2025年1月28日、埼玉県八潮市の交差点が崩れた。下を通る流域下水道管の破損に起因すると考えられる陥没にトラックが巻き込まれ、救助と復旧のため、一時は約120万人に洗濯や入浴など下水道使用の自粛が求められた。地上から見えた巨大な穴は、日本の水インフラが抱える見えない年月を一瞬で露出させた。
その約1年半後、2026年7月10日に閣議決定された「令和8年版水循環白書」は、特集を「水循環とリスク――国民の暮らしと未来を守るために」と名付けた。第1節は気候変動と渇水、第2節は水インフラの老朽化、地震、事故、第3節はデジタル技術、人材、官民と住民の連携を扱う。白書が描く危機は単純な水不足ではない。雨の降り方が荒くなり、設備は古くなり、担い手と料金収入が減るという、複数の波が同じ時代に重なる危機である。
蛇口をひねれば水が出る。トイレを流せば汚水は消える。その瞬間、利用者には川もダムも浄水場もポンプも見えない。だが一杯の水の背後には、流域を越える導水路、何十万キロもの管、地下水、農業用水、下水処理場、電力、化学薬品、熟練者の判断がある。水は自然が与える。しかし「いつでも安全に届き、使った後に処理される」というサービスは、歴史が造った人工物である。
雨が多いのに、なぜ水が足りないのか
日本は「水の国」と呼ばれるだけの雨を受ける。年降水量は約1,697ミリで、世界の陸域平均約1,171ミリの約1.4倍。国土全体では年間約6,600億立方メートルが降り、その約35%が蒸発散し、理論上利用可能な水資源賦存量は約4,300億立方メートルになる。
ところが人口と国土面積で割ると別の姿になる。一人当たりの年降水総量は約5,000立方メートルで、世界平均約2万立方メートルの4分の1ほど。山地が約7割を占め、川は短く急で、雨は梅雨と台風期に偏る。豪雨は急いで海へ下り、雨が止まれば流量も早く落ちる。首都圏では人口集中がさらに条件を厳しくし、一人当たり水資源賦存量は全国平均の約26%にすぎない。
年間総量が多いことと、必要な場所で必要な日に使えることは違う。ダムは時間をまたいで水を移し、導水路は場所をまたいで運ぶ。森林、農地、地下の帯水層は雨をゆっくり戻す。配水管は最後の数メートルまで圧力を保つ。日本の水道は、降水の豊かさではなく、降水の不規則さを工学で均した結果なのである。
江戸は重力で水を運んだ
この国の都市と水のせめぎ合いは古い。海に近い江戸の低地や埋立地では、井戸を掘っても良質な淡水を得にくかった。徳川家康が1590年に江戸へ入ると、上水整備が都市建設の前提になった。神田上水の正確な創設年には諸説あるが、史料上は17世紀初めまでに完成していたと考えられる。
人口が膨らむと、それだけでは足りない。幕府は1652年、多摩川から水を引く計画を立てた。庄右衛門、清右衛門兄弟が翌年に着工し、羽村から四谷大木戸まで約43キロをわずか8カ月で掘ったと伝わる。標高差は約92メートル。ポンプも電気もなく、わずかな勾配を読み、重力だけで水を流した。市中では石樋や木樋を地下へ通し、共同井戸へ導いた。
玉川上水は都市用水であると同時に、郊外の分水、農業、緑、地域社会をつなぐ流域装置だった。現代の「流域マネジメント」という言葉は新しいが、水量、水質、土地利用、上下流の利害を一緒に扱わなければならない本質は江戸と変わらない。
1887年、清潔な水が近代都市をつくった
開港後の横浜は、塩分を含む井戸が多く、安全な飲み水に困った。英国人技師ヘンリー・スペンサー・パーマーの設計・監督で、相模川と道志川の合流付近から水を取り、ろ過し、鉄管を加圧して運ぶ近代水道を建設。1887年10月17日に給水を始めた。日本初の近代水道である。
これは便利な蛇口の誕生だけではなかった。汚染されにくい水源、浄水、圧力を持つ管網は、感染症対策と消防、人口密集都市の成立を支えた。1890年には水道条例が制定され、その後、東京、大阪、神戸などへ近代水道が広がった。水の品質を個々の井戸の運に任せず、公共サービスとして管理する転換だった。
