日本の夏になると、冷蔵庫の中に茶色いピッチャーが増える。中身は、厳密に言えば茶葉の「お茶」ではない。緑茶でも、抹茶でも、煎茶でも、玉露でもない。大麦を焙煎し、水や湯で抽出した飲み物。麦茶である。学校から帰った子どもが飲み、祖父母が氷を入れて注ぎ、職場の冷蔵庫にも置かれ、コンビニではペットボトルで売られる。あまりにも普通で、かえって見えなくなっている飲み物だ。

だからこそ、今回の東京の麦茶工場の話は面白い。SoraNews24/ロケットニュース24は、東京都内に製造拠点を持つ麦茶メーカーがわずか2社しかないことを紹介し、そのうちの1社である江戸川区の小川産業を訪ねた。そこにあったのは、国産大麦、熱、香り、直火焙煎、熟練の見極め、そして日常の飲み物を支える小さな産業の姿だった。

Japan.co.jpの7月9日版において、この話は一見「超地味」な一本である。だが、地味だからこそ強い。金融、鉄道、高層ビル、アニメ、オフィス、再開発の都市に見える東京の中に、まだ夏の食卓のために大麦を焙煎する工場がある。その事実だけで、都市の記憶が立ち上がる。

ピッチャーの向こう側にある工場

小川産業は、東京東部の江戸川区にある。水辺、町工場、家族経営、住宅地、戦後の都市の層が重なる地域だ。ロケットニュース24の工場見学記事によれば、同社は東京都内に製造拠点を持つ数少ない麦茶メーカーのひとつであり、小川桂輔社長が製造工程を案内した。

麦茶は茶葉ではなく大麦から始まる。大麦を洗い、加熱し、焙煎することで、日本人が夏に思い浮かべるあの色、香り、味が生まれる。記事の中で印象的なのは、焙煎途中の麦にポップコーンのような香りや味わいがあるという発見だ。たしかに、どちらも穀物が熱で変化する現象である。ただし麦茶の場合、穀物はお菓子になるのではなく、香りになる。

小川産業の「つぶまる」は、カルディなどでも見かける商品として知られている。会社名は知らなくても、商品を見れば「あれか」と思う人もいるだろう。日本の食品製造には、このような存在が多い。作り手の名前は目立たないが、商品は多くの家庭に入っている。

麦茶は、日本の夏のBGMである。いつもそこにあり、ほとんど語られず、しかし耳を澄ませると美しい。

東京に2社しかない、という意味

東京は今も製造業の都市である。ただし、その姿は大きく変わった。土地は高く、騒音や熱、物流、労働力不足、後継者問題、再開発圧力が、食品工場を郊外や地方の工業地帯へ押し出してきた。東京都内に麦茶の製造拠点を持つ会社が2社しか残っていないという事実は、都市の産業構造がどれほど変わったかを物語っている。

かつての東京には、醤油、味噌、漬物、せんべい、焙じ茶、麺、菓子、魚加工、酢、酒、麦、ごま、油といった「においのある仕事」が身近にあった。いま東京は消費とブランドの都市として残り、製造の多くは外へ移った。

だから麦茶工場の見学は、都市考古学のように感じられる。ありふれた飲み物の背後に、家業、穀物取引、直火焙煎、町工場、そしてペットボトル以前の夏の生活が見えてくる。

ペットボトルより古い飲み物

大麦は、日本列島の農耕史の中で非常に古くから存在してきた穀物である。麦茶に近い焙煎麦の飲み物も、近代のペットボトル飲料よりはるかに古い。焙煎した麦の粉を湯で煮た飲み物を平安時代にまでさかのぼらせる説明もあり、また東アジア全体に広がる穀物茶文化の一部として見ることもできる。

近代以降の日本で、麦茶は夏と強く結びついた。カフェインがなく、甘くなく、大量に作りやすい。家庭で煮出し、冷やし、ピッチャーに入れ、何度も注ぐ。冷水用のティーバッグやペットボトル飲料は、その生活習慣をさらに広げた。

日本の夏は蒸し暑く、近年は命に関わるほど過酷になっている。ウェルネスという言葉が流行するずっと前から、家庭には実用的な答えがあった。麦を焙煎し、抽出し、冷やして飲む。麦茶は、蝉の声、扇風機、かき氷、夏休み、花火、テレビの野球中継、グラスの氷の音と並ぶ、夏の音である。

茶葉ではないのに、とても日本的

麦茶は、英語のteaという言葉を少し困らせる。煎茶や抹茶、玉露や紅茶の原料であるチャノキから作られていないからだ。分類上はハーブティーや穀物の抽出液に近い。しかし日本語の日常では、麦茶はやはり「お茶」である。淹れ、注ぎ、分け、冷蔵庫に置き、客に出し、季節と結びついているからだ。

