手術室では、AIという言葉はまだ軽く扱えない。広告の言葉なら「医療DX」や「次世代ナビゲーション」と言えば済む。しかし、実際の術野では一ミリの誤認、一瞬の判断の遅れ、一本の神経や血管の見落としが、患者の人生を変えてしまう。だからこそ、Direava株式会社の物語は、単なるスタートアップ記事ではない。これは日本の外科医療が、熟練の目と手をどう次世代へ渡すのかという、きわめて現実的な物語である。
Direavaは東京・麹町に拠点を置く医療AIスタートアップだ。公式サイトで掲げる言葉は「手術に知性を、術野に革新を。」。同社はAIに「視る力・考える力・伝える力」を与え、手術そのものを再定義すると説明する。目指すのは、外科医を置き換えるロボットではない。外科医の横で、もう一つの知性が視界を補い、危険を知らせ、判断を支える未来である。
2026年6月、Direavaは急に目立つ存在になった。Jiji Pressの報道によれば、同社は政府支援を受けながら、臓器や血管の画像を生成AIで解析し、手順や注意点を文章化する手術支援AIを開発している。胃がん手術の映像を見ながら医学生がAIに質問する実証では、専門家の確認で回答精度が85〜90%程度だったと報じられた。まだ「臨床判断そのもの」ではなく、最初は教育・指導用ツールとしての展開が見込まれる。それでも、この数字は日本の手術室が抱える大きな問題を照らす。
なぜいま、手術AIなのか
日本では、外科医不足が医療制度の深いところで進んでいる。厚生労働省の専門家会合をもとにしたNippon.comの整理では、がん手術件数は2025年の46万5,000件から2040年に44万件へ5%減少すると見込まれる。一見すると需要は小さくなるように見える。しかし問題は、手術できる外科医の減少がそれ以上に速いことだ。
とくに消化器外科では、2012年から2022年にかけて消化器外科医が約10%減少し、約1万9,000人になった。40歳未満の外科医は15%減少している。さらに現在の傾向が続く場合、65歳未満で日本消化器外科学会の会員資格を持つ医師は、2025年の1万5,200人から2040年には9,200人へ減り、約5,200人の不足が生じるとされる。
手術件数が少し減っても、外科医の減り方がそれを上回れば、現場は楽にならない。むしろ、残った外科医一人ひとりの負担は増え、若手が外科を選びにくくなり、さらに人が減る。夜間・休日の緊急手術、長時間手術、責任の重さ、訴訟リスク、働き方改革による時間外労働の制約。これらが重なり、外科は「必要だが選ばれにくい仕事」になりつつある。
Direavaが作ろうとしているもの
Direava公式サイトは、同社のサービスを「AIを用いた手術プラットフォーム」と位置づける。単なる解剖認識にとどまらず、術中の状況把握、危険行動の検出、意思決定を支援するソフトウェアを通じて、より安全で精緻な手術を実現し、合併症リスクの低減をめざすという。
この説明には、重要な順序がある。まず「視る」。AIが術野、臓器、血管、神経、器具、動き、変化を認識する。次に「考える」。現在の場面で何が危険か、どの手順に近いのか、過去の熟練医の操作とどこが違うのかを推定する。そして「伝える」。警告、ハイライト、文章、手順、教育動画、術後解析として人間に返す。
手術AIが難しいのは、画像認識だけでは足りないからだ。医療画像のAIなら、静止画像を分類するモデルでも価値がある。しかし手術は時間の芸術である。臓器は動き、出血が起き、視野は曇り、器具が入り、助手の手が入り、患者ごとの解剖差がある。AIは「これは胃です」と言うだけでなく、「いまこの角度でこの牽引を続けると危険かもしれない」と言える必要がある。そこにDireavaの挑戦がある。
Kinosura:神経を見つけるAIが示す実装の第一歩
2026年1月、RokkenはDireavaが開発したAI搭載の手術動画認識プログラム「Kinosura」が規制当局の承認を受けたと発表した。対象はロボット支援下の悪性食道腫瘍切除で、手術中の映像をAIが解析し、左右の反回神経を検出・強調表示するソフトウェアである。
反回神経は、声帯の動きに関わる重要な神経だ。食道がん手術では、その近くを操作するため、損傷すれば声のかすれ、嚥下障害、肺炎リスクなどにつながりうる。経験ある外科医は、画面の中から神経の走行を読み取る。しかし、若手や経験の浅いチームにとって、その「見えているはずのもの」を見落とさない仕組みは大きな意味を持つ。
Kinosuraは、Direavaのビジョンが単なる未来予測ではなく、すでに承認製品の領域へ入っていることを示す。大きな自律手術の物語よりも、まずは「見落としてはいけないものを見やすくする」。この地味な一歩こそ、医療AIとしては重要である。
数字で読むDireavaと日本の外科AI
外科医が創業した意味
Direavaの代表取締役である竹内優志氏は、慶應義塾大学医学部外科学の助教で、消化器外科の経歴を持つ。公式プロフィールによれば、2012年に慶應義塾大学医学部を卒業し、2019年に大学院医学研究科を修了、2020年にはフランス・ストラスブールのIRCADでResearch Fellowを務め、その後も消化器外科医として臨床・研究に関わってきた。
この点は大きい。医療AIスタートアップは、技術だけで始めると、現場から遠くなりやすい。病院に営業するための「きれいなデモ」は作れても、実際の手術室で外科医が何に困るか、どのタイミングで警告されると邪魔か、どの表示なら見てもらえるか、どの言葉なら責任の所在を曖昧にしないかは、現場を知っていなければ分からない。
Direavaは「現役外科医が立ち上げた外科医視点の技術」と自ら説明している。これは投資家向けの飾り文句ではなく、医療機器ソフトウェアでは生死を分ける条件である。AIは精度だけでは足りない。使われる場所、使われる瞬間、使われる人間の心理に合っていなければならない。
GENIACと医療AI:国家プロジェクトとしての手術室
Direavaは2026年6月、経済産業省とNEDOによる国内生成AIの開発力強化プロジェクト「GENIAC」第4期公募に採択されたと発表した。同月には、スパークス、ニッセイ・キャピタル、SBIインベストメントを引受先とする第三者割当増資も発表している。