戦後の高度成長期、都市人口と工業用水の需要は急増した。生活用水と工業用水は1960年代半ばから2000年ごろまでに約3倍へ増えた。日本はダム、堰、浄水場、下水処理場、長大な管路を集中的に築いた。今日の高い普及率は、その世代の投資が残した配当である。同時に、今日の老朽化は、その投資が同じ時期に更新期を迎える請求書でもある。
1964年、「東京砂漠」とオリンピック
1961年秋から続いた少雨は、急成長する東京を追い詰めた。1964年の渇水では84日間、最大50%の取水制限が行われた。給水時間が限られ、バケツや浴槽に水をためる暮らしが「東京砂漠」と呼ばれた。世界へ近代都市を見せるオリンピックの年、首都は最も基本的な都市サービスの限界をさらした。
危機は利根川への水源転換を速めた。利根大堰で取った水を全長14.5キロの武蔵水路で荒川へ送り、朝霞浄水場などを通じて東京と埼玉へ配る。武蔵水路は1965年3月に緊急通水し、1967年に完成した。地図上では別の川だった利根川と荒川を、首都の需要が一つの水システムへ結んだ。
成功は巨大だった。東京の蛇口は多摩川だけでなく、遠い利根川上流の雨と雪、ダム、農地、地域住民の協力に支えられるようになった。しかし安定供給は依存関係も広げる。上流の少雪、複数ダムの貯水低下、長距離送水施設の故障が、何千万人の問題になる。大きなネットワークは強靱であると同時に、つながり方を理解しなければ脆い。
福岡の287日が「節水型都市」を生んだ
1978年の福岡市では、給水制限が287日続き、最も厳しい日は1日最大19時間の断水となった。給水車は延べ1万3,433台、弁操作に動員された人は延べ3万2,434人。水が出る時間にも蛇口から出ない地区があり、市民はバケツを持って列をつくった。
福岡は記憶をインフラへ変えた。1981年から流量と水圧を24時間集中制御する配水調整システムを導入し、漏水を抑え、異常を早く見つけ、別ルートから水を回せるようにした。下水処理水をトイレ洗浄や散水へ使う再生水事業を始め、筑後川からの導水とダムを増やし、市民の節水を都市文化にした。
1994年、福岡はさらに厳しい少雨に見舞われ、給水制限は295日と1978年を上回った。それでも給水車の出動はゼロだった。制限が消えたわけではない。だが水源の多重化、コンピューター制御、市民の行動によって、同じ自然現象が同じ社会被害になるのを防いだ。この差こそ「レジリエンス」の意味である。
| 福岡市の大渇水 | 1978年度 | 1994年度 |
|---|---|---|
| 給水制限日数 | 287日 | 295日 |
| 1日平均の制限時間 | 14時間 | 8時間 |
| 弁操作の動員 | 延べ32,434人 | 延べ14,157人 |
| 給水車 | 延べ13,433台 | 0台 |
| 教訓 | 節水型都市への転換 | 多重水源と配水制御の効果 |
2025年度、渇水は夏から冬へ続いた
2025年夏、日本は再び全国規模で水不足と向き合った。国土交通省は7月30日、8年ぶりに渇水対策本部を設置。全国6地方整備局でも本部が置かれた。利根川、木津川、吉野川など各地で貯水量と流量を監視し、農業用水、水道用水、工業用水の取水を調整した。木津川の高山・青蓮寺両ダムでは9月、合計貯水率が50%を下回り、水道・農業用水を10%制限したが、複数水源があったため直ちに市民生活へ影響は出なかった。
重要なのは、取水制限が失敗の証拠ではないことだ。被害が蛇口へ届く前に、利用者同士で負担を調整する予防手段である。2026年版白書が「渇水対応タイムライン」を重視する理由もここにある。貯水率の段階ごとに、誰が会議を開き、誰が節水を要請し、どの用途をどこまで調整するかを平時に決める。2025年度には新たに10水系で公表され、累計42水系へ増えた。
