2011年11月、宮城県七ヶ浜町では、調査員が一軒ずつ住民を訪ね、質問票を手渡した。津波から8カ月。家を失った人は仮設住宅に入り、町外へ移った人もいた。道路や水道が戻り、がれきが片づけられていく一方で、眠れない夜、突然よみがえる光景、海辺を避ける感覚は、外からは見えにくかった。
その質問票は一度で終わらなかった。東北大学と七ヶ浜町の「七ヶ浜健康増進プロジェクト」は、同じ地域を2011年から2025年まで追い続けた。15年後、回答の積み重ねが示したのは、震災直後の一枚の心理検査よりも、その後1年間に症状がどちらへ動いたかが、長期の心的外傷後ストレス反応(PTSR)と強く結びついていたという事実である。
分析対象となった1,291人のうち、190人、14.7%が15年時点でも臨床的に意味のある水準のPTSRを示した。最初の2回の調査で症状が高く、さらに悪化した人は、初期症状が持続しなかった人に比べ、15年後も症状が続く調整後オッズが5.31倍だった。だが、この数字は「最初の一年で人生が決まる」という宣告ではない。むしろ、一度のスクリーニングで安心してはいけない人を、時間の変化から見つけられるという、支援側への警告である。
研究が問うたのは「どれほど辛いか」だけではない
研究は2026年8月14日、医学誌『JAMA Network Open』に掲載された。対象は、2011年3月11日の東日本大震災で住宅が大規模半壊以上と公的に認定された七ヶ浜町の20歳以上の住民。最初の回答者2,560人のうち、11回の調査波の少なくとも5回に回答した1,291人を軌跡分析に含めた。平均年齢は53.9歳、女性は53.1%だった。
IES-Rは、辛い記憶が意思に反して浮かぶ「侵入」、思い出させる場所や会話を避ける「回避」、不眠や過度の警戒が続く「過覚醒」などを0〜88点で測る。研究の工夫は、最初の点数を将来予測の中心に置かなかったことだ。2011年と2012年の二つの点を結び、その線が上向いたか、下向いたかを見た。
| 初期パターン | 人数 | 15年時点で基準以上 | 調整後オッズ比 |
|---|---|---|---|
| 非持続群 最初の2回のどちらかで25点未満 | 1,006人(77.9%) | 89人(8.8%) | 1.00(基準) |
| 高値・改善群 2回とも25点以上だが、2回目は横ばいまたは低下 | 110人(8.5%) | 29人(26.4%) | 2.59(95%信頼区間 1.53–4.40) |
| 高値・悪化群 2回とも25点以上で、2回目に上昇 | 175人(13.6%) | 72人(41.1%) | 5.31(95%信頼区間 3.85–7.32) |
オッズ比5.31は、確率が5.31倍という意味ではない。実際の割合は、高値・悪化群で41.1%、非持続群で8.8%だった。前者にも15年時点で基準を下回った人が多数おり、後者にも長期症状を持つ人がいた。統計は個人の運命を言い当てるものではなく、支援資源を厚く置くべき集団を示す。
七つの浜に、津波は三方から来た
七ヶ浜は、仙台中心部から東へ約20キロ、松島湾の南西へ突き出た13.18平方キロメートルの半島である。湊浜、松ヶ浜、菖蒲田浜、花渕浜、吉田浜、代ヶ崎浜、東宮浜という七つの集落をまとめ、1889年に七ヶ浜村が生まれた。三方を海に囲まれ、縄文時代の大木囲貝塚から近代の海水浴場まで、海が暮らしと記憶をつくってきた。
2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0の地震が東日本を揺らした。七ヶ浜の平均震度は5強。巨大津波は町の低地へ入り、町の公式防災計画によれば、死者・行方不明者は113人、最大避難者は6,143人に達した。674世帯が全壊、237世帯が大規模半壊、413世帯が半壊した。上水道、電力、電話は全域で止まった。
研究対象の条件が「大規模半壊以上」だったのは、抽象的な災害暴露を集めたのではなく、住居を大きく失ったコミュニティの回復を見たことを意味する。分析対象では56.5%が死にそうになった経験を報告し、51.2%が親しい人の死亡または行方不明を経験していた。40.5%は3回以上転居している。津波が引いた後も、住所、近所、通院、仕事、家族の役割が何度も組み替えられた。
災害は地震が止まった日に終わらない。仮設住宅へ移る日、仕事を失う日、家を再建する日、海へ戻る日にも、別の形で続く。
「来なかった人」を心配したことから始まった
七ヶ浜健康増進プロジェクトの始まりは、研究室の計画書より先に現場にあった。東北大学の精神科医、富田博秋教授は震災直後、仙台市の精神保健救護班に加わり、3月22日から七ヶ浜で活動した。町の医師や保健師と避難所と家庭を回り、薬を失った精神科患者の治療再開を助け、急性ストレス反応を抱えた人に対応した。
6月半ばから仮設住宅への入居が進むと、集会所で気持ちを話す「お茶会」が始まった。そこで支援者が気にしたのは、参加者だけではない。お茶会に来ない人、仮設住宅ではなく親族宅や町外へ移った人の状態が分からなかった。見える場所で待つだけでは、最も孤立した人を見落とすかもしれない。その問いが全戸訪問型の健康調査につながった。
