2026年8月20日午後10時4分、日本時間。ニュージーランド北島マヒア半島のRocket Lab Launch Complex 1から、黒いElectronロケットが夜空へ上がった。搭載された主役は1機。福岡のQPS研究所が開発した小型SAR衛星QPS-SAR18号機「スサノオ-Ⅱ」だった。約50分後、衛星は予定軌道へ分離した。そこから地上には見えない時間が始まる。衛星が、応答するかどうか。


分離から約40分後、福岡の管制チームは「スサノオ-Ⅱ」との初交信に成功した。QPS研究所は、衛星の各機器が正常に作動し、健康状態が良いことを確認したと発表した。


打上げは、最初の関門を越えた。しかしこの時点では、まだ「地球を撮る衛星」として完成したわけではない。


次に必要なのは、機体の調整、QPS-SARの核心である大型レーダーアンテナの展開、そして初画像の取得だ。この区別は重要である。ロケットは衛星事業の最も華やかな瞬間を見せる。しかしコンステレーションは、その後の静かな連続作業でつくられる。分離、初交信、電源、姿勢制御、アンテナ展開、較正、初画像、定常運用、そしてデータ提供。


22時04分8月20日、マヒア半島からElectron打上げ
約50分打上げから予定軌道での衛星分離まで
約40分分離から福岡との初交信まで
高度575km・42°Rocket Lab公表の予定軌道高度・軌道傾斜角

数字で誤解しやすい点:「QPS-SAR18号機」は、「現在18機が稼働している」という意味ではない。QPS研究所は、衛星番号を打上げ契約を締結した順番で付けているため、18号機が16・17号機より先に打ち上がる場合があると説明している。また3・4号機は2022年のイプシロン6号機打上げ失敗で軌道投入されなかった。番号は計画上の識別子であり、稼働機数ではない。

衛星自身が「懐中電灯」を持つ


私たちが見慣れた地球観測画像の多くは、太陽光の反射から始まる。軌道上のカメラが、地表から返ってくる可視光や赤外線を記録する。直感的で、美しい画像を得られる。一方で普通の視覚と同じ弱点がある。夜と雲である。


SAR(合成開口レーダー)は違う。衛星自身がマイクロ波を地表へ送り、その反射を測る。自分で照明を持つため、夜でも観測でき、多くの雲や悪天候の影響を受けにくい。レーダー画像の明暗は写真の「明るい・暗い」と同じ意味ではない。表面の粗さ、水分、構造、観測角度などによって電波がどれだけ戻るか――後方散乱の強さとして表れる。


「合成開口」の巧妙さは、実際のアンテナよりはるかに長いアンテナを使ったかのように信号を処理することにある。衛星は軌道上を移動しながら、同じ地上地点から多数の反射を少しずつ異なる位置で記録する。その位相やドップラー情報を精密に組み合わせ、高分解能の画像をつくる。


NASAのSAR史では、核心となる発想は1951年、Goodyearの技術者Carl Wileyが、移動するレーダーからのドップラー周波数を利用すればビームを鋭くできると考えたことにさかのぼる。1957年には初期のSAR画像がつくられ、1978年のNASA Seasat以降、宇宙からのレーダー地球観測は本格的な道具になった。


日本にも長い系譜がある。1992年打上げの地球資源衛星JERS-1「ふよう1号」は、光学センサーとLバンドSARを搭載した。2006年の陸域観測技術衛星ALOS「だいち」はPALSARを載せ、アジア太平洋の災害管理にもデータを提供した。QPSが発明したのは「レーダーで地球を見ること」ではない。変えようとしているのは、その大きさ、コスト、そして観測頻度である。


目標は、単にもっと細かい画像を撮ることではない。全天候型のレーダー画像を十分な頻度で更新し、地球を「過去の記録」ではなく「変化し続けるシステム」として見ることにある。


小型SAR最大の難問は、アンテナだった


SARは強力だが、歴史的には小さくなかった。レーダーには大きな電力、送受信回路、そして有効なマイクロ波を送り受ける大型アンテナが必要になる。従来の宇宙SAR衛星は1トンを大きく超えることも珍しくない。たとえばJERS-1は約1,340kgで、SARアンテナは約12m×2.5mだった。