しかし夏が終わっても危機は終わらなかった。2025年12月から2026年7月までの冬渇水では、関東、中部、近畿、四国、九州の5地方整備局が渇水対策本部を置いた。琵琶湖、紀の川、豊川、仁淀川、筑後川など広い範囲で調整が続き、仁淀川水系の大渡ダムは2026年1月29日に貯水率0%となり緊急取水に入った。国の渇水情報連絡室が解散したのは7月13日だった。
一方で豪雨も強くなる。2025年夏の平均気温は1898年の統計開始以降で最高となり、梅雨明けは多くの地域で記録的に早かった。その後、8月の前線は西日本から北日本へ大雨をもたらした。水循環の危機は「乾く」か「あふれる」かの二択ではない。同じ年、同じ流域が両方を経験する。
第二の渇水――管の中に水があっても届かない
水源が十分でも、管が壊れれば蛇口は乾く。日本の水道普及率は2023年度末で98.2%に達したが、多くの施設は1970年代に集中的に整備された。2024年度末時点で、導水管・送水管など基幹管路のうち耐震適合性がある割合は全国で44.6%。浄水施設の耐震化率は46.7%、配水池は65.9%だった。改善は続くが、重要な流れの半分以上にはなお課題が残る。
2024年能登半島地震では約13.6万戸が断水し、建物倒壊地域などを除いても最大断水期間は約5カ月に及んだ。浄水場が無傷でも、取水、導水、送水、配水のどこか一つが切れればシステムは止まる。道路が壊れれば修理車両は入れず、電力と通信が止まればポンプと遠隔監視も失われる。白書が求めるのは一本ずつの耐震化だけでなく、別ルート、非常用電源、応急給水、井戸・雨水など「代替性・多重性」である。
下水道はさらに見えにくい。八潮市の事故は、汚水を運ぶ一本の大口径管の障害が救助、河川水質、交通、企業活動、120万人の日常へ連鎖することを示した。国は全国特別重点調査を要請し、道路管理者と占用者のリスク情報共有を強化した。管の年齢を表に並べるだけでは足りない。大口径、腐食環境、交通荷重、下流への影響、迂回の有無を掛け合わせ、壊れたとき最も大きな被害を出す場所から点検・更新する必要がある。
- 年齢:法定耐用年数は会計・更新計画の目安で、故障日を予言する時計ではない。
- 状態:材質、腐食、地盤、継手、圧力、周辺工事、点検履歴でリスクは変わる。
- 重要度:病院、避難所、浄水場、幹線など、停止時の社会影響を評価する。
- 冗長性:別ルートへ切り替えられる管は、同じ状態でも単一路より強い。
気候変動は「雨を減らす」だけではない
文部科学省と気象庁の「日本の気候変動2025」は、温暖化した日本で極端な大雨がより頻繁で強くなると予測する。工業化以前に100年に1回だった大雨は、世界平均気温が2度上昇した世界で100年に約2.8回、4度上昇では約5.3回。100年に1回の大雨そのものの降水量も、それぞれ約17%、約32%増えると推計される。
大雨が増えることは、貯水が簡単になることを意味しない。短時間に集中した水はダムの洪水調節容量を圧迫し、濁水を生み、地下へ染み込む前に海へ流れる。気温上昇は蒸発散を増やす。積雪は天然の貯水池だが、暖冬で雪が減り、早く融ければ、春から夏へゆっくり水を渡す機能が弱まる。長い無降水期間と激しい豪雨が両方増えるなら、年降水量だけを見ても水の使いやすさは分からない。
しかも日本の多くのダムは、1956年から1975年の間の比較的少雨だった年を利水基準年に選んで計画された。過去の降雨パターンが未来にも通用するという前提を、気候変動が揺らしている。洪水のため事前に容量を空ける判断と、渇水のため水を残す判断を、同じダムで両立しなければならない。
2014年、水を縦割りから流域へ戻す
長く日本の水行政は、河川、農業用水、水道、下水道、地下水、森林、環境を別の制度と組織で扱ってきた。専門性は必要だが、水は境界を守らない。上流の森林と農地、都市の舗装、地下水のくみ上げ、下水処理、河口の生態系は一つの循環にある。