これは、手術AIが単なる病院のIT投資ではなく、日本の産業政策のテーマになりつつあることを意味する。日本は半導体、ロボット、医療機器、精密加工、画像処理、大学病院ネットワークを持つ一方、生成AI基盤や医療データ活用では米国勢に遅れをとりがちだ。だが手術AIは、現場データ、専門知識、規制対応、医療機器開発、教育、海外展開が重なる領域であり、日本の強みをまだ生かせる。
とくに、外科医の暗黙知は日本に豊富にある。熟練医がどこを見るか、どの瞬間に止まるか、どの膜を剥がすか、どの出血を怖がるか。その知識を、動画、注釈、モデル、教育ツールへ変換できれば、日本の外科AIは単なる輸入技術ではなく、輸出可能な医療知識インフラになり得る。
世界の手術AIはどこへ向かっているか
American College of Surgeonsは2026年1月の記事で、AIが術前診断、術中ガイダンス、術後モニタリングをつなぎ、複雑な治療の意思決定を支える可能性を論じた。同時に、外科医の責任は常に患者にあり、AIは臨床判断を置き換えるものではなく、外科医が主導して倫理、透明性、品質を守るべきだと警告している。
この警告は重要だ。2026年2月、ReutersはAIを組み込んだ医療機器に関する事故報告や訴訟を調査し、AIが手術室に入ることで生じる新しい安全問題を報じた。AIが「正しそう」に見える表示を出すと、人間はそれを信じやすい。だが、手術室では誤った自信ほど危険なものはない。
だからDireavaのような企業に必要なのは、派手な「自律手術」の宣伝ではなく、徹底した検証、限定された適応、段階的な導入、監査可能なログ、責任分界、医師教育、規制当局との対話である。AIが術野に入るということは、ソフトウェア企業が医療安全文化の一員になるということでもある。
技術継承としてのAI
外科の世界には、長いあいだ「見て学ぶ」文化があった。熟練医の手元を見る。助手として入る。術後に反省する。何百例、何千例の経験を通じて、危険な場面の匂いを覚える。しかし、働き方改革と外科医不足の時代には、この伝統的な徒弟制度だけでは限界がある。
AIは、この継承問題に新しい道を開く。手術動画を構造化し、重要場面を抽出し、熟練医の判断を注釈し、若手に「なぜここで止まったのか」「なぜこの血管を先に処理したのか」を説明する。Direavaが教育活動やSurgoのような動画学習プラットフォームを並行して打ち出しているのは、この流れとつながる。
もちろん、動画を見れば手術ができるわけではない。AIに質問すれば外科医になれるわけでもない。しかし、熟練医の判断を記録し、共有し、反復学習できる形にすることは、地方病院や若手育成にとって大きな意味を持つ。手術AIは、ロボットより先に「師匠の補助線」になるかもしれない。
Japan.co.jpの見方
Direavaのニュースが面白いのは、AIブームの中で、もっとも難しい場所のひとつに入ろうとしているからだ。文章生成、営業支援、検索、広告、会計、社内チャット。これらも重要だが、手術室のAIは重さが違う。失敗したとき、誤字では済まない。
だからこそ、Direavaの成功条件は、技術の速さではなく、医療現場との信頼である。外科医が本当に使いたいと思うこと。若手教育に役立つこと。患者安全を高めること。規制当局と丁寧に進むこと。そして、AIが外科医の責任を曖昧にするのではなく、外科医の判断をより明確に支えること。
日本のAI産業は、巨大言語モデルの規模競争だけで語ると、どうしても米中の陰に隠れがちだ。しかし、医療現場、製造現場、交通現場、災害現場のように、専門知と現場データが厚い領域では、日本にも勝ち筋がある。Direavaは、その可能性を手術室から示している。
読者のための要点
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 何が起きたか | Direavaが、外科医不足と技術継承に対応する手術支援AIで注目されている。 |
| 技術の方向 | 臓器・血管・神経などをAIで認識し、術中の注意点、危険行動、意思決定を支援する。 |
| 実装の第一歩 | ロボット支援食道がん手術で反回神経を検出・強調表示するKinosuraが承認された。 |
| 社会背景 | 2040年に消化器外科医が約5,200人不足する可能性がある。 |
| 最大の論点 | AIを手術室に入れるには、精度だけでなく、責任、規制、説明可能性、現場信頼が必要である。 |
Sources and references
この記事は、Direava公式サイト、Jiji Press配信記事、RokkenのKinosura開発支援記事、厚生労働省のがん診療提供体制に関する資料をもとにしたNippon.comのデータ記事、American College of Surgeons、Reutersなどの公開情報を参考にしました。
- Direava公式サイト: mission, services, company profile, news items.
- Jiji Press / Nation Thailand: Direava surgical AI report, June 10, 2026.
- Rokken: AI-powered Surgical Video Recognition Program “Kinosura” regulatory approval, January 7, 2026.
- Nippon.com: Health Ministry panel predicts surgeon shortage in Japan, September 9, 2025.
- American College of Surgeons: AI Avalanche Is Forcing Healthcare to Reimagine Future of Surgery, January 2026.
- Reuters: AI enters the operating room and safety reports arise, February 2026.