この大会の成否は、最後の得点板だけでは測れない。相手の速さに驚いたか。自分の技術が通じなかった理由を持ち帰れたか。試合後、通訳を待たずに身振りで名前を尋ねたか。第34回日・韓・中ジュニア交流競技会佐賀大会は、勝敗をつけるための競技会であると同時に、競争の直後に対話を置くよう設計された一週間だった。

会期は8月23日から29日まで。24日午後6時、SAGAアリーナで開会式が行われ、競技は県内6市町へ広がった。日本スポーツ協会(JSPO)が8月20日に公表した参加人数は902人。日本、韓国、中国、佐賀県の4選手団に、視察員などを含めた数字である。選手だけの人数ではない。

実施種目は陸上競技、サッカー、テニス、バレーボール、バスケットボール、ウエイトリフティング、ハンドボール、ソフトテニス、卓球、バドミントン、ラグビーフットボールの11競技。観覧は自由とされ、結果は競技別、日別に公表された。総合優勝国を決める一枚のメダル表より、同世代同士が複数回対戦することに重心を置く。

人数と「11競技」の注意: 1選手団247人、4選手団計988人は標準編成の上限であり、8月20日時点の実参加予定は視察員などを含め902人だった。また、11競技を実施しても、各競技に4選手団が必ずそろうわけではない。公式資料では中国はラグビー不参加、中国女子ハンドボールは派遣取りやめ。理由が公表されていない変更について、本稿は推測しない。資料確認は2026年8月28日午前4時(日本時間)まで。
第34回1993年に始まり、日本、韓国、中国が持ち回りで開催。
902人8月20日時点。4選手団と視察員などを含み、選手数ではない。
11競技球技、ラケット競技、陸上、重量挙げまでを一つの会期に集約。
6市町佐賀市、小城市、鳥栖市、有田町、吉野ヶ里町、武雄市で実施。

4番目の選手団が、大会を地域に引き寄せる

名称には「日・韓・中」とあるが、競技の基本単位は3選手団ではなく4選手団だ。三つの国・地域代表に開催地選抜が加わる。2026年は佐賀県選手団である。日本代表と佐賀県代表は国籍で分かれるわけではない。前者は中央競技団体が全国から推薦し、後者は開催地の競技団体が選ぶ。国際戦と地域育成を同じコートへ重ねる仕組みだ。

日本選手団の派遣要項では、選手は日本国籍を持つ18歳以下、2008年1月1日以降生まれの高校生と定める。ただし、学校への在籍の有無やクラブチームなどの所属形態は問わない。247人の標準編成には選手だけでなく、指導者、本部役員なども入る。この条件を外すと、「約1000人の高校生アスリート」という誤った説明になってしまう。

開催地選抜の存在は、佐賀の選手に国外遠征なしで国際的な基準を突きつける。同時に、代表選手にとっては「日本で一番強い相手」だけでなく、異なる育成環境で鍛えられた同世代と向き合う機会になる。ラグビーの公式記録では日本代表が韓国代表に83対3、韓国代表が佐賀県代表に49対5で勝った一方、中国は不参加だった。大差も欠場も含め、競技力と参加条件の実像を見せるのが交流大会である。

競技市町公式会場大会設計上の特徴
陸上競技佐賀市SAGAサンライズパーク SAGAスタジアム個人種目を日別に実施
サッカー小城市ブラックモンブランフットボールセンター開催地選抜を含む対戦
テニス佐賀市SAGAサンライズパーク テニスフィールド男女の対抗戦
バレーボール鳥栖市サロンパスアリーナ男女別の対戦
バスケットボール佐賀市諸富文化体育館ハートフル男女別の対戦
ウエイトリフティング有田町焱(ほのお)の博記念堂男女の階級別競技
ハンドボール吉野ヶ里町吉野ヶ里町文化体育館中国女子の派遣取りやめ後、女子は3選手団
ソフトテニス佐賀市佐賀県立森林公園テニスコート団体総当たり方式を予定
卓球佐賀市SAGAサンライズパーク SAGAプラザ試合の合間に合同練習も設定
バドミントン武雄市ケーブルワン・スポーツパーク男女の対抗戦
ラグビーフットボール佐賀市SAGAサンライズパーク ボールフィールド中国不参加。日本、韓国、佐賀で実施

「交流」は、閉会のあいさつではなく競技日程に埋め込む

国際親善は、開会式で旗を並べただけでは生まれない。強い相手と戦うことは観察の密度を上げる。サーブの軌道、間合い、試合中の声、敗戦後の振る舞いまで、映像では分からない情報が同じ会場にある。だが、それだけなら通常の国際大会でも起きる。

この競技会の特徴は、競技後の「フレンドシップ交流」を公式日程の内側に置くことだ。2026年は競技最終日の27日に設定された。卓球では試合の合間に合同練習も組まれた。勝つために分けた選手団を、学ぶためにもう一度混ぜる。競争と交流を別事業にしないところに設計の意味がある。

2023年の和歌山大会では、開催地の高校生が司会を務め、日本語を韓国語、中国語へ通訳した。各競技から選手を出して4選手団混成のチームをつくり、紙コップを積むゲームやフラフープリレー、3カ国に関するクイズを行ったとJSPOは報告している。選手の感想には、英語や身振りで作戦を伝えたこと、名前を尋ねる機会ができたことが残る。

ただし、過去大会の成功例を、そのまま佐賀大会の成果として書くことはできない。佐賀の交流会で誰が誰と話し、何を持ち帰ったかを示す参加者調査は、取材締め切り時点で公表されていない。「交流を実施した」と「相互理解が深まった」は同じ文ではない。後者には、参加者の経験を後日確かめる作業が要る。

