旅人が着いても、最初に渡されるのは観光地図とは限らない。長野県安曇野市、標高約1000メートルの山岳リゾートでは、客室清掃、食器洗い、バックヤードの片付けが夏の募集に並んだ。北海道厚沢部町では、かぼちゃ、山ごぼう、大根、とうもろこし、キャベツ、じゃがいもの収穫、選別、箱詰め。長野県小海町の高原ゴルフ場では、バッグを運び、クラブを拭き、カートを掃除する。
これは「本物の日本」を演出した体験商品ではない。2026年8月、人材マッチングサービス「おてつたび」が避暑地特集で紹介した実際の仕事である。名前は「お手伝い」と「旅」をつないだ造語だ。季節的な人手不足を抱える事業者が、短期の有給仕事と寝床を用意する。旅行者は応募し、原則として現地までの交通費を自分で負担し、決められた時間に働き、空き時間に地域を歩く。
仕組みは素朴だが、成長の背景にあるものは大きい。縮む地方の働き手、繁忙期の人員を確保できない観光業、家計より速く上がる旅費、そして人々を北へ、高原へ向かわせる夏の暑さである。
運営会社によると、2026年6月の全体申込数は前年同月の1.7倍になった。50代以上では2.1倍。7月時点の登録者は11万人を超え、登録事業者は47都道府県で2900を超えた。
仕事そのものを目的地にする
普通の観光が売るのは、完成した表面だ。整った客室、盛り付けられた料理、道の駅に並んだ収穫物。「働く旅」は、その裏側から始まる。ベッドは次の客のために整えなければならず、朝食の皿は片付けなければならない。野菜は勤務表ではなく、天候に合わせて熟す。
この逆転が「おてつたび」の核心だ。有名な名所がない土地でも、旅先になれる。そこに本当に必要な仕事があり、外から来た人を受け入れる事業者がいて、客と店員という関係を越えるだけの時間があればよい。
会社によると、募集期間は最短1泊2日から2カ月未満、平均滞在は約2週間。農作業、宿泊施設の接客や清掃、漁業、水産・食品加工、キャンプ場、飲食店、ゲストハウス、酒蔵などに広がる。受入先は報酬と宿泊場所を用意し、参加者は通常、交通費を負担する。報酬は地域別最低賃金以上とされる。
したがって、単なる「無料の寝床交換」ではない。勤務時間、仕事内容、賃金、休日、部屋、食事、交通は、旅の雰囲気ではなく労働条件である。滞在が心に残り、同時に身体的にきついこともある。涼しい山の朝でも、客室清掃は反復作業だ。美しい畑にも、重い箱、泥、虫、雨、収穫期限がある。
| 旅人が持っていくもの | 受入先が用意するもの | 事前に確かめること |
|---|---|---|
| 時間、労働、交通費、知らない生活へ入る意欲 | 有給の仕事、寝床、説明、職場での指揮・安全管理 | 契約形態、時給、時間、業務、食事、部屋、取消条件 |
| 観光名所以外の地域への関心 | 土地の知識と日常に触れる入口 | 休日の移動、通信、医療、暑さや天候の危険 |
| 免許など、募集で指定された技能 | 法令を守った安全な職場 | 写真や口コミと、実際の仕事・宿泊環境の差 |
「どこそこ?」と言われた故郷から
おてつたびの歴史は、地方出身者なら胸に刺さる一言から始まる。創業者の永岡里菜は1990年、三重県尾鷲市に生まれた。大学進学で首都圏へ出て、出身地を話すと「どこそこ?」と返された。
永岡にとって尾鷲は、知らない町ではなかった。祖父母、山と川、地域の花火、夏休みの記憶だった。知る人にとって豊かな場所が、ほかの人の地図には存在しない。その距離が事業の種になった。
大学卒業後、イベント企画会社で働き、のちに和食の普及事業に関わった。2017年に会社員生活を離れ、東京の家を引き払い、夜行バスで全国を巡った。テレビ東京の取材では、長野県上田市のトマト農家との出会いが紹介されている。夏の農繁期、農家は早朝から夕方まで働き続けていた。人手不足は統計ではなく、熟す作物より時間が足りない一人の姿だった。
永岡は、不足を「出会いの入口」に読み替えた。知られていない地域へ行くには二つの壁がある。行く理由が見つからない心理的な壁と、時間と費用を払う金銭的な壁だ。仕事があれば、報酬と宿泊で後者を低くし、地元の人に話しかける自然な理由によって前者も越えられる。
会社は2018年7月に設立され、実証を経て2019年1月30日にベータ版サイトを開いた。登録者は2024年4月に5万人を突破。2025年5月には7万8000人、導入宿泊施設1000件超を発表し、同年、第5回日本サービス大賞の優秀賞を受けた。2026年2月は9万4000人、5カ月後には11万人を超えた。
