速報を読む際の注意:2026年8月11日に公表されたのは、岩手・宮城・福島の学習プログラム25団体と施設運営28組織による任意回答の暫定集計で、3県全体の無作為抽出調査ではない。金額、監査済み収支、閉鎖見込みを示した調査でもない。回答追加と自由記述を含む詳報が予定されており、本稿は速報の割合と解釈を区別する。

宮城県仙台市の海岸近くに、時間を二つ抱えた校舎が立っている。旧荒浜小学校。2011年3月11日、津波は2階まで達したが、児童、教職員、住民ら320人は上階へ避難し、校舎に残った。いま来館者は、傷ついた壁を見て、震災前後の風景を比べ、地震発生から救助までをたどる。入館料は無料だ。

無料であることは、価値がないことを意味しない。むしろ反対だ。小学生にも、遠方から来た家族にも、次の災害に備えたい自治体職員にも、支払い能力と関係なく扉を開くという政策判断である。しかし無料の扉の向こうでも、建物は傷み、展示は更新され、映像は保存され、職員が説明し、安全を守る。誰かが費用を負担する。

東日本大震災から15年5か月となった8月11日、公益社団法人3.11メモリアルネットワークが発表した速報は、その見えない請求書を初めて財源面から正面に置いた。来訪者収入で「必要費用・負担」の半分以上を賄えたのは、震災学習プログラム団体の36%、施設運営組織の11%。全く賄えていないとの回答は団体ではゼロだったが、施設では39%に達した。

36%来訪者収入で必要費用・負担の半分以上を賄う学習プログラム団体
11%同じ水準に達した震災伝承施設の運営組織
86%活動継続に不安があるとした伝承団体。施設も68%
2年連続2024年に減少へ転じ、2025年も続いた全体来訪者数の減少

53の回答が映す、二つの収支

調査は7月26日から8月10日まで、メール依頼と専用フォームで行われた。回答は学習プログラム25団体――岩手6、宮城16、福島3――と、施設を運営する28組織――岩手6、宮城14、福島8。3.11メモリアルネットワークが実施し、東北大学災害科学国際研究所の佐藤翔輔准教授が助言、みちのく創生支援機構が協力した。

「団体」と「施設」は、同じ仕事の大小ではない。語り部やフィールドワークを担う団体では、予約調整、下見、教材作り、移動、話す人の研修、体験の聞き取り、学校への請求まで、参加者に見える90分の外側に労働が広がる。料金収入があっても、別事業の利益、寄付、無償協力で不足を埋めていた。

施設は固定費が重い。遺構の劣化を抑え、収蔵品を管理し、空調、防災、警備、清掃、デジタル保存、アクセシビリティを維持する。今日の来館者が10人でも千人でも、消せない費用がある。速報では不足分を自治体予算で確保する回答が中心だった。施設の39%が来訪者収入で全く賄えないという数字は、ただちに経営破綻を意味しない。公設・無料なら、そもそも入場券収入を主財源に設計していないからだ。

速報項目学習プログラム団体施設運営組織
来訪者収入で半分以上を賄う36%11%
来訪者収入で全く賄えない0%39%
不足分の主な支え他事業の収入、寄付、無償協力自治体予算
国・自治体の伝承専用予算が「理想」約8割約7割
同予算が将来「現実的」約3割約7割
継続に不安86%68%

最も重い数字は、現在の赤字率ではなく、理想と予想の差かもしれない。団体の約8割は、次世代が担う費用には国・自治体の震災伝承専用予算が理想だと答えた。しかし現実的な財源としてそれを見込むのは約3割。つまり、多くは公共の責任が望ましいと思いながら、将来も参加料、他事業の補填、無償協力に頼ると予想している。施設では、理想も現実も公費が約7割だった。

記憶は公共財だ。訪れた一人だけでなく、まだ来ていない地域と、まだ起きていない災害にも利益をもたらす。その価値の全額を、今日の入場券に載せることはできない。

2011年、記憶は建物より先に動き始めた

2011年3月11日午後2時46分、国内観測史上最大のマグニチュード9.0の地震が起きた。津波と東京電力福島第一原発事故が重なり、約2万人が死亡・行方不明となった。失われたのは人命と家屋だけではない。地区の地図、商店の音、祭り、海との距離感、どの道を逃げたかという身体の記憶も流された。

被災直後から、住民は写真を集め、語り、歩き、訪問者を案内した。行政資料を保存するデジタルアーカイブも整えられた。だが「残す」ことは自明ではなかった。壊れた学校や庁舎は、防災教材であると同時に、毎日目に入る痛みでもある。撤去を望む遺族と保存を求める住民がいる。維持費、安全性、土地利用をめぐる議論が続き、国の教訓集も、行政、商工・観光、住民、専門家を交えた検討と、時間の経過による意見の変化を織り込む必要を記している。

