夜の樹林に、短く鋭い声が走る。北海道大学の発表はそれを「ぴりりりり」と表した。発するのは、全長約20センチ、体重約90グラムのダイトウコノハズクのオス。声が出るのは交尾中である。ところが、聞いているのは目の前の相手だけではなかったらしい。

北海道大学大学院理学研究院の髙木昌興(たかぎ・まさおき)教授、同大学大学院理学院博士後期課程の金杉尚紀氏、同大学大学院理学研究院の澤田明助教らは、沖縄県南大東島のダイトウコノハズクを録音し、つがいに音声を再生する野外実験を行った。交尾声を含む音声には、交尾声を含まない音声より多く鳴き返し、反応はオスとメスの双方に現れた。

論文の表題は「Ryukyu Scops Owl exhibits strong vocal responses to copulation calls produced by non-partner individuals.」。日本語では「リュウキュウコノハズクは非つがい個体の交尾声に強い反応を示す」。8月22日付で動物行動学の国際誌『Animal Behaviour』にオンライン掲載された。

2段階2022年の終夜録音で自然な発声時期を調べ、2023年に再生実験。
2.58回/夜産卵前に確認された一晩当たりの平均交尾声。研究チームの集計。
54日前少なくとも産卵の54日前から交尾声が記録された。
雌雄とも反応異性だけを誘引する仮説では説明しにくい結果。
用語を正確に:研究対象は一般的な「求愛声」ではなく、オスが交尾中に発する「交尾声」である。通常のなわばり・異性誘引に使う「広告声」とも区別して検証した。「聞き分けた」とは再生条件によって鳴き返し回数を変えたという行動上の識別を指し、人間のように意味を理解したと証明したわけではない。

まず、いつ鳴くのかを一晩ずつ確かめた

機能を問う前に、研究チームは交尾声の自然史を調べた。2002年から継続調査されている南大東島の個体群で、2022年2月から6月、繁殖に使われる巣箱の下にレコーダーを置き、夜通し録音した。産卵前、産卵中、抱卵中、育雛中という四つの繁殖段階を比較した。

交尾声が確認されたのは産卵前だけだった。ほかの三段階では一度も記録されなかった。産卵前には一晩平均2.58回。少なくとも産卵54日前から発せられていたことから、研究チームは一度の繁殖で100回を超える交尾が行われると推定した。

ここで重要なのは、2.58回が交尾の生涯頻度でも、全個体に共通する固定値でもないことだ。巣箱付近で録音できた交尾声の平均であり、「100回以上」は観察期間からの推定である。それでも、声が産卵直前の一回限りの付随現象ではなく、長い産卵前期に繰り返される行動であることは見えてきた。

鳥の発声にはエネルギーを使い、居場所を捕食者や競争相手に知らせるコストがある。まして交尾中は無防備になり得る。それでも数週間にわたり目立つ声を出すなら、単なる偶発音ではなく、何らかの情報を伝える機能があるのではないか。録音調査は、その問いを実験へ移す土台になった。

「声あり」と「声なし」を、同じ繁殖段階で比べる

次に研究チームは2023年3月、産卵前のつがいを対象に野外再生実験を行った。交尾声を含む音声と、含まない音声を聞かせ、各条件で何回鳴き返すかを録音した。リュウキュウコノハズクは、通常、他個体の声を聞くと「こっぽろ」と表記される広告声で応答する。広告声は、オスがなわばりを主張したり、メスを引きつけたりする声で、小鳥の「さえずり」に相当する。

交尾声を含む音声の後は、含まない音声の後より鳴き返し回数が多かった。つまり、音声列の中に交尾声が入ったことを手掛かりに、行動を変えた。さらに鳴き返し反応に雌雄差がなく、オスもメスも同じ方向の反応を示した。論文表題にある通り、再生したのは自分の相手ではない個体の交尾声である。

もう一つの手掛かりは、実験中に現れた。つがいのなわばり内に他個体がいる状況を音で作ると、通常より交尾声そのものを出す頻度が高くなった。交尾声は交尾の結果として出るだけでなく、競争相手の存在に応じて増える可能性がある。ここから研究チームは「なわばり主張」という機能を提案した。

交尾声は、二羽の行動に付随するだけではない。第三者が聞き、第三者が返し、発する側も侵入の気配に応じて増やす社会的な信号かもしれない。

三つの仮説を、雌雄の反応でふるいにかける

交尾中の発声は哺乳類や鳥類の多くで知られるが、なぜ声を出すのかについては複数の説明がある。北海道大学の資料は、主に三つの仮説を並べている。決め手になるのが、誰の声に誰が反応するかだ。

