富山の小さな会社で、机の上に置かれているのは求人票ではない。止まったままの新商品の企画書、勘に頼る原価計算、更新されない採用サイト、ベテランだけが知る工程表だ。経営者が欲しいのは「誰か」だが、課題を分解すると、必要なのは営業戦略、広報、人事制度、デジタル化といった、異なる専門知であることが多い。
それぞれを正社員で採るのは難しい。勤務地を変えてまで地方の一社へ来る専門家は限られ、採用できても仕事量が一人分に満たないことがある。そこで、都市部などで本業を持つ人を、週数時間、月数回、数か月のプロジェクトで迎える。富山で広がろうとしている「副業・兼業人材」は、余った作業を安く外注する話ではない。経営のボトルネックに、必要な能力を小さく、速く接続する話である。
8月21日、三つの現場が同じ壇上へ
富山県と富山県人材活躍推進センターの富山県プロフェッショナル人材戦略本部は、21日午後2時から「副業・兼業人材活用シンポジウム in 富山」を開く。会場は富山市湊入船町の県民共生センター「サンフォルテ」。前半はオンライン参加も可能で、定員200人、参加費は無料。午後4時からの個別相談は会場参加者だけを対象とする。
基調講演は、パーソルホールディングスで公共・地域活性化を担当する市野喜久氏が、外部人材による業務改善と生産性向上の実践を扱う。続くパネルには、社会福祉法人戸出福祉会だいご苑の野村幸信常務理事、農業・まちづくりに取り組む富山のめの中谷幸葉代表理事、建設・製造に関わるラミネートラボの小池武志社長が登壇予定だ。主題は人事制度と広報戦略。福祉、農業・地域、ものづくりという、人手不足の形が異なる三つの現場を並べる構成である。
| 催し | 副業・兼業人材活用シンポジウム in 富山 「経営課題を成果に変える、人材活用のリアル」 |
|---|---|
| 日時 | 2026年8月21日(金)午後2時〜4時30分(受付は午後1時30分) |
| 会場 | 富山県民共生センター サンフォルテ。シンポジウムはオンライン参加可、個別相談は会場のみ |
| 対象 | 製造・サービス、社会福祉法人、農業法人、エッセンシャルワークなど、県内中小企業・団体の経営、採用、人事担当者 |
| 定員・費用 | 200人、無料、事前申込制 |
| 主催 | 富山県、富山県人材活躍推進センター/富山県プロフェッショナル人材戦略本部 |
なぜ富山なのか――求人倍率1.48倍の圧力
富山労働局によると、2026年6月の県内の有効求人倍率は季節調整値で1.48倍。全国平均1.18倍を上回り、都道府県別で4番目に高かった。有効求人数2万1,893人に対し、有効求職者数は1万4,761人。単純化すれば、求職者一人を複数の職場が追う構図である。
ただし、求人倍率は「専門家が何人足りないか」を直接示す指標ではない。パートを含む求人と求職の全体的な逼迫を表す。それでも、同じ人材を巡って企業が競う市場で、採用だけに解決を委ねる難しさは明らかだ。
人口の土台も縮む。県の推計人口は2026年4月1日時点で97万9,663人と100万人を割り、前月から2,062人減った。一方、世帯数は41万5,718世帯で前月より791増えている。人口が減りながら世帯が増える動きは、小世帯化や暮らしを支えるサービスの分散を意味し得る。介護、物流、小売、建設などでは、働き手が減っても仕事が同じ割合で消えるとは限らない。
2026年2月、県と富山労働局は、2015年に結んだ雇用対策協定を「人材確保・活躍推進協定」として結び直した。背景として明記されたのは、少子高齢化と人口減少による労働供給制約の加速だ。2026年度の計画は、賃上げや働きやすい職場づくりだけでなく、人材の育成・リスキリング、UIJターン、定着、多様な人材の活躍、エッセンシャルワーク分野の確保を一体で扱う。副業人材は、その広い人材戦略の一部に位置づく。
「一人採る」から「課題に接続する」へ
副業人材が埋めるのは、必ずしも一人分の空席ではない。たとえば採用難に悩む介護法人なら、現場職員を一人増やすことはできなくても、採用候補者の導線を調べ、職場の魅力を言語化し、面接と定着面談を設計する人は呼べる。製造業なら、旋盤を毎日回す作業員の代わりにはならないが、受注から出荷までの滞留を測り、紙と表計算に散った情報を整理する経験者は役立つ。農業法人なら、収穫を担う人数は増えなくても、商品の物語、価格、販路、ECの再設計を進められる。
