観光地の評価は、宿泊数や消費額で測りやすい。移住なら住民票や転入者数が残る。ところが、その間にいる人――何度も通い、地域の仕事を手伝い、商品を買い、知人をつくるが、そこには住まない人――は統計からこぼれやすい。政府が「関係人口」と呼ぶこの層を、那須塩原市と交通・通信企業は意図的につくれるのか。9月25日に始まる実証は、広告から関心、訪問、再訪へ続く細い階段を測ろうとする。
実証は「オンライン」と「1泊2日」の二段階
共同発表したのは、東日本旅客鉄道(JR東日本)、NTTドコモソリューションズ、NTTドコモビジネス、那須塩原市、JR東日本びゅうツーリズム&セールスの5者。期間は2026年9月25日から2027年2月末までで、JR東日本が設立したWaaS共創コンソーシアムの事業として行う。
オンライン検証では、東日本在住の50代以上を対象に、JR東日本の「大人の休日倶楽部」会員へ9月25日にメールマガジンを配信し、NTT側は「dポイントクラブ」会員へ10月5日にアンケート型プロモーションを予定する。那須エリアの移住定住ポータル「那須にすんで、」を見せ、二地域居住への関心、不安、行動意向を尋ねる。調査は10月中旬までの予定だ。
現地検証は、大人の休日倶楽部会員だけが申し込める1泊2日のモニターツアー。11月4~5日と12~13日の2回、各回約10人を先着順で募集し、料金は1人9,800円。参加者は那須塩原駅から道の駅「明治の森・黒磯」、塩原温泉地域などを回り、里山保全や古道整備に関わる「担い手活動」、移住者・住民との交流、牧場体験、インタビューに参加する。
「NTT」の役割は通信回線ではなく、行動設計
この実証を「JR東日本とNTTの地方ツアー」とだけ説明すると、役割の核心を落とす。幹事を務めるNTTドコモソリューションズは、検証方針とKPI、50代前後の「プレシニア層」が動きたくなるユーザー体験、現地インタビュー、分析を設計する。NTTドコモビジネスは、dポイントクラブの会員基盤を使うアンケート型広告「di-SCHOP」と詳細意向調査「プレミアパネル」を担う。
JR東日本は大人の休日倶楽部という接点と実証フィールド、現地体験を提供する。那須塩原市は地域素材と受け入れ先の調整、びゅうツーリズム&セールスはツアーの企画、募集、運営を担当する。通信会社が関心を発見し、鉄道会社が移動を可能にし、市が地域との接点を用意する。事業の仮説は、別々の顧客基盤を一本の導線にできるということだ。
関係人口は、観光客と移住者の間にある
総務省が用いる定義では、関係人口は、移住した「定住人口」でも観光の「交流人口」でもなく、地域や地域の人々と多様に関わる人々を指す。仕事、副業、学び、寄付、地域活動、特産品購入、反復訪問など、関わり方は一つではない。
国土交通省の2025年調査は、18歳以上の約2,263万人、2割強が、日常生活圏や通勤圏の外にある特定地域と継続的かつ多様に関わっていると推計した。ただし、この数字は同省の調査上の定義と推計に基づく全国値で、那須塩原の潜在顧客数ではない。関係の深さも、趣味や消費を軸にした訪問から仕事・地域運営まで幅がある。
概念が政策に広がった背景には、人口減少下で全自治体が定住人口を奪い合うことの限界がある。国交省も「すべての地域で定住人口を増やすことはできない」と明記する。2024年11月には、住まい、なりわい、地域交流の環境整備を含む改正広域的地域活性化基盤整備法が施行され、二地域居住は理念から受け皿づくりの段階へ入った。
2010年代後半 — 「関係人口」が国の地方創生政策で定着。
2023年4月 — JR東日本がWaaS共創コンソーシアムを設立。
2024年11月 — 二地域居住の環境整備を促す改正法が施行。
2026年7月30日 — 那須塩原市とJR東日本栃木事業本部が包括連携協定を締結。
2026年9月~2027年2月 — オンラインと現地の実証を実施。
那須塩原は「人口が増えている市」でも危機感を持つ