仮説予想される反応今回の結果との関係
新たな異性を引きつける主に異性の交尾声へ強く反応するはず。雌雄差がなかったため、これだけを主機能とする説明とは合いにくい。
なわばりを主張する性別を問わず非つがい個体の声に反応し、侵入状況で信号が増え得る。雌雄とも鳴き返しが増え、侵入を模した状況で交尾声が増えたため整合的。
つがいの絆を深めるそれだけが機能なら、非つがい個体の交尾声には強く反応しないはず。非つがい個体の声に反応したため、単独の説明としては不十分。

この表は「異性誘引」や「つがいの絆」を完全に否定するものではない。一つの発声が複数の機能を持つことはあり得る。今回の結果が支持するのは、少なくともなわばり情報を伝える機能が加わっているという解釈である。

研究チームは、交尾声が他個体の侵入を抑え、つがいのなわばりを守り、オスにとっては他個体との交尾による父性の不確実性を減らす可能性を挙げた。ただし、再生実験が測ったのは鳴き返しである。実際の侵入回数、交尾相手の行動、遺伝的父性、繁殖成功は今回の発表資料では測定結果として示されていない。「父性を守る」は、結果から導かれた次の検証課題だ。

「認識」と「意味の理解」を分ける

動物行動学で「認識した」と表現するとき、通常は刺激を識別し、条件に応じて行動を変えたことを指す。フクロウが交尾声を含む音声に多く鳴き返したなら、少なくともその音響的な違いを使っている。そこから、声が何者によって発せられたか、つがいがどこにいるか、侵入意図があるかまで読み取っているとはまだ言えない。

同様に、鳴き返しが「怒り」や「嫉妬」を意味すると人間の感情語で置き換えるのも早い。広告声にはなわばり主張と異性誘引の両面があり、応答回数だけでは接近、回避、攻撃準備などの動機を一つに決められない。研究の価値は、感情を物語化したことではなく、音声条件と雌雄を分け、反応を数えたことにある。

北海道大学は、交尾声に対する鳥類の反応の雌雄差を検証した初めての研究だとしている。これは研究チームと大学による文献上の位置づけであり、Japan.co.jpが全鳥類研究を独自に網羅して認定したものではない。それでも、鳥類の音声研究が「さえずり」に偏り、それ以外の声の機能が十分に分かっていないという問題設定は重要だ。

なぜ南大東島なのか

南大東島は沖縄本島の東約360キロにある隆起環礁の島で、周囲を断崖に囲まれる。人の定住は1900(明治33)年、玉置半右衛門に率いられた八丈島からの開拓団の上陸で始まった。サトウキビ栽培と製糖が島の産業を形づくる一方、開墾は森林を大きく変えた。

ダイトウコノハズク(Otus elegans interpositus Kuroda, 1923)は、リュウキュウコノハズクの固有亜種として1923年に命名された。環境省の最新評価では、現在確実に生息するのは南大東島だけ。かつての北大東島個体群は、近年の記録がなく絶滅したと推定されている。

島では「幕(はぐ)」と呼ばれる帯状の樹林、防風林、神社林などに、一夫一妻のつがいが年間を通じてなわばりを構える。畑と林が細かく接する環境は、個体の声を録り、つがいと繁殖段階を追う研究に向く。巣箱、足環、継続観察が重なることで、夜行性の小型フクロウにも個体史が生まれる。

ただし「自然の実験室」という言葉で、島の脆弱さを美化してはならない。開墾、圃場整備、台風、外来捕食者がつくった条件でもある。研究しやすいほど隔離された個体群は、外から補充されにくく、ひとたび減少すれば戻りにくい。

2002年から積み上がった「誰が、いつ、どこで」

今回の実験は単独の一夜から生まれたものではない。南大東島では2002年から標識調査と繁殖調査が継続されている。2021年に発表された個体群動態研究は、2012~2018年の903個体の標識再捕獲履歴と、延べ2526個体のカウントデータを解析した。期間平均の推定個体数は約570個体、年間の個体群成長率は0.98で、緩やかな減少傾向が示された。

同じ長期個体群から、配偶者選択と免疫に関わるMHC遺伝子、雌雄の体サイズ、親の役割分担、島ごとの鳴き声、羽色、ヒナの血縁認識など、多面的な研究が生まれてきた。2026年6月には、琉球列島の南北系統と島ごとの羽色差を画像解析で報告。7月には南大東島のヒナがオスの声だけでは血縁を区別しなかったとする再生実験が公表された。

8月の交尾声研究が加えるのは、音声の「種類」と受け手の「性別」である。個体識別と繁殖履歴があるからこそ、産卵前のつがいを選び、非つがい個体の声を使い、自然な発声時期と実験反応を結びつけられる。長期研究の価値は、年数そのものより、次の問いを立てられる解像度にある。