ここには「人数不足」と「能力不足」の区別がある。前者はシフトを埋め、現場を回す手が足りない問題。後者は、戦略を立てる、制度を作る、データを読む、工程を変えるといった特定能力が社内にない問題だ。副業人材は後者に強い。前者を後者の工夫で軽くできる場合はあるが、必要な現場人数そのものを消す魔法ではない。
| 経営課題 | 外部専門家が担えること | 担えないこと |
|---|---|---|
| 採用難 | 採用像の整理、求人文、選考、発信、定着の設計 | 応募者の母数を保証すること、職場の根本的な労働条件を代替すること |
| 生産性 | 工程の可視化、ボトルネック分析、デジタル導入、指標設計 | 現場理解なしの短期診断だけで持続的改善を生むこと |
| 販路開拓 | 顧客仮説、価格、営業資料、EC、広報計画の構築 | 市場反応や売上を確約すること |
| 人事制度 | 役割、評価、面談、育成の仕組みづくり | 経営者が決めるべき処遇や文化を外から決めること |
10年の政策史――「原則禁止」の空気が動いた
地方企業と専門人材をつなぐ制度は、突然現れたわけではない。内閣府のプロフェッショナル人材事業は2015年度に始まり、東京を除く各道府県に戦略拠点を整えて、地域企業の「攻めの経営」と人材紹介を結びつけた。もともとの重心は、都市部の専門家が地方企業へ転職し、質の高い雇用を生む「人材還流」にあった。富山の拠点でも、現本部長の久金正彦氏が2016年からコーディネーターを務めている。
その後、「移る」だけでなく「つながる」ルートが太くなる。2017年の働き方改革実行計画を受け、厚生労働省は2018年1月に副業・兼業の促進に関するガイドラインを策定した。同時にモデル就業規則から、許可なく他社業務に従事してはならないという一律的な規定を削り、副業・兼業の条文を新設した。法令が副業を全面禁止していたわけではないが、企業の就業規則と慣行が作っていた「原則だめ」の空気を変える節目だった。
2020年には労働時間の通算や健康管理を明確にする方向でガイドラインが改定され、2022年には副業を認める条件などの情報を企業が公表することが望ましいとする改定が加わった。感染症流行期にオンライン会議と在宅勤務が広がり、地理的距離のコストも下がった。東京の広報担当者が毎週富山へ通わなくても、画面越しの定例と月一度の現場訪問を組み合わせられるようになった。
2015年 内閣府のプロフェッショナル人材事業が始動。各道府県の拠点が、地域企業の成長戦略と専門人材の採用を支援。
2016年 富山県拠点で久金正彦氏がコーディネーターに。県内企業への訪問と課題の掘り起こしを重ねる。
2017年 政府の働き方改革実行計画が、副業・兼業の普及促進を掲げる。
2018年 厚生労働省がガイドラインを策定し、モデル就業規則を改定。
2020年 労働時間・健康管理の考え方を明確化。遠隔協働も社会に定着し始める。
2022年 企業による副業制度の情報開示を促す方向へガイドラインを改定。
2024年度 富山の副業人材マッチング交流会に30社と約350人が参加し、15件が成立。
2026年 県と労働局が人材確保・活躍推進協定を再締結。8月21日に活用シンポジウム。
30社、350人、15件――実績が示すこと
富山県の試みは、今回のシンポジウムが出発点ではない。パーソルキャリアの「HiPro Direct」が県などと行った2024年度のマッチング交流会は3回。県内企業30社と、副業を希望する人材およそ350人が参加し、15件のマッチングが成立した。翌年度も交流会やオンライン選考を継続した。
この数字は二つのことを示す。第一に、県外側に関心はある。30社に対して約350人という参加規模は、地方企業の課題に関わりたい人材が一定数いることを示す。第二に、関心と契約は同じではない。成立15件は意味のある成果だが、参加者全員が案件に合うわけでも、契約がそのまま生産性向上を保証するわけでもない。