QPSの答えは、打上げ時にはアンテナを「消す」ことだった。


同社の特許取得済み展開式アンテナは、収納時には直径約80cmに折りたたまれ、軌道上で直径約3.6mまで開く。QPS研究所は、このアンテナ開発で100以上の試作機と数百回の試験を重ねたとしている。3号機以降はリブ数を増やし、鏡面精度とレーダー性能を高めた。


この構造によって、QPS-SARは100kg級の小型衛星でありながら、高分解能XバンドSARを目指せるようになった。QPSによれば、広域を撮るStripmapモードは約1.8m、対象を絞るSpotlightモードは50cm未満。同社は実際の初画像で地上分解能約46cm級を公表している。


QPSは、従来SAR衛星と比べ「質量20分の1、コスト100分の1」と説明する。これは比較対象を一つに固定した物理定数ではなく、同社による事業上の比較である。ただし方向性は明瞭だ。衛星が小さくなり、小型ロケットで専用打上げできれば、「一度打ち上げて長く使う大型衛星」だけではない構築方法が可能になる。


福岡がレーダー衛星をつくる前、九州は「宇宙産業」をつくろうとしていた


「スサノオ-Ⅱ」の物語は、QPS研究所が存在する前から始まっている。


同社は技術の源流を、1995年に始まった九州大学での小型衛星開発へ置く。QPS研究所そのものは2005年6月、福岡で設立された。創業者は九州大学名誉教授の八坂哲雄、桜井晃、そして三菱重工業でロケット開発に携わった舩越国弘。目的は、九州で宇宙を「研究する」ことだけではなかった。九州の地に宇宙産業を根付かせることだった。


3人の創業者はいずれも当時60代だった。QPS自身の20周年史には、蓄積された工学知識、地域企業とのつながり、そして九州に生まれかけた宇宙産業クラスターを絶やしたくないという意思が記されている。社名のQPSは、Q-shu Pioneers of Space――「九州の宇宙の先駆者」をそのまま刻んだものだ。


2013年、創業者・八坂の教え子だった大西俊輔が事業を引き継ぎ、現在の代表取締役社長CEOとなった。会社は、地域の製造企業とともにつくれる小型SAR衛星へ将来を集中させていく。現在QPSは、全国25社以上、特に北部九州に集中するパートナー企業との連携を強みとして挙げる。半径50kmほどの範囲に高い加工・製造技術を持つ企業が集まることは、開発速度に直結するという。


だから場所が重要なのである。「スサノオ-Ⅱ」はニュージーランドから、米国企業のロケットで打ち上げられた。それでも産業の中心線は福岡へ戻ってくる。大学研究、機械加工、電子機器、アンテナ、衛星設計、運用、そして高度575kmから返る信号を待つ管制室。


失敗もコンステレーションの系譜に入っている


成功した打上げが続くと、コンステレーションは最初から予定どおり育ったように見える。QPSはそうではない。


1995年 — 九州大学で小型衛星開発が始まる。

2005年 — 福岡でQPS研究所設立。

2019年 — QPS-SAR1号機「イザナギ」打上げ。アンテナ展開など衛星機能の大部分を確認したが、一部不具合で最終的な画像データ取得には至らず。

2021年 — 2号機「イザナミ」が軌道投入・アンテナ展開・初画像取得に成功。後に70cm級分解能を実証。

2022年 — 3・4号機はイプシロン6号機の打上げ失敗で失われる。

2023年 — 6号機「アマテル-Ⅲ」がコンステレーション時代を前進させ、以後の機体で性能向上。

2024年 — 能登半島地震後の緊急・継続観測でQPS-SAR画像が活用される。

2025年 — 3月の「スサノオ-Ⅰ」以降、Electron専用打上げがコンステレーション構築の中核になる。

2026年8月6日 — 13号機「ミクラ-Ⅰ」Electronで打上げ。翌日アンテナ展開を確認。

2026年8月20日 — 18号機「スサノオ-Ⅱ」打上げ・初交信成功。


初号機の経験は特に重要だ。「イザナギ」は、日本初の100kg台小型SAR衛星だった。軌道へ到達し、地上と交信し、特徴的な大型アンテナの展開にも成功した。QPSは衛星機能の95%を確認できたとしている。しかし一部不具合により、最後の画像化まで到達しなかった。


