台湾海峡をめぐる危機は、もはや台湾だけの問題ではない。日本の南西諸島から見れば、台湾は遠い島ではなく、与那国島の西およそ百キロにある隣人である。東シナ海、バシー海峡、フィリピン海を結ぶ海域は、日本のシーレーン、防衛計画、米軍基地、半導体供給網、そして沖縄の生活圏に重なっている。だからこそ、北京が台湾へ圧力を強めるほど、東京は沈黙ではなく、よりはっきりした抑止の言葉と装備を選び始めている。

二〇二六年六月、ロイターは「中国が台湾を脅かし、米国が予測しにくくなるなかで、日本が太平洋でより大きく立つ」と報じた。記事が描いたのは、単純な軍拡ではない。日本は、米国への依存を保ちながら、その米国だけに任せることの危うさも感じている。防衛費の増額、南西諸島のミサイル配備、フィリピンや韓国との連携、対艦・長射程能力の整備、そして台湾をめぐる政治発言。これらはばらばらの動きではなく、一つの地理的な現実に向かっている。

百キロ与那国島から台湾までのおおよその距離。台湾有事は日本の近海の有事でもある。
二%日本が二〇二七年度に目指す防衛費水準。国内総生産比で欧米主要国に近づく。
九千億円超二〇二六年度防衛予算案の規模。過去最大級の防衛投資となる。
九七三〇億円規模防衛省が二〇二六年度に掲げるスタンド・オフ防衛能力関連の概算規模。

なぜ日本は「一歩前」に出るのか

戦後の日本外交には、危機を直接名指ししない知恵があった。台湾についても、日本は中国との国交正常化以来、北京の立場を「理解し尊重する」としながら、台湾との実務関係を維持してきた。日本政府の公式表現は、長く「台湾海峡の平和と安定は重要」という言い方にとどまっていた。

だが、地図は外交文書よりも率直である。沖縄本島から先島諸島へ、さらに与那国島へ進むほど、台湾は近くなる。中国軍機や艦船が台湾周辺で活動を増やし、海警局船が台湾東方の海域で「法執行」行動を行うと、日本の安全保障担当者は別の問いを避けられなくなる。もし台湾周辺で海上封鎖、ミサイル攻撃、サイバー攻撃、難民流出、米軍基地への圧力が同時に起きたら、日本は本当に「周辺の出来事」と呼べるのか。

日本が見ているのは、台湾そのものだけではない。台湾の向こう側にある日本の海、基地、港、通信、エネルギー、半導体である。

「南西シフト」の意味

冷戦期の日本防衛は、長く北方を意識していた。北海道、ソ連、宗谷海峡、オホーツク海。それがいま、南西方向へ大きく重心を移している。鹿児島から沖縄、宮古、石垣、与那国へ連なる島々は、日本の防衛地図の前線になった。防衛省の二〇二六年度予算資料は、日本の領土が三千キロ以上にわたることを踏まえ、遠隔島しょを含む領域を防衛するため、敵の脅威圏外から多様に対処する「スタンド・オフ防衛能力」を強化すると説明している。

この言葉は抽象的に聞こえるが、意味は具体的である。相手が上陸部隊や艦艇を動かすなら、日本はより遠くからそれを抑えたい。相手が航空優勢やミサイルで近づけない空間を作るなら、日本も射程、分散、移動、偵察、無人機、宇宙、サイバーを組み合わせる必要がある。これは攻撃的な欲望というより、近づかせないための設計である。

与那国という小さな島の大きな役割

与那国島は、日本の西の端である。晴れた日には台湾の山影が見えるとも言われる。そこに自衛隊の沿岸監視部隊が置かれ、今後さらにミサイル配備が議論されることは、東京の会議室では「抑止」と呼ばれる。しかし島で暮らす人々にとっては、生活の風景が安全保障の風景へ変わることでもある。

防衛相は二〇二六年、与那国島への地対空ミサイル配備を二〇三一年度までに進める考えを示したと報じられた。これにより、南西諸島の防空・対艦ネットワークはさらに厚くなる。一方で、島民の不安は単純ではない。自衛隊の存在は安心を与える一方、標的になる危険も想像させる。日本の防衛政策は、地図上の点ではなく、人が住む島々の上に置かれている。

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北京が「新たな軍国主義」と呼ぶ理由

中国から見れば、日本の動きは抑止ではなく包囲に見える。日本がフィリピンと海洋協力を深め、米国と共同運用を強め、台湾海峡への発言をはっきりさせるほど、北京は「歴史」を持ち出す。日本の戦前・戦中の記憶は、アジア外交でいまも鋭い武器である。中国政府系メディアや当局者は、日本の防衛力強化を「新たな軍国主義」と批判し、台湾問題への関与を内政干渉だと主張する。

