クマの目撃情報が市役所に入る。近年まで対応経験がほとんどない街なら、そこからが難しい。学校を休校にするのか。どの道路を止めるのか。住民への警報はどの範囲へ出すのか。追い払い、わな、麻酔、緊急銃猟のうち、現場で安全に選べる手段は何か。クマが姿を現してから手順を考える余裕はない。

環境省は9月4日、「クマ出没対策コンサルティング実証事業」に参加する都道府県と市町村の募集を始めた。対象は、クマ対策の知見や経験が比較的少なく、人の生活圏への出没に備えたい自治体である。

応募多数の場合は10団体程度を選ぶ。自治体ごとに相談役を置き、課題に合う専門家を加えた2~3人程度のチームを編成する。現地調査と打ち合わせで地域の弱点を洗い出し、対策案を具体化する。必要に応じて一部を試し、効果まで検証する。

募集期限は10月2日午後5時。自治体には、実証期間中の担当者配置と専門家チームとの協働が求められる。審査は非公開で、提出書類が主な評価対象となる。


決まっていないこと: 9月5日午前8時の取材時点で、採択自治体、外部専門家、自治体別の配分額は公表されていない。補助金や交付金ではなく、環境省の調査・実証事業であり、終了後の恒久的な人員や財源を約束するものでもない。

10団体程度応募多数の場合に選ぶ予定の都道府県・市町村。
2~3人各自治体の課題に合わせて編成する専門家チーム。
総額5000万円以内10件程度の実証にかかるコンサルティング費用の予定上限。

「助言」で終わらせない制度設計

実証事業の中身は、会議室で助言書を渡すだけではない。まず相談役が自治体の事情と要望を整理し、課題に合う専門家を選ぶ。チームは現場へ入り、クマが通り得る河川敷や藪、放置された果樹、農地、ごみ集積所、学校周辺などを点検する。対策を練り直し、必要なら一部を試し、結果を確かめる。

環境省の募集要領によると、こうしたコンサルティングに必要な費用は事業側が負担する予定で、10件程度の総額は5000万円以内。自治体職員の人件費や旅費は対象外となる。単純に10等分するとの記載はなく、1団体当たり500万円が保証されるわけではない。

自治体は問題を国へ丸投げできない。担当者を決め、専門家と共に動くことが条件である。実証後は自治体が中心となり、住民や地域関係者と対策を続けることが期待されている。


評価すべきは専門家が報告書を書けたかではない。専門家が去った後も、自治体が迷わず安全に動けるかである。

市街地での苦戦から生まれた20人の国チーム

この事業を担うのは、環境省の「市街地クマ出没対策チーム」。通称「アーバンベア対策チーム」である。石原宏高環境相が7月に設置を発表し、自然環境局長をトップに、本省職員と地方環境事務所のクマ対策専門官ら約20人で始動した。

きっかけの一つは、環境相が青森県八戸市と東京都八王子市の現場を視察したことだった。八戸市では緊急銃猟が行われ、八王子市では学校を含む地域が対応を迫られた。経験の共有が乏しい自治体ほど、目撃後の手順を一から組み立てなければならない。

チームの柱は、市街地出没に備える安全対策と、対策技術の導入促進の二つ。監視カメラやドローン、自動刈払機、撃退用品などの提案が増える一方、実際のクマ対策でどこまで有効か不確かな製品もある。国は試験導入と検証を通じ、自治体が選べる情報を整える方針だ。

8月31日に更新された環境省の事例集には、岩手県の出没情報共有アプリ「Bears」と市街地対応訓練、秋田県の電気マットとチェーン式電気柵、山形県と福井県のドローン活用、群馬県と京都府の緊急銃猟訓練、新潟県の出没マップと捕獲者育成、島根県と広島県の放任果樹対策などが並ぶ。

専門家チームには、生態、捕獲、獣医、危機管理、住民広報など、地域の弱点に応じた知見が必要になる。ただし、募集資料は外部専門家の名簿や各チームの専門構成をまだ示していない。

政策転換を迫った被害

日本には、北海道のヒグマと、本州を中心に生息するツキノワグマがいる。地域ごとの個体数と保全状況は大きく異なり、四国のツキノワグマ個体群は絶滅のおそれがある。このため、国の広域的な管理強化でも四国個体群は別扱いである。

環境省統計では、2023年度にクマによる人身被害が198件、被害者219人、死者6人となり、当時の過去最多を記録した。2025年度の速報値は216件、238人、死者13人へ増えた。2026年度は7月末までに49件、53人、死者6人となっている。