これは消すべき失敗ではない。2号機「イザナミ」がなぜ意味を持つのかを説明する失敗だ。


2021年1月打上げの「イザナミ」は、初号機の結果を反映して改良された。初交信、アンテナ展開を経て3月に初画像を取得。5月には70cm分解能を達成したとQPSは発表した。そこで初めて、計画は「小型レーダー衛星がほぼ動く」段階から、「商用価値を持つ画像を出せる」段階へ進んだ。


次の教訓は衛星の外から来た。2022年10月、イプシロン6号機が打上げに失敗し、3・4号機は軌道へ届かなかった。コンステレーション事業は、衛星設計のリスクだけでなく、ロケットのリスクも吸収しなければならない。答えは、より多くの衛星、より多くの打上げ機会、そして後のRocket Labとの継続的な関係だった。


能登半島が「全天候」の意味を具体化した


道路が寸断され、雲が地表を隠し、被害状況を早く知る必要がある時、「夜でも悪天候でも観測可能」は仕様書の言葉ではなくなる。


2024年1月の能登半島地震後、QPSは政府機関や報道機関へ高分解能SAR画像を提供した。日本政府広報は、山がちの半島で道路網が大きく損傷し、地上から被害を把握しにくかった状況を紹介している。QPS-SARが地震前後に珠洲市を観測した画像を比較すると、斜面崩壊など地形変化を確認できた。同社はその後も継続観測し、同年9月の豪雨被害でも前後比較に活用した。


ここに再訪時間の意味がある。1機の衛星は、ある場所の記録を残せる。コンステレーションは、「変化」を記録できる。


QPSはインフラ監視、船舶や車両、農業、都市活動、経済分析などへ用途を広げる構想を示している。すべてが同じ成熟度で事業化されているわけではない。それでも災害分野は、全天候レーダーが必要な理由を最も分かりやすく示す。災害は、日の出も晴れ間も待たない。


Rocket Labは「乗り物」から「時刻表」へ近づいている


「スサノオ-Ⅱ」を運んだのは、Electron 93回目のミッション「The Lightning God Defends」。Rocket Labによれば、iQPS向けとして9回目の打上げになる。同社は現在、QPS-SARコンステレーションの主要打上げ事業者になっている。


これは、コンステレーションに必要なのが「一度だけ完璧なロケット」ではないからだ。必要なのは、衛星製造のテンポに合わせ、必要な軌道面へ何度も機体を置く能力である。


Electronは小型ロケットであり、QPSは大型ロケットの相乗りだけでなく、1機のQPS-SARを専用ミッションで打ち上げる契約を重ねてきた。専用打上げは、日程と投入軌道について運用者の自由度を高めやすい。Rocket Labは2026年7月、iQPSとさらに3回の専用打上げ契約を結び、予約されたElectronミッションが合計18回になったと発表した。追加3回は2027年後半以降に予定される。


「スサノオ-Ⅱ」のわずか2週間前、8月6日には13号機「ミクラ-Ⅰ」がElectronで打ち上がった。翌日には展開式アンテナが開いたことをQPSが確認している。同じ月に2機。このテンポこそ、コンステレーションが「未来図」から「物流」へ変わる瞬間だ。


46cmの画像1枚より、24機の時間が重要になる


衛星企業は分解能を競う。QPSの50cm未満Spotlight画像は技術的に強い。しかしコンステレーションの本質的な尺度は「時間」である。


低軌道衛星は常に移動している。ある場所を鮮明に観測しても、次の瞬間には遠ざかる。異なる軌道面に衛星を増やせば、次にその場所を観測できるまでの待ち時間は短くなる。さらに衛星間通信や軌道上処理、地上ネットワークを組み合わせれば、「撮った時刻」と「利用者がデータを受け取る時刻」の差も縮められる。


