青森県六ヶ所村の再処理工場では、使い終えた燃料棒が細かく切られ、硝酸へ溶かされるはずだ。溶液からウランとプルトニウムを取り出し、再び燃料へ戻す。原子炉から出たものが原子炉へ帰る。教科書の図では、矢印は滑らかな円を描く。
しかし現実の矢印は、同じ速さで動いていない。原子炉は再稼働し、使用済燃料は増える。発電所のプールと乾式容器が時間を買う。再処理工場は1993年に着工し、2026年度中の竣工を目標に審査、工事、検査が続く。MOX燃料工場の竣工目標は2027年度中、加工開始は2030年度。高レベル放射性廃棄物を埋める場所は決まっていない。
2026年版原子力白書が特集に「次世代に向けた核燃料サイクルの展望」を選んだのは偶然ではない。第7次エネルギー基本計画は、データセンター、半導体工場、電化による需要増を見込み、再生可能エネルギーと原子力の双方を最大限活用する方向へ舵を切った。原子炉を戻すなら、その出口も同じ速度で作らなければならない。白書は技術の説明書であると同時に、70年間閉じ切れなかった輪の工程表でもある。
白書の主題は「発電」ではなく、その前後である
原子力の議論は、発電所が動くか止まるかに集中しがちだ。だが燃料は、原子炉へ入る前から長い国際サプライチェーンを通る。鉱山で採掘し、精鉱へ製錬し、六フッ化ウランへ転換し、核分裂しやすいウラン235の比率を3~5%へ濃縮し、粉末とペレットに加工する。日本は採掘から転換まで100%、濃縮も大部分を海外へ依存する。
原子炉で3~5年使った後には、さらに長い「バックエンド」が始まる。取り出した直後の燃料は放射線と崩壊熱が高く、水のプールで冷やす。再処理まで保管し、運び、化学的に分離し、MOX燃料へ加工する。残る高レベル廃液をガラスに固め、30~50年程度冷却し、地下300メートルより深い地層へ処分する。円の後半は、発電よりはるかに長い時間を扱う。
1,000キログラムの使用済燃料には何が残るのか
軽水炉から出た使用済燃料の約93~95%はウラン238、約1%はウラン235、約1%はプルトニウム、残り約3~5%が核分裂生成物などだ。「使い済み」と呼んでも、大部分は物質として残る。運転中の発電量の30~40%ほどは、炉内でウラン238から生まれたプルトニウムの核分裂が生む。
白書は、1,000キログラムの使用済燃料から、約100キログラムのMOX燃料と約130キログラムの回収ウラン燃料を製造できるという評価を示す。だが「残る」と「経済的、安全に何度も使える」は同じではない。使用済MOX燃料は通常の使用済ウラン燃料よりプルトニウムが多く、硝酸に溶けにくい成分やガラス溶融炉で堆積しやすい白金族元素も増える。再リサイクルは可能性であり、実用化済みの無限ループではない。
1954年、放射能の雨と「原子力予算」が同じ年に来た
日本の「原子力元年」は、希望と被曝が重なる。1954年3月、米国のビキニ環礁水爆実験で第五福竜丸が「死の灰」を浴びた。同じ時期、国会では初の原子力予算が成立した。広島、長崎から9年。核は破壊の記憶であると同時に、戦後復興、科学技術、資源の乏しい島国を救う「第三の火」として紹介された。
この二重性は消えていない。日本の原子力政策は、核兵器を拒否しながら核分裂のエネルギーを使うという線を引く。技術的には濃縮、再処理、プルトニウムが民生と軍事の境界に近いからこそ、法律、国際査察、情報公開がサイクルの設備と同じくらい重要になった。
1955年、「平和・民主・自主」を法律に刻んだ
1955年12月に成立した原子力基本法は、研究、開発、利用を平和目的に限り、成果を公開し、民主的運営の下で自主的に進める原則を置いた。翌1956年、原子力委員会が発足した。「自主」は外国技術を拒む意味ではなく、公開性と国際協力の下で日本が判断能力を持つという戦後の理想だった。
