の運用につながったと運営側は説明する。インキュベーション施設の運営者は、過去応募企業を含む7社が牧之原へ進出したとしている。これらは全て同じ深さの成果ではない。法人設立、試作品、商品ブランド、システム導入、入居は、それぞれ「事業化」の意味が違う。

成果の読み方:過去案件の多くは市、運営事務局、受賞企業による公表で、売上、雇用、投資額、契約期間、補助金依存度は十分に開示されていない。「進出」や「実証」を、持続的な黒字事業と同義にしてはならない。

賞金200万円より「最初の買い手」

大賞200万円は、1米ドル158.28円の本紙レートで約1万2,600ドル。海外のディープテック企業が日本法人をつくり、認証を取り、工場試験を行うには小さい。賞金の本当の価値は、農家や工場の担当者へ会えること、最初の実証場所を得ること、行政や金融機関と同じテーブルにつくことにある。

2026年はその導線を一つ増やす。10月20日の表彰式の翌日、まきのはらインキュベーションセンターで初の「協業ミートアップ」を開く。協賛企業がブースを出し、応募者が提案を具体化する。センターは2023年に開き、会計・税務、金融機関、専門家相談を備える。市には、まきチャレ応募者が施設を使う際の補助制度もある。

経済産業省が2025年にまとめた共創ガイドラインは、大企業とスタートアップの関係をイベントや共同研究で終わらせず、「初期購買・検証」へ進めるための体制とモデル契約を示した。2026年改訂の自治体向け実践ガイドも、試行的な発注や共同調達を重視する。国の政策文書が強調するのは、まさにコンテスト後に不足しがちな部分だ。提案を聞く人ではなく、少額でも買う人を組織内につくる。

海外案が越えるべき四つの壁

海外74件は、地方都市として大きな窓である。オンライン完結の選考、英語サイト、インドの協力組織が距離を縮めた。しかし、応募しやすさと日本で売りやすいことは別だ。

海外スタートアップの実装条件
  1. 規制:医療機器、化粧品、食品、酒、水質、交通、建築には個別法規と認証がある。
  2. 責任:故障、事故、データ漏えい時に日本で誰が保守し、保険を負い、連絡を受けるか。
  3. 商流:実証費は誰が払い、知的財産と実証データを誰が持ち、本採用を誰が決裁するか。
  4. 定着:通訳、法人、口座、採用、住居、税務を整え、創業者が帰国した後も現場が動くか。

たとえば電池レスセンサーは茶園の霜害を測れても、通信網、施工、保守、農家が払える月額、既存防霜ファンとの連携が要る。天然包装被膜は試料で性能が出ても、食品接触安全、製紙ラインの速度、湿度、回収工程、価格を通過しなければならない。技術と市場の間には、地方企業が一緒に埋める細かな仕事がある。

「スタートアップ」の意味も広い

まきチャレは、創業間もないベンチャーだけを対象にしない。老舗の後継者による第二創業、大企業の子会社、新規事業、地域事業者も「成長を志す事業」として含める。40組には、海外のファブレス半導体企業、OIST発アグリテック、東京のSaaS企業と並び、牧之原で40年続くスポーツクラブや、地元中高生のチームがいる。

定義が広いからこそ、応募数はそのまま「新設スタートアップ230社」を意味しない。各応募者の法人年齢、資金調達、売上、従業員数も一覧では統一開示されない。だが、地域側から見れば、必要なのはシリコンバレー型の企業だけではない。高齢者の術前運動を地元プールで試す既存クラブも、茶農家を受け継ぐ仕組みも、新しい地域経済をつくり得る。