2011年11月の初回調査には、家を失った住民のおよそ70%が応じた。町外転居者にも調査員が訪ねた。集計して終わりではない。うつやPTSRのリスクが高い回答者を訪問し、社会的支援や治療へつなぎ、結果を町の広報とお茶会で住民へ返した。調査と支援を一つの循環にした点が、この15年を単なるデータ保存ではなく、地域保健の歴史にした。
2011年3月11日 東日本大震災と津波。七ヶ浜で113人が死亡・行方不明。
3月22日 富田教授らが七ヶ浜で精神保健支援を開始。
6月以降 仮設住宅の集会所で「お茶会」。参加しない人、町外転居者への懸念が強まる。
11月 七ヶ浜健康増進プロジェクトの第1回訪問調査。
2012年 第2回調査。症状の上昇・低下が長期軌跡の重要な分岐として後に浮かぶ。
2013〜20年 年次追跡と訪問支援を継続。
2021〜24年 反復評価がなく、COVID-19など中間ストレスの影響は直接検証できず。
2025年 15年追跡の最終評価。
2026年8月14日 JAMA Network Openが研究を掲載。
五つの道筋――「強い人」と「弱い人」ではない
研究チームは11回の回答を統計的にまとめ、PTSRが時間とともにたどった五つの軌跡を抽出した。38.8%は一貫して低い「抵抗性」、18.4%は診断閾値未満だが症状が残る「閾値下」、21.1%は高い初期症状が一部下がったものの持続する「中等度持続」、17.7%は初期に高く、その後大きく改善した「回復」、4.0%は高い苦痛が慢性的に続く「重度持続」だった。
| 15年の軌跡 | 割合 | 読み方 |
|---|---|---|
| 抵抗性 | 38.8% | 低い症状で推移。災害の影響がなかったという意味ではない |
| 閾値下 | 18.4% | 診断的な基準未満でも、生活上の苦痛や支援ニーズはあり得る |
| 中等度持続 | 21.1% | 初期は高く一部改善したが、長期に症状が残る |
| 回復 | 17.7% | 初期の強い反応から大きく改善。高い初期点だけでは将来を決められない証拠 |
| 重度持続 | 4.0% | 高い症状が長期化し、継続的な専門支援の必要性を示す |
「抵抗性」という統計名を、人格の強さと読み替えてはいけない。回復群を「努力した人」、持続群を「弱い人」と分けることもできない。津波への接近、死別、住宅不安、転居、睡眠、孤立、年齢、健康、利用できた支援が重なって軌跡をつくる。研究が見つけたのは人間の種類ではなく、似た回答曲線である。
初期の変化を含むモデルのAUCは0.756で、初回の点数だけを使うモデルの0.608を上回った。2回目の点数だけでも0.726だったため、「変化」の追加は役立つが万能な予言器ではない。AUC 0.756は無作為より明確に優れる一方、個人を誤りなく分類する水準でもない。支援の入口を広げる道具として読み、給付や保険、雇用から人を排除する判定にしてはならない。
なぜ二年目が危ういのか
研究は原因を直接確定していない。それでも、最初から二回目の調査にかけて症状悪化が最も頻繁だったという所見は、復興の時間差を映す。急性期には避難、救助、食料、薬、葬儀が生活を支配する。数カ月後、外部支援が減り、仮設住宅での生活が長期化し、仕事や家の見通しの差が現れる。周囲が「前へ進む」ほど、自分だけが止まっているという感覚が強まる人もいる。
初回の睡眠障害は、15年後の症状持続と調整後オッズ比3.24で関連した。70歳以上も20〜49歳に比べ3.45だった。社会的孤立は1.46。これらも因果を証明する数字ではないが、睡眠は治療可能であり、孤立は訪問、居場所、交通、生活支援によって変え得る。将来予測のために人をラベル化するより、いま介入できる困難を見つける価値がある。
- 複数回:急性期だけでなく、6カ月、1年、2年、その後も節目で確認する。
- 変化を見る:点数の高低だけでなく、悪化、改善、再燃、回答途絶を追う。
- 生活と結ぶ:睡眠、住居、死別、慢性疾患、雇用、介護、転居、孤立を同時に聞く。
- 来ない人へ:会場型相談だけでなく、訪問、電話、オンライン、かかりつけ医を使う。
- 支援へ渡す:調査結果を診療、保健師、福祉、住宅、就労支援へ同意のもとで接続する。
- 終わりを設計:特設の心のケア事業が縮小する前に、地域医療へ長期フォローを引き継ぐ。
阪神・淡路から「こころのケア」が制度になった
日本の災害精神保健は、1995年の阪神・淡路大震災で大きく転換した。被災者の長期支援が必要だと分かり、発災5カ月後にトラウマ・ストレスを扱う拠点が設けられた。その経験は2004年の新潟県中越地震後の長期ケアセンターへつながり、2011年には宮城、岩手、福島に「心のケアセンター」が開設された。みやぎ心のケアセンターは2011年12月に発足した。
