農林水産省は9月4日、スマート農業技術活用促進法に基づき、ホルトプラン合同会社が申請した開発供給実施計画を認定した。大阪に技術開発拠点を置く同社が今後5年間で開発・供給を目指すのは、イチゴなどの施設栽培で、作物の周囲の空気と熱をきめ細かく扱う環境制御システムである。
同省の認定資料によると、システムは温度、湿度、二酸化炭素(CO2)濃度、気流の4要素を局所的に制御する。群落内のセンサーで状態を測り、送風ダクト、局所環境制御機、空気混合装置、CO2発生器、水熱源ヒートポンプなどを組み合わせる構成が示されている。冷却を含め、作物が実際に存在する空間を精密に管理する発想だ。
認定は新製品の完成証明でも、農場で30%の収益改善がすでに確認されたという発表でもない。国が審査したのは、開発と供給を一体で進める5年間の計画であり、掲げられた目標は「付加価値額30%向上に資する技術」である。開発成果、価格、導入農家数、実際の収量・品質・費用の変化は、これから検証される。
温室全体ではなく、「作物のいる場所」を整える
施設園芸の環境制御は、単にハウスの設定温度を決める仕事ではない。葉の間に空気が滞れば、同じ温室の中でも温度や湿度にむらが生じる。CO2を投入しても、作物が光合成に利用する群落へ適切に届かなければ効率は落ちる。日射、換気、外気温、生育段階が変わるたびに、望ましい条件も動く。
今回の計画は、群落内計測を制御の起点に置く。公開された構成図では、温湿度センサー、風速センサー、CO2センサーから得た情報を基に、空気の混合、送風、冷暖房、CO2施用を調整する考え方が示された。温室という大きな箱を一括管理するだけでなく、作物が置かれた微小環境へ制御を近づける。
もう一つの特徴は水熱源ヒートポンプだ。ホルトプランが参加するゼロ・エネルギー・グリーンハウス(ZEG)プロジェクトの説明によると、一般的な空気熱源方式は冬の暖房時に室外機へ霜が付き、霜取り運転中に暖房が止まる問題がある。水は空気より熱容量が大きく、地下水や用水などを熱源として利用できれば、安定運転の可能性が広がる。ただし、利用できる水源、水質、揚水や排水の条件は農場ごとに異なる。
「30%向上」は成果ではなく、計画の物差し
農水省は、この技術を「施設野菜・花き作」の「栽培管理」に分類した。具体的には、局所CO2施用など、収量または品質の向上に資する施設内環境制御の高度化で、付加価値額30%向上に資する技術として位置付ける。
ここでの「付加価値額」は、売上だけを指す言葉ではない。生産量や品質の向上が販売額を押し上げる一方、設備、電力、保守、CO2、水管理などの費用は経営成果を左右する。高価格の装置で収量が増えても、追加コストがそれを上回れば農家の所得改善にはつながらない。逆に、局所制御により投入を必要な場所へ絞り、品質とエネルギー効率を同時に高められれば、経営面の価値は大きくなる。
公開された1ページの計画概要には、基準年の付加価値額、対象とする栽培面積、想定販売価格、供給台数、実証農場、30%目標の算定方法は記載されていない。したがって現段階で評価できるのは、政府が計画を法定要件に適合すると判断したことと、測定すべき目標が明示されたことまでである。
認定で確認されたこと/まだ確認されていないこと
| 確認されたこと | 認定だけでは確認できないこと |
|---|---|
| 計画が基本方針に適合し、開発・供給の内容や工程、資金計画などの法定審査要件を満たした。 | システムが完成し、商用販売されていること。 |
| 5年間で、付加価値額30%向上に資する技術を目指す計画である。 | 30%向上が農場で実測、再現されたこと。 |
| 認定事業者が法定の金融・税制・研究設備利用などの支援を申請できる。 | 個別の融資、保証、設備利用が自動的に承認されること。 |
実証から「開発と供給」へ 政策の転換
