風は見えない。雷は、音として届く。その二つに手足を与え、金色の空間へ放った絵がある。俵屋宗達(たわらやそうたつ)の「風神雷神図屏風(ふうじんらいじんずびょうぶ)」だ。右から風神が身を乗り出し、左では雷神が太鼓を背負う。二神の間には、広々とした金地が残されている。[1][2]
9月11日版の「本日のアート」に、この17世紀の国宝を選んだ。まず目を引くのは、体の勢いである。だが、しばらく眺めると、その勢いを生むのは筋肉や衣だけではないと気付く。何も描かれていないように見える中央の広がりも、二神の動きを受け止めている。
| 作品名・作者 | 風神雷神図屏風/俵屋宗達 |
|---|---|
| 時代・指定 | 江戸時代、17世紀/国宝 |
| 材質・形式 | 紙本金地著色/二曲一双 |
| 寸法 | 各隻:縦154.5 × 横169.8cm |
| 所蔵・寄託 | 建仁寺蔵/京都国立博物館に寄託 |
建仁寺の公式案内による。二曲一双とは、2面で構成される屏風が一対になった形式をいう。所蔵先と寄託先は異なり、建仁寺で展示されているのは高精細複製作品である。[1]
中央の金地まで、動いて見える
風神は緑の体で、大きな袋を両手に持つ。雷神は白い体をひねり、手にばちを構える。周囲には黒い雲がたなびき、衣の端が曲線を描く。二神は画面の左右へ寄せられ、輪郭の一部は端に迫っている。ここから先は、その配置を手掛かりにした本誌の鑑賞である。
もし二神を中央へ集めれば、図柄はもっと説明的になるだろう。宗達の画面では、離れていることが力になる。見る人の目は、風袋から腕へ、太鼓から衣へと移り、金地を横切ってもう一方の体へ向かう。中央は、視線が通過する場所だ。
この金地を、単なる背景と考える必要はない。空の色を写したものでも、地平線で距離を説明したものでもないからこそ、風神と雷神のいる場所を一つに固定せずに見られる。金の明るさと雲の暗さが並ぶことで、体の色や輪郭も強く感じられる。
雷神の太鼓を見て音を思い、風袋を見て空気の流れを想像する。画面そのものは静止しているが、見る側の感覚は、描かれていない音や動きへ進んでいく。
自然の力を、神の姿で表す
風神と雷神は、宗達が一から作った登場人物ではない。キヤノン綴プロジェクトの解説は、風や雷・雨をつかさどる自然の神格化であり、日本の仏教では千手観音に従う存在とされてきたと説明する。[2]
この宗教的な背景を知ると、二神を単なる楽しいキャラクターとして見るだけでは捉え切れないことが分かる。人が制御し切れない自然の働きを、体や持ち物を備えた姿にする。そのための図像が、ここにはある。
ただし、本作を科学の図解として読むわけではない。雷神の太鼓は雷の物理的な仕組みを説明しないし、風袋は気象観測の道具でもない。目に見えにくい力を、人が見つめられる形にする。それが、この絵から考えられる表現の働きだ。
名高い作品と、分からないことの多い画家
建仁寺は、本図には落款も印章もないが、宗達の真作とされると説明する。一方、その生涯については不明な点が多い。京都で「俵屋」という絵屋を率い、扇絵や屏風、料紙の下絵などを制作していたと考えられている。確定できない生没年を、ここで一組の数字に固定することはしない。[1]
絵屋という仕事に目を向けると、宗達は名画を一枚ずつ残した人物というだけではなく、使う紙や飾る空間に応じて図柄を考える作り手として見えてくる。扇と屏風では形が違い、巻物では見る順序が生じる。形式は、絵を入れる容器以上のものになる。
制作の由来も、断定には慎重でありたい。綴プロジェクトは、豪商が妙光寺の再興を祈念して注文し、後に建仁寺へ移されたという伝承を、確かなことではないと断ったうえで紹介している。注文主や当初の設置場所を確定した史実としては扱えない。[2]
宗達と光悦――巻物に流れる時間
