2026年6月15日、東京のストリートファッション史に、企業ニュースの顔をした文化事件が起きた。NIGO氏が創業し、東京証券取引所グロース市場に上場したHUMAN MADE Inc.が、高橋盾氏のUNDERCOVER CO., LTD.を100%取得する方向で基本合意したのである。合意は現段階では非拘束。正式な株式譲渡契約は2026年9月を目標とし、株式譲渡の実行は2027年2月を予定する。予定通り進めば、UNDERCOVERは2028年1月期第1四半期からHUMAN MADEの連結子会社となる。
だが、このニュースを「ブランド買収」とだけ読んでは、肝心なものを見落とす。これは1990年代の裏原宿から続く友情、反骨、編集感覚、限定販売、雑誌文化、パンク、ヒップホップ、そして日本のストリートウェアが、ついに資本市場の言葉で語られる段階に入ったというニュースである。
NIGO氏と高橋盾氏。二人の名前を並べると、ひとつの店が浮かぶ。NOWHERE。1993年、原宿の裏通りに開いたその小さな店は、日本のファッション史の中で、単なるショップではなく、入口であり、編集室であり、秘密基地であり、世界へ向かう滑走路だった。
発表の中身:買収はまだ「非拘束」、しかし文化的にはすでに重い
報道によれば、今回の基本合意は、HUMAN MADEがUNDERCOVERの全株式を取得することを目指すものだ。買収価格は未定で、独立した第三者評価を通じて決められるとされる。HUMAN MADE側の文脈では、これはブランドポートフォリオ拡大戦略の一環であり、UNDERCOVERのブランド資産価値が収益力に十分反映されていない、という見立ても示されている。
つまり、ここには二つの読み方がある。ひとつは、上場企業HUMAN MADEによるブランド資産の取得。もうひとつは、30年以上前に同じ路地から始まった二つの美学が、再びひとつの企業構造の中で交差するという読み方である。ファッション史として面白いのは、もちろん後者だ。
NOWHEREという場所:店ではなく、文化の編集装置だった
1990年代初頭の原宿は、今のように国際観光の巨大な消費地ではなかった。古着店、レコード、スケート、パンク、ヒップホップ、輸入雑誌、スニーカー、グラフィックTシャツ、クラブ、深夜番組。情報はまだ遅く、だからこそ濃かった。インターネット以前の東京で、店はメディアだった。
NOWHEREは、その時代の象徴だった。NIGO氏と高橋盾氏が開いたその店は、A BATHING APEとUNDERCOVERの出発点として記憶される。GQは2009年、NOWHERE閉店時の記事で、同店を「東京のロカビリー、ゴス、パンク、ヒップホップ、スニーカーヘッズ」にとっての節目であり、日本文化と結びついたストリートスタイルの流れをほとんど始めた場所として描いた。
NOWHEREは商品を並べる場所である前に、趣味を並べる場所だった。何を好きか。何を並べるか。何を再発見するか。何を少数だけ作るか。何を雑誌で語るか。ここで育った手つきは、のちの世界的なストリートウェアの基本文法になった。ドロップ、コラボレーション、アーカイブ、再発、店舗体験、コミュニティ。いま業界が当たり前のように使う言葉は、90年代の裏原宿で先に実践されていた。
LAST ORGY 2:雑誌、店、Tシャツが同じ回路だった時代
NIGO氏と高橋氏の関係を理解するうえで、「LAST ORGY 2」は避けて通れない。HUMAN MADEが2022年に発表したHUMAN MADE x UNDERCOVER「LAST ORGY 2」コレクションの説明によれば、LAST ORGY 2は、UNDERCOVERの高橋盾氏とHUMAN MADEのNIGO氏が1990年代初頭に『宝島』誌で企画・編集していた連載名だった。さらに、1993年に原宿で開いたNOWHEREで不定期に展開されたオリジナルブランド名でもあった。
この説明は重要だ。裏原宿の初期衝動は、服だけではなかった。雑誌の誌面、写真、ロゴ、言葉、店頭、友人関係、夜の空気が一体だった。Tシャツは記事であり、記事は商品であり、店は雑誌であり、雑誌は店だった。その混ざり方こそが、裏原宿の発明だった。