QPS研究所は現在、2028年5月末までに24機を構築し、2030年までにさらに機数を増やす方針を掲げる。世界のほぼどこでも特定地域を平均約10分間隔で観測できる「準リアルタイムデータ提供サービス」を目指す。以前は12軌道面・36機という構想を強く示していたが、現在は需要増に対応し、独自の傾斜軌道を中心としたより大規模な構成へ拡張する説明になっている。


ここに重要な変化がある。コンステレーションは衛星の「数」だけではない。軌道設計、撮像指示、通信、地上局、画像処理、顧客需要、そして寿命を迎える衛星を補充できる製造能力まで含めたシステムである。


主張証拠が支えることまだ証明しないこと
「スサノオ-Ⅱは成功した」打上げ、予定軌道での分離、初交信、初期テレメトリでの健全性確認まで成功。アンテナ展開、較正、商用画像取得まで完了したこと。
「QPSは18機持っている」衛星の識別番号がQPS-SAR18号機である。18機が現在稼働していること。番号は契約順で、過去には打上げ失敗もある。
「SARは天候を透過する」マイクロ波レーダーは昼夜を問わず、多くの雲・悪天候下で光学衛星より観測しやすい。すべての大気条件、地形、対象物が同じ容易さで解釈できること。
「10分観測は完成した」大規模コンステレーションの設計目標として、選択地域を平均約10分間隔で観測する構想がある。その完全な機数とサービス水準がすでに実現していること。

神話は覚えやすい。工学は容赦しない


QPSは衛星へ日本神話の神々の名を付けている。1・2号機は国生みの「イザナギ」「イザナミ」。その後は「アマテル」「ツクヨミ」などが続く。「スサノオ」は嵐に関わる神であり、雲や雨に左右されにくいSAR衛星には象徴的によく似合う。Rocket Labもこの名をミッション名へ展開し、1号機は“The Lightning God Reigns”、2号機は“The Lightning God Defends”となった。


衛星名には、日本発の技術であること、そして社名のQ-shuに通じる九州・高千穂の神話的な地理も込められているとQPSは説明する。


ただし神話は、初期運用が始まるところで終わる。衛星は名前に反応しない。アンテナは開くか、開かないか。電力は範囲内か。姿勢は安定するか。レーダーの時刻と位置は合うか。反射波を画像へ変換できるか。データは地上へ届くか。


次に見るべきもの


「スサノオ-Ⅱ」に関する次の本当に重要な発表は、もう一枚のロケット写真ではない。直径3.6m級のアンテナが無事に展開したという確認である。その後に「ファーストライト」――衛星が本来の仕事をできることを示す最初のレーダー画像が来る。


そこまで成功すれば、18号機はさらに大きな産業実験へ加わる。九州大学の研究と北部九州のものづくりから育った企業が、SARによる地球観測を「たまに得られる専門画像」から「高頻度で更新される情報サービス」へ変えられるかという実験である。


1995年の九州大学小型衛星開発から数えれば、この実験はすでに30年を超えた。画像化に至らなかった初号機、成功した2号機、日本のロケット失敗で失われた2機、地震後の能登半島を見たレーダー、ニュージーランドから続く専用打上げ、そして深夜の福岡へ返ってきた新しい衛星の短い電波。


劇的だったのは、Electronの下に燃えた炎である。


しかしより大きな意味を持つ瞬間は静かだった。地上局が暗い宇宙へ呼びかけ、小さな機械が答えた。


調査・出典

編集注: 本稿の打上げ時刻は、QPS研究所の日本語公式発表に基づき「2026年8月20日22時04分(日本時間)」とした。同社英語ページ本文には現時点で8月21日22時04分と読める日付表記があるが、日本語発表、打上げウィンドウ告知、PR TIMES掲載時系列と整合しないため、日本語公式発表を優先した。「打上げ成功」は、打上げ、予定軌道での分離、初交信、初期テレメトリによる健全性確認までを指す。引用発表時点ではアンテナ展開と初画像取得は未完了。質量・コスト・分解能・再訪時間に関する数値の一部はQPS研究所の公表値または計画目標として記載した。為替欄は記事内容とは無関係の編集部参考値。