愛知県清須市の夏の水防訓練で、マウリシオ・オヘダさんは200人近い参加者とともに庄内川の氾濫に備えた。作業は意図的に地味である。土を運び、袋に詰め、隙間なく並べ、また繰り返す。洪水の現場で役立つのは、必ずしも声が最も大きい人や力が最も強い人ではない。順序を練習し、道を知り、隣の人へ次の動きを伝えられる人だ。

清須にとって、それは抽象的な訓練ではない。市域は複数の河川が走る低地にあり、2000年9月の東海豪雨は地域の記憶に残る。記録的な雨は愛知県の広い範囲を浸水させ、水がどこへ流れるかという日常の前提を崩した。年に一度の訓練は式典ではなく、常備消防の力が伸び切り、最初に動けるのが近所の人になる瞬間の予行演習である。

オヘダさんの参加は、もう一つの現実を映す。現在の日本で「近所の人」とは、地元に生まれ、昔からの名字を持ち、自治会へ一生所属する人だけではない。ブラジル出身の技術者、インドネシア出身の技能実習生、ベトナム出身の介護職、留学生、親のために警報を訳す子どもも同じ町にいる。2025年末の在留外国人数は412万5,395人。初めて400万人を超え、過去最多となった。

消防団は、この変化した住民を制度の外側に置くのか、助けられるだけの特別な対象と見るのか、それとも制度を担う側へ迎えるのか。各地で増え始めた外国人団員は、三つ目の答えである。人数で測ればまだ小さい。日本社会に何を変えるよう求めているかで測れば、大きな動きだ。

73万2,223人2025年4月1日の消防団員数
1万4,458人減前年からの純減
2,169団全国の消防団数
582人外国人団員の最新の明確な全国集計、2024年4月
412万5,395人2025年末の在留外国人数
73.3%団員に占める被用者の割合
16万9,730人全国の常備消防職員数
254人東日本大震災で死亡・行方不明となった消防団員

趣味の集まりでも、消防署でもない

英語で消防団を「ボランティア」と訳すと、本質を取り違えやすい。団員は通常、別の本業を持ち、消防署の職員のように交代勤務をしない。しかし、気が向いた時だけ現れる非公式な手伝いでもない。団員は非常勤特別職の地方公務員として任命される。消防団は市町村が置く非常備の消防機関であり、すべての市町村に存在し、指揮命令系統の中で活動する。

住宅火災では、専門技術を持つ消防職員が対応を主導する。消防団員は水利を確保し、ホースや資機材を運び、交通や群衆を整理し、避難を支え、広域応援が去った後も警戒を続ける。台風、洪水、地震、土砂災害では、地域知が作戦情報になる。行き止まりの路地、独居の高齢者、先にあふれる側溝、車いすが入れる避難所の入口を知っているのは、そこに暮らす人だ。

待遇も、無償奉仕とは違う。市町村は条例により年額報酬と出動報酬を支給する。消防庁の標準額は基本団員で年3万6,500円、災害出動1日8,000円だが、実際の金額や方法は地域で異なる。活動中の死傷には公務災害補償があり、被服・装備が貸与され、勤続年数に応じて退職報償金もある。「ただ働き」と呼ぶのは正確でない。一方、この額が時間、危険、家族生活への負担をすべて価格化していると考えるのも正確ではない。

規模を見れば必要性が分かる。常備消防の職員は16万9,730人、消防団員は73万2,223人。地域ネットワークを通じて動ける人数は4倍を超える。常備消防は専門性と車両を送れる。しかし、山間の集落、離島、人口が減るすべての地区へ常時部隊を置くことはできない。

長く続く団員減少

消防団員は1954年に約194万人いた。1990年ごろに100万人を割り、2025年4月1日には73万2,223人となった。その1年間だけで5万2,215人が退団し、入団は3万7,757人。差し引き1万4,458人を失った。平均年齢は44.5歳で、30代以下は約3分の1にとどまる。

人口動態は明白な要因だ。とくに地方で若者が減れば、候補者も減る。しかし、人口減少だけでは説明できない。かつては自宅近くで働く商店主や農業者がサイレンに応じられた。今は73.3%が会社員などの被用者で、勤務先が市町村境を越えることも多い。職場、家族、個人は、夜間や休日を際限なく差し出す制度を受け入れにくくなった。

国や県の検討資料も、別の障壁を認めてきた。式典や行事の多さ、ポンプ操法大会へ向けた長時間の練習、硬直した上下関係、懇親会や飲酒を含む参加圧力、報酬の分かりにくさ、辞めにくさである。すべての消防団がそうだという意味ではない。別の経済と生活時間を前提にできた仕組みは、勧誘ポスターを増やすだけでは戻らないということだ。

