秋が深まり、夜が長くなる。体長約0.5ミリのナミハダニは、この変化を暦として読み取る。メスはやがて餌をとらず、卵も産まなくなり、黄緑色の体を鮮やかなオレンジ色へ変える。越冬のための休眠である。産卵停止と体色変化が同時に起こることは20世紀初頭から知られていたが、二つを結ぶ分子の仕組みは長く分からなかった。
東京農工大学大学院生物システム応用科学府博士後期課程のRismayani大学院生、研究当時に同学府博士前期課程に在籍していた齋佳苗、大迫朋寛両大学院生、同大学大学院農学研究院生物システム科学部門の鈴木丈詞教授らは、帯広畜産大学原虫病研究センターの白藤梨可教授と共同研究を実施した。大迫氏は現在、大阪大学大学院理学研究科に所属する日本学術振興会特別研究員である。
研究グループが見つけたのは、休眠条件で特に増えるタンパク質TuPLAT10だ。論文「A single PLAT domain protein couples reproductive arrest and carotenoid pigmentation during diapause in the two-spotted spider mite, Tetranychus urticae Koch」は、学術誌『Insect Biochemistry and Molecular Biology』に2026年7月27日付でオンライン掲載された。DOIは10.1016/j.ibmb.2026.104644。
昆虫ではない、小さな「スーパーペスト」
ナミハダニ(Tetranychus urticae)はクモやサソリに近いダニの一種で、世界各地の農作物や園芸植物に寄生する。東京農工大学によると、加害する植物は1,100種を超える。世代交代が速く、薬剤抵抗性も発達しやすいため、防除の難しい「スーパーペスト」と呼ばれる。
生育に適した時期には植物の汁を吸い、盛んに産卵する。一方、冬が近づくと、幼若虫の時期に長い夜を複数回経験したメスが、成虫になってから休眠へ入る。昼夜の長さから季節を判断し、生殖や発育を切り替える性質は「光周性」と呼ばれる。
休眠は、気温が下がったため一時的に動けない「休止」とは異なる。生育条件の悪化を予測し、あらかじめ生理状態を切り替える仕組みで、好条件へ戻っても直ちには解除されない。ナミハダニにとっては、冬を越し、翌春の繁殖へつなぐ準備となる。
オレンジ色は越冬のための装備
休眠したメスの色をつくるのは、カロテノイド色素の一つ、アスタキサンチンである。サケやエビの赤色にも関わる色素で、強い抗酸化作用を持つ。研究グループは、ナミハダニでは越冬中の環境ストレスへの耐性に役立つと考えている。
多くの動物はカロテノイドを自ら合成できず、食物から得る。ところがナミハダニなど一部の節足動物は、真菌由来とされるカロテノイド合成酵素の遺伝子を水平伝播によって獲得している。ナミハダニはβ-カロテンを合成し、さらにアスタキサンチンへ変換する。
体内のアスタキサンチンの多くは、脂肪酸と結びついたエステルの形で蓄えられる。一方、卵をつくるにも脂質が必要だ。同じ脂質資源を、生殖へ回すのか、越冬用の色素へ回すのか。この配分の切り替えが、産卵停止と体色変化を同時に説明する手がかりとなった。
- 幼若虫が長い夜を複数回経験する。
- 成虫のメスで休眠が誘導され、TuPLAT10が増える。
- 研究グループのモデルでは、脂質の配分先が卵から色素へ切り替わる。
- 産卵が止まり、アスタキサンチン関連の脂質が蓄積する。
- 体が黄緑色から鮮やかなオレンジ色へ変わり、越冬に備える。
長い夜と短い夜を、タンパク質で比べた
研究グループは、休眠を誘導する「長い夜」の条件と、産卵を促す「短い夜」の条件でメスを飼育した。成虫で発現するタンパク質を質量分析(LC-MS/MS)で比較し、休眠誘導条件で特に増える候補を探した。
そこで浮かんだのがTuPLAT10である。PLATは、脂質や他のタンパク質との結合に関わるドメインを指す。一般的なPLATドメイン含有タンパク質は触媒部分と組み合わさるが、TuPLAT10はPLATドメインを一つ持つだけで、触媒ドメインを持たない。
この構造から、研究グループは、TuPLAT10が脂質を化学的に変える酵素というより、脂質と結びつき、その配分を左右する役割を担う可能性を考えた。ただし、結合相手として想定されるホスファチジン酸は候補段階で、直接の輸送経路や代謝先は今後の研究対象である。
遺伝子を抑えると、二つの変化がほどけた
候補を見つけるだけでは、二つの現象を本当に結ぶかは分からない。研究グループはRNA干渉を使い、特定の遺伝子に対応する二本鎖RNAを与えてTuPLAT10遺伝子の働きを抑えた。
すると、長い夜という休眠誘導条件で育てたメスにも産卵が見られ、多くの個体はオレンジ色にならなかった。産卵停止と体色変化がそろって解除されたことになる。
比較のため、カロテノイド合成酵素の遺伝子を抑えた個体では、オレンジ色にならない例があっても産卵停止は続いた。色素合成そのものを妨げただけでは、生殖停止は解けなかった。この差が、TuPLAT10を二つの変化を結ぶ因子の一つと判断する重要な根拠になった。
