赤坂の18階で、災害現場を想定した一台の自転車が止まっていた。2026年8月21日、HelioXはメディア向けの「イニシャル・防災エキスポ2026」で、Solar E-Bikeの完成試作機を初公開した。電動アシストで人を運ぶ。車体の太陽光パネルで電池を補う。そして停車すれば、USB Power Deliveryを通じて最大60ワットを外へ出す。

発表のタイミングには重さがあった。3週間余り前の7月28日、熊本地方でマグニチュード7.1(暫定値)の地震が発生し、宇城市と氷川町で震度7を観測した。最大約4万8,530戸が停電し、道路規制、断水、避難が広がった。8月21日時点でも避難生活と復旧は続いていた。

ただし、二つの出来事を混同してはいけない。HelioXは熊本地震を製品発表の背景に挙げたが、このSolar E-Bikeが熊本で活動したという事実はない。試作機の一般公開は地震の後であり、被災地での性能記録も公表されていない。熊本は、この製品の実績ではなく、解こうとしている問題の現実を示す。

約80km車載電池だけで走るとする航続距離。試作機の想定値。
最大約40km/日晴天時に太陽光で補えるという走行距離相当。
最大約120km満充電と晴天時の太陽光補充を合わせた会社想定。
最大60WUSB-PDによる外部給電の最大出力。
4万8,530戸2026年熊本地震での最大停電戸数。
1993年ヤマハが世界初の量産電動アシスト自転車PASを発売。
最も重要な未公表値:60Wは「電気を出す速さ」であって、「何時間使えるか」ではない。HelioXは電池容量をWh(ワット時)で公表していないため、スマートフォンを何台満充電できるか、照明を何時間ともせるか、走行用の残量をどれだけ守れるかは計算できない。

一台にある二つの勘定簿

この自転車を理解するには、エネルギーを二つの勘定簿に分ける必要がある。一つは移動。坂道、荷物、向かい風、アシスト設定によってモーターが電気を使う。もう一つは給電。スマートフォン、ノートPC、衛星通信端末、LED照明、携帯扇風機が同じ蓄えから電気を受け取る。外へ1ワット時渡せば、その分だけ走行に使える余裕は減る。

HelioXが公表したのは、バッテリー単体で約80km、晴天時の太陽光による補充が1日最大約40km走行相当、両方を合わせて最大約120km相当という数字だ。同社自身が、天候、季節、日射、アシスト設定、地形、積載量、走行環境で変わると注記する。これは認証試験の結果ではなく「プロトタイプ想定値」である。

会社が示した項目分かることまだ分からないこと
約80km会社が想定する電池走行距離速度、勾配、気温、積載、アシストモード、終了残量などの試験条件
最大約40km/日相当好条件での太陽光補充を距離に換算した値パネル定格出力、面積、日射量、充電制御効率、月別・曇天時実績
最大60W USB-PD対応機器へ供給できる最大の出力速度電池容量Wh、連続出力時間、端子数、電圧プロファイル、変換損失
Solar Box発電・給電ユニットを車体から外せる構想重量、電池内蔵の有無、防水防塵、耐衝撃、価格、交換方法
電動アシスト自転車会社が想定する車両区分国内基準への適合確認、車重、最大積載量、制動距離

「40km分の太陽」が「毎日コンセント不要」を意味するのは、日々の消費が発電量を下回り、日なたに置けて、発電しない時間の不足を電池が吸収できる時だけだ。建物の陰、梅雨、冬の短い日、車体を屋内へ入れなければならない夜、避難所の混雑で条件は変わる。太陽光は燃料配送を必要としない強みがある一方、時刻と天候を選ぶ。

60ワットは「小さすぎる」のではなく、役割が違う

60Wという数字は、大型家電と比べれば小さい。電気ケトル、電子レンジ、暖房器具を動かす電源ではない。冷蔵庫や医療用酸素濃縮器のように起動電力、長時間運転、厳格な信頼性が必要な装置を、仕様確認なしで任せるべきでもない。