2017年 ・ 永岡里菜が会社員を辞め、地方を巡る。
2018年7月 ・ 株式会社おてつたびを設立。
2019年1月 ・ ベータ版マッチングサイトを公開。
2024年4月 ・ 登録者5万人を突破。
2025年 ・ 第5回日本サービス大賞・優秀賞。
2026年2月 ・ 登録者9万4000人、事業者2200超。
2026年7月 ・ 登録者11万人、事業者2900超。
2026年8月 ・ 北海道や高原を集めた「避暑地」特集。
地方の人手不足には「旬」がある
日本の人手不足は、全国共通の状態として語られがちだ。だが、地方の産業ではカレンダーの形をして現れる。農家は短い収穫期に多くの手を必要とするが、その人数を一年中雇えない。旅館は6月には静かでも、夏休み、紅葉、年末年始には満室になる。小さな町が、6週間の繁忙期のためだけに住宅と定住労働力をすぐ増やすことはできない。
構造的な数字は厳しい。農林水産相は、2025年農林業センサスの基幹的農業従事者が102万1000人で、5年間に25.1%減ったと説明した。減少の約7割は65歳以上が占めた。確定値でも、農業経営体の減少と、少数の大規模経営への集約が続く。宿泊業では、観光需要の回復で人手不足が一段と表面化したとして、観光庁が2026年も省力化設備や共同システムを補助している。
短期の働き手は、ちょうどこの問題の交差点で役に立つ。必要な時期、決まった仕事、都市と同じ利便性では競えない場所に人を動かせる。日本サービス大賞は、知名度が低い地域でも、募集人数に対して平均200%超の申込みがある点を評価した。
しかし、プラットフォームが人を無から生むわけではない。自由になる数週間、健康、移動費、未知を楽しむ余裕がある人を、別の場所へ動かしている。短期の助っ人は、地方の住宅、交通、低い生産性、事業承継、農業・宿泊業の長期的な収益性を解決しない。圧力を逃がす弁であり、採用経路であり、ときには最初の出会いだが、人口減少の治療薬ではない。
2026年夏、「少しでも涼しい所」で働く
2026年は、気候と物価が「働く旅」の意味を強めた。気象庁によると、7月の平均気温は北・東・西日本で「かなり高かった」。北海道を含む北日本も例外ではなく、7月中旬は平年差プラス3.7度で、1946年の統計開始以来、同期間として1位タイとなった。
したがって、「涼しい」は相対的な言葉で、安全を保証しない。それでも、高度と緯度は都市の密集した暑さから逃れたい人にとって意味がある。8月の特集には、標高約1000メートルの安曇野のホテル、1300メートルの小海町のゴルフ場、清里高原の宿、北海道の野菜農園が並んだ。仕事は1日4~6時間程度の客室清掃から、畑の収穫・出荷まで幅がある。
もう一つの動機は費用だ。JTBは2026年夏の国内旅行について、一人当たり予定費用が4万8500円と前年より3.2%上がり、旅行者は4.4%減の6900万人になると予測した。調査では41.8%が、今後1年間の旅行支出を減らしたいと答えた。
有給の滞在は、この計算を変えるが、なくしはしない。寝床は原則として提供され、賃金を旅費に充てられる。しかし、電車、飛行機、燃料、遠隔地までの時間は基本的に参加者の負担だ。車がなければ休日に動けない募集もある。休暇が固定された会社員は、受入先が求める全日程と合う仕事を探さなければならない。
会社の夏のアンケートで、50代女性の一人は「真夏の埼玉県から脱出」するため涼しい場所を探したと答えた。別の人は北海道や高地の募集を、次の居住地探しも兼ねて見ていた。普通の旅行需要が弱くても申込みが増える理由がここにある。旅に、休息だけでなく、収入、試住、居場所を求めている。
観光客から「関係人口」へ
観光客と住民の間を、日本の地域政策は「関係人口」と呼ぶ。国土交通省は、移住した定住人口でも、一度来ただけの交流人口でもなく、特定の地域へ継続的、多様な形で関わる人々と定義する。類型の一つに「現地就労」がある。
おてつたびは、その中間地帯への入口として設計されている。仕事が、風景ではなく人との反復接触をつくる。農家は収穫の見分け方を教え、宿の人はチェックイン前の舞台裏を見せる。同僚は検索ランキングに出ない道、店、湯を教える。誰かの役に立った時、社会的な距離は変わる。