日本のスマート農業政策は、現場実証から始まった。農水省は2019年度以降、ロボット、AI、IoT、ドローンなどを実際の生産現場へ導入するスマート農業実証プロジェクトを全国217地区で実施した。水田作、畑作、露地野菜、施設園芸、果樹、茶、畜産まで対象は広い。
実証では一定の効果が確認された。農水省の2024年度食料・農業・農村白書によると、水田作の総労働時間は平均9%減り、単収は平均9%増えた。技術別の平均作業時間は、農薬散布用ドローンで61%、自動水管理システムで80%、直進アシスト田植機で18%短縮した。
同時に、普及の壁も見えた。機械が高価で、扱える人材が少ない。果樹や野菜の収穫など人手依存の作業には、使える技術がまだ不足する。従来の栽培方式へ新しい機械をそのまま置くだけでは、効果が十分に出ない場合もある。技術の実証だけでなく、作物、作業手順、設備、サービス、販売まで組み替える必要があった。
この課題を制度化したのが、2024年6月に成立し、同年10月1日に施行された「農業の生産性の向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律」、通称スマート農業技術活用促進法である。法律は二つの認定制度を設けた。農業者側が技術と新たな生産方式を組み合わせる「生産方式革新実施計画」と、メーカー、サービス事業者、大学などが技術の開発と普及を一体で行う「開発供給実施計画」である。
2019年度:スマート農業実証プロジェクトを開始。
2024年6月14日:スマート農業技術活用促進法が成立。
2024年6月21日:同法を公布。
2024年10月1日:同法を施行し、二つの計画認定制度が始動。
2026年9月4日:ホルトプランの計画を認定。開発供給実施計画は累計69件に。
なぜ国が「普及」まで審査するのか
農業技術は、研究室で動けば終わりではない。泥、水、粉じん、高湿度、温度変化のある現場で壊れず、繁忙期に保守でき、農家が投資を回収できなければ普及しない。小規模な産地や中山間地では、一戸ごとの購入が難しく、リースや作業受託などサービス化が必要になる場合もある。
そのため開発供給実施計画は、技術の開発目標だけでなく、農業者への販売・提供数量など普及目標を数値で定める。事業工程、資金調達、全国への供給可能性、アフターサービス、知的財産、安全、環境負荷にも目を向ける。原則5年以内で、開発と供給を一つの事業として審査する仕組みである。
認定事業者には、日本政策金融公庫の長期・低利融資、農研機構の試験ほ場や研究設備の利用、一定の場合の中小企業基盤整備機構による債務保証、種苗法や航空法の特例、登録免許税の軽減などが用意される。ただし認定は融資や保証の自動承認ではない。各制度の要件と別途の審査を満たす必要があり、研究開発そのものは公庫融資の対象外で、開発製品の供給に必要な設備や長期運転資金などが対象となる。
人が減る農業で、技術は何を補うのか
政策の背景には人口構造がある。農水省によれば、基幹的農業従事者は2000年の約240万人から2023年には約116万人へ半減した。65歳以上が約7割を占め、20年後の中心層になると想定される60歳未満は約24万人にとどまる。農地を維持する経営体は大規模化し、一人が管理する面積と作業は増える。
スマート農業は、この不足を機械で単純に置き換える政策ではない。自動化で時間を減らすだけでなく、経験をデータ化し、新規就農者や女性、高齢者が作業へ入りやすくする。環境制御で収量と品質を安定させ、少人数でも販売計画を立てやすくする。ホルトプランの計画が労働時間ではなく付加価値額を目標に置くことは、農業の持続性を「何時間減ったか」だけで測れないことを示している。
一方、センサーや自動制御は、データ品質、通信、保守、人材、サイバーセキュリティ、メーカー間の接続性という新しい依存も生む。停電や故障が作物へ直結する施設園芸では、手動運転への切り替えや障害時の支援体制が重要になる。認定計画の公開概要からは、これらの詳細設計までは分からない。