数字の読み方には注意がいる。最近の値は都道府県から聞き取った速報値で、後から変わり得る。出没件数は都道府県ごとに集計方法が異なる。目撃件数、人身被害件数、被害者数を混同してはならない。

年度人身被害件数被害者数死者数資料上の扱い
2023年度198件219人6人通年値
2025年度216件238人13人通年の速報値
2026年度・7月末まで49件53人6人8月12日公表の速報値

ヒグマとツキノワグマの合計。全国の報告被害を示すもので、個別地域で遭遇する確率を示す数字ではない。

保護から「区域を分けて管理する」政策へ

日本のクマ政策は段階的に変わってきた。20世紀に生息域が縮小した地域では、狩猟規制や保護が個体群の回復を支えた。一方、2000年代以降は多くの地域で出没と捕獲が増え、2023年度の被害が国の対応を加速させた。

2024年4月、国は四国個体群を除くクマ類を「指定管理鳥獣」に追加した。都道府県が計画的な個体数管理を進める際、国が交付金などで支える枠組みである。続いて2025年9月には改正鳥獣保護管理法の「緊急銃猟」制度が始まった。人の日常生活圏で生命・身体への危険が迫り、安全条件を満たす場合、市町村長が捕獲者へ銃猟を委託できる。通行制限、避難指示、警察や都道府県との連携を伴う制度だ。

環境省によると、制度開始から2026年4月までに50件以上の緊急銃猟が行われた。実例を踏まえ、ガイドラインには7件の実施事例と、工程別の16件の情報や留意点が追加された。

2026年4月改定のクマ管理ガイドラインは、さらに踏み込んだ。クマの特定計画は29道府県で策定済み、または策定中。従来の「維持・増加」を基本とした考え方から、個体数が多い個体群では「維持・減少」も含む管理へ移った。市街地と農地などを「排除エリア」とし、そこへ出たクマは問題個体として原則捕殺が適当と整理した。その外側には、定着と侵入を防ぐ「管理強化エリア」を置く。個体群の存続を前提に、人の安全を優先するゾーニングである。

3月の「クマ被害対策ロードマップ」は2030年度までに、恒常的な生息域にある自治体の緊急対応体制とゾーニング管理計画を100%整える目標を掲げる。捕獲作業などに従事する自治体職員2500人、はこわな1万基、撃退スプレー2万本も目標値に置いた。ただし、これは将来の整備目標であり、現在の配備数ではない。

2023年度:人身被害の件数と被害者数が当時の過去最多となり、国の再検討が加速。

2024年4月:四国個体群を除くクマ類を指定管理鳥獣へ追加。

2025年9月:人の生活圏での緊急銃猟制度が施行。

2026年3~4月:国のロードマップと改定管理ガイドラインが、個体数とゾーニングの目標を強化。

2026年7~9月:アーバンベア対策チームが発足し、自治体向け実証事業の募集を開始。

クマだけでなく、人の側の境界も変わった

一頭のクマが住宅地へ来た理由を、気候変動、餌不足、過疎のどれか一つに決めつけることはできない。ブナやドングリ類の結実不良が東北のツキノワグマ出没と関連することは、森林総合研究所などが長年示してきた。だが、個体の年齢や性別、人への慣れ、学習、地域の食物も行動を左右する。

長期的には、土地利用と人間活動の変化が重要である。2025年の全国研究は、大型哺乳類6種の約40年間の分布変化を分析し、山地から人の生活圏に近い低地へ分布が広がったこと、耕作放棄地の増加と積雪の減少が拡大に関係したことを示した。これは全国規模の傾向であり、個別の襲撃原因を証明した研究ではない。

酪農学園大学の佐藤喜和教授は、北海道のヒグマ市街地侵入を、生態系ネットワークとの関係から論じている。河川と都市緑地を結ぶ環境は生物多様性に役立つ一方、森林から市街地へクマが移動する通路にもなり得る。市街地侵入は、発生頻度は低くても、起きれば対応が難しく重大被害につながる点で自然災害に近い。侵入後の対応と、侵入経路を管理する予防を同時に進める必要がある。

自治体の計画は「五層」で組み立てる

市街地対策は、クマが現れてから捕獲者へ電話するだけでは成り立たない。必要なのは、平時から発見、侵入防止、緊急対応、検証までを一つの運用にすることだ。実証事業が地域に残すべきものを五層に分けると、次のようになる。