本当に問うべきは、マッチ数の先である。何件が最後まで続いたか。売上、リードタイム、採用コスト、離職、残業、手戻りはどう変わったか。外部専門家が去った後、社内に手順、判断基準、担当者が残ったか。公開資料だけでは、これらの長期成果はまだ評価できない。2026年の次の段階は、「会えた」を「残る能力」に変えることだ。
成功する案件は、肩書より「問題文」が明確だ
副業人材の導入で最も危うい依頼は、「DXに詳しい人がほしい」「SNSを伸ばしてほしい」「生産性を上げてほしい」だ。言葉は大きいが、仕事の終点がない。優秀な人を連れてきても、何を見せ、誰が決め、いつ成功とするかが曖昧なら、会議と助言だけが積み上がる。
良い問題文は狭い。たとえば「採用サイト経由の応募を6か月で現状の月2件から月5件へ増やす。そのために候補者インタビュー、職種ページ3本、応募導線、計測表を作り、社内担当者が翌月から更新できる状態にする」。数字が妥当かは検討が必要だが、基準、成果物、引き継ぎが見える。
- 基準値:売上、時間、応募数、不良率など、開始前の状態を測る。
- 対象範囲:会社全体ではなく、工程、商品、職種を絞る。
- 成果物:分析だけか、実装、手順書、研修まで含むか。
- 社内責任者:データを渡し、現場をつなぎ、判断できる人を置く。
- 権限:提案者なのか、予算や運用を決める役割まで持つのか。
- 情報管理:秘密情報、個人情報、知的財産、競業の扱いを契約に書く。
- 働き方:雇用か業務委託か、時間、連絡頻度、現地訪問、費用を合わせる。
- 終了条件:継続、縮小、終了の判断日と、社内への引き継ぎを先に決める。
副業人材の強みは、短く始められることだ。同時に、短いからこそ、社内の情報提供が遅れれば時間を失う。経営者が「お任せします」と丸投げし、現場が「外の人には分からない」と閉じれば、専門家は宙に浮く。外部人材は変革の所有者ではなく、社内チームが変わるための触媒である。
生産性を何で測るか
2026年版中小企業白書は、労働供給が制約される社会では、付加価値を増やし、労働投入を最適化して労働生産性を高めることが不可欠だと整理した。AI・デジタル化、省力化、高付加価値化に取り組む企業ほど成果を上げる傾向も示す。副業人材は、それらを実装する知識を外から運ぶ手段になり得る。
ただし、「アプリを入れた」「会議をした」「投稿を増やした」は生産性ではない。活動量と成果を分けなければならない。採用なら求人記事の本数ではなく、適格応募、採用単価、入社後の定着。工場ならダッシュボードの完成ではなく、段取り時間、仕掛品、納期、不良、残業。広報なら表示回数だけでなく、問い合わせ、商談、粗利へどうつながったかを見る。
| 段階 | 問うこと | 例 |
|---|---|---|
| 基準 | 開始前はどうだったか | 受注から出荷まで18日、月の応募2件 |
| 活動 | 何を実行したか | 工程観察4回、求人インタビュー8人 |
| 成果物 | 何が形として残ったか | 工程表、求人ページ、面談手順、計測表 |
| 事業成果 | 顧客・現場・財務がどう変わったか | リードタイム12日、適格応募月5件 |
| 能力移転 | 外部人材が去っても続くか | 社内担当者が更新・分析・改善会議を主導 |
労務、秘密、過労――「副業だから軽い」ではない
副業・兼業には制度設計が要る。複数の雇用契約を結ぶ働き方では、労働時間の通算や健康確保が問題になる。業務委託なら扱いは異なるが、契約名だけ委託にして、実際には勤務時間や仕事の進め方を細かく指揮命令するなら、実態とのずれが生じる。個別案件は社会保険労務士や弁護士などの専門家に確認すべきで、本稿は法的助言ではない。
本業と副業の合計が過重になれば、本人の健康も成果も損なう。競合企業への関与、顧客情報、製造条件、個人情報、作成物の著作権・知的財産、生成AIやクラウドへのデータ入力も、契約前に線を引く必要がある。厚生労働省のモデル就業規則も、労務提供への支障、企業秘密の漏えい、競業、自社の信用を損なう場合には副業を制限し得る考え方を示している。
