地面は、揺れていないときにも動いている。その緩やかな変形を、日本列島のどこまで細かく描けるか。東北大学と北海道大学の研究グループが、国土地理院の電子基準点網「GEONET」とソフトバンクの独自基準点を組み合わせ、地殻のひずみ速度を従来より詳しく推定した。商用サービスのために整備された観測網が、内陸地震の発生場を調べる研究基盤として力を発揮した。[1]
解析に使ったのは、品質確認を経た3,606カ所の観測点。論文は9月22日付の「Earth, Planets and Space」に掲載され、両大学が25日に発表した。新たな地図は、地震がいつ起きるかを示す予報ではない。地殻の変形が集中する場所を、地質や地震活動と照らし合わせるための資料である。[1]
「動いた距離」と「ひずみ」は違う
GNSSは、人工衛星からの信号で位置を求める衛星測位システムの総称だ。同じ地点を繰り返し測れば、その位置が時間とともにどう変わるかが分かる。GEONETでは電子基準点が24時間観測し、データを国土地理院の中央局に集めている。日々の観測を蓄積することで、一度の測量では見えにくい変化を追える。[3]
ただし、位置が動くことと、土地の形が変わることは同じではない。例えば、離れた二つの地点が同じ方向へ同じ距離だけ移動しても、二地点間の距離は変わらない。一方、近づいたり離れたりすれば、その間の土地は縮んだり伸びたりする。こうした相対的な変形を、もとの長さに対する割合として表すのが「ひずみ」であり、その時間当たりの変化が「ひずみ速度」だ。
今回の研究を担ったのは、東北大学大学院理学研究科の大舘未来(おおたて・みく)大学院生・日本学術振興会特別研究員、太田雄策(おおた・ゆうさく)教授、北海道大学大学院理学研究院の大園真子教授、髙橋浩晃教授。観測網を足し合わせることで、地表の動きの違いをより狭い範囲で比較できるようにした。[1]
1996年から続く観測に、民間の網が加わった
GEONETは1996年に運用を始めた。全国約1,300カ所の電子基準点による観測は、地殻変動の監視に加え、測量や位置情報サービスを支えてきた。国土地理院には運用開始以来の30秒間隔の観測データが蓄積されている。2026年は、その30年に当たる。[3]
長く同じ地域を見続けた記録には、新しい機器を増やすだけでは得られない価値がある。地図の細かさは観測点を増やすことで改善できるが、過去との比較には時間の蓄積が要る。今回の官民連携は、国の観測を民間の観測で置き換える話ではなく、異なる目的で整備された網を重ねる取り組みだ。
ソフトバンクは2019年11月、高精度測位サービス「ichimill(イチミル)」の提供を始めた。2022年の共同発表によると、全国3,300カ所以上の独自基準点を運用し、東北大学への観測データ提供は2021年6月に始まった。同大学院理学研究科は2022年8月、ソフトバンクとALESの協力を得て、データを宇宙地球科学に活用するコンソーシアムを設立した。[4]
ichimillが提供するリアルタイムの高精度測位と、今回の地殻変動解析は、同じ観測設備を使っていても目的が異なる。移動する機械の現在位置を求めるサービスの精度を、そのまま地殻のひずみ地図の細かさと読み替えることはできない。[8]
観測点を増やす前に、記録の性質を確かめる
民間の観測値は研究に使えるのか。その前提を検証した太田氏と大舘氏の2026年の先行論文は、日々の座標のばらつきが、解析した両観測網でおおむね同程度だったと報告した。一方、機器の保守などによる座標の不連続を扱う必要もあった。観測値の跳びが、そのまま地面の急な動きを意味するわけではない。[5]
ここには、データを多く持つ企業が研究に貢献する際の実務上の課題がある。観測期間、欠測、設備変更の履歴をどこまで確かめられるか。数字を渡すだけでは、受け取った側が何を信頼してよいか判断できない。研究で使える記録にするには、設備の運用と解析の両方を理解する作業が欠かせない。