しかし災害の初動で、小さい電気は小さな価値ではない。スマートフォンが使えれば安否を知らせ、避難情報を受け取り、地図と連絡先を確認できる。LEDなら暗い階段や受付を照らせる。USB-Cに対応する一部のノートPCや通信機器は、最大60Wの範囲で給電できる可能性がある。大きな発電機を一か所に置くことと、小さな電源を必要な場所へ運ぶことは、競争ではなく分担だ。

HelioXは「医療用小型機器」も用途に挙げる。ここは最も慎重でなければならない。医療機器ごとに電圧、電流、波形、連続運転、バックアップ要件が異なる。安全認証と適合確認がない限り、この自転車を生命維持装置の非常電源と表現することはできない。まず通信、照明、情報端末という、故障時に別手段へ切り替えやすい用途から検証するのが現実的だ。

Solar E-Bikeは「動く発電所」ではない。うまく設計されれば、停電した町の最後の数キロへ運べる「動くコンセント」になり得る。

熊本が示したのは、電力と道路が同時に傷むこと

2026年熊本地震では、7月28日午後5時9分時点で約4万8,530戸が停電した。7月29日午前6時でも約3万6,900戸、30日早朝でも約2万2,940戸に電気が戻っていなかった。高圧系統の停電は7月31日夕方までに復旧したが、低圧線や各戸への引込線の作業はその後も続いた。

道路も同時に閉じた。初期の規制区間は約142kmに及び、8月21日までに約135kmが解除されたものの、なお一部区間が残った。避難所は最大506か所、避難者は最大9,931人。水道の停止は最大約10万8,100戸に及んだ。どれか一つのインフラだけが壊れるのではない。

自転車は、橋が落ちた場所を越えられる魔法ではない。土砂、冠水、瓦礫、余震、猛暑は自転車にも危険だ。だが、自動車が渋滞し、燃料が不足し、細い道で転回できない時、通行可能な経路を確認し、徒歩より広い範囲を回る道具にはなり得る。電動アシストは坂と荷物を助けるが、重い太陽光装置が操縦性へ与える影響も試さなければならない。

一台が担い得る初動任務
  1. 偵察:安全な道路、孤立地点、給水所や避難所の状況を確認する。
  2. 見守り:高齢者、在宅避難者、連絡が取れない世帯を巡回する。
  3. 小口配送:薬、通信機器、書類、少量の水や衛生用品を届ける。ただし積載量は未公表。
  4. 小電力:通信、受付、照明へUSB-PD電力を渡す。
  5. 分離運用:Solar Boxを拠点に残し、車体は次の任務へ向かう。構想の実地検証が必要。

1993年のPASから、「脚+モーター+太陽」へ

日本の電動アシスト自転車史は、防災用品として始まったわけではない。ヤマハ発動機は1989年に人のペダル力へモーターの力を自然に重ねる試作車を作り、1993年に世界初の量産電動アシスト自転車PASを発売した。初代は重量31kg、価格13万4,000円、航続距離約20kmだった。坂、向かい風、買い物の荷物という日常の負担を軽くする発明だった。

この「日常で役に立つ」ことが、災害時にも意味を持つ。日本の道路交通法上の電動アシスト自転車は、ペダルをこいだ時だけ補助し、時速10km未満では人力対補助力が最大1対2、10km以上で補助が徐々に弱まり、24km以上でゼロになる。基準に合えば免許の要らない自転車として日々使える。HelioXは試作機をこの区分とするが、独立した適合確認はまだ公表していない。

1995年の阪神・淡路大震災では、道路と公共交通が大きく損なわれる中、被害調査や安否確認に自転車とオートバイが使われた。政府資料は、自転車が被害状況を調べる職員に「非常に有効」だったと記録する。西宮市では放置自転車や提供された自転車も活用された。自転車が強かったのは、特別な災害機械だったからではない。すでに町にあり、人が乗り方を知っていたからである。