改革はすでに始まっている。女性、学生、そして全活動ではなく特定の役割や大規模災害時だけを担う「機能別団員」は、全体が減る中でも増えている。2025年4月の女性団員は2万9,478人、学生団員は7,568人、機能別団員は4万195人。柔軟性は改革の周辺にある特例ではない。実際に伸びている場所である。

582人では、1万4,458人を埋められない

国籍別の最新の明確な全国集計では、2024年4月1日の外国人消防団員は582人。集計を始めた2020年の約2.2倍になった。増加の勢いは感じられるが、全体と並べると意味が変わる。同年の団員74万6,681人に占める割合は約0.08%、1,000人に1人より少ない。その後1年で、団員全体は1万4,000人以上減った。

外国人募集は人数面の特効薬ではない。それを特効薬として語れば、日本の人口構造が生んだ問題を小さな集団へ背負わせることになる。重要なのは別のところにある。新しく来た人を採用し、定着させられる消防団は、先輩が習慣だけで覚えた役割を言葉にしなければならない。報酬を見えるようにし、怒鳴るだけだった指示を学べる語彙へ変え、在留資格や勤務時間を考え、本当に必要な訓練と受け継いだだけの慣行を分ける必要がある。

外国人住民は、余っている労働力ではない。消防団が自らを説明し、役割を分かち、今ある地域へ慣行を合わせられるかを測る試金石だ。

その改革は日本人にも効く。週末しか地元へ戻れない大学生、救命講習は教えられても夜の行事すべてには出られない母親、明確な休暇制度が必要な会社員、地域知は豊富でも動ける範囲が限られる高齢者である。古い制度へ翻訳チラシを一枚足すだけでなく、制度の動き方そのものを変える時、包摂は全員の力になる。

同じ制服の中にある国籍の境界

善意だけでは消せない法的境界がある。消防団員は公務員であり、日本の行政法理では、公権力を行使する公務は日本国籍者に限られる。消防庁が2025年1月に出した通知は、現場での適用を具体化した。外国人団員は、消防法に基づき情報提供を要求する、消防警戒区域を設定する、権利義務や財産へ直接影響する緊急措置を行う、といった公権力の行使はできない。

同時に、その通知は「通訳だけ」という狭い理解を否定した。外国人団員はホースなどの運搬・撤収、指定水利の確保、要救助者の救出・搬送、負傷者の手当、担架の準備、避難の呼びかけと誘導、行方不明者の捜索、危険箇所の見回り、公共道路への土のう設置などに従事できる。平時には救命講習、防火防災教育、学校支援、翻訳、外国語研修も想定される。具体的な活動は、個々の行為と地域の規則で決まる。

国の通知が想定する活動公権力の行使に当たる活動
ホース・資機材の支援、指定水利の確保、救出・搬送、応急手当、避難誘導、捜索、警戒、土のう設置、防災教育、通訳・翻訳。法的権限による情報要求、法的効力を持つ消防警戒区域の設定、他人の権利義務や財産支配を直接変える緊急措置。
重要:境界は具体的な行為と自治体の規則で判断される。火災現場で議論するのではなく、訓練前に役割へ落とし込む必要がある。

これは実務的な枠組みであると同時に、完全な平等ではない。同じ制服を着て危険へ入り、被災者を運び、家族へ避難を呼びかけても、隣の日本人団員ができる一部の判断から外れる。自治体は「多文化交流」という温かな言葉で違いを隠してはならない。境界を説明し、事前に役割を配置し、法律の許す範囲で指導・リーダーシップへの道をつくるべきだ。

また、外国人団員を全員「通訳係」にしてはいけない。言葉は命を救うが、人は建設、物流、看護、工学、運転、無線、工場や寮の知識も持つ。ポルトガル語を話す技術者がいつも案内机に置かれ、経験の浅い日本人だけが資機材を扱うなら、包摂は衣装に変わってしまう。

一度も変化を止めなかった制度

消防団は「古い伝統」と語られ、その源流は確かに江戸期の町火消までさかのぼる。木造家屋が密集し、水圧のある消火設備がない都市で、町人たちは組織をつくり、延焼を防ぐため建物を壊して防火帯を開いた。纏は各組の位置を示す印であるとともに、町の誇りだった。

しかし制度は凍結されていない。明治国家は1894年の消防組規則で全国の消防組を制度化した。戦時動員が進んだ1939年、消防組と防護団は警察の補助機関である警防団へ統合され、防空任務も加わった。敗戦後は政治的意味が再び変わる。1947年の消防団令が警防団を解き、「自主的民主的」な消防団を市町村に組織した。同年の消防組織法は消防を警察から分離し、市町村の責務とした。1948年の新しい消防団令で指揮系統の転換が完成した。