2022年のLAST ORGY 2復活は、懐古ではなく、アーカイブの再起動だった。だが2026年の買収構想は、さらに踏み込む。コラボレーションではなく、企業構造そのものが再び交差する。これは、思い出の再販売ではなく、文化の継承方法をめぐる実験である。
NIGO氏の第2章:BAPEからHUMAN MADEへ
NIGO氏の名を世界へ押し上げたのはA BATHING APEだった。猿のアイコン、カモフラージュ、限定販売、ヒップホップ、スニーカー、東京発の希少性。BAPEは、日本のストリートウェアが世界の若者文化と接続できることを証明したブランドだった。
一方、2010年に始まったHUMAN MADEは、より静かで、よりアーカイブ的で、より成熟したNIGO氏のプロジェクトである。古いワークウェア、アメリカンヴィンテージ、グラフィック、クラフト、飲食、空間、店舗体験。HUMAN MADEは、単に服を作るというより、生活文化そのものを編集している。
同社は「CULTIVATE CULTURE」を掲げる。漫画、アニメ、ゲームに続く、日本を代表するクリエイティブ産業を育てるという趣旨である。これは大きな言葉だが、HUMAN MADEの近年の動きは、その言葉を企業戦略に変えようとしている。2025年10月、同社は東京証券取引所グロース市場への上場承認を発表し、2025年11月27日に上場した。ストリートウェアは、ついに東京の資本市場に正式な住所を持った。
上場後のHUMAN MADEは、ブランド企業であると同時に、カルチャー企業として見られる。HUMAN MADE、CURRY UP、商品開発、空間設計、コラボレーション、ブランディング支援。NIGO氏はもはや服だけを作っているのではない。文化が移動するための容器を作っている。
高橋盾氏とUNDERCOVER:服ではなく「ノイズ」を作る
UNDERCOVERは、HUMAN MADEとは異なる温度を持つ。より暗く、より詩的で、より危うい。高橋盾氏は群馬県桐生市出身。文化服装学院を1991年に卒業し、卒業前の1990年にUNDERCOVERを始めた。1994年には東京で1994-95年秋冬コレクションを発表し、2002年以降はパリ・ファッションウィークで継続的に発表してきた。
UNDERCOVERの魅力は、ストリートとモードを単純に混ぜたことではない。パンク、音楽、映画、アート、ぬいぐるみ、ホラー、ユーモア、宗教的な気配、都会の不安。高橋氏はそれらを、服という形に閉じ込める。代表的な姿勢として語られる「We make noise, not clothes」は、ブランドが衣服の前に感情や違和感を作ってきたことをよく示している。
だからこそ、今回の買収には期待と同時に緊張もある。UNDERCOVERの価値は、独立性、反骨、孤独、毒にある。上場企業グループに入ることで、その毒は守られるのか。それとも、きれいに薄められてしまうのか。ここが最大の論点である。
日本にもファッション・グループが必要なのか
欧州にはLVMH、Kering、OTB Groupのように、複数のブランドを束ねる巨大ファッショングループがある。日本のファッションは長く、強烈な個人の美学と独立ブランドによって世界的評価を得てきた。COMME des GARÇONS、Yohji Yamamoto、Issey Miyake、UNDERCOVER。日本の強さは、巨大資本よりも、個人の思想にあった。
しかし、2020年代のファッションは、創造性だけで続けるにはあまりにも重い産業になっている。物流、海外店舗、デジタル販売、アーカイブ管理、商標、ライセンス、協業、素材開発、資金調達、採用、後継者問題。ブランドを次世代へ運ぶには、服を作る力だけでなく、文化を守る組織力が必要になる。
HUMAN MADEによるUNDERCOVERの完全子会社化が実現すれば、それは日本版ラグジュアリー・コングロマリットの単純な誕生ではない。むしろ、裏原宿的な友人関係、編集感覚、アーカイブ価値、コラボレーションの勘を、企業構造の中に保存する試みになる。
タイムライン:裏通りから上場企業へ
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1990 | 高橋盾氏がUNDERCOVERをスタート。 |
| 1991 | 高橋氏が文化服装学院を卒業。 |
| 1993 | NIGO氏と高橋氏が原宿にNOWHEREを開く。 |