1900年 南大東島で人の定住と本格的な開拓が始まる。

1923年 亜種ダイトウコノハズクが学術的に記載される。

2002年 南大東島で継続的な標識・繁殖調査が始まる。

2012~18年 標識再捕獲とカウントを用いた詳細な個体群動態データを蓄積。

2026年3月 環境省第5次レッドリストで絶滅危惧ⅠA類(CR)と評価。

2026年8月 交尾声への雌雄の反応を調べた論文がオンライン公開。

声の発見は、保全の道具にもなるか

環境省第5次レッドリストは、ダイトウコノハズクを絶滅危惧ⅠA類(CR)と評価した。旧第4次リストの絶滅危惧Ⅱ類(VU)から、危険度の高い区分へ移った。出現範囲は100平方キロ未満、生息地面積は10平方キロ未満と推定され、確実な生息地点は一つ。圃場整備に伴う樹林伐採、台風による営巣木の倒壊、ネコやイタチの捕食、交通事故、農薬、人工構造物への衝突などが脅威に挙げられている。

営巣環境には皮肉な歴史がある。在来のダイトウビロウが減るなか、移入樹種モクマオウの樹洞が巣を提供してきた。ところが植栽から約80年が過ぎたモクマオウは樹勢が衰え、台風で倒れやすい。環境省は、成熟したダイトウビロウ林が戻るまでモクマオウが橋渡し役を担ってきたと説明する。単純に外来樹を除けばよい問題ではない。

交尾声の識別が直ちに保全策になるわけではない。しかし、どの繁殖段階で、どの声が、どの性から返るかが分かれば、受動的音響モニタリングの設計を改善できる可能性がある。産卵前だけに出る声なら、繁殖開始の指標になり得る。一方、交尾声を再生して個体を誘引・刺激する調査は、希少亜種の行動を変えるため、必要性と負担を慎重に評価しなければならない。

次に確かめるべきは「返事」の先

今回の研究は、交尾声が無視されないことを示した。次の問いは、応答した個体がどう動くかである。再生音へ近づくのか、なわばり境界へ向かうのか、相手との距離を縮めるのか。音響記録に位置情報や行動観察を重ねれば、「鳴き返し」が防衛、監視、接近のどれに結びつくかを絞り込める。

さらに、交尾声を多く出すつがいほど侵入を受けにくいか、遺伝的父性が守られるか、繁殖成功が高いかを調べる必要がある。島外のリュウキュウコノハズク個体群や他のフクロウ類で同じ反応が起きるかも未確認だ。南大東島の固有亜種で得た結果を、鳥類全体の普遍則に広げるには比較研究が要る。

それでも、夜の「ぴりりりり」が二羽だけの出来事ではなかったという発見は、鳥の声の研究を一段広げる。交尾という最も近い距離で生まれた音が、なわばりの端にいる第三者へ届き、返事を引き出す。小さな島の樹林で交わされる声には、相手、競争相手、場所、繁殖段階が重なっている。

科学が明らかにしたのは、声の辞書の一項ではない。音を聞いた個体が行動を変えるという関係である。その関係を、22年以上にわたって誰がどの場所で繁殖したかという記録へ戻して読むと、交尾声は生殖の副音から、島の社会空間を形づくる候補信号へ変わる。

この研究が示したこと/まだ示していないこと
  • 示した:交尾声を含む音声に、含まない音声より多く鳴き返した。
  • 示した:反応はオスとメスの両方に現れ、明瞭な雌雄差はなかった。
  • 示した:交尾声は産卵前に限って記録され、侵入を模した状況で増えた。
  • まだ示していない:声が実際に侵入を減らすこと、父性や繁殖成功を高めること。
  • まだ示していない:他の島の個体群、他のフクロウ、鳥類全体でも同じ機能を持つこと。
調査・出典

編集注:「交尾声」「広告声」「なわばり」「亜種ダイトウコノハズク」は北海道大学および環境省の日本語表記に従った。論文著者は金杉尚紀、澤田明、中村晴歌、佐々木瑠太、細江隼平、髙木昌興の各氏。大学発表の「初めて」は研究チームの文献評価として帰属させた。2.58回、54日前、100回以上は研究チームの集計・推定であり、独立した再解析ではない。再生実験の標本数、効果量、信頼区間などは大学の4ページ資料には記載されていないため、本稿は数値を補っていない。画像は編集用イラストで、研究資料ではない。為替レートの原時刻「2026年8月24日午後7時47分(UTC)」は、日本時間の8月25日午前4時47分に換算した。参考レートは本記事の科学データには使用していない。