この歴史は、外国人へ門戸を開くことが不変の日本的伝統を壊す、という主張への反証になる。国家、技術、共同体が変わるたび、消防団も作り直されてきた。2026年の問いは、「地域」が血縁や出身を指すのか、実際に住み、働き、学び、子どもを育て、同じ水に浸かる人を指すのかである。

3月11日——不可欠であり、危険にさらされた

東日本大震災は、消防団を中央集権的な専門組織だけで置き換えられない理由を示した。団員は水門を閉め、海岸から住民を逃がし、消火、救助、避難所支援、行方不明者捜索、夜間警戒を行った。自宅と家族が危険な中で動いた人も多い。

同時に、「献身」の曖昧さが持つ致命的な代償も示した。2012年9月時点で、岩手、宮城、福島の消防団員254人が死亡・行方不明となり、198人は公務中と判断された。津波が迫る中でも水門や避難誘導の任務を続けた人がいた。教訓は、新しい団員が犠牲によって所属を証明すべきだということではない。行政は日本人にも外国人にも、明確な退避基準、確実な無線、防護装備、複数行動、無理な任務を止める指揮を保証する義務がある。

言語への自信が違う時、これはさらに重要だ。警告の一語を聞き逃す、あるいは先輩へ異議を言うのをためらう団員は、より大きな危険へ置かれる。多言語表示、ピクトグラム、反復する実技、技能確認、共有する緊急用語は「おもてなし」ではない。安全装置である。

草津から波佐見へ——各地の実験

地域の事例は、同じ全国問題への異なる答えを見せる。滋賀県草津市は2015年、外国人向けの機能別消防団を設けた。国内初と広く紹介された取り組みで、助けられる側と見なされがちな留学生が、助ける側へ回った。「支援される側から支援する側へ」という転換は、人数と同じほど重要だった。

神奈川県愛川町は2024年、7人の多言語機能別消防団員を任命した。対応する言語は英語、スペイン語、ポルトガル語、ベトナム語、タガログ語、クメール語の6言語。避難や避難所支援、平時の啓発を担う。栃木市では2025年、外国籍の団員5人が通訳として参加し、消防団と消防職員が外国人住民へ119番通報、AED、消火器の使い方を教えた。制度が手順を伝えると同時に、どこで説明が通じないかを学ぶ場になった。

長崎県波佐見町では2026年5月、デニ・サプトラさん(26)とアーマド・ウバイディッラーさん(25)が、町で初めての外国人団員になった。二人は地元建設会社で働くインドネシア人技能実習生。同じ会社の消防団員がつながりをつくった。町の条例定数は330人だが、実員は100人近く不足している。二人は通常の地域分団に入り、火災時の資機材搬送や避難の呼びかけに備える。

波佐見の事例には可能性と危うさが同居する。企業は訓練時間を認め、参加を普通のことにし、外国人住民が入りにくい地域ネットワークへの橋になれる。一方、技能実習生は収入、住居、在留生活を雇用主に強く依存する。上司や先輩の「入らないか」は、本人に選択と感じられない場合がある。募集は明確に任意とし、在留資格や昇進と切り離し、有給の活動時間を保障すべきだ。市民活動を、移住労働者が返すべきもう一つの借りにしてはならない。

地域・開始年制度が試していること
滋賀県草津市・2015年外国人住民・留学生の機能別団員制度。
神奈川県愛川町・2024年6言語を生かし、避難と避難所支援を担う多言語部隊。
栃木市・2025年外国人団員が通訳・指導役となる実践的な防災教育。
長崎県波佐見町・2026年企業を通じた通常分団への加入。効果と同時に任意性の保護が必要。
愛知県清須市・2026年地域固有の河川リスクに基づく大規模水防訓練への参加。

言語は、翻訳一覧ではなくネットワーク

日本の防災情報は、多言語ページ、QRコード、機械翻訳を増やしてきた。必要な進歩である。しかし信頼の問題は解決しない。正確な警報でも、誰も見ないアプリに届く、学校体育館を避難所として知っている前提で書く、学んだことのない地図記号を使う、あるいは入管への不安から避ける行政機関が発信するなら、行動につながらない。

外国人団員は、昼の訓練へ参加できない工場の夜勤を知り、「避難」が市外へ出る意味ではないと説明し、一つの言語名の中に複数の共同体があることを指揮側へ伝え、集合住宅の放送が聞き取れなかったと報告できる。価値は日本語から別の言葉へ伝えるだけではない。現場の情報を指揮系統へ戻すことにある。