2014年に水循環基本法が成立し、翌2015年に最初の水循環基本計画が閣議決定された。法律第12条は、政府が講じた施策を毎年国会へ報告するよう定め、2016年に最初の水循環白書が公表された。白書は単なる環境年報ではない。各省庁に分かれた施策を、一つの循環として国会と国民へ説明する装置である。
2024年1月の能登半島地震、水道行政の国土交通省・環境省への移管、気候変動の顕在化を受け、基本計画は予定より約1年前倒しで2024年8月に変更された。重点は、代替性・多重性による安定供給、上下水道一体での再構築、脱炭素、流域総合水管理。2026年版白書では、自治体が水量、水質、自然環境を一体で扱う「流域水循環計画」が85計画へ増えた。
85は前進だが、全国を覆う完成図ではない。川は市町村境を越え、水道の給水区域と下水道の流域、農業用水の受益地、地下水盆は一致しない。計画の価値は冊数より、干ばつ時に誰が何を譲るか、豪雨時にどこへ水をためるか、事故時にどのデータを共有するかまで決められているかで測るべきだ。
地下水、雨水、再生水――見えない予備水源
能登半島地震では、水道復旧を待つ間、井戸の地下水や雨水が生活用水に使われた。地下水は地域によって災害時の重要な予備になりうる。しかし無制限にくみ上げれば、地盤沈下、塩水化、湧水枯渇を招く。平時から量と水質を把握し、非常時の利用井戸、給水方法、所有者との協定、停電時のポンプを準備して初めて「備え」になる。
雨水貯留、田んぼダム、森林・湿地の保全は、洪水を遅らせながら地下水涵養にも寄与する。下水処理水の再利用は、飲用に適した水をトイレや散水へ使う必要を減らす。福岡が大渇水後に選んだように、供給を増やすだけでなく、用途に合った水質の水を使い分ける発想が重要になる。
ただし「自然を使う」ことを無料の代替物と考えてはいけない。森林の手入れ、湿地の土地確保、井戸の水質検査、再生水管の二重配管には費用と管理が必要だ。灰色のインフラと緑のインフラを競わせるのではなく、互いの弱点を補う組み合わせとして設計するべきである。
人口減少がつくる更新の逆説
水道需要は1990年代末ごろをピークに緩やかに減っている。節水は望ましい。だが水道事業の多くは自治体の公営企業で、料金収入によって運転と更新を支える。人口と使用量が減るほど収入は減る一方、過去に広げた管網の長さはすぐには短くならない。山間部や離島では、少ない利用者のために長い管、浄水場、技術者を維持しなければならない。
この逆説に値上げだけで答えると、人口の少ない地域ほど負担が重くなる。先送りだけで答えると、事故と緊急修理が増え、結局もっと高くつく。必要なのは、施設の統廃合、自治体を越えた広域化、水道と下水道の共同発注、遠隔監視、標準化、官民連携、場合によっては集約型と小規模分散型の組み合わせである。
人も同じ問題を抱える。浄水、水質、電気、機械、土木、料金、災害対応を知る職員は一朝一夕に育たない。デジタル技術は漏水の兆候、管内画像、圧力異常を見つけ、少人数の判断を助ける。しかしセンサーの誤報を見抜き、掘削地点を決め、住民へ説明する人は残る。DXは人を不要にする計画ではなく、少ない人が重要な判断へ時間を使えるようにする計画でなければならない。
企業と住民は「利用者」以上の存在になる
2026年版白書は、水循環に積極的に取り組む145社を「水循環ACTIVE企業」として認証し、関心を持つ3社を「CHALLENGE企業」として登録したと報告する。工場の取水、排水、敷地内の雨水、サプライチェーンの水リスクは、企業活動と流域を直接結ぶ。節水量だけでなく、渇水時の生産計画、上流保全、地域への井戸開放、排水の再利用まで、企業のBCPは流域のレジリエンスになりうる。
住民の役割も「節水してください」にとどまらない。家庭の雨水タンク、災害用の水備蓄、地域井戸の確認、料金と更新計画への理解、河川清掃、生物調査は小さく見える。しかし1978年と1994年の福岡の差が示すように、日常の行動と制度への信頼は、災害時の被害を大きく変える。