やがて、国営追悼・祈念施設を含む復興祈念公園と中核博物館が形になった。岩手県陸前高田市の東日本大震災津波伝承館は2019年9月、福島県双葉町の東日本大震災・原子力災害伝承館は2020年9月、宮城県石巻市の「みやぎ東日本大震災津波伝承館」は2021年6月に開館した。遺構、展示館、語り部を結ぶ「3.11伝承ロード」も、個々の場所を点で終わらせず、防災学習のネットワークにしようとしてきた。

2011年3月11日 地震、津波、原子力災害。被災地で記録保存と語り部活動が始まる。

2012年 復興庁が発足。復旧、生活再建、産業再生とともに、教訓継承の制度化が進む。

2017年 3.11メモリアルネットワークが年次の伝承活動調査を開始。岩手のデジタルアーカイブ「希望」も公開。

2019~21年 岩手、福島、宮城の中核伝承館が順次開館し、3.11伝承ロードのネットワークが広がる。

2023年 調査対象全体の来訪者数が一つのピークとなる。

2024~25年 来訪者数が2年連続で減少。修学旅行の行き先や関心の変化が重くなる。

2026年 第3期復興・創生期間が始まり、15年目の速報調査が財源と担い手の不安を可視化。

建てる予算と、語り続ける予算

最初の15年は、道路、防潮堤、住宅、土地区画、産業、被災者支援という巨大な復興事業の時間でもあった。国は2011~15年度を「集中復興期間」、2016~20年度を「復興・創生期間」、2021~25年度を「第2期」と位置づけた。2026年度からは第3期へ移った。地震・津波被災地域では第2期までに復興事業が役割を全うすることが目標とされる一方、原子力災害を抱える福島では中長期の仕事が続く。

ここに制度上の境目がある。施設を建設する事業には完成日があり、進捗率を示せる。しかし「忘れない」は完成しない。収蔵品は永久に整理されず、証言は一度録音すれば終わりではなく、社会の問いと新しい災害に合わせて読み直される。15年かけて記憶の器を造った後、その器を30年、50年と動かす運営費は、別の約束でなければならない。

復興庁自体は2030年度まで存続し、2026~30年度の第3期方針もある。したがって「公費がすべて終わった」と言うのは正しくない。ただ、今回の調査主体がいうように、岩手・宮城では従来の復興財源が2025年度で収束する局面を迎えた。期限つき事業から、教育・文化・防災の恒常的な公共サービスへ、勘定科目を渡す時期に来たのである。

来訪者は減った。しかし、人数だけでは価値を測れない

同ネットワークが2026年2月に公表した別の来訪数調査では、対象全体の訪問者が2024年に減少へ転じ、2025年も微減した。2年連続の減少である。コロナ禍に東北への修学旅行が増えた後、高校生以下の来訪は少しずつ低下した。団体では「プログラムの質」、施設では他組織との「協働や紹介」が増加要因として最も多く選ばれた。

ただし、2月調査と8月の財源調査は回答者数が異なる。固定した同一標本の財務と来訪数を結んだパネル分析ではない。15周年報道で短期的に関心が高まった可能性もあり、速報自身、1年後、3年後の見通しが前回より改善した一方、30年後には「わからない」が増えたとする。記念年のにぎわいを恒久財源と取り違えてはならない。

そして来館者数は、重要でも、唯一の成果ではない。ある生徒が津波警報後に家へ戻らず高台へ向かう。学校が避難計画を変える。企業が事業継続計画を見直す。遠隔地の自治体が福祉避難所の失敗から学ぶ。成果が現れるのは数年後、別の地域、最悪の日かもしれない。入場者の増加は測れても、「失われなかった命」は窓口で数えられない。

証言者がいなくなる時、仕事は終わるのか

15年は、世代交代が抽象論でなくなる長さだ。震災当時50歳だった語り部は65歳になる。当時の小学生は社会人になり、震災後に生まれた中学生は、体験していない出来事を自分の言葉で伝え始める。直接体験のない人は「本物」ではないのか。それでは、最後の体験者とともに伝承も終わってしまう。

必要なのは、記憶の複製ではなく、根拠のある継承だ。証言、映像、行政記録、遺構を照合し、「私は見た」と「記録から学んだ」を区別する。若い案内者には、災害史だけでなく、質問への対応、トラウマへの配慮、誤情報の訂正、福島の原子力災害を単純な一つの物語にしない力が要る。

2024年の詳細報告書は、大学生が語り部から学び、修学旅行や研修の案内を有償で担う例を紹介した。ここで「有償」は小さな語ではない。無償協力は共同体の強さだが、それを制度の前提にすれば、時間と生活費に余裕のある人しか残れない。技能に対価を払い、若者が続けられる職務にすることは、証言の尊厳と品質管理の一部である。