| 1994 | UNDERCOVERが東京で1994-95年秋冬コレクションを発表。 |
| 2002 | UNDERCOVERがパリ・ファッションウィークでの発表を開始。 |
| 2010 | NIGO氏がHUMAN MADEを始動。 |
| 2022 | HUMAN MADE x UNDERCOVER「LAST ORGY 2」コレクションが登場。 |
| 2025 | HUMAN MADE Inc.が東証グロース市場に上場。 |
| 2026 | HUMAN MADEがUNDERCOVER全株式取得へ向けた基本合意を締結。 |
リスク:拡大がカルチャーを殺すこともある
この買収構想が危険なのは、成功しても失敗し得るからだ。売上が伸び、海外店舗が増え、コラボレーションが増えたとしても、UNDERCOVERの奇妙さが消えれば、文化的には失敗になる。反対に、UNDERCOVERの孤高性を守りすぎて、HUMAN MADEの事業基盤と接続できなければ、企業買収としての意味は薄れる。
鍵は、「拡大」ではなく「翻訳」だ。UNDERCOVERの毒を、世界の市場に翻訳する。HUMAN MADEの組織力を、UNDERCOVERの詩性を損なわない形で翻訳する。NIGO氏の編集力と高橋氏の反骨が、互いを薄めるのではなく、互いを濃くする必要がある。
Japan.co.jpの見方
このニュースは、ファッションの買収ニュースであると同時に、日本の文化産業のニュースである。日本はアニメ、漫画、ゲームで世界的な文化輸出を築いた。しかし、ファッションでは、強い個人ブランドは多い一方で、それらを世代を超えて守り、成長させる企業構造はまだ少ない。
HUMAN MADEとUNDERCOVERの組み合わせは、その空白に対するひとつの答えになり得る。裏原宿は、かつて小さかったから強かった。だが、文化は小さいままでは消えることもある。保存し、編集し、次世代へ渡す仕組みが必要になる。
NOWHEREは「どこにもない場所」だった。だが、そこから生まれた文化は、いま東京証券取引所、パリのランウェイ、世界のストリートへ伸びている。2026年の買収構想は、その線がこれからどこへ向かうのかを問うている。
読者のための要点
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 何が起きたか | HUMAN MADE Inc.がUNDERCOVER CO., LTD.の全株式取得に向けて基本合意した。 |
| 現状 | 合意は非拘束。正式契約は2026年9月、株式譲渡は2027年2月を予定。 |
| 文化的意味 | NOWHEREを共有するNIGO氏と高橋盾氏の歴史が、企業構造として再び交差する。 |
| ビジネス的意味 | 上場企業HUMAN MADEが、日本発ファッションブランド群を束ねる新しいモデルを作る可能性がある。 |
| 最大のリスク | UNDERCOVERの反骨と毒を、拡大の過程で薄めてしまうこと。 |
Sources and references
この記事は、HUMAN MADE / UNDERCOVER関連の公式発表、Rakuten Fashion Week TOKYOのブランド情報、Hypebeast、Vogue、GQ、Business of Fashionなどの報道・アーカイブを参考にしました。
- Hypebeast: HUMAN MADE Is Acquiring UNDERCOVER, June 15, 2026.
- Vogue: Japanese Street Culture Visionaries Unite, June 2026.
- HUMAN MADE Inc.: HUMAN MADE x UNDERCOVER “LAST ORGY 2” Collection, February 1, 2022.
- Rakuten Fashion Week TOKYO: UNDERCOVER brand and Jun Takahashi profile.
- GQ: A temporary home for NOWHERE men, June 2, 2009.
- Business of Fashion: Human Made’s share price jumps in IPO, November 27, 2025.