同時に、責任を個人へ押しつけてはならない。住民が短いシャワーを浴びても、大口径管の腐食や浄水場の耐震化は直らない。政府、自治体、企業、住民の参加とは、責任を曖昧に分散することではなく、各主体が変えられる部分を明確にし、情報と費用を共有することである。
2026年白書を実行計画へ変える六つのものさし
| 優先課題 | 見るべき指標 | なぜ重要か |
|---|---|---|
| 壊れ方から更新する | 年齢だけでなく状態、重要度、代替路、事故時人口 | 限られた資金を被害の大きい箇所へ集中できる |
| 渇水を前倒しで管理 | 42水系のタイムライン実効性、訓練、発動時間 | 断水前に用途間調整と代替水源を動かせる |
| 上下一体で耐震化 | 病院・避難所まで水道と下水道が連続して機能する割合 | 片方だけ復旧しても生活と医療は戻らない |
| 水源を多重化 | 河川、地下水、雨水、再生水、連絡管の切替能力 | 一つの故障や少雨が全体停止になるのを防ぐ |
| 人材を共有 | 広域チーム、資格者、訓練、データ標準化 | 小規模事業者でも専門判断を確保できる |
| 費用を時間で示す | 今の更新費、先送り時の事故・緊急復旧費、料金影響 | 「高い・安い」から世代間の選択へ議論を変える |
水が都市をつくった四世紀
17世紀初め 神田上水が江戸を支える。1653年に玉川上水着工、1654年給水開始。
1887年 横浜で日本初の近代水道が給水開始。ろ過、加圧、鉄管が公衆衛生と消防を変える。
1890年 水道条例制定。近代水道が全国の都市へ広がる。
1964年 「東京砂漠」。84日間、最大50%の取水制限。利根川系開発を加速。
1965~67年 武蔵水路が緊急通水、完成。利根川の水を荒川経由で首都圏へ。
1978年 福岡市で287日の給水制限。節水型都市、再生水、配水集中制御へ転換。
1994年 全国的な大渇水。福岡は295日制限するが、給水車はゼロ。
2014~16年 水循環基本法成立、最初の基本計画、最初の水循環白書。
2024年 能登半島地震で約13.6万戸断水。基本計画を前倒し改定。
2025年 八潮市道路陥没。約120万人へ一時下水道使用自粛。夏は8年ぶりに国の渇水対策本部。
2026年 白書は渇水、老朽化、人材不足を一つの「水循環リスク」として特集。
次の一杯を誰が守るのか
2026年水循環白書の最も重要なメッセージは、日本に水がないという警告ではない。自然の水を社会の水へ変える仕組みが、過去の気候、人口、都市構造を前提に造られたままだという警告である。
江戸は勾配を読み、43キロ先の水を重力で運んだ。明治はろ過と鉄管で感染症に強い都市をつくった。高度成長期はダムと広域導水で膨張する需要を満たした。福岡は大渇水の記憶を制御システムと再生水へ変えた。各時代は、水の問題を次の制度と技術へ翻訳してきた。
令和の翻訳は、もっと複雑になる。豪雨と渇水を同じ流域で管理し、古い管を状態と影響で順位づけし、上下水道を一体で耐震化し、地下水と雨水を非常時に使える形で守り、人口減少下の費用を世代間で分ける。センサーとAIを使いながら、最後の判断をできる人を育てる。
蛇口から出る一杯は、雨、森、川、ダム、地下水、工場、田畑、管、料金、技術者の契約である。その契約を見えないままにすれば、次に見えるのは空の貯水池か、路上の穴かもしれない。見えるうちに直すこと――それが「水の国」を本当に水に強い国へ変える仕事である。
取材注記・主な資料
2026年8月7日午前9時2分(日本時間)までに確認した公開情報を使用しました。2026年版白書は2025年度に政府が講じた施策を報告する年次文書です。本稿は白書の要約に加え、過去の白書、国土交通省、気象庁、自治体の一次資料で歴史と最新状況を補いました。将来予測はシナリオに基づく全国平均で、個別流域の確定予報ではありません。
