棚田を次の世代に残す。その仕事には、田植えや稲刈りのほかに、人目につきにくい時間がある。愛知県新城市の四谷の千枚田(よつやのせんまいだ)では、今年7月4日、農道、水路、斜面や周辺の林地の草刈りが行われた。地元の保存会が発行する「千枚田だより」は、その共同作業を短く記録している。見晴らしのよい風景を支えるのは、こうした予定を何度も引き受ける人たちだ。[6]
そこへ今年、愛知大学の学生が加わった。県が9月9日に公表した案内によると、1年生9人が3組に分かれ、9月24日に名古屋キャンパスで保全に向けた提案を発表する。県は担い手の減少と野生鳥獣による農作物被害を課題に挙げる。学生の参加は新たな接点になる。ただ、その提案を、翌年も田を耕せる仕組みにどう結び付けるか。四谷が直面する問いは、発表会の先にある。[1]
千枚田の名に刻まれた、復旧の歴史
農林水産省の地域紹介によれば、四谷では室町時代にはすでに水田がつくられていた。かつて千枚を超えたという田の数が、地名に残る。同省は約420枚と紹介しているが、このページには集計時点が示されていない。「千枚」は2026年の耕作枚数を表す数字ではない。[3]
石積みの田が連なる風景には、大きな災害から立ち直った歴史もある。新城市の説明では、1904(明治37)年7月10日、長雨と台風によって山崩れが発生し、11人が亡くなり、10戸の家屋が流失した。沢沿いの棚田も崩壊したが、住民は近隣の支援を受け、約5年かけて復旧した。[2]
いまの景観を、昔からそのまま残った姿とだけ見ることはできない。壊れた場所を直し、再び作物を育てる判断を、地域は重ねてきた。保存という言葉には、過去の姿をとどめる意味と同時に、その都度、手を加えて使い続ける意味がある。
1997年には鞍掛山麓千枚田保存会が組織された。1999年の「日本の棚田百選」に続き、2022年には「つなぐ棚田遺産~ふるさとの誇りを未来へ~」に選ばれた。後者は景観だけでなく、棚田地域を活性化する取り組みなどを評価する制度だ。田を守る活動そのものに光を当てる選定といえる。[3] [4]
共同作業を引き継ぐ難しさ
四谷の保全は、一人の農家が自分の田だけを管理すれば済む仕事ではない。7月の草刈りを実施したのは、中山間地域等直接支払制度の四谷集落協定だ。水路も農道も作業対象となっている。その記録からは、稲を植える区画と、その区画を使えるようにする共同の仕事が一体になっていることが分かる。[6]
同制度は2000年度に始まり、2025年度から第6期対策に入った。農水省は高齢化に配慮し、取り組みやすい制度へ見直したとしている。四谷では今年4月、集落協定の総会と交付金の配布が行われたことも、保存会の会報で確認できる。公的支援は、地元の営農と切り離された抽象的な制度ではない。[10] [9]
とはいえ、資金があれば作業を担う人まで自動的に増えるわけではない。水路のどこを先に見回るか、どの斜面に手間がかかるか。こうした現場の知識を教えるにも時間が要る。外部の参加者が増えたとき、受け入れる側の説明や日程調整の負担まで減る仕組みになっているかを考える必要がある。
学生が知る、草取りの時間
今年の大学連携は、県の東三河総局新城設楽振興事務所と愛知大学が主催する。3月の発表では、現地の草取り、自治体訪問、稲刈り・脱穀などを通じて地域への関わりを深める構成が示された。協力者には、鞍掛山麓(くらかけさんろく)千枚田保存会会長の小山舜二(こやま・しゅんじ)さんが名を連ねる。[8]
「千枚田だより」6月号は、5月30日に学生9人が田の草取りをしたと伝えている。少なくとも最初の現地作業は、景色を眺めるだけで終わっていない。一方、9月に予定された収穫作業は、当初から天候や稲の生育による日程変更が想定されていた。農業の予定は、学期の時間割のようには固定できない。[5] [8]
県が掲げる目標は、新たな「関係人口」を生むことだ。この事業では、学生が住民と課題を考え、地域との関係を深めることを指している。参加者がすぐに移住し、農業を継ぐという意味ではない。[1]
続けて来られる人をどう増やすか。初心者が担当できる作業をどう切り分けるか。熟練者の判断が必要な部分をどう受け渡すか。提案の価値は、目新しさだけでなく、農家が必要な時期に頼れるかどうかで測るべきだろう。学生に将来の担い手として期待することと、学びに来た学生へ過大な責任を負わせないことは、両立させたい。
生き物を守り、作物も守る
小山さんが執筆する8月号は、棚田を生き物の生息空間として捉え、カエルやホタルなどの保全に取り組んできた経緯を記す。同時に、高齢化と鳥獣被害が耕作意欲を損なうことへの懸念も述べている。自然との共生を掲げる現場で、作物を食べる動物への対策が切実な課題になっている。[7]
同じ8月号では、湧き水の減少への心配も示された。景観を紹介する文章では豊かな水が強調されがちだが、耕す側は、その水を今後も使えるかを気にかけている。この会報の記述は地域からの問題提起であり、それだけで流量の変化や原因を科学的に確定できるものではない。[7]
保全の成果を測る際には、参加人数や写真の数だけでは足りない。耕作を続けられた田、減らせた負担、維持できた水路を見ていく必要がある。生き物を観察する活動と、米を収穫するための作業を、同じ場所の営みとして扱うことが大切になる。
地域の外との関係は、すでにある
大学連携の前から、四谷には外部の人を迎える蓄積がある。保存会の4月号によると、横浜ゴム新城工場の社員研修は2006年から続く取り組みだ。7月号では、丸八製菓による商品開発などの支援や、地域振興協議会への参加が紹介されている。教える、買う、通う、作業をする。それぞれ違う関わり方が重なっている。[9] [6]
その輪を広げる際に問われるのは、地域に何が残るかだ。催しの評判が高まっても、翌日の片付けや次の草刈りを同じ人たちが引き受け続ければ、負担は軽くならない。支援の成果を、来訪者の満足とともに、受け入れる側の時間や収入から確かめる視点が要る。
9月24日の発表は、そのための考えを持ち寄る機会になる。次の春に誰が戻り、誰と作業し、何を引き受けるのか。四谷の千枚田を耕し続ける人を増やすには、風景への愛着を、繰り返し果たせる約束へと変えていく必要がある。
- 愛知県:保全プロジェクト最終報告の案内(2026年9月9日)
- 新城市:四谷の千枚田、地名の読みと1904年の災害・復旧の歴史
- 農林水産省:先人の知恵と努力の結晶「四谷の千枚田」(統計の基準日は不明)
- 新城市:「つなぐ棚田遺産」への2022年の選定
- 鞍掛山麓千枚田保存会:「千枚田だより」第273号、2026年6月15日(PDF)
- 同保存会:「千枚田だより」第274号、2026年7月15日(PDF)
- 同保存会:「千枚田だより」第275号、2026年8月15日(PDF)
- 愛知県:大学との保全プロジェクト実施概要、会長氏名・読み(2026年3月25日)
- 同保存会:「千枚田だより」第271号、2026年4月15日(PDF)
- 農林水産省:中山間地域等直接支払制度の沿革と第6期対策