しかし原子炉も濃縮も再処理も、実際には英国、米国、フランスなどの技術と契約に深く依存した。自主性は設備の国産率では測れない。燃料を止められずに調達できるか、事故時に自ら判断できるか、廃棄物を他国へ押し付けず管理できるか。70年後、同じ問いが経済安全保障という新しい言葉で戻っている。
1963年の灯、1966年の商業炉
日本原子力研究所の動力試験炉JPDRは1963年10月26日、日本で初めて原子力による発電を行った。この日は後に「原子力の日」となる。1966年には英国型の東海発電所が、日本初の商業用原子力発電所として営業運転を開始した。
高度成長期の電力需要、石油輸入への不安、重化学工業化が原子力を押した。1973年の第一次石油危機は、その論理を決定的に強める。ウランは輸入品でも、少量で大量の熱を生み、燃料を長期間備蓄できる。原子力は「準国産エネルギー」と呼ばれ、使い終えた燃料から物質を回収すれば、資源の乏しさをさらに補えると考えられた。
再処理は資源政策であると同時に、外交政策だった
日本の電力会社は1960年代に英国、1970年代にフランスと再処理契約を結んだ。使用済燃料を海外へ送り、回収したウランとプルトニウム、そしてガラス固化した廃棄物を受け取る。だがプルトニウムを分離する国は、平和利用の意図を国際社会へ継続的に証明しなければならない。
日本は1970年に核不拡散条約へ署名し、1976年に批准。IAEAの保障措置を受け、二国間原子力協定の条件に従った。非核兵器国として商業再処理を目指す日本は例外的な位置にある。「利用目的のないプルトニウムは持たない」という原則は道徳的な飾りではない。燃料サイクルを国際的に成立させる営業許可に近い。
1977年、東海で国内再処理が始まった
茨城県東海村の再処理施設は1977年に運転を始め、2007年までに軽水炉や新型転換炉「ふげん」の使用済燃料など約1,140トンを処理した。日本は化学分離、遠隔操作、廃液処理、核物質計量の経験を蓄積し、その技術を後の日本原燃へ移した。
同時に、バックエンドの難しさも残した。東海再処理施設は2018年に廃止措置へ入り、高レベル放射性廃液のガラス固化を最優先で進める。施設を建てれば能力が永続するわけではない。腐食、放射線、部品の陳腐化、廃棄物、熟練者の退職まで管理して初めて、再処理は一つの産業になる。
高速増殖炉という「資源の夢」
軽水炉は天然ウランのごく一部を効率よく使う。一方、高速炉は減速しない高速中性子を使い、核分裂しにくいウラン238をプルトニウム239へ変え、燃やすことができる。増殖比を高めれば、消費以上の核分裂性物質を生む。ウラン資源を数十倍、理論上はさらに長く使う国家像がここから生まれた。
高速実験炉「常陽」、新型転換炉「ふげん」、高速増殖原型炉「もんじゅ」は、単なる炉型開発ではなく、再処理、燃料加工、発電を閉じる技術体系だった。だが高速炉燃料はプルトニウム比率が20~30%程度と高く、液体ナトリウムは水や空気と反応する。資源効率が高いほど、材料、化学、運転、保障措置の難度も上がる。
1995年、もんじゅのナトリウムが漏れた
1995年12月、福井県敦賀市の「もんじゅ」で二次系ナトリウム漏えい事故が起きた。炉心溶融ではなく、放射性物質の外部影響もなかったが、事故映像をめぐる組織の対応は信頼を傷つけた。長期停止の後、2016年に廃止措置への移行が決まり、2018年から廃炉が進む。
事故は一つの配管だけを止めたのではない。プルトニウムを高速炉で増殖しながら使うという、核燃料サイクルの最終像を失速させた。2026年白書は高速炉を捨ててはいない。常陽の再稼働準備、実証炉の概念設計、2028年度頃の基本設計移行判断を示す。しかし現在の政策は、かつての早期実用化ではなく、技術基盤を保ちつつ段階的に判断するものへ変わった。
