2026年6月12日、種子島宇宙センターからH3ロケット6号機(30形態試験機)が上がった。その相乗り衛星の一つが、6UサイズのVERTECSだった。JAXA宇宙科学研究所(ISAS)によると、衛星は太陽同期軌道へ投入され、相模原の地上局が直ちに機器の状態を示すハウスキーピングデータを受信した。その後、電源、通信、姿勢制御、データ処理、観測装置を段階的に確かめ、試験観測を経て定常運用へ進んだ。
ただ「暗い空」を撮る衛星ではない
VERTECSは「Visible Extragalactic background RadiaTion Exploration by CubeSat」の頭文字を取った名称だ。観測対象の宇宙可視光背景放射は、個々の星や銀河を取り除いても空全体に残る、ごく淡い可視光の成分を指す。宇宙マイクロ波背景放射――約38万歳の宇宙から届く電波――とは別物である。こちらは主に、長い宇宙史の中で星や銀河が放った光の総勘定だ。
問題は、その総勘定が合っていない可能性にある。銀河を一つずつ数えて光を足した値より、空の絶対的な明るさから推定した近赤外線背景が明るいという報告が重ねられてきた。差が実在するなら、銀河の外へ放り出された星々の光か、初期宇宙の未知の天体か、あるいは前景光の見積もり違いか。VERTECSは可視域の波長依存性を測り、その候補をふるいにかける。
小口径だからこそ、広い空を一度に見る
搭載望遠鏡は口径35ミリの屈折式で、CMOSセンサーと4枚のバンドパスフィルターを備える。大望遠鏡と比べれば小さい。しかし、背景放射のように広がった光を測る仕事では、暗い点天体を拡大する能力より、広い視野を均一に測ることが重要になる。各バンドの視野は3度四方。満月約40個分に相当する空を一度に収める。
2024年のSmall Satellite Conferenceで公表された設計論文によれば、観測波長はおおむね400~800ナノメートル、検出器は約3000×3000画素。1分露光で1標準偏差10秒角の指向安定度を設計要件とした。アップリンクにはS帯、高速な観測データのダウンリンクにはX帯を用いる。小型化は「簡単」の同義語ではない。限られた電力、熱設計、通信時間、姿勢精度のすべてを、科学観測の要求へ合わせる必要がある。
初公開画像が証明したこと、まだ証明していないこと
初期運用でVERTECSは、はくちょう座ループ、干潟星雲、北アメリカ星雲、うしかい座方向などを撮影した。共同発表は、地上望遠鏡なら長時間を要する淡い広がりも、1分露光で明瞭に捉えたとしている。うしかい座では4色すべてについて、目標とした画角、分解能、感度が得られたという。地球を写す副カメラも、通信時の地球指向が安定していることを示した。
金沢大学の軸屋一郎准教授は共同発表で、初期運用を完了し「高精度な姿勢制御により望遠鏡の性能を引き出す環境が整った」と説明した。端的に言えば、打ち上げ成功から科学成功へ渡る橋が、ようやく架かった段階である。
背景光から星と銀河の形成史を読む
銀河の光を合計する方法には、観測限界より暗い銀河を補う推定が欠かせない。一方、空の明るさを直接測る絶対測光には、局所的な光を正確に引く難しさがある。二つの方法の差は、新しい宇宙成分にも、取り切れなかった汚れにも見える。だから重要なのは、単に「余分な光」を一つの数値で示すことではない。
仮に銀河ハロー内へ散らばった星が主因なら、既知の星集団に近い色と銀河構造に対応する空間的なむらが期待される。初期宇宙の天体が大きく寄与するなら、宇宙膨張による赤方偏移と水素吸収を反映し、可視から近赤外へ移るところで別のスペクトル形状が現れうる。VERTECSの4色と多数方向の測定は、明るさだけでなく、その「色」とむらを比較するためにある。
最大の敵は、観測者の近くにある
宇宙背景放射より手前には、強い光が幾重にも重なる。惑星間塵が太陽光を散乱する黄道光、天の川の未分離星、星間塵が散乱する銀河拡散光である。人工衛星の迷光、検出器の暗電流、温度による感度変化も管理しなければならない。地球大気の発光を避けられる宇宙観測でも、黄道光は消えない。
