勝者には本戦、敗者には最後の四大大会の終わりが待っていた。現地8月28日に行われた全米オープン男子シングルス予選決勝で、坂本怜(さかもと・れい、IMG)が錦織圭(にしこり・けい、ユニクロ)を6-4、7-6(3)で破った。
坂本は3試合を勝ち抜き、全米オープンで初めて男子シングルス本戦に入った。ATP公式記録では、第1セットを6-4で取り、第2セットはタイブレークを7-3で制した。フルセットに持ち込ませないストレート勝ちだった。
錦織は2026年シーズン限りでの現役引退を表明している。大会主催者は試合後にコート上で功績をたたえるセレモニーを行い、この試合を錦織の四大大会における最後の一戦と位置づけた。
タイブレークで決めた本戦切符
第1セットを取った坂本に対し、錦織は第2セットをタイブレークまで運んだ。しかし、最後の短期決戦を坂本が7-3で制し、2セットで試合を終えた。予選決勝という重圧の中で、セットを落とさず本戦への最後の一歩を踏み切った。
ATPが掲載した試合後の錦織の説明によると、坂本は速い展開とサービスで主導権を握り、錦織にリズムを与えなかった。錦織は、坂本とは長く面識があり、IMGで何度も練習した間柄だと振り返った。
日本人同士の対戦であっても、予選の勝敗が持つ意味は変わらない。坂本に譲られた出場枠ではなく、3勝して獲得した本戦枠である。錦織にとっても、引退興行ではなく勝敗を争う公式戦だった。
坂本、3試合で示した修正力
坂本の予選は、ジェイ・クラーク戦の4-6、6-3、6-4から始まった。第1セットを落とした後に立て直し、逆転で2回戦へ進んだ。続く予選第23シードのアレクサンドル・ミュレー戦は6-3、6-3で突破した。
初戦は逆転、2回戦はストレート、決勝はタイブレークを取り切る勝利。異なる展開の3試合を通じて、坂本は一つの勝ち方に頼らず本戦へ到達した。ATPは20歳の坂本を次世代選手群「#NextGenATP」の一人として紹介している。
本戦の公式組み合わせでは、1回戦でオーストラリアのアレクサンダー・ブキッチと対戦する枠に入った。予選突破は到達点であると同時に、5セット制の本戦で力を測る出発点でもある。
| 選手 | 予選1回戦 | 予選2回戦 | 予選決勝 |
|---|---|---|---|
| 坂本怜 | クラークに4-6、6-3、6-4 | ミュレーに6-3、6-3 | 錦織に6-4、7-6(3) |
| 錦織圭 | オフナーに6-1、2-6、6-2 | アントニウスに6-4、6-4 | 坂本に4-6、6-7(3) |
憧れた選手と同じ育成拠点へ
IMG Japanの公式プロフィールによると、坂本は15歳のとき、錦織に憧れて盛田正明テニス・ファンドの支援を受け、米国のIMGアカデミーへ留学した。2024年には全豪オープンのジュニア男子シングルスで日本人初優勝を果たし、同年9月にプロへ転向した。
身長195センチの坂本は、強いサービスだけでなく、ミスを抑えて粘れる総合型を目指す選手として紹介されている。錦織戦の結果を、単に長身選手の力勝負と見るのは正確ではない。予選3試合で、崩れた後の修正と重要局面の集中を示した。
日本テニス協会の2026年強化体制では、錦織が男子ナショナルチーム、坂本が男子ネクストジェンチームのメンバーに記載されている。二人の経路は重なるが、競技上の役割とキャリアの段階は異なる。
錦織がニューヨークに残した基準
錦織にとって全米オープンは、選手生活を象徴する大会だった。2014年、男子シングルスで決勝に進み、日本勢として初めて四大大会シングルス準優勝を記録した。ATPは、アジア男子で初めて四大大会シングルス決勝へ進んだ選手とも位置づける。
翌2015年には世界ランキング自己最高4位に到達。ATPツアーで12度優勝し、2016年リオデジャネイロ五輪では銅メダルを獲得した。日本男子が世界の上位で継続的に戦えるという基準を更新した。