1989年 — ヤマハがペダル力とモーターを調和させる電動アシスト試作車を開発。

1993年 — 初代PAS発売。量産電動アシスト自転車という市場をつくる。

1995年 — 阪神・淡路大震災で、自転車が被害調査や連絡の足として力を発揮。

2011年 — 東日本大震災が、移動と電力を同時に失う危険を改めて刻む。

2014年 — 防災の専門家・佐藤唯行氏が「フェーズフリー」を提唱。

2024年 — HelioX設立。太陽光マイクロモビリティの国内展開を発表。

2025~26年 — AGAOを地域で試乗・実証し、三原市で一般貸出へ。

2026年8月21日 — Solar E-Bike試作機を東京で初公開。

倉庫に眠らせない防災、「フェーズフリー」の意味

HelioXが前面に出す「フェーズフリー」は、日常と非常時の境をなくす考え方だ。2014年に提唱され、フェーズフリー協会は、普段使う商品やサービスが備える災害時の価値と説明する。防災専用品を否定する言葉ではない。使わないまま劣化し、場所も操作も忘れられがちな備えを、日常の価値で維持しようとする。

自転車との相性はよい。通勤、買い物、巡回、観光レンタルに使えば、ブレーキの不具合や空気圧低下は平時に見つかる。乗る人が操作に慣れ、道路の坂や狭さを知る。HelioXは個人向けに加え、自治体、公用、配送、シェアリング向けのモデルと、位置・電池残量・走行状況をまとめて管理するIoT/SaaSを構想する。

同社は2024年11月に設立された若い会社で、Solar E-Bikeは最初の製品ではない。太陽光パネルを備える特定小型原動機付自転車AGAOを、2025年から三原市、横瀬町などで試乗・実証し、2026年8月には三原駅で4台の一般貸出が始まった。Eバイクの発表は、太陽光モビリティを観光の乗り物から、より身近な自転車型へ広げる次の一手と読める。

しかし、毎日使うものは毎日傷む。盗難、転倒、雨、海風、紫外線、真夏の路面熱、充放電の繰り返しが、非常時の性能を削る可能性がある。平時利用は自動的に備えを強くしない。点検記録、部品供給、電池の健全性、修理体制があって初めて、日常が防災訓練になる。

「充電コーナー」は発電機だけで完成しない

内閣府が集めた避難所運営事例では、スマートフォンが情報収集と連絡に欠かせず、充電コーナーが設けられた。一方で、電源タップが足りない、管理する職員が必要、スマートフォンだけでなくモバイルバッテリー、扇風機、PC、ゲーム機まで何をどこまで充電させるかのルールがない、という問題も出た。

つまり、電気を作るだけでは足りない。誰が優先されるか、何分使えるか、夜間は誰が監視するか、名前や連絡先を記録するのか、ケーブルを誰が用意するか。60Wの小さな出口ほど、運用の設計が価値を左右する。

Solar Boxを避難所に残す構想は面白い。車体と電源を分ければ、移動と充電を同時に続けられる。ただし箱が発電だけを担うのか、電池も内蔵するのか、日陰の屋内からパネルだけ外へ出せるのか、公表情報では分からない。避難所の外へ置けば盗難と雨、内へ置けば日射不足が問題になる。良い構想を現場の器具へ変えるのは、こうした退屈な詳細である。

自治体が買う前に要求すべき試験

自治体や企業が防災名目で導入するなら、カタログの最大値だけで判断してはいけない。春夏秋冬、晴れ・薄曇り・雨の後、平地と坂、乗員と荷物を変え、何Whを発電し、何km走り、何Whを外へ渡せたかを測るべきだ。太陽光の「40km相当」は、パネルの定格W、日射量、充電制御効率とともに示されて初めて再現可能になる。

安全面も同じだ。日本で販売されるリチウムイオン蓄電池は、電気用品安全法の基準を満たしPSE表示を付す必要がある。電動アシスト自転車の電池では、過去に発煙・発火のおそれによるリコールもあった。試作機には、電池化学、熱管理、過充電・短絡保護、防水防塵、落下・振動、交換時期、廃棄方法の情報が必要だ。