ただし、「こころのケア」という看板を掲げれば人が来るとは限らない。精神科への偏見、相談したことを近所に知られる不安、自分より大変な人がいるという遠慮、日々の手続きや仕事の優先がある。七ヶ浜の方法が示すのは、心だけを別室へ呼ぶのではなく、健康診査、家庭訪問、お茶会、町広報、生活支援の中に相談の入口を埋め込む実務である。
世界保健機関も、災害時の支援を、地域の自助と正確な情報、心理的応急処置、一般医療と福祉、専門治療を重ねる仕組みとして示す。多くのストレス反応は人間として自然で、全員を患者化することは適切でない。その一方、長く生活を妨げる苦痛には、訓練を受けた支援者と専門家が届かなければならない。
15年研究が残した限界と倫理
長期追跡は、その長さゆえに欠測を抱える。分析対象は初回回答者の50.4%で、完全なデータがそろった感度分析の対象は612人だった。残った集団では、初期に社会的孤立を報告した人が少なかった。研究チームは多重代入と逆確率重み付けを使い、結果が大きく変わらないことを確認したが、最も孤立した人が追跡から消えやすい問題は完全には消せない。
症状は自己記入式で、臨床面接によるPTSD診断ではない。15年間に受けた精神科治療は系統的に収集されていない。転居歴は回想に基づく。2021〜24年は反復測定がなく、COVID-19、加齢、病気、死別、別の災害が軌跡へ与えた影響を直接分けられない。そして一つの町、住宅被害が大きかった成人の結果を、子ども、原発事故による長期避難者、他国の紛争・災害へそのまま一般化できない。
もう一つは倫理である。早期悪化が長期リスクを示すなら、スクリーニングには支援の約束が伴う。高リスクと伝えながら紹介先がない、住宅と収入の問題を心理療法だけで処理する、研究データを本人の不利益に使う――それでは観察が新たな傷になる。繰り返し尋ねるなら、繰り返し応える制度が必要だ。
15年という時間は、災害を遠い過去にするためだけに流れたのではない。七ヶ浜では、海岸、住宅、道路が再建され、住所が変わり、子どもが大人になり、支援者も年を取った。その間、同じ人へ質問票を届け続けたことで、見えない復興にも複数の速度があると分かった。
最初の調査で低かった人が後に苦しくなることもある。最初に高かった人が回復することもある。最も重要なのは、悪化を「まだ立ち直れない」と責めるのではなく、支援を厚くする合図として受け取ることだ。災害後の心のケアは、傷を一度測る技術ではない。変化する人を、社会が見失わないための長い関係である。
研究概要
| 論文 | Posttraumatic Stress Dynamics and 15-Year Persistence in Great East Japan Earthquake Survivors |
|---|---|
| 掲載 | JAMA Network Open、2026年8月14日。doi:10.1001/jamanetworkopen.2026.29441 |
| 研究 | 2011〜2025年の前向き縦断コホート。七ヶ浜健康増進プロジェクト |
| 対象 | 七ヶ浜町で住宅が大規模半壊以上と認定された20歳以上。分析1,291人 |
| 測定 | IES-R(0〜88点)。25点以上を臨床的に意味のあるPTSRと定義 |
| 主結果 | 15年時点14.7%。初期の高値・悪化群は非持続群に対し調整後オッズ比5.31 |
| 重要な関連 | 初期の睡眠障害、社会的孤立、高齢、複数回の転居など |
| 主な限界 | 観察研究、50.4%の追跡分析、自己記入尺度、治療歴未収集、2021〜24年の反復測定なし、単一自治体 |
- Li Xほか「Posttraumatic Stress Dynamics and 15-Year Persistence in Great East Japan Earthquake Survivors」JAMA Network Open
- 東北大学「東日本大震災被災者の15年追跡調査により、心的外傷後ストレス反応の実態を解明」
- 東北メディカル・メガバンク機構 英文研究発表
- 東北メディカル・メガバンク機構「Post 3/11: Interview with Dr. Tomita」
- 東北大学災害科学国際研究所・富田博秋教授 研究活動
- 東北メディカル・メガバンク「東日本大震災に関連した研究成果」
- 七ヶ浜町「地域防災計画・総則編」(PDF)
- 七ヶ浜町「町の概要」
- 七ヶ浜町「七ヶ浜町の歴史・文化」
- WHO「Historical developments in Health EDRM policy and research」(PDF)
- 宮城県「心のケア対策」
- WHO「Mental health in emergencies」
編集注:割合は論文の多重代入を用いた主解析または記載値に基づく。オッズ比をリスク比として表現していない。PTSRとPTSDを区別し、因果関係を示さない観察研究として記述した。被災者を一様な集団として扱わず、研究で抽出した軌跡は統計上の類型であって人格分類ではない。為替表示は編集部提供値。