会社の参加後調査では、80%がサービスなしでは行く予定のなかった市町村に滞在し、49%は滞在前にその市町村を知らず、70%は初訪問、85%はいつか再訪したいと答えた。ただし、公表資料には標本数、回答率、質問設計など十分な方法が示されていない。全国的な効果の推計ではなく、会社発表の傾向として読むべきだ。
自治体が可能性を見ている証拠はある。会社は70以上の自治体と協定などで連携する。2026年には長野県佐久地域の11市町村からなる広域連合と協定を結んだ。滋賀県北部の事業では、前年度に10代から60代が延べ130日滞在した。徳島県鳴門市の取組は、農林水産省が新設した農山漁村への貢献活動の証明対象にも選ばれた。
客ではない。でも、常勤社員でもない
このモデルは繊細な境界に立つ。「お得な旅行」としてだけ売れば、仕事は不愉快な後出しになる。旅人を交換可能な労働力としてだけ扱えば、地域との関係は消える。良いマッチングには、双方が滞在の正体を率直に示す必要がある。
受入先は具体的な求人を書き、必要な労働条件通知を行い、賃金と安全の法令を守り、宿泊環境を説明し、現場で指導しなければならない。旅人は山の写真より条件を読み、身体的制約を伝え、自由時間が勤務表で決まると理解する必要がある。口コミは役立つが、管理、相部屋、移動、肉体負担の違いを消せない。
明るい造語の下には政策上の問いもある。短期就労プラットフォームは、仕事と旅への入口を広げる一方、常に動ける個人へ負担を移す労働市場にもなり得る。公平さを測る基準は、景色が楽しかったかだけではない。賃金と条件が適法だったか、受入先が旅人に過度な費用を転嫁せず必要な仕事を得たか、地域に回転ドアではなく関係が残ったかである。
- 雇用主、契約形態、時給、予定総時間、給与支払日を確認する。
- 個室か相部屋か、食事、光熱、洗濯の費用と設備を確認する。
- 交通費を含めて旅全体を見積もる。原則、交通費は支給されない。
- 暑さ、雨、重量物、保護具、医療機関へのアクセスを尋ねる。
- 休日の交通を地図で確認する。「観光地の近く」でもバスがないことはある。
- 会社の申込数・調査値は、監査済み成果ではなく会社発表として読む。
最後の勤務が終わったあと
おてつたびの未来は、長さの違う二つの時間で測られる。一つは短い。トマトは摘めたか。部屋は間に合ったか。夏の繁忙期を安全に回せたか。時間、箱、勤務回数で数えられる実務的な成果だ。
もう一つは長く、答えにくい。誰かが戻ってきたか。
再訪、次の季節の再会、遠方からの購入、就職、二地域居住、移住が起きれば、労働のマッチングが人の関係へ変わったと分かる。会社は、就職、二拠点生活、移住、起業に進んだ例を示す。価値ある話だが、選ばれた成功例だけで頻度は分からない。公共的な価値を証明するには、マッチング率と勤務完了率、再訪、受入先の継続、苦情、事故、賃金・労働条件の分布を継続して公表する必要がある。
年齢層の広がりもサービスを変えるだろう。会社によれば参加者の約半数は10代・20代だが、50代以上が急増している。定年後や子育て後の人には、時間、技能、目的のある移動への意欲がある。学生には長い休暇と好奇心がある。両者は同じではない。その違いを理解する受入先ほど、良い仕事を設計できる。
最良のおてつたびは、労働を余暇に偽装しない。仕事を、その土地を理解する扉にする。旅人は賃金と、おそらく筋肉痛と、名所ではなく人間関係で描いた地図を持ち帰る。受入先は、カレンダーが最も厳しい時の助けを得る。その間で、かつて「どこそこ?」と返された町が、帰り道を正確に覚えた一人を手に入れる。
- おてつたび「猛暑の2026年夏、涼しい地域へ」(2026年8月6日)――申込増、避暑地募集、登録者・事業者数、運営モデル、利用者調査。
- おてつたび公式サービス案内、契約形態の案内――最低賃金、宿泊、交通、雇用契約。
- テレビ東京「カンブリア宮殿」創業者・会社沿革。
- 第5回日本サービス大賞「おてつたび」優秀賞。
- 気象庁「2026年7月の天候」。
- JTB「2026年夏休みの旅行動向」。
- 農林水産省・2025年農林業センサスに関する大臣会見、農山漁村への貢献活動・証明書発表。
- 国土交通省「関係人口」の定義、観光庁・2026年観光産業効率化支援。
編集注: Japan.co.jpは、おてつたびの登録数、申込数、アンケート結果、成果を独自監査していない。方法が公表されていない数値は、会社発表であることを本文で明記した。