| 成分 | どこから来るか | VERTECSでの意味 |
|---|---|---|
| 黄道光 | 惑星間塵による太陽光の散乱 | 可視域で強い前景。時期と方向への依存をモデル化する |
| 銀河系の光 | 未分離星と星間塵 | 星図や空間構造を使って差し引く |
| 銀河系外背景 | 宇宙史を通じた銀河・星の積算光 | 前景除去後に取り出したい信号 |
| 装置信号 | 暗電流、迷光、感度変化 | 軌道上較正と再現性試験が必要 |
つまり成果の信頼度は、望遠鏡がどれだけ暗い光を見られるかだけでなく、明るい前景をどれだけ正しく説明できるかで決まる。九州工業大学の佐野圭助教が代表を務める科研費プロジェクトも、絶対測光に加え、暗黒星雲を遮蔽物として使う手法や空間ゆらぎの解析を掲げる。異なる切り口で同じ背景へ近づくことが、系統誤差の発見につながる。
CIBERからニュー・ホライズンズへ続く論争
日本の研究者は、VERTECS以前からこの問題を追ってきた。JAXAなどが参加するCIBERは、観測ロケットを大気圏外へ上げ、近赤外線の背景光とそのゆらぎを測ってきた。地上や低高度の大気放射を避けられる一方、観測時間は短い。CubeSatで繰り返し多方向を測るVERTECSは、ロケット実験の高感度観測を置き換えるのではなく、時間と空間のカバーを補う発想だ。
議論をさらに複雑にしたのが、太陽から遠く離れたNASAの探査機ニュー・ホライズンズである。2024年に公表された解析は、0.4~0.9マイクロメートルの可視域で測った宇宙光学背景が、既知の銀河の積算光と整合し、統計的に有意な未知成分は不要だと報告した。太陽から遠いほど黄道光が弱い点は大きな利点である。
ただし、それで問題が終わったわけではない。ニュー・ホライズンズとVERTECSでは観測位置、波長帯、視野、前景モデル、空間情報が異なり、近赤外で報告されてきた超過をそのまま否定する比較ではない。むしろVERTECSには、地球近傍から得る4色の広視野データが、独立した装置と解析で同じ結論へ着くかを示す役割がある。
大学連合が育てた「速い宇宙科学」
VERTECSは、JAXAの「小型衛星・探査機の迅速な開発・打上げ機会提供(JAXA-SMASH)」の初回公募で選定され、2022年度から開発が進んだ。九州工業大学を中心に、JAXA、東京都市大学、関西学院大学、東京大学、東京科学大学、東北大学、金沢大学、福井大学、企業、台湾の大学などが加わる。衛星バス、望遠鏡、姿勢制御、地上局、科学解析を複数機関が分担した。
この方式の価値は、衛星が小さいこと自体ではない。大型計画の十数年単位の周期とは別に、焦点を絞った問いを短い開発サイクルで軌道へ持ち込み、若手研究者と学生が設計から運用、解析まで経験できる点にある。一方、分散開発はインターフェース管理と軌道上検証を難しくする。初期運用完了は、その組織的な実験にも一つの答えを与えた。
次の1年、成功を何で測るか
計画では、およそ1年にわたり観測方向を変えながらデータを蓄積する。科学的な合格点は、印象的な星雲画像の枚数ではない。4バンドの感度を安定して較正できるか。黄道光と銀河系の光を、残差を過小評価せずに除けるか。異なる空域や手法で結果が再現するか。そして、銀河の積算光を超える成分が残るなら、その色と空間分布が物理的な起源モデルに耐えるかである。
現時点で言えるのは、VERTECSが軌道上で望遠鏡として働き、科学観測へ進める状態になったことまでだ。宇宙可視光背景放射の値、星形成史への制約、未知成分の有無はまだ公表されていない。小さな衛星が大きな謎を解いた、ではない。だが、その謎を測定可能な問いへ変える道具が動き始めたことは、十分に大きなニュースである。
2022年度 JAXA-SMASH初回公募で選定、開発を開始。
2026年6月12日 H3ロケット6号機で打ち上げ、太陽同期軌道へ投入。
2026年6~8月 電源・通信・姿勢制御・観測装置を確認し、試験観測。
2026年9月 初期運用完了と初画像を公表。約1年の定常観測へ。
