地表から700キロ下に、海はない。割れ目を満たす青い水もない。あるのは、都市を丸ごと押しつぶす圧力と、岩石を赤熱させる温度、そして地球の表面からゆっくり沈み続ける冷たい海洋プレートである。それでも、そこでは地震が起きる。
この事実は、地震学が抱える最も古い逆説の一つだ。浅い地震では、冷たく脆い岩盤が摩擦に逆らって滑り、蓄えた弾性エネルギーを放つ。しかし数百キロの深さでは、岩石は圧力で締め付けられ、熱によって長い時間をかけて流動するはずだ。普通の亀裂は開けない。それなのに地震計には、深い一点から始まった急激な破壊が記録される。
岡山大学惑星物質研究所の石井貴之准教授と、北京大学、北京高圧科学研究中心(HPSTAR)の研究者からなる国際チームは、この矛盾を「水の量」ではなく「水の居場所」から解こうとした。2026年7月3日付のNature Communicationsに発表した成果は、プレート内部で鉱物同士が水を受け渡すことが、地震を起こす場所と、プレートそのものが曲がり停滞する場所の両方を左右し得ると報告する。
小さな試料に、地球の深部をつくる
深発地震の震源へドリルを届かせることはできない。そこで研究者は、鳥取県三朝町の実験室に深部の圧力と温度をつくる。使われたのは、複数の硬いアンビルで小さな試料を三次元から均等に圧縮する「川井型マルチアンビル装置」だ。内側の電気炉で加熱し、数十万気圧、1600度を超える条件まで制御できる。
今回の実験は、マグネシウム、ケイ素、水からなる単純化した化学系に約2重量%の水を含ませ、高温高圧下でどの鉱物が安定し、水がどこへ入るかを調べた。岩石そのものを大きく割って地震を再現したのではない。圧力と温度を変えた小さな試料を回収して相と組成を分析し、プレートの断面で起きる反応を組み立てた。
実験を単純化する理由は、自然を軽視するためではない。天然のプレートには鉄、アルミニウム、カルシウム、海洋地殻、堆積物、不均一な割れ目が混ざる。その全てを一度に入れれば、どの変数が水を動かしたか分からなくなる。Mg/Si比と温度を制御することで、チームは水の受け渡しそのものを見える形にした。
| 実験が直接示したこと | そこから導く解釈 |
|---|---|
| 含水鉱物と主要鉱物の間で、水の分配が圧力・温度とともに変化する | プレート内部に、乾いた中心と水を得た外側が形成され得る |
| 遷移層で含水鉱物が段階的に脱水し、ワズレアイトやリングウッダイトへ水が移る | 水による弱化がプレート外側の変形を促し得る |
| 冷たい中心部では主要鉱物がほぼ乾いた状態に保たれる | 乾いたオリビンの遅れた相転移が、多くの深発地震に関与し得る |
| 下部マントル上端付近では含水相が急速に分解する | 約700キロの最深部では脱水流体が直接的な引き金になり得る |
「水」と呼ばれるが、液体ではない
地球深部の水を、地下の湖として想像してはいけない。多くは水素として結晶構造の中に入り、OH基の形で鉱物に束縛される。蛇紋石など水を構造の主要部分として持つ「含水鉱物」がある一方、オリビン、ワズレアイト、リングウッダイトのように名目上は無水でも、結晶欠陥へ少量の水素を取り込める鉱物がある。後者は英語でnominally anhydrous minerals、NAMsと呼ばれる。
少量だから作用も小さいとは限らない。結晶に入った水素は原子の拡散を速め、岩石が変形を始める条件を変え、粘性を下げる「加水軟化」を起こし得る。逆に水を失った主要鉱物は硬くなり、別の相への転換が遅れやすい。プレートの力学にとって重要なのは、総水量だけでなく、どの鉱物がその瞬間に水を握っているかである。