那須塩原市は、東京駅から東北新幹線でアクセスできる交通条件、温泉、農業、自然環境を持つ。市は8年連続の転入超過を公表している。一方、2020年に約11万5,000人だった人口は、従来の趨勢なら2040年に約9万8,000人へ減るとの市推計がある。転入超過だけでは、出生数と死亡数の差や高齢化を埋められない。
市は誕生20周年の2025年に「好きを、編む。」をまちづくりのパーパスとして掲げた。7月のJR東日本との協定では、「行きたくなる」「関わりたくなる」「住みたくなる」の三段階を設定。産直市や「はこビュン」による地域発信、短期の仕事と旅を組み合わせる「おてつたび」、副業・兼業、交流拠点、交通・行政DXまで構想している。今回のツアーは、その中の「関わりたくなる」を試す入口だ。
なぜ50代以上なのか
大人の休日倶楽部は50歳からの旅行・暮らしを支援する会員組織で、既存の鉄道利用者へ直接接触できる。定年が視野に入り、働き方、住まい、余暇の使い方を再設計しやすい層は、二地域居住との相性がよいという仮説を立てやすい。NTT側も東日本の50代以上のdポイント会員へ対象を合わせるため、異なる会員基盤で近い層を比較できる。
同時に、これは限られた母集団だ。若年層、子育て世帯、非会員、デジタル広告に反応しない人の行動は分からない。ツアー参加者は先着順で、有料の1泊2日に自ら申し込むため、もともと旅行や地方暮らしへの関心が高い可能性がある。参加前後で意向が上がっても、無作為な都市住民に同じ効果が出るとは言えない。
観光を超えるのは「作業」と「人」
一般の観光商品との違いは、景勝地を見るだけでなく、里山保全や古道整備に関わり、移住者や住民と対話する点にある。地域課題を自分の手で経験し、次に何ができるかを想像させる設計だ。参加者へのインタビューでは、地域理解、再訪意向、二地域居住に向けた次の行動へつながる要素を分析する。
ただし、2日間の濃い交流は「特別なイベント」として満足度を高めても、日常の関係を保証しない。帰宅後に連絡できる人、参加できる仕事、次の訪問日、費用、滞在場所がなければ、思い出で終わる。受け入れる地域側にも、案内、調整、安全管理という労力が生じる。関係人口を増やすほど住民の無償負担が増える設計では続かない。
「関心」を「行動」に変えたと、どう判定するか
最低限、オンラインではサイト閲覧、情報別の反応、二地域居住への不安と意向の変化を分けて見る必要がある。現地では満足度より、一定期間内の再訪、地域活動への再参加、商品購入、寄付、副業、滞在拠点探しなど、観察可能な行動が重要になる。誰が途中で離脱したかも、成功者の声と同じくらい意味を持つ。
評価には地域側の指標も要る。受け入れに何時間かかったか、住民が新しい関係を望んだか、活動に必要な人手や収入が本当に補われたか。企業にとっては鉄道利用や会員サービスの需要が生まれる。自治体、住民、参加者、企業の利益が一致する部分と、費用を押しつけ合う部分を分けなければならない。
また、会員データを使った広告・調査では、誰がどの情報を受け取り、回答やサイト行動がどこまで結びつけられるのかが重要だ。共同発表は使用サービスと役割を説明するが、個人データの共有範囲、保存期間、追跡方法までは示していない。公表結果には、同意とプライバシーの扱いも含めた方法開示が望まれる。
2027年2月、成功を「移住者数」だけで測らない
この実証の価値は、20人のツアーから何人が移住したかでは決まらない。二地域居住は住まい、仕事、交通費、家族、医療、地域での役割がそろって初めて続く。半年弱で住民票の移動を求めれば、関係人口という中間段階を自ら否定することになる。
問うべきは、オンライン情報が不安を具体化できたか、現地の作業と人間関係が再訪につながったか、地域側にも価値が残ったか、そして導線を別地域・別世代へ応用できるかだ。JR東日本には「移動」を売る力があり、NTT系企業には「関心」を見つけ測る力がある。那須塩原には受け入れる暮らしがある。三つをつなぐだけでなく、帰りの新幹線の後も切れない仕組みにできるか。そこからが実証の本番である。