最後の全米オープンは、本戦の特別枠ではなく予選ワイルドカードから始まった。1回戦ではセバスチャン・オフナーにフルセットで勝ち、2回戦ではマイケル・アントニウスをストレートで退けた。最後まで本戦出場を争った過程も、単なる記念出場とは異なる。
- 2014年全米オープン男子シングルス準優勝。
- 2015年に世界ランキング自己最高4位。
- ATPツアーのシングルスで通算12勝。
- 2016年リオデジャネイロ五輪男子シングルス銅メダル。
- 2026年シーズン限りでの現役引退を表明。
試合後に語った「次」の役割
ATPの試合後取材で、錦織は坂本との対戦を楽しみにしていたと説明し、坂本の速いプレーとサービスを評価した。さらに、将来は日本やアジアのテニスを何らかの形で支えたいとの考えを示した。
一方で、アジア勢に世界上位の男子選手が少ない現状への懸念にも触れ、坂本が優れた選手になれるとの期待を述べた。これは正式な指導契約や引退後の役職発表ではない。現時点では、将来像についての本人の意向として扱うべきだ。
大会側は試合後のセレモニーで錦織の全米での歩みをたたえた。予選会場での敗戦を、2014年の決勝だけでなく、その後も故障から復帰を重ねて競技を続けた時間まで含めて送り出す場となった。
「世代交代」が隠す二つの事実
坂本が錦織を破った構図は、世代交代という見出しに収まりやすい。しかし、その言葉は二つの事実を曖昧にすることがある。一つは、坂本が錦織との関係性ではなく、試合の内容と3連勝によって本戦を得たこと。もう一つは、錦織の引退後も日本男子の世界上位層が自動的に埋まるわけではないことだ。
一試合の直接対決は、ランキング、年間成績、四大大会での継続性をそのまま引き継ぐ儀式ではない。坂本に必要なのは「次の錦織」という呼称ではなく、自分のサービス、リターン、5セットへの適応を積み上げる時間である。
同時に、錦織が切り開いた育成経路は残る。海外拠点、民間ファンド、国際ジュニア大会、プロ転向後のチャレンジャー参戦をつなげる仕組みが、坂本の成長にも関わってきた。個人の物語だけでなく、その経路を次の選手にも開けるかが日本テニスの課題となる。
本戦で問われるのは「その次」
予選突破には明確な価値がある。前年は予選2回戦で敗れた坂本が、今回は三つの異なる試合を勝ち切った。全米オープン本戦という次の水準へ、結果で進んだ。
本戦ではブキッチとの1回戦が組まれた。勝敗だけでなく、予選で機能したサービスと速い展開を、より長い試合で維持できるかが焦点になる。予選を抜けた20歳にとって、ここから得る経験はランキング以上に次の大会へ持ち越される。
錦織の最後の全米は、坂本の最初の全米本戦へつながった。ただし、感情的な連続性と競技上の成果は分けて見るべきだ。8月28日に確定したのは、坂本が勝者であり、本戦出場者になったという事実である。
2014年 錦織が全米オープン男子シングルス準優勝。
2024年 坂本が全豪ジュニア男子単、全米ジュニア男子複で優勝。
2026年4月30日 錦織が今季限りでの引退を発表。
2026年8月28日 坂本が予選決勝で錦織を破り、初の全米本戦へ。
本戦1回戦 坂本はアレクサンダー・ブキッチとの対戦枠に入る。
- 全米オープン公式 — 錦織圭、最後の四大大会を終えてセレモニー
- ATP Tour — 錦織の試合後取材、2026年8月28日
- ATP Tour — 全米オープン予選通過者と決勝結果
- 全米オープン公式予選ドロー/男子シングルス本戦ドロー
- IMG Japan — 坂本怜公式プロフィール
- 日本テニス協会 — 2026年ナショナルメンバー
本稿は2026年8月29日までに公表された大会、ATP、日本テニス協会、所属先の一次資料を基に独自に執筆した。選手名の読み、所属、スコア、ドロー、経歴、引退時期は公式資料で照合した。日本語の直接取材は行っておらず、英語での発言を日本語の直接引用として再構成していない。