今回の結果が描く冷たい中心部では、特殊な含水鉱物が水を強く取り込み、周囲の主要鉱物をほぼ乾燥させる。プレート全体は「湿っている」のに、地震に関わるオリビンは「乾いている」という、一見矛盾した状態が成立する。2021年に石井らが提案した「湿ったスラブ内の乾いた準安定オリビン」は、今回の水交換実験によって、より連続的な物語になった。
オリビンは、深さとともに別の鉱物へ変身する
海洋プレートのマントル部分をつくる代表的な鉱物がオリビンである。同じ化学組成でも圧力が上がると、原子はより密に詰まった配置を選ぶ。およそ410キロでオリビンはワズレアイトへ、さらに深くでリングウッダイトへ変わり、約660キロでは主にブリッジマナイトとフェロペリクレースへ分かれる。この「相転移」は氷が水になる変化に似ているが、結晶構造と密度が切り替わる固体同士の変化だ。
冷たいスラブ中心部では、温度が低いため反応が追いつかず、オリビンが本来の安定域を越えて残る「準安定オリビン・ウェッジ」ができると考えられてきた。そこへ相転移が始まると、非常に細かな新鉱物の集合体が生まれ、変形が狭い帯へ集中する。急激な弱化、発熱、応力低下が結びつけば、深部でも地震性の滑りが可能になる。これは「相転移断層」と呼ばれる考え方だ。
2026年4月に別の研究チームが発表した約20ギガパスカルの変形実験では、オリビンから生じたナノ多結晶リングウッダイトの薄い層が、約760~860度で不安定滑りと応力低下を起こした。より高温では安定した流動へ移った。今回の水分配研究と同じ実験ではないが、「鉱物の変身」と「急な破壊」を結ぶ独立した証拠として、同時代の議論を補強する。
一枚のプレートに、二つの水の物語
今回の最も大きな前進は、相転移説と脱水説を単純な二者択一にしなかったことだ。410~660キロのマントル遷移層では、冷たい中心部と暖かい外縁部で水の役割が反転する。
- 冷たい中心:含水鉱物が水を抱え込み、主要鉱物は乾く。乾燥によって相転移が遅れ、準安定オリビンが深く運ばれる。転移が始まる場所では、微細粒化と不安定化が地震を促し得る。
- 暖かい外側:含水鉱物が段階的に分解し、水がワズレアイトやリングウッダイトへ移る。水を得た主要鉱物は弱くなり、プレートの曲げや大変形を受け持ちやすい。
- 約660キロ以深:同じ水交換が続かず、含水鉱物が急速に脱水する。生じた流体が、最深部の地震を直接的に不安定化する可能性がある。
つまり、多くの深発地震では「水が噴き出して岩を割る」のではなく、水が別の鉱物に隔離されることで主要鉱物を乾かし、相転移による不安定化の条件を整える。一方、最深部では実際の脱水反応が再び前面へ出る。水は引き金であると同時に、引き金を長く遅らせる管理者でもある。
深発地震をめぐる三つの古典的な答え
研究者は長く、主に三つの仕組みを検討してきた。一つ目は、準安定オリビンの相転移が微細な弱い帯をつくる「相転移断層」。二つ目は、含水鉱物が分解して流体圧を上げる「脱水脆性化」。三つ目は、変形で生じた熱がさらに変形を集中させる「熱暴走」である。
どれか一つが全ての深さ、全てのプレートを説明するとは限らない。震源の深さ分布、地震波から推定する破壊速度、余震の少なさ、プレートごとの温度差は、一つの統一モデルに収まり切らない。2020年のAnnual Reviewの総説も、これらの機構と組み合わせを深発地震の中心課題として整理した。
新研究は、脱水脆性化を捨てるのではなく、その担当領域を描き直す。多くの遷移層地震には乾いた主要鉱物の相転移が有力で、脱水は外側の弱化と最深部の発震に重要だとする。この整理が正しければ、「水があるか、ないか」という問いは粗すぎる。「どの鉱物に、どの深さで、どれだけ入り、いつ解放されるか」と問わなければならない。
深い地震を発見した一世紀