入場料一本では支えられない理由
  • 受益が広い:効果は来訪者だけでなく、学校、企業、自治体、将来世代へ及ぶ。
  • 固定費が大きい:遺構・資料の保存、安全、調査、デジタル管理は入館者ゼロの日にも必要。
  • アクセスとの矛盾:高い料金は、学ぶ機会を最も必要とする学校や家族を遠ざける。
  • 外部効果が地域へ流れる:宿泊、飲食、交通の収入は増えても、伝承施設の会計には戻らない。
  • 感情労働が見えない:語り手の準備、移動、聞き取り後のケア、後継者育成は「話した時間」より長い。

次の30年を支える、五層の財源

公費か自助か、という二者択一では足りない。基礎部分を安定させながら、質の高いサービスに収入をつなぐ五層構造が必要だ。

担うもの設計上の注意
1. 複数年の基盤公費遺構・収蔵品の保全、常勤専門職、安全、無料・低額アクセス来館者数だけで年度ごとに切らず、国・県・市町村の責任を明文化
2. 教育としての購入学校のガイド料、交通、教材、事前・事後学習「ボランティア依頼」でなく、教育サービスとして適正な単価を設定
3. 有償の専門プログラム企業の危機管理、自治体研修、研究者向けフィールドワーク収益を基礎財源の代替でなく、内容更新と人材へ再投資
4. 共同基金と寄付小規模団体、緊急修繕、実験的な次世代事業有名施設だけに寄付が集中しない配分と、使途・成果の公開
5. 共有基盤予約、広報、翻訳、デジタル保存、研修、紹介3.11伝承ロードなどの連携で重複費用を下げ、地域間を送客

この仕組みでは、観光を否定しない。被災地を歩き、泊まり、食べ、地域の現在を知ることは、復興と記憶を結ぶ。企業研修には、リスク管理やリーダーシップの価値に見合う料金を設定できる。だが観光と研修の収益は、誰でも学べる基礎サービスを支える補完財源であって、遺構の保存や証言記録を市場の人気投票に委ねる理由ではない。

公費にも危険がある

公的な基盤財源が必要だからといって、行政が唯一の語り手になってよいわけではない。復興の成功だけを並べれば、長期避難、孤立、関連死、生業の喪失、原発事故をめぐる対立や不信が薄くなる。補助金の評価表に合わせて、地域ごとの不都合な記憶が丸められる危険もある。

だから資金契約には、編集・研究上の独立、複数の証言、原資料へのアクセス、地域住民を含む運営、苦情と訂正の仕組みが必要だ。追悼と防災教育、観光と静けさ、全国に通じる教訓と一人だけの記憶は、ときに衝突する。その緊張を消さずに展示することが、成熟した伝承である。

成果指標も変えるべきだ。入場者数と売上に加え、学校の再訪、避難計画の改善、次世代案内者の有償就業、保存資料の利用、他地域の防災施策への反映、訪問後の行動変化を測る。2024年報告書では、回答団体の93%、施設の100%が、伝承活動は来訪者の意識・行動変容に寄与すると考えていた。自己評価であり実証効果ではないが、現場が目指す成果を示している。

記憶をインフラとして扱う

道路は、料金箱に入った金額だけで価値を決めない。堤防も、使われなかった日の売上で廃止しない。図書館は、貸出一冊の収入で蔵書を守らない。震災伝承も同じである。それは追悼の場であり、地域史であり、次の避難判断を速くする社会的インフラだ。

もちろん、速報調査だけで必要予算は算出できない。次の詳報では、施設規模別の固定費、有給・無給労働時間、収入源の金額、自治体契約の年数、修繕引当、学校一人当たり費用を明らかにする必要がある。回答しなかった団体や、すでに休止・移管した施設の事情も重要だ。今回の53回答は、危機の総額ではなく、問いの入口を示した。

旧荒浜小学校の無料の入口に立つと、その問いは簡単になる。誰が、ここを次の子どもへ渡すのか。答えが「来た人が払えばよい」だけなら、訪問者が減った年に記憶も縮む。答えが「誰かの善意」だけなら、語り手が疲れた日に継承も止まる。

15年前、避難した人々は上へ向かった。15年後の制度に必要なのは、同じ明快さだ。命を守る記憶を公共の仕事と認め、基本費を長く約束し、専門性には対価を払い、観光・教育・寄付の収入をその上に重ねる。記憶を残すとは、過去を保存することだけではない。未来の誰かが、警報を聞いた瞬間に正しい方向へ走れるようにすることである。

取材注記と主要資料

本稿は2026年8月12日午前9時18分(日本時間)までに公開された資料に基づく。速報発表本文の冒頭に「2024年アンケート」とあるが、同じ発表の調査名、実施期間、今後の予定はいずれも2026年調査と明記しているため、本稿では2026年速報として扱った。割合は公表値で、端数や複数回答のため人数への単純換算はしていない。政策案と公共財に関する分析はJapan.co.jpによる。