この柔軟さが面白い。日本の食文化では、植物学的な分類だけでなく、使われ方、季節、家庭内での役割によって名称が定まることが多い。麦茶は、食卓でお茶の場所にある。喉を潤す役割を担い、子どもの記憶に入り込む。だから麦茶はお茶なのだ。

韓国のポリ茶、中国の大麦茶など、焙煎した穀物を飲む文化は東アジアに広く存在する。日本ではそれが、特に冷たい夏の家庭飲料として定着した。

職人技は焙煎にある

麦茶の作り方を言葉にすると単純だ。大麦を焙煎し、水や湯で抽出する。しかし単純な食品ほど、実は幅が狭い。焙煎が浅ければ香りが弱く、生っぽい。焙煎が深すぎれば焦げや苦味が立ちすぎる。求められるのは、香ばしく、軽い苦味があり、すっきり飲める琥珀色の味わいである。

昔ながらの作り手は、焙煎の見極めを大切にする。熱は色だけでなく、香り、コク、苦味、後味を変える。直火焙煎や砂窯焙煎は深い香りを生みやすい一方で、経験が必要だ。焙煎する人は、穀物が夏になる瞬間を見ている。

だから工場見学の記事には意味がある。商品をもう一度、労働に戻すからだ。ペットボトルやティーバッグとして売られる飲み物も、もとは誰かが熱を入れ、香りを嗅ぎ、状態を見て、判断した穀物だった。

東京麦茶の数字

2社東京都内に製造拠点を持つ麦茶メーカーの数として報じられた数字
1社今回訪問された江戸川区の小川産業
0伝統的な麦茶に含まれるカフェイン
6月1日麦茶の日として知られる日
麦茶が日本の家庭で最も存在感を増す季節
古代大麦は日本の農耕史の古い層に関わる穀物

消えつつある日本の食の中間層

海外で語られる日本食は、しばしば両極端である。ミシュランの寿司か、コンビニのスナック。懐石か、インスタントラーメン。抹茶の儀式か、自販機のペットボトル。麦茶は、その間にある。高級品ではないが、日常を支える真面目な食品である。

この「中間」に、多くの小さな食品メーカーがいる。焙煎穀物、製粉、麺、調味料、漬物、だし素材、菓子、せんべい、味噌、酢、乾物。毎日写真に撮られるものではないが、日本の日常の味を作っている。

後継者不足、土地の高騰、設備投資、スーパーの価格圧力、消費者の低価格志向。小さな麦茶工場は、懐かしさだけでは生き残れない。伝統を愛すると言いながら、実際には安いペットボトルを買う消費者とも向き合わなければならない。

なぜこの話は少し笑えるのか

「東京には麦茶メーカーが2社しかない」という見出しは、どこか可笑しい。題材が小さいからだ。政治や金融を扱うような真剣さで、麦茶を調べているからだ。そして読者は麦茶をあまりにも知っているのに、その作られ方をほとんど考えたことがないからだ。

しかし、その可笑しさが入口になる。よいローカル記事は、普通のものを真面目に見ることから始まる。これは何か。誰が作っているのか。どこで作っているのか。なぜ2社しかないのか。問いが始まると、冷蔵庫のピッチャーは都市変化の資料になる。

Japan.co.jpの視点

東京の麦茶の話は、静かな話だからこそ全国紙面に載せたい。国は、首脳会談、株価、防衛費、選挙、経済指標だけでできているわけではない。学校帰りの子どもが飲む季節の飲み物も国である。江戸川区でまだ大麦を焙煎している工場も国である。火をどこまで入れるかを知る職人の勘も国である。

7月9日版には、尖閣、AI利益、永住許可手数料、ヒグマ、猫駅長、ポケモン、人間洗濯機が並ぶ。その中で麦茶は、紙面の余白である。読者の目を休ませる一杯である。日本はこういう国でもある、と教えてくれる。琥珀色、香ばしい匂い、知られざる作り手、守る必要があるほど普通になった伝統。

物語は「東京には麦茶メーカーが2社しかない」では終わらない。むしろ、「東京にはまだ2社ある」ことこそが物語なのだ。

読者への要点

項目意味
何が起きたか東京都内に製造拠点を持つ数少ない麦茶メーカーのひとつ、小川産業の工場見学が紹介された。
なぜ重要か東京の中に残る小さな食品製造業と、日常食文化の継承が見える。
麦茶とは焙煎した大麦を抽出する、カフェインを含まない夏の定番飲料。
歴史的背景焙煎穀物を飲む文化は東アジアに広く、日本では夏の家庭飲料として定着した。
編集上の意味何気ない飲み物が、職人技、都市の変化、家業、季節の記憶を映し出す。

Sources and references

この記事は、小川産業を訪問したSoraNews24/ロケットニュース24の記事、東京麦茶と川原製粉所を紹介したShun Gate、麦茶の歴史解説、東アジアの焙煎穀物茶としての基礎情報を参考にしています。