20世紀初頭まで、地震は全て地表近くで起きると考えられていた。米地質調査所(USGS)の歴史整理によれば、オックスフォード大学のH・H・ターナーは1922年、地震波の到着時刻に深い震源の証拠を見いだした。1931年には複数の地震記録から存在が確認され、中深発・深発地震の走時表が組み立てられた。
日本では和達清夫が1920年代後半、震源が日本列島の下へ傾斜して深くなる分布を示した。後にヒューゴー・ベニオフらの研究と結びつき、沈み込むプレートに沿う地震帯は「和達―ベニオフ帯」と呼ばれる。プレートテクトニクスが1960年代に体系化される前から、地震の深さは地球へ沈む板の輪郭を描いていた。
深発地震は小さいとは限らない。2013年5月24日、オホーツク海の下約609キロでマグニチュード8.3の地震が起き、観測史上最大級の深発地震となった。深い震源からの揺れは広い範囲へ伝わる一方、同規模の浅い地震より地表までの距離が長いため、一般に局地的な強い揺れと被害は小さくなる。深さは、規模と並ぶ危険度の重要な条件だ。
1922年 H・H・ターナーが深い震源の証拠を報告。
1920年代後半 和達清夫が日本下の中深発・深発地震を体系的に研究。
1931年 地震記録の解析で深発地震の存在が確認される。
1960年代 和達―ベニオフ帯が沈み込むプレートの地震学的輪郭として理解される。
2013年 オホーツク海下609キロでM8.3の巨大深発地震。
2021~2025年 石井らが湿ったスラブ内の乾いたオリビンと、水分配を段階的に検証。
2026年7月3日 水交換と組成を統合した今回の論文が公開。
660キロで、プレートはなぜ横たわるのか
沈んだプレートは必ずしも下部マントルへ真っすぐ落ち続けない。日本列島下を含む一部では、約660キロ付近で折れ曲がり、横たわるように停滞する姿が地震波トモグラフィーで見える。上下のマントルの密度・粘性差や相境界の浮力が基本要因だが、プレート自身の強さが、突き抜けるか、曲がるかを左右する。
今回の研究では、水を得た外側のNAMsが軟化し、乾いた中心で相転移による細粒化が起きる。異なる仕組みが同じプレートを変形しやすくし、660キロ付近での屈曲と停滞を助ける可能性がある。地震を起こす局所的な不安定と、数百キロ規模のプレート変形を、同じ水分布で説明しようとする点が重要だ。
組成も効く。論文はMg/Si比が含水鉱物の安定性を制御し、ハルツバージャイトが一般的なペリドタイトより効率よく水を深部へ運び得ると報告した。温度が同じでも、プレートがどんな岩石からでき、どれほど海水変質を受けたかで、水の旅程と地震の分布が変わり得る。
温泉研究所から、地球700キロ下へ
実験の舞台となった岡山大学惑星物質研究所は、岡山市の本部から約100キロ離れた鳥取県三朝町にある。ラジウム温泉で知られる町で、1951年に温泉研究所として始まり、1985年に地球内部研究センターへ改組された。複数の組織変遷を経て、2016年に現在の惑星物質研究所となった。
温泉水の化学から地球内部、隕石、小惑星試料、惑星形成へ。対象は広がったが、目に見えない物質の履歴を実験と分析で読む伝統はつながっている。特にマルチアンビルによる高温高圧研究は、地球の深さを小さな試料へ折りたたむ、日本の強みの一つになった。
石井准教授は大学の発表で、今回の成果を5年間の試行錯誤の集大成と振り返った。鉱物間の水のやり取りをどう立証するか、条件を少しずつ変え、実験を繰り返して発想へたどり着いたという。即答が価値を持つAI時代に、答えのない圧力・温度領域を一条件ずつ歩く。その遅さこそ研究の面白さだ、という趣旨の言葉は、地球内部科学の時間感覚をよく表している。
分かったことと、まだ分からないこと
Nature Communicationsの論文は査読を経て6月15日に受理され、7月3日に早期公開された。掲載ページは、最終的な編集前の版であり、今後の組版・校正で誤りが修正され得ると明記している。結論は強いが、自然のプレートをそのまま再現したものではない。