防災調達の最低チェックリスト
  • 実測した電池容量Wh、使用可能容量、走行用に確保する最低残量。
  • 月別・天候別の発電Wh、パネル定格W、満充電までの時間。
  • 60W連続出力時の運転時間、発熱、USB-PD電圧、端子数、対応機器。
  • 車重、最大積載、坂道航続、制動距離、転倒時の電源遮断。
  • 電動アシスト基準とPSEへの適合、安全試験、防水防塵等級。
  • 3年後の電池容量、部品在庫、修理時間、災害時の保守契約。
  • 誰が乗り、どこへ行き、どの機器へ電気を配るかを決めた訓練。

価格、発売時期、保証もまだ公表されていない。HelioXの資本金は500万円。会社の小ささは技術の失敗を意味しないが、防災調達では、製品が壊れた時に誰が直し、電池を何年供給し、会社や仕様が変わっても自治体の車両が動き続けるかを契約で確かめる必要がある。革新性と継続性は別の評価軸だ。

一台ではなく、配置されたネットワークとして考える

この製品の本当の可能性は、巨大な一台になることではない。日常の各所にある小さな車両が、非常時に地図上で見えることだ。公民館、訪問介護事業所、観光案内所、大学、郵便や配送の拠点。残量、位置、整備状態が分かれば、停電区域の外から集めることも、孤立しやすい地区へ残すこともできる。

その時の評価指標は販売台数ではない。地震後30分で何台が出動可能だったか。通れた経路を何本確認したか。何km走って何Whを届けたか。充電待ちを何人分減らしたか。事故、転倒、通信断、電池切れは何件あったか。数字が蓄積されれば、Solar E-Bikeは発表会の象徴から、比較できる公共道具へ変わる。

大型蓄電池、発電機、EVのV2H/V2L、復旧作業員を置き換えることはない。曇天が続けば太陽光は弱い。広域停電で数千人が避難すれば60Wはすぐ配分問題になる。それでも、大きな設備が届く前や、届いた設備から離れた場所では、小ささが機動力になる。

最後の数キロへ、最初の電気を

初代PASが解いたのは、世界規模のエネルギー問題ではなかった。目の前の坂を、荷物を積んだ人が越えられるようにした。その日常的な発明が30年以上かけて町の当たり前になった。Solar E-Bikeも成功するなら、派手な「自給自足」の宣伝ではなく、限られた電気を必要な場所へ確実に運べるという、小さく具体的な仕事で信頼を得るだろう。

HelioXの試作機は、良い問いを形にした。道路と電力が同時に傷んだ時、移動手段が電源を持ち、電源が自分で現場へ行けたら何が変わるか。着脱式の箱を置き、自転車は次の家へ進むという構想には、固定設備にはない時間の使い方がある。

防災の価値は「最大120km」や「最大60W」という最大値では決まらない。雨の翌朝、坂の上の一軒へ何Whを残し、まだ何km帰れるかで決まる。

答えを出す次の場所は展示会ではなく、坂、雨、暑さ、混雑のある地域実証だ。電池容量を公表し、測定条件を開き、安全性と修理性を示し、自治体が失敗も記録する。そこまで進めば、この一台は「太陽で走る未来」の絵から、暗くなった町で使える現在の道具へ近づく。

調査資料・出典

編集部注:本記事は2026年8月21日までに公表された企業資料と政府・団体資料を照合して作成した。Japan.co.jpは試作機を独自試験しておらず、HelioX、展示会関係者、熊本の被災者への独自取材も行っていない。航続距離、太陽光補充、外部出力は会社が示す試作機想定値で、実環境で独立検証された性能ではない。熊本地震の被害は製品が解こうとする課題の例であり、同製品が現地で使われたことを示さない。メイン画像は概念イラストである。