水面の上では、すべてが滑らかに見える。だがアーティスティックスイミングは、優雅さを競う競技という説明だけでは足りない。肺に空気を残したまま倒立し、脚を水上へ押し出し、仲間と数センチ単位で合わせ、難度を申告した技を一つでも崩さず積み上げる。採点ルールが大きく変わった今、その「見えない正確さ」は以前にも増して得点を左右する。

愛知・名古屋アジア大会の女子デュエットで、日本の比嘉もえ、佐藤友花組が銀メダルを獲得した。9月26日のテクニカルルーティン(TR)は309.8432点で2位。27日のフリールーティン(FR)は291.7134点。合計601.5566点で、中国の640.3576点に次ぐ2位となった。比嘉にとっては杭州大会に続く2大会連続のアジア大会デュエット銀だ。[6][7]

601.5566点比嘉もえ・佐藤友花組のデュエット合計
銀メダル中国に次ぐ2位。比嘉は2大会連続のデュエット銀
1984年アーティスティックスイミングが五輪正式種目として初実施

「共生」を泳いだ二人

比嘉と佐藤のフリールーティンのテーマは「共生」。異なる個性を持つ二人が互いに影響し合い、一つになることを表現した。27日の演技では終盤の足技で大きな減点につながるベースマークがつき、得点を伸ばし切れなかった。それでも二人は中国に次ぐ2位を守った。[6]

ベースマークは現在の競技を理解するうえで重要な言葉だ。選手側は演技前に技の難度を申告し、実施した技が申告内容を満たさないと判定されると、該当要素に最低評価が適用される。以前の採点より、難度と実施の整合性が厳密に問われる仕組みになった。

つまり、難しい技を入れれば点が高くなるわけではない。難度を上げれば上げるほど、少しのずれが大きな失点につながる。現代のアーティスティックスイミングは、美しさとリスク管理を同時に競う。

比嘉もえ、19歳で二度目のアジア大会銀

JOCの公式プロフィールによると、比嘉もえは2007年9月15日生まれ。近畿大学と井村アーティスティックスイミングクラブに所属する。パリ2024では佐藤とデュエット8位、チーム5位。杭州アジア大会ではデュエット銀、ミックスチーム銀を獲得した。[2]

比嘉は、若さだけで将来性を語る段階をすでに越えている。世界選手権、五輪、アジア大会を経験し、日本のデュエットの中心として結果を求められる立場にいる。

一方、佐藤友花はパリ2024でも比嘉と組み、五輪デュエットを戦った。自国開催のアジア大会を前にJOCへ寄せたコメントでは、「1cmでも高く、正確な技で完璧な演技」を目指すと述べていた。[5]

この「1cm」という表現は、この競技の本質をよく表している。大きく見えるリフトやアクロバットの背後で、勝敗を分けるのは高さ、角度、同調、そして技の成立条件の細部だ。

中国との距離が、現在地を示す

今回のデュエットでは中国が合計640.3576点、日本は601.5566点。約38.8点の差がついた。単純に「銀メダルだから好結果」で終えると、競技の現在地を見誤る。

日本は長くアジアのアーティスティックスイミングを牽引してきたが、近年は中国が五輪・世界大会でも最上位へ進み、アジアの競争構造は変わった。日本にとって中国は、同じ大陸のライバルであると同時に、世界の基準そのものになっている。

比嘉も27日、「中国に追いつくため、キレや強さをもっと磨いてギアを上げて成長していく」と語ったと報じられた。[6]

日本は五輪で14個のメダルを積み上げてきた

JOCによると、アーティスティックスイミングが五輪正式種目になったのはロサンゼルス1984。日本はその最初の大会からすべての五輪に出場し、これまでに銀4個、銅10個を獲得してきた。[3]

長い間、日本はロシア、中国と並ぶ世界の主要国の一つだった。リオ2016ではデュエットとチームで銅。だが東京2020では両種目4位、パリ2024ではチーム5位、デュエット8位と、2大会連続で五輪メダルを逃している。[3][8]

この競技の歴史を知る日本の観客にとって、銀メダルは喜びであると同時に「世界のトップへどう戻るか」という問いにつながる。

2018年、「シンクロ」から名前が変わった

日本では今も「シンクロ」という呼び方に親しみがあるが、国際競技名は2017年に変更され、日本でも2018年からアーティスティックスイミングが正式名称になった。JOCは、名称変更後も競技の中心には技の完成度、同調性、演技構成、芸術性、表現力があると説明する。[3]

しかし、この十年で変わったのは名前だけではない。採点体系は大きく改革され、難度申告が得点設計の中心になった。さらに男子選手のチーム参加が認められ、アクロバティックルーティンも加わった。

「見た目の美しさを審判が総合評価する競技」から、技の難度と成立条件を極めて細かく積算する競技へ。観客に見える演技は同じように華麗でも、内部の競技設計は大きく変わっている。