六ヶ所――33年目の「中核」
青森県六ヶ所村の再処理工場は1993年着工。使用済燃料の受入れは2000年に始まり、通水、化学、ウラン、実際の使用済燃料を使うアクティブ試験へ進んだ。2026年3月末までに約3,393トンが搬入され、うち約425トンは試験で再処理された。最大処理能力は年800トン、貯蔵容量は3,000トン。日本原燃が2026年7月に示した建設費は約2兆1,930億円である。
竣工目標は繰り返し見直された。直近では2024年度上期から2026年度中へ変更され、地盤モデル、耐震、火災、竜巻、重大事故対策を含む新規制基準への設計確認が続く。長い遅延を「規制が遅い」だけで説明するのも、「技術的に不可能」だけで片づけるのも不正確だ。巨大な化学工場、原子力施設、新基準、品質保証、地域との約束を同時に満たす難しさが積み重なった。
しかも完成はゴールではない。暫定操業計画では、2027年度の処理可能量は70トン、2028年度170トン、2029年度90トン、2030年度400トン。最大の800トンへ達するのは2032年度頃を見込む。ガラス溶融炉の交換も挟む。「能力800トン」と「毎年800トン処理」は別の数字である。
| 六ヶ所の工程 | 2026年時点の計画 | 輪の意味 |
|---|---|---|
| 再処理工場 | 2026年度中竣工、2027年度から操業予定 | 使用済燃料からウラン・プルトニウムを回収 |
| 再処理量 | 70tU(2027年度)から400tU(2030年度)へ段階上昇 | 貯蔵量を一気に解消する計画ではない |
| MOX燃料工場 | 2027年度中竣工、2030年度加工開始 | 回収した物質を燃料製品へ戻す |
| プルサーマル | 2030年度までに少なくとも12基を目標 | MOX燃料を軽水炉で消費 |
2011年、福島が「安全の前提」を壊した
2011年3月11日の地震と津波は、福島第一原子力発電所の全交流電源喪失と炉心損傷、水素爆発へつながった。事故は、低確率でも被害が極端に大きい事象、複数設備の同時喪失、避難、汚染、賠償、廃炉という費用を、発電コストの外側から社会の中心へ押し戻した。
2012年に原子力規制委員会が発足し、2013年に新規制基準が施行された。地震、津波、火山、竜巻、火災、重大事故、テロへの対策が強化され、既設炉も適合審査を通らなければ動けない。2014年度、日本の原子力発電量はゼロ。2015年の川内1号機から再稼働が始まり、2026年白書時点で再稼働経験は15基となった。
福島事故はサイクル政策を消さなかったが、順番を変えた。安全性がすべての前提になり、施設の完成時期は設計審査と地域理解に従属する。事故炉から出る燃料デブリや汚染物は、通常の使用済燃料サイクルとは別の、巨大で不確実なバックエンドを生んだ。
1万7,090トン――プールは政策の「待合室」になった
2025年12月末、電力会社が原子力発電所で保管する使用済燃料は合計1万7,090トン。半数以上の発電所で貯蔵率が8割を超え、全国全体でも容量の約8割が使われている。水のプールは冷却と放射線遮蔽に優れるが、無期限の最終処分場ではない。再稼働すれば、毎年燃料が加わる。
対策は容量を増やし、場所と時間を分散することだ。電力各社は2025年までに約3,800トン分の貯蔵能力を拡大。2025年7月には伊方発電所で乾式貯蔵施設が運用を始めた。青森県むつ市の中間貯蔵施設は2026年3月末で約36トンを保管し、容量3,000トン、最終的に5,000トンを計画する。乾式容器は電源や大量の水に頼らず空気で熱を逃がせるが、これも出口ではなく、次の工程までの時間である。
44.4トンのプルトニウムは「資源」であり「責任」である