- 単純化:約2重量%の水を含むMgO–SiO₂–H₂O系であり、天然スラブの全成分・地殻・堆積物・割れ目を含まない。
- 時間と大きさ:微小試料の短い実験を、数百万年かけて沈む数十~数百キロ規模のプレートへ外挿するにはモデルと観測が必要。
- 機構:水分配と相安定性を測った研究で、実地震の破壊開始を直接撮影したものではない。「制御」「引き金」は物理的解釈である。
- 予測:個々の地震の日時、場所、規模を予知する技術ではない。地震ハザード情報を直ちに変更する成果でもない。
次の検証には、鉄やアルミニウムを含む現実的な岩石組成、異なる水量、応力を加えた変形実験、地震波で見た準安定オリビン領域との比較が要る。沈み込むプレートごとの温度と含水履歴を組み合わせれば、なぜある場所では地震が深く続き、別の場所では途切れるのかを試せる。
水循環は、海面で終わらない
私たちが知る水循環は、海から蒸発し、雲となり、雨や雪で戻る。しかし地質学の水循環には、もう一つの下向きの矢印がある。海水で変質したプレートが海溝から沈み、水素を鉱物に包んでマントルへ運ぶ。途中で火山へ戻る水もあれば、遷移層を越える水もある。
今回の研究は、その矢印を一本の線ではなく、鉱物間のリレーとして描いた。含水鉱物が水を抱え、主要鉱物を乾かす。温度が上がると受け渡し、受け取った鉱物を柔らかくする。さらに深くで、残った水を急に放つ。ほんの少量の水素が、結晶の強さ、相転移の速度、地震の位置、プレートの姿勢を変える。
700キロ下の地震は、地表の防災を直ちに変える答えではない。だが、岩石が割れないはずの場所でなぜ地球が震えるのかという一世紀の問いに、検証可能な新しい地図を与える。海から運ばれた水は見えなくなっても、消えない。石の中で持ち主を替えながら、地球の動き方を静かに決めている。
取材注記・主な資料
2026年8月12日午前9時18分(日本時間)までの公開情報を使用しました。本稿では、論文が実験で測定した鉱物相・水分配と、著者らが提案する地震・プレート変形機構を区別しています。「岡山大学主導」と単純化せず、岡山大学、北京大学、北京高圧科学研究中心による国際チームとして表記しました。深発地震の分類は資料により異なり、USGSは科学的区分で300~700キロをdeep、広義のdeep-focusを70キロ以深と説明します。本稿の400~700キロは岡山大学発表の対象範囲です。
- Zhuほか:Water exchange process and bulk composition regulate slab dynamics and deep earthquakes(Nature Communications、2026年7月3日)
- 同論文 DOI: 10.1038/s41467-026-74842-y
- 岡山大学:プレート内の「見えない水の流れ」が深発地震とプレート大変形を制御(2026年8月3日)
- Ohtani・Ishii:Role of water in dynamics of slabs and surrounding mantle(2024年総説)
- Hondaほか:オリビン―リングウッダイト相転移と深部地震・弱化の実験(2026年)
- Zhan:Mechanisms and Implications of Deep Earthquakes(Annual Review、2020年)
- USGS:地震の深さの決定と深発地震発見史
- USGS:地震が起きる深さと地表の揺れ
- USGS:2013年オホーツク海M8.3深発地震
- 日本地質学会:和達清夫と深発地震研究の歴史
- 岡山大学惑星物質研究所:研究所概要・沿革