また、外部人材市場には選別が働く。魅力的で説明しやすい案件には応募が集まり、地味で複雑な現場ほど敬遠されることがある。マッチング事業者の登録者が、地域の全ての能力を代表するわけでもない。無料相談の後、人材紹介や契約に手数料が発生する場合もある。企業は「無料の専門家」ではなく、費用と社内時間を投じる経営プロジェクトとして判断する必要がある。
解ける不足、解けない不足
富山の副業人材政策を、人口減少の万能薬として語るのは誤りだ。介護の夜勤、建設現場の技能、運送の乗務、製造ラインの交代要員など、現地で継続的に必要な仕事は残る。賃金、住まい、育児、交通、職場文化、設備投資、外国人材、女性や高齢者が働き続けられる環境といった課題も、副業人材だけでは解けない。
それでも価値はある。採用できないから何も変えられない、という停滞を崩せるからだ。外から来た一人が採用制度を整えれば、正社員を採りやすくなるかもしれない。工程を標準化すれば、ベテランの負担を減らし、若手が入りやすくなる。商品を高付加価値化できれば、賃上げの原資が生まれる。副業人材は人手不足の代用品ではなく、人手不足への対処能力を高めることがある。
「月に数時間」が会社に残すもの
富山の実験の核心は、地方へ人を「所有」する発想から、知識と関係を「共有」する発想への移動にある。専門家は東京から転居しなくても、富山の会社に関われる。企業は一人分の固定費を負う前に、小さな課題で相性と価値を確かめられる。専門家側も、本業とは違う産業や地域で、自分の経験を試し、学び直すことができる。
だが、成功の尺度は専門家が何時間働いたかではない。その人がいなくなった月に、会社が前より良い判断をできるかである。新しい採用文を社内で書ける。工程会議で数字を見られる。顧客の声を価格と商品へ戻せる。次の改善を自分たちで回せる。そうなったとき、短い副業は単発の助言ではなく、組織能力への投資になる。
8月21日の壇上に並ぶ福祉、農業・地域、ものづくりは、富山の人手不足を一つの色に塗らない。必要な人も、時間も、成果も違う。それでも共通する問いはある。いま足りないのは、本当に一人分の労働力なのか。それとも、既にいる人たちの力を生かすための設計なのか。答えを間違えなければ、遠くの専門家が月に数時間加わることは、地方企業にとって小さくても本物の転換点になり得る。
取材メモ:確認できた事実と評価の空白
| 確認できたこと | 今後の検証が必要なこと |
|---|---|
| 8月21日に県・人材活躍推進センター主催のシンポジウムが予定されている。 | 当日の参加者数、相談件数、契約、登壇企業の具体的成果。 |
| 2024年度の交流会は30社、約350人、15マッチを公表した。 | 継続率、費用対効果、生産性、賃金、定着への長期影響。 |
| 有効求人倍率1.48倍、推計人口97万9,663人という逼迫・縮小の背景がある。 | 業種・職種ごとの専門人材不足を、副業案件がどこまで補えるか。 |
| 国は2018年以降、副業・兼業の環境整備を進めてきた。 | 中小企業側の制度整備、健康管理、情報管理が実務でどこまで定着したか。 |
- 富山県人材活躍推進センター「副業・兼業人材活用シンポジウム in 富山」開催案内
- 内閣府 プロフェッショナル人材戦略ポータルサイト「富山県拠点」
- 内閣官房・内閣府地方創生推進室「プロフェッショナル人材事業」制度概要
- HiPro「富山県内企業30社と副業人材約350名が参加、15件のマッチング」
- 富山県「人材確保・活躍推進協定」および2026年度事業計画
- 富山県「富山県の人口と世帯(2026年4月1日現在)」
- 富山労働局「最近の雇用失業情勢(2026年6月分)」
- 厚生労働省「副業・兼業」ガイドライン、モデル就業規則、関連資料
- 経済産業省「2026年版中小企業白書・小規模企業白書が閣議決定」
編集注:人口は富山県の月次推計、求人倍率は富山労働局の季節調整値を用いた。求人倍率は専門人材だけを測る統計ではない。2024年度のマッチング数は事業者公表値で、長期成果や因果効果を示すものではない。登壇者の肩書とプログラムは主催者の告知時点。雇用・業務委託に関する記述は一般的な論点の整理であり、法的助言ではない。為替表示は編集部提供値(2026年8月20日午前0時30分UTC=同日午前9時30分JST)。