2024年末、日本が所有する未照射の分離プルトニウムは約44.4トン。国内8.6トン、英国21.7トン、フランス14.1トンである。これは核兵器の数へ単純換算すべき数字ではない。組成、化学形、施設、査察、技術能力が異なる。しかし国際政治上、大きな分離在庫が厳しく見られるのは当然だ。
日本は全量を平和利用下に置き、IAEAの保障措置を受け、毎年管理状況と利用計画を公表する。六ヶ所では純粋なプルトニウムとして取り出さず、同量のウランと混ぜた混合酸化物として回収する。それでも物質が消えるわけではない。分離量がMOX燃料での消費量を上回れば、在庫は増える。
そこで政府は「利用目的のないプルトニウムは持たない」「保有量を減少させる」を掲げる。2026年の暫定計画では六ヶ所の回収見込みは2027年度0.6トン、2028年度1.4トン、2030年度3.2トン。一方、国内MOX工場の加工可能量は2030年度2.0トン。数字を年ごとに機械的比較はできないが、再処理、加工、炉での利用を同期させる必要は明白だ。
15基のうち4基――プルサーマルの細い出口
MOX燃料は、ウラン燃料と混ぜて既存の軽水炉で使える。日本ではこれをプルサーマルと呼ぶ。白書時点で再稼働済み15基のうち、MOX利用の実績があるのは4基。電気事業者は2030年度までに少なくとも12基へ増やす目標を持つ。
ここには地域同意、炉ごとの許認可、海外での燃料加工、輸送、定期検査、再稼働時期という複数の時計がある。高浜3、4号機向けには2025年11月、フランス製MOX燃料32体が輸送された。国内工場が動くまで、海外在庫を国内の原子炉へ戻すルートが先行する。サイクルの出口を広げないまま再処理だけを速めれば、「利用目的のないプルトニウムを持たない」という原則と衝突する。
再処理は廃棄物を消さない――形を変える
再処理の利点として白書が示すのは、資源利用と高レベル廃棄物の減容・有害度低減である。同じ発電量なら、ガラス固化体の体積は使用済燃料をそのまま直接処分する場合の約4分の1。有害度が発電に必要な天然ウランと同程度へ下がるまでのモデル上の期間は、直接処分の約10万年に対し、ガラス固化体で約8,000年とされる。
ただし、これは廃棄物総量が4分の1になるという意味ではない。せん断した被覆管、操業で生じる低・中レベル廃棄物、汚染設備、廃液、廃炉廃棄物もある。「有害度」は人が直接経口摂取した場合の実効線量という指標で、処分場から実際に人へ届くリスクそのものではない。地質、地下水、容器、移行経路を含む安全評価は別に必要だ。
- 比較単位は、同じ発電電力量から生じる高レベル廃棄体。
- 再処理で回収したウランとプルトニウムを廃棄物から除く。
- 約8,000年は潜在的有害度が天然ウラン並みになる試算で、無害化の時刻ではない。
- 操業、輸送、低レベル廃棄物、施設解体の負担は別途評価が要る。
コストは0.66円/kWhだけでは語れない
2025年の政府試算では、原子力の燃料費1.88円/kWhのうち、再処理等が0.58円、MOX燃料加工が0.08円。合計0.66円は、原子力発電コスト全体12.6円/kWhの約5%になる。白書はこの数字を、資源・廃棄物上の便益と対になる追加費用として示す。
しかし発電コストの機械的試算は、割引率、設備利用率、稼働年数、事故リスク、賠償、廃炉、処分費、建設遅延の前提で動く。六ヶ所の建設費2兆1,930億円も、将来処理する量と年数で単位費用が変わる。0.66円は正確な前提付きの数字であって、サイクルの全政治・社会費用を一つに閉じ込めた最終価格ではない。
地下300メートル――最後の矢印は地質と同意でできる
再処理後の高レベル放射性廃液は、ガラス原料と溶かしてステンレス容器へ固める。日本の地層処分は、ガラス固化体、厚さ約20センチの金属製オーバーパック、厚さ約70センチのベントナイト緩衝材を人工バリアとし、地下300メートル以深の岩盤を天然バリアにする。オーバーパックは少なくとも1,000年間、ガラス固化体と地下水の接触を防ぐ設計だ。
