「日本初」の範囲:3社の2026年2月16日発表によると、これは中型の水素燃料電池式油圧ショベルを、日本国内の実際の建設工事で用いた現場実証として初(コマツ調べ、2026年1月時点)。世界初の水素建機でも、燃料電池ショベルそのものの初走行でもない。試験は2025年12月10~23日に実施された。

その機械が任されたのは、未来を象徴する華やかな掘削ではなかった。群馬県安中市松井田町北野牧、上信越自動車道の落石対策工事。燃料電池ショベルは仮置き場で余った掘削土を移動させ、必要になれば現場で水素を補給した。だからこそ、この実証には意味がある。新しい動力が建設業に入る瞬間は、博覧会の中央ではなく、工程表の一行に組み込まれた時に訪れるからだ。

大林組、コマツ、岩谷産業が公表した結果では、作業性能は従来のディーゼル機と同等だったという。エンジン由来の振動がなく、運転者の疲労軽減につながり、騒音が下がったことで周囲の状況を把握しやすくなったとも報告した。ただし、これらは今回の限定された実証に対する3社の評価であり、長期耐久性、稼働率、燃料費、あらゆる土質や気象条件での性能まで証明したものではない。

この違いは大切だ。建設機械は「動く」だけでは商品にならない。朝一番に始動し、粉じんと雨に耐え、旋回と掘削を何千回も繰り返し、工程を止めず、現場が翌週には別の形へ変わっても燃料を届けられなければならない。今回の試験が突きつけたのは、燃料電池の発電原理よりもはるかに現実的な問いだった。

2025年12月10~23日実際の工事現場で行われた実証期間
約9万5,000m³北野牧工事で撤去する岩塊の計画量
高さ約70m・平均70度道路上部にある急峻な岩塊
約70%国内建設現場のCO₂のうち軽油由来とする3社発表の推計

「現場」という一語が変えたもの

実証場所は研究所の整地されたヤードではない。東日本高速道路(NEXCO東日本)が発注した上信越道北野牧(その2)落石対策工事で、松井田妙義インターチェンジと碓氷軽井沢インターチェンジの間、全長190メートルの北野牧トンネル上部にある岩塊を取り除く大規模工事だ。

NEXCO東日本によれば、道路から約70メートル上、平均勾配約70度の急斜面から、およそ9万5,000立方メートルを撤去する。高速道路を供用したまま作業するため、道路を覆う防護構台、ダンプトラック2台を同時に運ぶインクライン設備、仮設橋などが組み合わされている。2017年に始まり、本格掘削は2023年5月、完成は2029年の予定だ。

燃料電池ショベルはこの工事のすべてを担ったわけではなく、仮置き場での残土移動に使われた。限定された仕事だったから価値が小さいのではない。土量、待ち時間、車両の出入り、安全動線という既存の現場リズムに、新しい機械と高圧水素の補給を差し込めるかを試す、慎重で現実的な第一歩だった。

実験場では機械が主役になる。工事現場では工程が主役だ。水素ショベルは、工程を止めない時に初めて「建設機械」になる。

エンジンを外しても、ショベルの仕事は変わらない

コマツのコンセプト機は、2023年5月に実証開始が公表された。トヨタ自動車の燃料電池システムと水素タンクを、コマツが培った車体、油圧、電動化部品、統合制御に組み合わせた中型油圧ショベルである。燃料電池では、水素と空気中の酸素が電気化学反応し、電気と水を生む。その電気でモーターを回し、モーターが油圧ポンプを駆動する。ブーム、アーム、バケット、旋回、走行を動かす最終段の油圧機構は、油圧ショベルの長い進化の延長にある。

つまり、燃料電池機は「水素で直接アームを動かす」のではない。搭載された小さな発電所が電気をつくり、その電気が従来エンジンの代わりをする。排気管からCO₂を出さず、燃焼爆発に伴う振動と騒音を減らせる一方、油圧ポンプ、冷却ファン、クローラー、作業装置の音まで消えるわけではない。

コマツは、充電時間や搭載エネルギー量が課題になりやすい中・大型機で、水素の高い重量当たりエネルギー密度と短時間補給に期待する。だが今回の公表資料は、燃料電池出力、タンク容量、満充填での連続稼働時間、実際の水素消費量を明らかにしていない。「ディーゼルと同等」は作業性能の評価であり、保有コストや無補給稼働時間まで同等という意味ではない。

方式強みが出やすい場面商用化の主な壁
電池式小型機、屋内、都市部、充電拠点へ戻れる短時間作業充電時間、電池重量、長時間・高負荷作業
燃料電池式中・大型機、長時間作業、短時間補給を重視する現場水素タンク容量、供給設備、燃料価格、規制対応
水素エンジン式既存の内燃機関技術や整備網を生かしやすい用途NOx対策、効率、水素供給、ライフサイクル排出
有線式固定範囲で長時間稼働し、電源を確保できる現場ケーブル取り回し、移動範囲、安全な電源計画

三社がつないだ「仕事のリレー」

実証の構造を見ると、水素建機が一社の商品では完成しないことが分かる。大林組は現場を選び、試験を計画し、施工工程と安全管理を含む全体を統括した。コマツはコンセプト機を持ち込み、運転データと技術支援を担った。岩谷産業は水素を供給し、差圧充填による現地補給を支えた。