試合は相手を「韓国代表」「中国代表」と呼ぶ。交流の最小の成果は、その主語を一人の名前へ変えることだ。

1993年から34回、途切れた3年が示すもの

JSPOによると、大会は1993年に始まり、日本、韓国、中国が持ち回りで開催してきた。高校生世代の複数競技を同時に集める国際大会は多くない。中央競技団体が推薦するトップ層と開催地選抜を合わせ、競技力向上と相互理解を二つの目的として掲げる。2026年は3年に一度の日本開催年に当たる。

34という回数は、34回すべてが実施されたことを意味しない。2020年の秋田、2021年の韓国・済州特別自治道、2022年の中国・武漢は、新型コロナウイルス感染症の拡大で3年連続中止となった。2023年、和歌山で4年ぶりに再開。2024年は韓国・慶尚北道、2025年は中国・内モンゴル自治区、そして2026年に佐賀へ戻った。

1993年 — 日・韓・中の持ち回りによるジュニア交流競技会が始まる。

2017年 — 茨城大会に4選手団989人が参加。開会式とフレンドシップ交流を実施。

2020~22年 — 秋田、済州、武漢の3大会が感染症拡大で中止。

2023年 — 和歌山で4年ぶりに再開。実績998人、11競技。

2024~25年 — 韓国・慶尚北道、中国・内モンゴル自治区で開催。

2026年 — 佐賀県の6市町、11競技で第34回を開催。参加者は8月20日時点で902人。

過去参加者には、バレーボールの木村沙織(きむら・さおり)やバドミントンの髙橋礼華(たかはし・あやか)がいるとJSPOは明記する。木村は4大会の五輪に出場し、2012年ロンドン大会で銅メダル。髙橋は松友美佐紀との女子ダブルスで2016年リオデジャネイロ大会を制し、日本バドミントン初の金メダルを獲得した。2024年のJSPO資料は、北口榛花、渡辺勇大、東野有紗も過去参加者として挙げる。

この実績は大会が将来の五輪選手を「生んだ」証明ではない。すでに国内トップ層にいた選手が選ばれるため、後の活躍との間には選抜効果がある。それでも、高校生の時点で国外の同世代と対戦する経験を提供し続けてきた事実は残る。大会の価値は有名な卒業生の数だけでなく、代表に残らなかった多数の選手が受け取った基準にもある。

SAGA2024の「後」を試す大会

佐賀開催は、2023年7月に決まった。県の記者会見によれば、JSPOから開催の打診があり、県は施設整備が進み、2024年の国民スポーツ大会・全国障害者スポーツ大会後も会場を使えることを理由に受け入れた。SAGAアリーナで開会し、SAGAスタジアム、SAGAプラザ、ボールフィールドなどへ競技を展開した今大会は、全国大会のために整えた施設を国際交流へ転用する実地試験でもある。

県は2018年から「SAGAスポーツピラミッド(SSP)構想」を進める。人材育成、就職支援、練習環境の充実を柱に、トップ選手の育成と、スポーツを「する」「育てる」「観る」「支える」裾野の拡大を結びつける政策だ。開催地選抜が国外の同世代と戦い、県民が自由に観戦でき、6市町の施設が同時に使われる大会は、その構想と重なる。

ただし、施設が埋まることと、地域にレガシーが残ることも同義ではない。今後問われるのは、佐賀の選手がこの対戦をどの育成計画へ接続するのか、通訳や輸送、暑熱対策の経験を次の大会運営へ残せるのか、県外・国外選手の滞在が地域にどんな効果をもたらしたのかである。招致数だけでなく、学びを記録して初めて「大会後」が始まる。

大会を評価する四つの物差し
  1. 競技:同世代の国際基準を、選手と指導者が具体的な練習課題へ変えたか。
  2. 交流:交流会の実施数ではなく、参加者の接触とその後の認識を確かめたか。
  3. 安全:WBGT(暑さ指数)に応じた中断・中止を含む暑熱対策を、結果とともに検証したか。
  4. 地域:SAGA2024後の施設、人材、運営知を県内スポーツへ還元できたか。

スポーツにできることを、小さく正確に言う

スポーツ交流は外交交渉の代わりにならない。歴史認識、安全保障、貿易をめぐる国家間の問題を、17歳の試合に解かせるべきでもない。選手が握手したことを、3カ国関係の改善と読み替えるのは過大評価である。

それでも、政治情勢が変わっても繰り返せる制度には意味がある。毎年、開催国が交代する。運営側は受け入れる側と訪問する側を順番に経験する。若い選手は、遠いニュースの中の国ではなく、同じ敗戦に悔しがり、同じ練習を反復する相手に会う。合意をつくる場ではなく、相手を単純化しにくくする場だ。

佐賀大会は、完成された理想図ではなかった。標準988人に対して実参加予定は902人。一部競技では派遣取りやめや不参加があり、11競技という看板と実際の対戦表には差が生じた。だからこそ、未参加の理由、暑熱による変更、参加者の声、競技後の交流を公式報告で明らかにすることが重要になる。透明性は交流の失敗を示すのではなく、次の開催国が改善するための共有財産になる。

競技力向上はタイムや得点で追える。相互理解は追跡しなければ見えない。二つを同じ目的に掲げるなら、二つとも測る必要がある。

会期を終え、選手団は順次佐賀を離れる。競技結果はPDFに残り、記録は更新される。だが、この大会が34年続いてきた理由は、優勝国を一つ決めるためではない。勝敗の直後に、対戦相手をもう一度「人」として見る時間を置くためだ。

国名を背負って会場に入り、一人の名前を覚えて帰る。その変化は小さい。小さいからこそ、誇張せず、途切れさせず、次の開催地へ渡す価値がある。