地域に残す五つの仕組み

  1. 発見・確認:目撃情報の確度を見極め、移動経路を推定し、カメラや住民通報をつなぐ。
  2. 誘引物の除去:ごみ、収穫残渣、放任果樹、飼料など、クマを呼び寄せる食物を減らす。
  3. 境界の整備:藪の刈り払い、緩衝帯づくり、電気柵などで森林・農地・住宅地の境を明確にする。
  4. 緊急時の訓練:道路、学校、住民避難、警察、猟友会、捕獲許可の手順を事前に合わせる。
  5. 効果の測定:購入した機材の数ではなく、侵入件数、初動時間、住民の危険曝露などで検証する。

捕獲は重要だが、五層のうちの一つにすぎない。住宅が密集する場所では、発砲方向と跳弾、住民の退避、麻酔が効くまでの時間、負傷したクマの逃走経路まで考えなければならない。追い払いも、出口を設計しなければ別の通学路や住宅街へ危険を移す。

情報発信も技術である。警報が遅ければ危険が増す一方、場所も時間も曖昧な通知を繰り返せば住民は反応しなくなる。学校、高齢者施設、配達員、農家など行動条件の異なる人へ、どの区域を避け、いつ規制を解除するかを具体的に伝える必要がある。

ドローンやカメラを導入しても、操縦者、夜間運用の規程、休日の連絡網、代替の捕獲者、保守予算がなければ機能しない。実証の成否は、機器の性能だけでなく、自治体の日常業務と翌年度予算へ組み込めるかで決まる。

10件の実証だけでは全国を支えられない

募集資料が示す事業費は、10件程度を対象に総額最大5000万円の予定である。仮に均等なら1自治体当たり500万円だが、均等配分は約束されておらず、採択数や地域条件で変わり得る。これは診断と一部試行を行う国の調査事業で、恒久的な人員配置、広域の森林整備、捕獲体制の維持を賄う補助金ではない。

それでも、各地の結果を共通の尺度で公開できれば、10件を超える価値を持つ。初動までの時間、確認された侵入経路、除去した誘引物、訓練回数、誤報率、設備の保守費、うまくいかなかった対策を記録すれば、他自治体が同じ失敗を繰り返さずに済む。環境省は、評価指標や成果の公開方法をまだ示していない。

対策の単位は「一頭のクマ」ではなく、地域の安全システムである。生態と土地利用の知識に加え、警察、学校、ごみ収集、農林業、獣医、訓練を受けた捕獲者を結ぶ必要がある。人身被害の直前だけ注目し、出没が減ると担当者と予算が消える体制では、次の侵入に備えられない。

目の前の危険には迷わず対処しながら、長期的にはクマが人の生活圏へ入らない境界をつくり、生息域では個体群の存続を図る。その両立こそが市街地クマ対策の核心だ。国の専門チームは入口をつくった。成果は、支援が終わった後も地域が自力で回せる仕組みを残せるかで測られる。


資料・出典

  1. 環境省「クマ出没対策コンサルティング実証事業の参加地方公共団体の募集について」 — 2026年9月4日。
  2. 環境省「令和8年度クマ出没対策コンサルティング実証事業に参加する地方公共団体の募集について」 — 応募要件、支援チーム、実施内容、事業費を確認。
  3. 環境省「クマに関する各種情報・取組」 — 人身被害統計と政策資料。
  4. 環境省「クマ被害対策ロードマップ」 — 2026年3月27日。
  5. 環境省「石原大臣閣議後記者会見録(令和8年7月17日)」 — アーバンベア対策チームの体制と目的。
  6. 環境省「クマ類の保護及び管理に関するレポート・ガイドラインの改定について」 — 2026年4月3日。
  7. 環境省「市街地に出没したクマに対する緊急銃猟のガイドラインの改定について」 — 制度運用の実例と留意点。
  8. 環境省「指定管理鳥獣の個体数管理等に関する事例集」 — 自治体の技術、訓練、誘引物対策。
  9. Baekほか「The range of large terrestrial mammals has expanded into human-dominated landscapes in Japan」Communications Earth & Environment 6(2025年)、Article 292。
  10. 佐藤喜和「生態系ネットワークの構築とヒグマの市街地侵入」日本生態学会誌 75(2025年)、41–58頁、DOI: 10.18960/seitai.2304。
  11. 森林総合研究所「ツキノワグマ出没の背景と対策」 — 誘引物、里山管理、堅果類の結実と出没の解説。

本稿は2026年9月5日午前8時00分(日本時間)までに確認できた公開情報を基に作成した。事業名、組織名、役職、政策用語、期限、費用構造、統計は日本語の一次資料で照合した。環境省が速報値とする統計はその旨を明記し、選定自治体、外部専門家、自治体別配分額、実証後の恒久財源は未公表として扱った。出没要因は複合的かつ地域別であり、全国研究の相関を個別事案の原因とは記していない。日本語版と英語版は独立して執筆した。

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