宗達の別の仕事を見ると、静かな紙面に動きを生む工夫がいっそう分かる。京都国立博物館が所蔵する「鶴下絵三十六歌仙和歌巻(つるしたえさんじゅうろっかせんわかかん)」は、宗達の鶴の絵に本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)が和歌を書いた作品だ。全長は13.5メートルを超える。[3]
同館の福士雄也氏による解説は、巻物を右から少しずつ見るにつれ、鶴が休み、飛び、海を渡るように感じられる仕組みに注目する。似た姿が連続することで生まれる動きは、巻物の形式と切り離せない。[3]
風神雷神図は、そのような連続した場面を描いてはいない。それでも、作品全体の形が鑑賞を導くという点では、並べて考えることができる。一対の屏風では左右の距離が、巻物では見る順序が働く。絵と書の共作も、宗達を単独の天才像に閉じ込めずに知る手掛かりになる。
光琳、抱一へ――写すことが次の表現を生む
宗達は、後に琳派(りんぱ)と呼ばれる表現の系譜を考えるうえで中心となる画家だ。メトロポリタン美術館は、琳派を固定した世襲の組織とは捉えず、関連する様式で仕事をした作り手たちとして説明する。「琳」の字は尾形光琳の名に由来する。[4]
風神雷神図の継承は具体的である。尾形光琳(おがたこうりん)は宗達本を写し、酒井抱一(さかいほういつ)は後に、その光琳本の裏へ「夏秋草図屏風(なつあきくさずびょうぶ)」を描いた。綴プロジェクトが掲載するColBaseの解説によると、雷神の裏には雨に打たれた夏草、風神の裏には風に吹かれる秋草が配されていた。現在は保存のため、表裏を分けた別々の屏風となっている。[5]
ここで本誌が注目するのは、神の姿から、神が起こす力を受ける草へと主題が移ったことだ。同じ風雨を、別の側から描ける。先行作を参照することが、次の作り手の判断を引き出している。
光琳本と宗達本も同一ではない。同じ解説は、宗達本で下方へ向けられていた雷神の視線が、光琳本では風神へ向くという違いを挙げる。並べて見る機会には、まず目の向きを確かめたい。[5]
原本、複製、画面上の画像を分けて見る
建仁寺を訪ねれば常に原本が見られる、という案内は正確ではない。同寺は原本を京都国立博物館へ寄託し、寺では複製を展示すると明記している。寄託されていること自体も、博物館で常時公開されていることを意味しない。訪問前には、それぞれの最新案内を確認したい。[1]
本ページの画像は、Wikimedia Commonsでパブリックドメインと表示された複製画像を使用した。キヤノンの掲載画像ではない。左右の配置と中央の広がりを保ち、全体を見るために掲げている。[7]
スマートフォンで見る小さな長方形と、折りを持つ実物の屏風は、同じ経験ではない。それでも全体を一度見てから細部を追えば、切り抜かれた風神だけでは気付きにくい、雷神との距離を確かめられる。
Japan.co.jpの視点:9月の音、体、エネルギーへ
本日の選定で最も強く響き合うのは、9月22日19時30分〜21時30分、渋谷PARCO9階のSUPER DOMMUNEで予定される「エネルギー体現論」ENERGY EMBODIMENT THEORYだ。出演はRyo Fujimoto、Itti、Takuma Nakata。公式案内は、身体を核とする表現、空間に関わる音、画と音が連動する「auve」を紹介している。[6]
風が体を持ち、雷が打楽器の姿で現れる宗達の絵を、その公演と並べて読む。これはJapan.co.jpによる編集上の結び付けであり、出演者が宗達を参照したという確認済みの事実ではない。公演の詳しい案内は、本版の紹介記事にまとめた。
スポーツを扱う記事では、踏み込む脚やひねる体の力へ。蓄電や電力技術の記事では、目に見えにくい働きをどう表すかという問いへ。この二神から連想を広げられる。ただし、神の姿を現代技術の予言にする必要はない。
宗達の屏風に戻ろう。太鼓と風袋、その間にある金地。描かれたものを見て、描かれていない音や力を感じる。その経験を、今日の別の表現に向き合う目と耳へつなげたい。