チームは「バラ」と「武士道」

日本代表は今大会、チーム種目でも戦っている。9月27日の混合チーム・テクニカルルーティンでは日本が2位につけた。最終種目のチーム・フリールーティンは28日11時から予定されている。[1][6]

今季の日本チームは、テクニカルルーティンで「バラ」をテーマに、美しさと棘を併せ持つ世界観を表現。フリールーティンでは「武士道」をテーマに、日本語の詩を取り入れ、自分自身との戦いを演技へ落とし込んでいる。

競技が数値化・技術化するほど、こうした表現テーマの意味は逆に大きくなる。難度申告表が同じでも、観客に何を残すかは演技構成で変わるからだ。

若いチームと、パリ組の経験

愛知・名古屋大会の日本代表には、比嘉、佐藤、小林唄、島田綾乃、藤井萌夏、川瀬由華、相高花帆、白波瀬菜桜、三橋理沙子、石井小夏らが名を連ねる。

比嘉、佐藤、小林、島田らにはパリ2024代表経験がある。一方、今大会が初めての大舞台となる選手もいる。自国開催という環境は、経験者が若手を支え、次のロサンゼルス2028へ競技力をつなぐ意味でも重要になる。

日本代表は1994年広島大会以来32年ぶりの自国アジア大会で泳いでいる。観客との距離が近い分、プレッシャーも大きい。

「芸術性」は消えていない。ただし、技術点との両立が難しくなった

新ルールについては、競技が技術点偏重になったという議論もある。高難度を競うことでアクロバティックな要素が増え、かつての長い振付や水面での表現とは違う競技になったと感じるファンもいる。

一方で、難度を明示することで採点の透明性を高めるという狙いもある。何が何点なのかを明確にし、審判の印象だけで順位が決まらない仕組みに近づける。

日本にとって難しいのは、かつて強みだった同調性、脚の美しさ、表現力を守りながら、世界最高水準の難度を落とさないことだ。比嘉と佐藤の銀は、その両立がまだ完成途上であることを示している。

日本が追うのは「昔のシンクロ」ではない。
難度申告、ベースマーク、アクロバティック要素、混合チーム。競技そのものが変わる中で、日本の伝統的な同調性と表現力をどう新しい採点へ翻訳するかが課題になる。

浜松で泳ぐ「ホーム」の意味

会場は古橋廣之進記念浜松市総合水泳場[ToBiO]。大会名称は愛知・名古屋だが、水泳の一部競技は静岡県浜松市で実施されている。日本代表にとっては、海外遠征とは違う環境で、家族や国内ファンの前で泳げる大会だ。[4]

佐藤だけでなく、多くの選手が開幕前のJOCコメントで自国開催への喜びと感謝を語っている。地元愛知出身の藤井萌夏は「アーティスティックスイミングの魅力を多くの人に届けられるよう」と述べた。[5]

競技の採点は数値化されても、競技が広がるかどうかは観客が「また見たい」と思うかにかかっている。自国開催は、その入口をつくる機会でもある。

銀メダルの先にあるロサンゼルス2028

比嘉と佐藤はアジア大会で銀を取った。日本チームもテクニカルで2位につけた。しかし、日本の目標はアジア2位を守ることではない。

JOCが競技解説で掲げる次の大きな目標は、ロサンゼルス2028で3大会ぶりの五輪メダルを獲得すること。そこへ向け、中国との差をどう縮め、世界のトップ国と難度・実施・芸術性をどう競うかが問われる。[3]

水面では一つに見える二人の演技も、実際には何百もの細部でできている。高さ、角度、呼吸、タイミング、難度、表現。日本が世界の表彰台へ戻る道も同じだ。銀メダルは一つの結果であり、その細部をもう一段上げるための現在地でもある。

編集上の注意:本稿は9月27日のデュエット決勝とチーム・テクニカル終了時点の情報を反映している。チーム最終種目のフリールーティンは9月28日11時開始予定で、本稿作成時点では最終順位が確定していない。9月29日公開前に最終結果を確認して更新する必要がある。

出典・資料

  1. JOC:9月27日 アーティスティックスイミング競技日程
  2. JOC:比嘉もえ 選手プロフィール
  3. JOC:アーティスティックスイミング 競技解説・日本の五輪史
  4. 日本水泳連盟:第20回アジア競技大会 アーティスティックスイミング
  5. JOC:TEAM JAPAN選手団コメント(佐藤友花ほか)
  6. 読売新聞オンライン:比嘉もえ・佐藤友花組が銀、チームTRの日本は2位
  7. スポーツ報知:デュエット合計601.5566点、中国に次ぐ銀
  8. JOC:パリ2024 アーティスティックスイミング TEAM JAPAN
  9. JOC:杭州アジア大会 アーティスティックスイミング TEAM JAPAN