工学だけでは場所は決まらない。NUMOの選定は、既存文献を調べる文献調査、ボーリングを伴う概要調査、地下施設での精密調査という段階を踏み、次段階へ進む際には知事と市町村長の意見を聴く。北海道寿都町と神恵内村は2020年、佐賀県玄海町は2024年に文献調査へ入った。2026年5月20日には、東京都小笠原村の南鳥島で調査が始まった。
南鳥島は一般住民のいない遠隔島だが、輸送、生態系、地質、行政区域、国家の責任をめぐる新しい問いを生む。文献調査は処分地決定ではない。最も長い時間を扱う施設ほど、短期の交付金や政治日程だけで進めてはならない。
高速炉は廃棄物の時計を300年へ縮められるか
白書は高速炉サイクルの将来便益も示す。長寿命で発熱の大きいマイナーアクチノイドを分離し、高速炉で核分裂させれば、潜在的有害度が天然ウラン並みへ下がるまでを約300年へ短縮し、高レベル廃棄物の体積を直接処分の約7分の1へ減らせるという評価だ。
300年は人間の制度で想像できる時間に近づく。しかし分離すべきマイナーアクチノイドは使用済燃料の約0.1%で、多様な核分裂生成物の中から遠隔操作で取り出し、燃料に混ぜ、安全に照射し、再処理する必要がある。2025年9月、JAEAは実際の高レベル廃液から約0.3グラムの分離に成功した。重要な研究成果だが、産業規模の証明ではない。白書の数字は「実現すれば」の未来である。
世界は一つの答えを選んでいない
フランスはラ・アーグで年1,700トン規模の再処理を行い、MOX燃料を使う。ロシアは再処理と高速炉を進め、中国も施設を拡大する。一方、米国、カナダ、スウェーデン、フィンランドは使用済燃料の直接処分を基本とする。英国は大型再処理施設THORPを2018年に閉鎖し、国内使用済燃料は直接処分へ転じた。
違いは科学の正解が国ごとに変わるからではない。原子炉の種類、既存施設、核兵器国かどうか、ウラン供給、地質、費用負担、地域政治、すでに分離したプルトニウムの量が違う。いったん巨大施設と契約を作ると、政策の変更には新しい費用と廃棄物が生じる。燃料サイクルは技術選択であると同時に、歴史によって拘束される制度選択である。
第7次エネルギー基本計画が再び輪を急がせる
2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画は、2040年度の電源構成で原子力を約2割とする見通しを置き、再生可能エネルギーとともに脱炭素電源を最大限活用する。安全性を大前提とし、廃炉を決めた原発サイト内で次世代革新炉への建て替えを具体化する方向も示した。
背景には、化石燃料輸入、脱炭素、地政学、AI・半導体による電力需要がある。だが原子力比率だけを上げれば、使用済燃料、プルトニウム、廃炉、処分の量と速度も変わる。2030年度のMOX利用12基、六ヶ所の段階操業、乾式貯蔵、処分地調査を一つの公開工程表として管理できるかが、発電目標の信頼性を決める。
日本の核燃料サイクル70年
1954年 第五福竜丸がビキニ水爆実験の降下物を浴びる。同年、初の原子力予算。
1955年 原子力基本法成立。平和目的、民主、自主、公開を原則化。
1956年 原子力委員会発足。
1963年 JPDRが日本初の原子力発電。
1966年 東海発電所が初の商業運転。
1973年 第一次石油危機。資源安全保障として原子力と燃料再利用を重視。
1976年 日本が核不拡散条約を批准。
1977年 東海再処理施設が運転開始。
1985年 青森県・六ヶ所村と核燃料サイクル施設の立地基本協定。
1993年 六ヶ所再処理工場着工。
1995年 もんじゅで二次系ナトリウム漏えい事故。