日本側はこれに反論する。日本の防衛相は、中国の軍備拡張こそ透明性を欠き、地域の不安を高めていると述べた。日本政府の主張は、戦前回帰ではなく、戦争を起こさせない抑止である。だが、ここに難しさがある。抑止は、相手に伝わらなければ意味がない。伝わりすぎれば挑発にも見える。伝え方を誤れば、国内世論にも近隣諸国にも不安を広げる。

米国の影が濃く、同時に薄くなる

日本の安全保障の中心には、今も日米同盟がある。沖縄、横須賀、三沢、岩国、佐世保。米軍の存在なしに、日本の防衛計画を語ることはできない。台湾有事でも、米軍がどう動くかは決定的である。だが、二〇二六年の東京が感じているのは、同盟の重要性と同時に、米国政治の変動リスクである。

ロイターは、米国の予測困難性が高まるなかで、日本がより大きな役割を担おうとしていると報じた。これは米国から離れるという意味ではない。むしろ逆である。日本がより強い能力を持つほど、日米同盟の中で発言力と実行力を増す。米国にとっても、日本が南西諸島、港湾、弾薬、整備、情報、サイバーで機能することは、台湾海峡の抑止に不可欠になる。

台湾側の課題――守る意思と予算の政治

台湾もまた、自らの防衛を急いでいる。だが、台湾政治は一枚岩ではない。二〇二六年六月、台湾の頼清徳総統は、議会が国防特別予算の一部を削ったあとも、防衛費拡大をあきらめないと述べた。無人機やミサイルなど、ウクライナや中東の戦場で重要性が示された装備をめぐって、台湾内部でも優先順位と政治対立がある。

日本にとって、これは他人事ではない。台湾の防衛力が弱ければ、日本の南西防衛への圧力は増す。台湾が強くなれば、中国の不満も増す。日本、台湾、米国はそれぞれ別の政治制度、別の予算過程、別の世論を抱えながら、一つの危機に備えようとしている。抑止とは、兵器の数だけでなく、政治の継続力でもある。

海警、調査船、海底地図――グレーゾーンの海

台湾をめぐる緊張は、いきなり戦争として始まるとは限らない。海警局船、調査船、漁船、民間フェリー、サイバー攻撃、偽情報、経済制裁。中国はしばしば、軍と民の境界があいまいな手段を使う。二〇二六年六月、中国海警局は台湾東方の海域で「法執行」行動を行ったと発表し、台湾側は主権を侵す行為は容認しないと反発した。

台湾東方の海は、深い。そこは潜水艦、海底通信ケーブル、海上輸送、米軍・同盟国の作戦に関係する空間である。もし中国がこの海域で日常的な「管理」を既成事実化しようとするなら、台湾の東側はもはや安全な後背地ではなくなる。日本がフィリピンや米国と海洋協力を強める理由も、ここにある。

この物語で見るべき五つの点
  • 台湾有事が日本の南西諸島、米軍基地、シーレーンへ波及する速度
  • 日本のスタンド・オフ防衛能力が抑止として機能するか
  • 北京が日本の発言をどこまで挑発とみなすか
  • 米国政治の揺れが日米同盟の実務に与える影響
  • 与那国、石垣、宮古など島の住民生活と防衛負担の調整

日本はどこまで踏み込むのか

日本には憲法、専守防衛、国会、世論、近隣外交という制約がある。二〇一五年の安全保障法制により、一定条件下で集団的自衛権の行使が可能になったとはいえ、台湾有事に日本が何をするかは自動的に決まるわけではない。重要影響事態、存立危機事態、武力攻撃事態。日本の法制度には段階があり、それぞれ政治判断を伴う。

だからこそ、言葉が重くなる。日本の首相や防衛相が台湾について具体的なシナリオを語ると、中国は反発し、国内では議論が起きる。だが、何も語らなければ抑止は弱くなる。日本は、あいまいさと明確さの間を歩いている。そこに二〇二六年の難しさがある。

「平和国家」の更新

日本が平和国家であることは、武器を持たないことだけで定義されてきたわけではない。戦争を避け、国際秩序に参加し、経済と外交で安定を支えることも、その一部だった。だが、いまの東アジアでは、戦争を避けるために何を持つべきか、何を言うべきか、どこに線を引くべきかが問われている。

台湾海峡の危機は、日本の戦後を終わらせる話ではない。むしろ、戦後日本が大切にしてきた「戦争を起こさない」という目標を、より厳しい環境でどう守るかという話である。日本は、北京を刺激したいわけではない。だが、北京の圧力を見ないふりもできない。日本が太平洋で一歩背を伸ばしているのは、強さを誇るためではなく、危機が近づきすぎたからである。

この海で起きることは、東京の市場、沖縄の港、台湾の半導体工場、横須賀の艦船、フィリピンの海域、そして北京の政治に同時に響く。台湾海峡はもはや一本の海峡ではない。日本の安全保障が、はっきりと太平洋に開いていく境界線である。

出典・参考

本稿は、ロイター、防衛省、外務省、内閣官房、台湾・中国関連の公開報道などをもとに構成した。