今回の最終的な内訳はGEONETが1,224点、ソフトバンクが2,382点。対象期間は2019年11月1日から2023年12月31日までである。公表時点の2026年を逐次描く地図でも、2024年能登半島地震の発生を予告した結果でもない。[2]
「約21キロ」は何を表すのか
論文は、周囲の観測をどの範囲まで重視するかを表す距離減衰定数を比較した。同じ解析条件で、その平均はGEONETだけなら約39キロ、両観測網を合わせると約21キロだった。観測点が増えると、より近くのデータを重視して局所的な変形を推定できる。ただし、約21キロは全国一律の分解能でも、観測点の間隔でもない。[2]
点と点の間を地図として描くには、観測値から周辺の様子を推定しなければならない。広い範囲を平均すれば細かな変化は埋もれやすく、狭い範囲に絞りすぎれば個々の観測のばらつきに左右されやすい。色を細かく塗り分けた地図が、その細かさのまま確かな情報を持つとは限らない。観測密度と解析方法の両方を見る必要がある。
研究チームは、観測点を10%ずつ除く計算を100回繰り返し、結果の安定性も調べた。ただし、観測点の選び方に対して安定していることは、残るすべての誤差が取り除かれたことを意味しない。[2]
帯状に見えた変形を、地域の違いとして読む
共同発表は、新潟-神戸歪集中帯、北海道北部、山陰地方せん断帯、奥羽脊梁山脈周辺を主な成果として挙げる。より細かなひずみの分布を、地震活動や火山の位置、地下の地震波速度の構造と比較できるようになったという。[6]
ここで重要なのは、地図に目立つ色が増えたことより、別の観測と突き合わせる問いが具体的になることだ。ある場所で地表が変形しやすいのはなぜか。地下の岩石の性質と関係するのか。同じ帯の中でも一様なのか。位置を測る研究と、地下構造や地震を調べる研究が、同じ場所を異なる方法で検討できる。
ただし、今回の期間にも2011年の東北地方太平洋沖地震に伴う余効変動が含まれる。地図の特徴を、平常時に一定の速さで進む変形だけで説明してはならない。巨大地震後の影響が続く日本列島を、どの時期に観測した結果なのかという時間軸も必要だ。[2]
地震ハザード評価につなぐための距離
気象庁は、地震の日時、場所、規模を高い確度で限定する予測は、現在の科学的知見では難しいとしている。変形の集中を詳しく把握することと、次の地震の発生日時を言い当てることは別の段階にある。[7]
地図を読む自治体や企業にとっても、この区別は実務に関わる。工場、物流施設、住宅の安全性は、地域のひずみ速度一つでは判定できない。本紙は、今回の成果を直ちに拠点の危険度ランキングへ転用するのではなく、専門家が既存の知見と比較し、追加調査の課題を絞る資料として評価すべきだと考える。
研究成果の地図データは論文の補足資料として公開されている。一方、民間の元の観測データはコンソーシアムを通じて利用したものだ。成果が公開されていることと、すべての元データが無条件で一般公開されていることは区別したい。[2]
測位インフラを、長く使える科学の記録へ
本紙がこの研究に見るもう一つの意義は、民間インフラの価値を、当初のサービスの外側で検証した点にある。商用の観測網が細かな空間情報を加え、国の観測網と大学の解析が、それを地殻変動の研究へつなげた。事業の設備投資が公共的な知識にも役立つ可能性を、具体的な解析で示している。
その価値を持続させる条件は、観測点の数だけではない。記録を残し、変更を説明し、解析結果を他者が確かめられるようにすることだ。長期的なデータ提供と品質管理に誰が責任を持つかは、今後の官民連携でも問われる。地面のわずかな動きを社会に役立つ知識へ変える仕事は、地図が完成した後も続く。