10月までの道のり

8月18日 一次書類審査の結果、40セミファイナリストを発表。

8月19日〜9月18日 非公開のピッチによる二次審査。

9月24日 約10組のファイナリストを発表予定。

10月1日 YouTube Liveで完全オンラインの公開ピッチ。視聴無料、視聴者投票あり。

10月20日 相良総合センター「い〜ら」で表彰式。大賞、準大賞、市長特別賞、協賛企業賞などを発表。

10月21日 インキュベーションセンターで初の協業ミートアップ。

審査の6項目は合理的だが、配点、審査員別評価、利益相反管理、応募者の検証資料は公開ページからは確認できない。視聴者賞は関心を集める一方、人気と事業性は同じではない。最終選考では、壮大な市場規模より、牧之原の協業相手が明確で、90日以内に最小の実証を始められ、失敗時の撤退条件まで示せる案が強いはずだ。

2027年に見るべき成績表

国は2022年のスタートアップ育成5か年計画で、国内投資額を約8,000億円から2027年度に10兆円規模へ引き上げる目標を掲げた。だが、一つの地方コンテストを全国の資金調達額で測る必要はない。牧之原には、もっと地に足のついた指標がある。

段階公開すべき指標成功の境界
接点応募者と地域企業の面談数、具体的課題の合意数名刺交換ではなく、担当者と期限が決まる
検証有償・無償別の実証件数、予算、期間、評価項目技術デモではなく、現場KPIを事前設定する
購買初期発注、本契約、更新率、民間負担額補助金終了後も顧客が対価を払う
地域価値市内調達、雇用、法人設立、農家所得、廃棄物削減スタートアップだけでなく地域側へ価値が残る
失敗中止案件と理由、検証で学んだこと失敗を隠さず、次の調達条件へ反映する

運営側は2024年に30社超をアフターフォローし、過去応募者を含む複数社の進出を支援したとしている。次の一歩は、応募数だけでなく、この成績表を年次で公表することだ。230という入口の数字が大きくなるほど、出口の透明性が必要になる。

次の開墾は、契約書から始まる

1869年の開拓者たちは、砂礫の台地を見て完成した茶園を見たわけではない。輸出市場、労働、土地、栽培技術を何十年もつなぎ、景観と産業をつくった。2026年の40案も、今はまだ荒地に引かれた線に近い。

空気から水をつくる装置が海岸の防災網になるか。茶樹の廃材が自動車部品になるか。インドの半導体が霜の夜を見張るか。学生が企画した催しが毎年受け継がれるか。面白さは十分にある。しかし、地域を変えるのはピッチの巧さではなく、地元の相手と仕様を決め、責任を分け、最初の請求書を発行し、翌年も買われることだ。

刀から鍬へ、鍬から茶園へ、茶樹から素材へ。牧之原の歴史は、用途を失ったものを次の価値へ変える歴史だった。10月1日の画面に並ぶ起業家のうち、誰が次の一行を書けるか。答えは10月20日の大賞より、2027年の工場、畑、海岸、帳簿に現れる。

取材メモ:確認できたこと、まだ確認できないこと

確認できたこと公開情報では未確認
運営発表は230件(国内156、海外74、11カ国)と40セミファイナリストを掲載し、全40案の概要を示す。応募統計の第三者監査、各社の売上・資金調達・技術性能、応募案の知的財産調査。
市公式ページは主催・目的・地域資源・過去事業の例を説明する。現行日程は9月24日、10月1日、10月20〜21日。審査配点、全審査員の採点、利益相反管理、2026年度の大会運営費と公費内訳。
過去大会から法人設立、試作品、地域通貨、農地転換などの公表例がある。案件別売上、雇用、投資、契約更新、補助金終了後の採算、撤退した案件の数。
経産省の共創・官民連携ガイドは、実証だけでなく初期購買、契約、共同・試行調達を重視する。2026年の40案のうち、実際に有償実証または本契約へ進む割合。
取材資料・出典

編集注:応募数、国数、提案内容、過去案件の成果は、特記しない限り主催者、運営事務局、応募企業の公表に基づく。Japan.co.jpは40案の製品性能、特許、法令適合、財務、地域での採用を独立検証していない。所在地別の国内29・海外11は公開一覧を本紙が集計した。人口と製造業の数値は基準年と統計範囲が異なるため、現在人口や現在売上を示すものではない。為替表示は編集部提供値。