海をめぐる日本人の意識は、ひとつの数字に集約された。81.0%――水産業に期待する役割として「水産資源や養殖などにより、安定的かつ持続可能な形で、食料として水産物を供給する機能」を挙げた割合である。環境保全は60.9%、漁村の経済・雇用・人のつながりを維持する機能は44.5%、国境監視は43.8%だった。海は食料庫であると同時に、環境、地域、安全保障を担う基盤だという見方が回答に表れた。
「初の調査」が政策改定の直前に来た
内閣府大臣官房政府広報室が2026年9月4日に公表した「水産業に関する世論調査(令和8年7月調査)」は、水産業に特化した内閣府世論調査として初めて実施された。2018年の「食と農林水産業に関する世論調査」にも水産関連の設問はあったが、今回は海洋環境、水産政策、漁村への関わりを一つの調査として掘り下げた。
対象は全国の18歳以上の日本国籍を持つ3,000人。郵送法で7月16日から8月23日まで実施し、1,522人から回収した。回収率は50.7%。公表された速報値は8月14日までに届いた調査票で集計されており、今後の確報で修正される可能性が明記されている。外国籍の住民を対象に含まない点も、「日本の住民全体」の意見として読む際には注意が要る。
漁業の役割は「獲る」だけではない
複数回答で示された期待は、食料供給を頂点にしながら幅広い。藻場や干潟などの環境を保全する機能が60.9%、漁村の基幹産業として雇用や地域のつながりを維持する機能が44.5%、外国漁船などの不審な活動を監視・通報する国境監視機能が43.8%。都市と漁村の交流や自然体験の場としての機能は16.9%だった。
この並びは、水産業を文化的な象徴としてのみ扱う見方とは異なる。まず毎日の食料を安定して届け、同時に沿岸生態系と地域社会を保つ――生活インフラとしての期待が強い。もっとも、複数回答なので合計は100%を超える。「81%がこの政策を最優先した」という読み方はできない。質問文があらかじめ機能を列挙したことによる枠づけの影響も考慮すべきだ。
安定供給への答えは「もっと獲る」ではなかった
水産政策に期待することでは、漁業・養殖業の技術開発や操業改善が71.6%で最も高かった。稚魚の放流や藻場・干潟の保全による資源の増殖が57.1%、漁獲量制限などによる資源管理が56.9%、外国漁船の違法操業取締りが54.5%。漁業地域の防災・減災は32.1%、リサイクル漁具など環境配慮の取組は24.3%、簡単に調理できる加工品の開発などによる魚の消費拡大は19.3%だった。
注目すべきは、供給安定と資源制約が対立項として置かれていないことだ。技術、養殖、魚種転換、資源管理を組み合わせる回答が上位を占めた。政策に置き換えれば、漁獲枠だけでも、養殖投資だけでも足りない。海況に応じた操業、港の設備、流通、消費者が知らない魚を市場につなぐ仕組みまで必要になる。
1984年の1,282万トンから、2025年の357.7万トンへ
この調査を重くするのは、漁業生産の長期的な縮小だ。日本の漁業・養殖業生産量は1984年に1,282万トンで頂点に達した。200海里時代による遠洋漁業の後退に加え、海洋環境の周期変動でマイワシ資源が減り、1990年代半ばまで急減した。その後も就業者と漁船の減少、資源状態、海洋環境の変化が重なった。農林水産省の2025年統計では生産量は357万7,400トンで、前年より1.6%減った。
数量の減少をすべて「乱獲」や「温暖化」の一語で説明するのは正確ではない。1984年の突出にはマイワシの大増加が大きく、遠洋漁業の操業条件も現在と違う。一方で、近年の海では変化が現場の経営を直撃する。水産白書は、高水温を好む魚の分布が北へ広がり、低水温を好む魚が日本近海まで南下しにくくなる現象を報告する。サンマ、スルメイカ、サケの不漁が続く地域で、従来と異なる魚が増えることもある。
1977年 日本が200海里漁業水域を設定。遠洋漁業の条件が変化。