| 論点 | 研究で示されたこと | まだ示されていないこと |
|---|---|---|
| 発現 | 休眠誘導条件でTuPLAT10が特に増えた。 | 夜の長さの情報がどの分子経路でTuPLAT10へ届くか。 |
| 産卵 | TuPLAT10遺伝子を抑えると、休眠条件でも産卵が見られた。 | 自然環境で同じ操作が繁殖や越冬へ与える長期影響。 |
| 体色 | 遺伝子抑制後、多くの個体がオレンジ色にならなかった。 | 全個体で反応がそろわない理由と個体差の仕組み。 |
| 脂質 | PLATドメインと実験結果は脂質配分への関与を支持した。 | 結合脂質、輸送先、代謝経路を直接示す全体像。 |
| 防除 | 休眠と産卵の双方に関わる標的候補を示した。 | 農薬候補、圃場効果、送達法、非標的生物への安全性。 |
「卵か、色素か」という作用モデル
研究グループの説明では、短い夜が続く春夏はTuPLAT10が少なく、脂質は卵へ向かう。長い夜が続く秋冬はTuPLAT10が増え、脂質はアスタキサンチンと結びつく脂肪酸として使われる。その結果、産卵が止まり、体はオレンジ色になる。
このモデルは、同じ資源の配分先を切り替えることで、生殖停止と越冬色を一つの仕組みとして理解できる点が新しい。ただし、TuPLAT10が輸送体なのか、足場として働くのか、別のタンパク質を介するのかは確定していない。「切替役」は機能を説明する比喩であり、分子機構の全容を示すものではない。
東京農工大学の発表は、TuPLAT10が受け取る脂質としてホスファチジン酸を想定している。ホスファチジン酸は細胞膜を構成する脂質で、ほかの脂質へ変換される分岐点や細胞内情報伝達にも関わる。どこへ運ばれ、どう代謝され、色素や卵へ届くかは未解明だ。
防除標的としての期待と距離
休眠は、ナミハダニが冬を越し、翌春に再び増えるための基盤となる。越冬を妨げられれば翌季の発生を減らせる可能性があり、卵へ向かう脂質配分を変えられれば産卵も抑えられる。TuPLAT10が双方に関わるため、研究グループは将来の防除標的として期待を示す。
しかし、今回の研究はタンパク質の機能解析であり、散布できる農薬や市販技術を開発したものではない。標的へ作用物質を届ける方法、抵抗性が生じる可能性、作物や天敵となるダニなど非標的生物への影響、圃場条件での有効性は別に調べる必要がある。
遺伝子の働きを抑えた結果、休眠条件でも産卵したことは、単純に「越冬できなくなる」と同義ではない。生存率、繁殖成功、翌春の個体群動態まで評価して初めて、防除上の意味が見えてくる。
長い夜 幼若虫が季節の変化を光周性で読み取る。
休眠誘導 成虫のメスでTuPLAT10が増え、産卵が止まる。
体色変化 アスタキサンチン関連の脂質を蓄え、オレンジ色になる。
RNA干渉 TuPLAT10遺伝子を抑えると、二つの変化がそろって崩れた。
2026年7月27日 論文をオンライン掲載。
次の課題 上流信号、結合脂質、輸送・代謝経路、防除可能性を検証。
オレンジ色が開いた次の問い
鈴木教授は東京農工大学が公表した日本語コメントで、学生時代に休眠に伴う劇的な体色変化を初めて見て研究の世界へ入ったと振り返った。脂質配分が体色変化と産卵停止を結ぶという結果について、「同時に新たな問いも生まれ、興味は尽きません」と述べている。
次に問われるのは、夜の長さという外界の情報がどの受容・情報伝達系を通ってTuPLAT10へ届くのか、TuPLAT10がどの脂質や相手分子と結合するのか、その脂質がどこでアスタキサンチンの蓄積や卵形成へ分かれるのかである。
ナミハダニのオレンジ色は、目立つ季節変化であると同時に、限られた資源を生殖から生存へ切り替えたことを示す表現型でもある。TuPLAT10の発見は、その色の奥にある配分判断へ分子レベルで踏み込んだ。農業技術への道はまだ遠いが、冬を越す害虫の弱点を探る新しい足場になった。
- 東京農工大学 — ハダニの休眠に伴う産卵停止と体色変化をつなぐタンパク質を発見(2026年8月28日)
- 帯広畜産大学 — 東京農工大学との共同ニュースリリース(PDF、2026年8月28日)
- 東京農工大学 — 鈴木丈詞教授 公式研究者プロフィール
- Rismayaniほか — “A single PLAT domain protein couples reproductive arrest and carotenoid pigmentation during diapause in the two-spotted spider mite,” Insect Biochemistry and Molecular Biology
本稿は2026年8月29日までに公開された日本語の一次・公式資料と論文情報を確認した。研究者名、所属、役職、論文名、掲載誌、DOI、ナミハダニ、休眠、光周性、PLATドメイン、RNA干渉、カロテノイド、アスタキサンチン、ホスファチジン酸などの表記は東京農工大学の公式発表に基づく。鈴木丈詞教授の引用は同発表の日本語原文から採った。脂質配分の切替、防除標的としての可能性は研究グループの解釈と期待であり、農薬開発、圃場試験、非標的生物への安全性は確認されていない。