同日に変わったもう一つの計画
農水省は9月4日、株式会社Rootの既存計画についても変更を認定した。2024年12月に最初の認定を受けた同社の「Agri-AR」は、スマートグラス上へ平行直線ガイドを表示し、作物のサイズ計測、畝のシミュレーション、距離・面積・体積の計測などを支援するアプリである。変更後の概要は、適用場面を広げる機能拡充と改良、アプリを搭載したスマートグラスのレンタルサービスを掲げ、労働時間20%削減に資する技術を目標とする。
この変更は、スマート農業の普及がハードウエア販売だけでは進まないことを物語る。高価な機器を所有せず借りる仕組み、ソフトを継続更新する仕組み、現場で使い方を支える仕組みまで含めて初めて、技術が小規模経営にも届く可能性が生まれる。
次に見るべき五つの実績
認定後の評価軸
- 収量と品質:同じ面積で販売可能な果実がどれだけ増えるか。
- 総費用:電力、CO2、水、保守、設備償却を含めても経営が改善するか。
- 再現性:地域、季節、品種、ハウス規模が変わっても効果が続くか。
- 供給と保守:何戸へ導入され、繁忙期の故障へどれだけ速く対応できるか。
- 環境負荷:従来方式に比べ、エネルギー使用量と温室効果ガス排出がどう変わるか。
69という認定数は政策の広がりを示すが、普及の成功を保証する数字ではない。認定された計画が、買える製品、使えるサービス、回収できる投資へ変わったかを追う必要がある。特に今回の30%目標は、収量だけでなく費用を含む経営指標で検証されなければ意味を持たない。
日本のスマート農業は、目を引く無人トラクターやドローンだけではない。作物の葉の間を流れる空気を測り、必要な場所へ熱とCO2を届けるような、見えにくい制御も生産性を左右する。今回の認定は、その技術が国の計画表に載ったという出発点だ。5年後に問われるのは、認定証の枚数ではなく、農家の所得と現場の持続可能性が実際に変わったかである。
資料・出典
- 農林水産省「スマート農業技術活用促進法に基づき開発供給実施計画を認定しました」 — 2026年9月4日。新規1件、変更1件の公式発表。
- 農林水産省「ホルトプラン合同会社の開発供給実施計画の概要」 — 5年間、4要素の局所制御、付加価値額30%目標。
- 農林水産省「株式会社Rootの開発供給実施計画の概要」 — 2026年9月変更認定。
- 農林水産省「開発供給実施計画の認定状況について」 — 2026年9月4日時点で69計画。
- 農林水産省「スマート農業技術活用促進法について」 — 成立、公布、施行日と制度概要。
- e-Gov法令検索「農業の生産性の向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律」
- 農林水産省「開発供給実施計画」制度説明資料 — 認定要件、目標、実施期間、供給・保守の考え方。
- 農林水産省「開発供給実施計画の認定を受けるメリット」 — 金融、税制、研究設備利用などの支援措置。
- 農林水産省「令和6年度 食料・農業・農村白書 スマート農業技術の活用と今後の展望」 — 全国実証の効果と課題。
- 農林水産省「令和5年度 食料・農業・農村白書」 — 基幹的農業従事者数と年齢構成。
- ホルトプラン合同会社「会社概要」 — 設立、所在地、事業拠点。
- ゼロ・エネルギー・グリーンハウス(ZEG)プロジェクト — 水熱源ヒートポンプの説明。プロジェクト側の記載として使用。
本稿は2026年9月5日午前6時30分(日本時間)までに確認できた公開情報を基に作成した。制度名、計画名、事業者名、技術用語、数値は日本語一次資料を優先して確認した。「30%」は認定計画の目標であり、達成済みの実績とは扱っていない。企業・プロジェクト側の技術説明は、その出所を明示した。
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