1984年 漁業・養殖業生産量が1,282万トンでピーク。
2001年 水産基本法が成立。安定供給と健全な発展を政策の基本理念に。
2022年 現行の水産基本計画を閣議決定。
2026年 初の水産業特化型世論調査。次期計画は2027年3月決定を目指す。
「持続可能な魚」には、どこまで払えるか
調査は理念だけでなく、財布にも踏み込んだ。資源の持続性や環境に配慮した方法で生産されたと表示された水産物について、59.5%は通常より「1割高から2割高まで」なら購入すると答えた。「3割高まで」は8.4%、「価格は気にせず購入する」は5.4%。合わせて73.3%が何らかの上乗せを受け入れる選択肢を選んだ。一方、24.0%は同じ価格なら買うが、少しでも高ければ買わないとした。
これは水産エコラベルやトレーサビリティーに追い風となりうる。ただし仮想的な質問への回答は、店頭での実購買と同じではない。「環境に配慮」の表示を誰が、どの基準で保証するのかも問われる。価格上乗せが漁業者へ届かなければ、持続可能性を支える経済循環にはならない。政策の仕事は善意を測ることではなく、信頼できる表示、流通の透明性、生産者への還元へ結びつけることだ。
魚離れの中で、消費者は自分を「支援者」と見る
日本の水産業を将来にわたり維持するため、消費者としてできることを尋ねると、国産水産物を積極的に買うが65.0%、生鮮だけでなく冷凍・加工品も利用して食品ロスを減らすが63.7%だった。水産業や漁村の課題に関心を持つは36.3%、資源管理や環境に配慮した水産物を選ぶは29.5%にとどまった。
背景には「魚離れ」がある。1人1年当たりの食用魚介類消費量は2001年度の40.2キログラムをピークに減り、2023年度は21.4キログラム。2011年度以降は肉類を下回る。調理の手間、価格、家族構成、食習慣が絡むため、愛国的な「国産を買おう」だけでは反転しにくい。冷凍・加工品への高い支持は、簡便さを持続可能性の一部として設計する必要を示している。
漁村との距離――74.4%の消費、4.5%の参加
活力が低下した漁村とどう関わりたいかとの問いでは、国産水産物を購入して消費を通じて支えるが74.4%。ふるさと納税などで取組を支援するが35.9%、観光やイベントを通じて訪問・交流するが23.7%、情報に関心を持ち発信するが20.5%だった。二地域居住やボランティアなど地域活動への関与は4.5%。「特に関わりたいとは思わない」は6.3%にとどまった。
広い支持と深い参加の間には大きな段差がある。これは冷淡さではなく、時間、距離、仕事、交通、住居という実際の制約を反映する。水産庁は、漁港の直売、飲食、体験、観光などを地域の所得と雇用へつなぐ「海業(うみぎょう)」を進めている。漁村の交流人口は約2,000万人とされるが、一度の訪問を継続的な関係へ変えられるかが本当の試験になる。
世論を計画へ翻訳する三つの宿題
水産基本計画は水産基本法に基づき、おおむね5年ごとに改定される。現行計画は2022年3月25日に閣議決定され、資源管理、成長産業化、漁村活性化を三本柱とした。水産政策審議会企画部会は2026年4月から次期計画を検討し、政府は2027年3月の閣議決定を目指している。今回の調査は、その政策形成の材料として実施された。
第一の宿題は、安定供給を漁獲量の回復だけで測らないことだ。変わる海に合わせた魚種、養殖、加工、流通を一体で考える。第二は、持続可能な魚への支払い意思を、検証可能な表示と生産者所得へつなぐこと。第三は、消費という広い参加を、訪問、寄付、複業、地域活動という深い関係への階段に変えることだ。
世論調査は政策の答えではない。郵送に応じた1,522人の選好を、全国の浜ごとに異なる資源、文化、経営へそのまま当てはめることもできない。それでも今回の結果は、国民が水産業を過去の産業として見ていないことを示す。食料、環境、地域、安全保障を一緒に支える仕組みとして、次の設計を求めている。