そのためには行政が聞かなければならない。学校、宗教団体、企業、飲食店、寮、日本語教室など、実際の共同体と訓練を設計し、終了後の評価にも参加してもらう必要がある。多様な顔を並べた記念写真は、作戦能力ではない。

全員のために消防団を作り直す

持続する制度は、従来の階層へ色鮮やかな別働隊を取り付ける形ではない。自治体の規則で国籍要件を明記し、職務、日程、報酬を分かる言葉で公開し、固定観念ではなく訓練と合法的権限に基づいて役割を決める。同じ防護装備、公務災害補償、安全基準を全員へ適用する。

訓練には、音声、ピクトグラム、実演を組み合わせた小さな標準指揮語彙が要る。ポンプ操作、応急手当、避難所区域の管理を任せる基準は、日常会話の流暢さではなく技能であるべきだ。国籍による権限の境界が関係する場面は、現場指揮官が火災のそばで法律を即興しなくて済むよう、役割カードにしておく。

現代の雇用にも合わせなければならない。協力事業所との書面には、災害と必須訓練のための離席を保障しつつ、加入が任意であると明記する。報酬は団員本人へ直接、明細を示して支給する。基本団員、機能別団員、大規模災害団員など複数の道を用意する。ただし外国人を永遠に下位の機能別枠へ閉じ込めない。技能を得た人は法律の範囲内で教え、指導し、後輩を育てられるようにする。

最後に必要なのは、より良いデータだ。加入、退団、訓練修了、出動経験、けが、定着率を、プライバシーを守りながら不平等が見える形で公表する。募集人数が増えても、会議が分からない、懇親圧力が重いという理由で1年後に去れば成功ではない。定着こそ、「歓迎」が「所属」へ変わった証拠である。

実効性を測る9項目
  • 自治体の規則と募集で、国籍に関する加入資格を明記する。
  • 災害前に、可能な活動と公権力の境界を役割へ落とす。
  • 多言語の指揮語彙を反復する実技で教える。
  • 同じ防護装備、補償、退避基準を保証する。
  • 日程、義務、本人へ直接払う報酬を明示する。
  • 企業との協定で任意性と活動時間を守る。
  • 基本、機能別、大規模災害の複数コースを設ける。
  • 技能に基づく指導・メンターへの道をつくる。
  • 採用写真ではなく、定着と実戦準備を測る。

「わが町」の「われわれ」とは誰か

消防団に結びつく言葉は簡潔だ。「自分たちの町は、自分たちで守る」。世代を超える奉仕を支えてきた強い言葉である。しかし、その主語には問いが残る。「自分たち」とは誰か。

日本国籍と古い家系を持つ人だけを指すなら、守る人口が多様になる一方で制度は縮み続ける。働き手なら誰でもよいという意味なら、外国人住民は入団式で称賛されても、発言権のないまま負担を背負う。より強い答えは民族ではなく市民としての定義だ。同じ場所を共有し、技術を学び、相互の義務を引き受け、同じ安全規則で守られる人が「われわれ」である。

その答えだけで、1年間に空いた1万4,458の席は埋まらない。外国人住民へ、先送りしてきた人口・文化問題のすべてを救うよう求めるべきでもない。数字はその物語を許さない。しかし、小さな人数は大きな設計不良を見せる。なぜ訓練はその時刻なのか。なぜ報酬はその経路を通るのか。なぜこの式典が必須なのか。なぜ怒鳴る指示に書かれた対応語がないのか。なぜ技能があるのに、この法的行為はできないのか。答えられる制度は、全員にとって明快になる。

土のうの列で、所属は哲学になる前に実務になる。一人が袋の口を持ち、一人が土を入れ、二人で運ぶ。水が隙間を探すのを誰かが見つけ、全員が分かる言葉で次を呼ぶ。日本の消防団は、安全は中央から届けるだけでは足りず、その場所にすでにいる人々の間でも組織しなければならない、という考えで築かれた。

「すでにいる人々」は変わった。その原理は変わらない。新しく来た人を利用せず、法的な違いがないふりもせず、この事実を認められるなら、外国人の参加は減少名簿へ数百人を足す以上の意味を持つ。水が上がる前に共同体を集める——日本で最も古い市民制度の一つが、今もその本質的な仕事をできることを示すだろう。

取材ノート・出典

本稿は2026年7月28日午前10時29分(日本時間)までに確認できた、比較可能な最新の全国統計を用いた。消防団員総数は2025年4月、国籍別の最新の明確な全国集計は2024年4月であり、同一時点の分母・分子として扱っていない。外国人団員の活動内容は自治体の条例、具体的な行為、現場で異なる。2025年通知は可能な活動例を示すもので、全国の外国人団員へ全く同じ権限を与える文書ではない。