1999年 JCO東海事業所で臨界事故。作業員2人が死亡。
2000年 最終処分法施行、NUMO設立。六ヶ所で使用済燃料の受入れ開始。
2006年 六ヶ所でアクティブ試験開始。
2011年 福島第一原発事故。
2013年 新規制基準施行。
2015年 川内1号機が新基準下で初の再稼働。
2016年 もんじゅの廃止措置移行を決定。
2024年 玄海町が文献調査開始。六ヶ所の竣工目標を2026年度中へ変更。
2025年 第7次エネルギー基本計画。伊方で乾式貯蔵開始。
2026年 白書が核燃料サイクルを特集。南鳥島で文献調査開始。
政策を判定する七つの時計
| 時計 | 2026年の問い | 公開すべき指標 |
|---|---|---|
| 安全 | 新基準への適合と重大事故対策は完成したか | 審査・工事・検査の未了項目 |
| 貯蔵 | 各原発は何年運転できる余裕があるか | サイト別容量、発生量、搬出計画 |
| 再処理 | 計画量を安定して処理できるか | 実処理量、停止日数、ガラス固化実績 |
| プルトニウム | 回収と消費の釣り合いは取れるか | 国内外在庫、回収量、MOX装荷量 |
| 費用 | 遅延を含む単位費用はいくらか | 累積費用、将来負担、前提変更 |
| 処分 | 科学的適性と地域同意を両立できるか | 調査結果、反対意見、次段階の条件 |
| 世代 | 便益と監視負担を誰が受け継ぐか | 長期資金、人材、記録保存、可逆性 |
「続けるか、やめるか」より難しい問い
核燃料サイクルを支持する側は、ウランを再利用し、輸入依存を下げ、廃棄物の体積と長期有害度を減らせると主張する。批判する側は、六ヶ所の遅延と費用、分離プルトニウム、限られたMOX利用、未定の処分地を挙げ、直接処分も選択肢として準備すべきだと問う。どちらも現実の一部を捉えている。
政策判断に必要なのは、理想的なサイクルと理想的な直接処分を比べることではない。すでにある1万7,090トンの使用済燃料、44.4トンの分離プルトニウム、建設中の六ヶ所、海外契約、廃炉、地域との協定を出発点に、複数の経路の費用、安全、時間、可逆性を比べることだ。直接処分の研究を続けることは、再処理を直ちに捨てることではなく、選択肢を持つことでもある。
輪が閉じるとは、矢印が見えることだ
六ヶ所の制御室で緑のランプが点き、最初の商業運転の燃料がせん断されたとしても、それだけで輪は閉じない。回収したプルトニウムが計画通り燃料になり、許可を受けた炉で使われ、高レベル廃棄物が安定したガラスとなり、社会が合意した地層へ運ばれて初めて、図の矢印は現実になる。
原子力の最大の誘惑は、長い時間を遠くへ追いやれることだ。発電の便益は今届き、廃棄物の管理は次の世代へ延びる。最大の可能性も同じ長さにある。法律、資金、記録、技術、人材を世代を越えて維持できれば、人間は自ら作った危険を責任を持って管理できる。
2026年白書が本当に問うのは、再処理工場が予定日に完成するかだけではない。予定が外れた時に数字を隠さず、回収と利用を同期し、別の選択肢を残し、立地地域だけへ負担を集中させず、最後の容器まで誰が責任を持つかを示せるかである。
閉じたサイクルとは、物質が一周することだけではない。国民が、すべての矢印、その費用、その遅れ、その行き先を見ることができる制度である。日本の核の輪はまだ閉じていない。だからこそ、回すなら、輪の全体を明るい場所へ出さなければならない。
取材注記・主な資料
2026年8月7日午前9時2分(日本時間)までに確認した公開情報を使用しました。原子力委員会の白書完全版と概要版、白書内の原典、事業者の最新工程、政府のエネルギー計画、NUMOの処分地調査情報を照合しました。将来の有害度、廃棄体体積、コストは白書記載の前提付き評価であり、実測された将来結果ではありません。
