建物の異常を調べるには、どこに、いくつのセンサを付ければよいのか。豊橋技術科学大学の研究は、この問いを、測る対象から考え直した。各階の揺れを追う代わりに、最上階から建物を揺らす装置が伝える「力」を読む。柱の剛性が低下した場所を、より少ない計測点で絞り込もうという試みである。

同大が2025年5月26日に発表したのは、機械工学系・機械ダイナミクス研究室の田尻大樹助教と河村庄造教授による手法だ。慣性型加振器と呼ばれる装置を用い、力センサで得た周波数応答から異常を推定する。成果は学術誌『Mechanical Systems and Signal Processing』に掲載された。本稿は、その2025年の研究を愛知特集で取り上げる。[1]

一つのセンサといっても、壁に小さな機器を貼るだけで建物の安全性が分かるわけではない。加振器と解析が必要で、大学が説明する検証は数値シミュレーションと単純な実験モデルによるものだ。実際の建物で使えるかどうかは、次の課題としている。[2]

揺れの「山」だけでなく「谷」を読む

剛性は、力を受けたときの変形しにくさを表す。壊れるまで耐えられる力を意味する強度とは、同じではない。研究の対象は剛性低下の推定であり、柱の残存耐力や建物全体の倒壊危険性を、そのまま算出したという話ではない。

建物の揺れ方は、床の質量や柱の剛性などと関係する。揺らす周期を変えると、応答が強くなるところが現れる。こうした周波数ごとの特徴から構造の状態を調べるのが、振動を使った診断の基本的な考え方だ。大学の解説では、複数階の加速度を測る方法のほか、一つの階の加速度を機械学習で解析する研究も紹介されている。[3]

豊橋の手法が注目するのは、加振器から伝わる力の応答に現れる共振と反共振である。研究チームの定式化では、共振周波数は建物と加振器を合わせた系の固有振動数に、反共振周波数は建物だけの固有振動数に対応する。この関係を利用して、力の測定から構造の変化を読み取る。[2]

この研究で、力の応答から読み取るもの
着目点研究上の意味
共振周波数建物と加振器を合わせた系の特徴
反共振周波数建物だけの系の特徴に対応
異常の推定これらの関係を使い、剛性低下を調べる

表は研究モデルの関係を整理したもので、一般の建物に共通する判定基準ではない。応答に谷があるからといって、その階が壊れているという意味にもならない。測定値を構造の情報へ変えるには、両者を結び付けるモデルが要る。

実験台の違いが、着想につながった

大学が掲載した田尻助教の説明によると、着想のきっかけは別の実験だった。加振器自体の特性を調べる際、実験室の金属板やブロックを土台に使ったところ、土台の大きさや剛さによって共振・反共振の現れ方が変わったという。装置だけを測ろうとして見えてきた土台の影響を、構造物の診断に使えないかと考えた。[3]

この経緯には、研究の面白さと難しさが同居している。測定装置と対象物の相互作用は、調べたい量を見えにくくする場合もあれば、新しい情報を取り出す手がかりにもなる。今回の発想は、その関係を解析の対象にしたところにある。

田尻助教の専門は機械力学・振動工学だ。大学の教員紹介では、機械や構造物の振動特性を把握し、適切なモデルで表す研究を進めていると説明する。センサの個数を減らす工夫は、機器の小型化だけで実現するものではない。何を測れば必要な情報が得られるかという、力学の問いでもある。[8]

愛知で、建物を調べ続ける意味

愛知を含む地域の地震研究史をたどると、1891年10月28日の濃尾地震が大きな節目となる。内閣府の災害教訓報告は、この震災が地震原因の科学的研究や耐震建築研究を促し、震災予防調査会の設置につながったと位置づける。建物の被害を調べ、次の被害を減らす知識へ変える営みは、長い時間をかけて続いてきた。[5]

今回の研究には、より近い研究上の積み重ねもある。河村教授や田尻助教らは2023年、層状構造物の異常箇所を力の同定によって探す手法を報告している。五層の数値モデルと実験モデルで検討し、実測と数学モデルのずれを扱った研究だった。2025年の一つの力センサによる手法とは異なるが、構造の変化を限られた情報から推定するという課題は共通する。[4]

ここから見えてくるのは、異常の存在を捉えることと、異常箇所を絞ること、さらに補修の方法を決めることは、別々の段階だという点だ。最初の調査を簡素にできれば、その後の詳しい点検をどこに向けるか考える材料になりうる。そこに実用化の価値を見いだせるだろう。

一つに減らしても、残る仕事

大学が紹介する狙いは、センサの設置や保守に伴う負担を減らすことにある。また、高層建物などで揺れを抑えるアクティブ動吸振器を、診断時には加振器として使う可能性も示している。ただし、これは将来の活用案であり、既存装置ならそのまま診断に使えると実証したものではない。[7]

実際に使う段階では、加振器の設置、電源、計測の再現性、建物ごとのモデル化にどれだけ手間がかかるのかを確かめる必要がある。利用者のいる建物で、いつ、どの程度の加振を行えるのか。異常が小さい場合や複数箇所にある場合に、どこまで区別できるのか。導入費用を論じるには、センサの価格だけでなく、こうした運用まで含めた比較が欠かせない。

これらは本稿が実用性を評価するために挙げる問いである。研究発表が示した成果を、実建物での診断精度や費用削減率へ置き換えることはできない。

応急危険度判定とは役割が違う

愛知県建築物地震対策推進協議会は、被災建築物応急危険度判定を、余震による倒壊や外壁・窓ガラスの落下などから二次被害を防ぐための調査と説明している。訓練を受けた建築士らが調べるもので、罹災証明のための住家の被害認定調査や、復旧の要否を調べる被災度区分判定とも異なる。[6]

力センサで構造の変化を捉える研究と、こうした現場の判断は、扱う範囲が違う。将来、計測結果が専門家の調査を支えることは考えられても、一つの信号から、落下物を含むあらゆる危険の有無を読み取れるわけではない。

豊橋の研究が投げかけるのは、点検の入り口をもっと簡潔にできるかという問いだ。測る場所を減らしながら、建物について得られる情報を保てるか。その答えを実験モデルから実際の建物へつなげられれば、長く使う建物の変化を調べるための選択肢が一つ増える。