差圧充填は、高い圧力の供給側から、より圧力の低い車載タンクへ圧力差を利用して水素を送る考え方だ。文字にすれば単純だが、高圧ガスを扱う実務は温度、流量、接続、漏えい検知、遮断、設備配置を一つずつ管理する作業になる。工場の固定設備と違い、建設現場は掘削が進むたびに地形も車路も資材置き場も変わる。

ここで岩谷産業の歴史が効いてくる。同社は1930年創業、1941年に、当時は副生して捨てられることも多かった水素の販売を始めた。現在は液化水素をマイナス253度で、高圧水素を研究施設で最大135MPaまで扱う技術基盤を持つ。同社は自らを日本で唯一の液化水素サプライヤーと説明する。乗用車向けステーションで蓄積した経験もあるが、建機への補給は現場が移動する点で別の難しさがある。

今回の役割分担
  • 大林組:対象現場の選定、実証計画、実施と総括。今後は補給設備を置ける現場条件と、作業員・協力会社の水素安全技能を整理する。
  • コマツ:中型燃料電池ショベルの提供、試験計画、技術支援。中・大型燃料電池建機の量産化を目指す。
  • 岩谷産業:水素供給と差圧充填の技術支援。液化水素を運ぶ大容量・短時間補給型の移動式ステーションを検討する。

本当の試作機は「給油所」かもしれない

ディーゼル機の強さはエンジンだけにない。軽油は全国で入手でき、タンクローリーや携行設備で現場へ運べ、補給にかかる時間も読める。水素機がディーゼル機を置き換えるには、同じように退屈で確実な燃料物流を築かなければならない。

3社は今回の課題として、車載水素量の増加、補給の高速化、法規制への対応、現場条件に応じた安全で効率的な適地基準を挙げた。高圧水素の製造・貯蔵・移動・消費には高圧ガス保安法体系が関わり、移動式ステーションも一般高圧ガス保安規則の対象になる。設備間の離隔、保安物件との距離、検査、作業手順は、狭く変化する工事現場では「場所の設計」そのものだ。

規制は停止しているわけではない。経済産業省は2025年にも圧縮水素スタンドの圧力や離隔距離に関する規定を改正した。緩和と安全確保は同時に進む。大林組が今後、現場選定基準と人材の安全技能を整え、岩谷産業が東京都の支援を受けて液化水素を運ぶ移動式補給設備を開発するという方針は、今回の主役がショベル単体ではなく「ショベルを一日働かせるシステム」であることを示す。

コマツの百年史に、水素はどうつながるか

コマツの起点は1917年、竹内鉱業が鉱山機械を国産化するために設けた小松鉄工所にある。1921年にコマツとして独立し、1931年には国産初の農耕用トラクター、1943年には日本のブルドーザーの原型となった小松1型均土機をつくった。油圧ショベルは1963年の米ビュサイラス・エリー社との技術提携を経て、1968年に生産を始めた。

その歴史は、エンジンを改良し続けた歴史であると同時に、エンジンへの依存を少しずつ減らす歴史でもある。2008年、コマツは世界初のハイブリッド油圧ショベルを市場投入した。旋回を減速する時のエネルギーを電気として回収し、キャパシタにため、次の旋回やエンジン補助へ戻す。2020年には電動ミニショベルPC30E-5、2022年には交換式バッテリーを使う超小型PC01Eを発売した。

2023年の燃料電池コンセプト機は、突然の方向転換ではない。回生、パワーエレクトロニクス、電動モーター、車体制御という、ハイブリッドと電池式で積み上げた部品を、燃料電池という別の電源へつなぎ替える試みだ。建機メーカーにとって動力源が変わっても、掘削の反力を読み、油圧を滑らかに配り、オペレーターの操作に遅れなく応える技術は残る。

1921年 コマツ設立。鉱山機械の国産化から出発。

1941年 岩谷産業が副生水素の販売を開始。

1968年 コマツが油圧ショベルの生産を開始。

2008年 世界初のハイブリッド油圧ショベルを市場投入。

2020年 電動ミニショベルPC30E-5を国内市場へ。

2023年5月 トヨタの燃料電池システムを載せた中型コンセプト機の実証を開始。

2024年 大林組とコマツが大分道工事で、水素混焼発電機から電動ミニショベルへ給電する実証。

2025年12月 北野牧工事で燃料電池ショベルを実作業・現地充填。

2026年2月 3社が結果を公表し、商用化へ残る課題を提示。

二年前、水素は「機械の横」にあった

大林組とコマツは2024年、大分自動車道の法面補修工事で別の組み合わせを試した。コマツの電動ミニショベルに、現場の可搬式水素混焼発電機から電気を供給したのである。この方式では水素はショベルに載らず、機械の横にある発電設備で使われる。小型機の電池と、現場発電を組み合わせる発想だった。

北野牧では、水素タンクと燃料電池が中型ショベルへ移った。これは単純な進歩の一本道ではない。小型機には電池交換や充電が合理的な場合があり、固定範囲なら有線式が強い。中・大型機で連続負荷が高く、短い補給時間が価値を持つ現場に燃料電池が合う可能性がある。用途ごとに動力を選ぶ「複線化」が、建機脱炭素の現実的な姿だ。

燃料電池と水素エンジンは、同じ水素でも別物

世界の建機メーカーも水素を試しているが、方式は一つではない。ボルボ建設機械は2022年、燃料電池式アーティキュレートダンプHX04の試験を始めた。一方、リープヘルのR 9XX H2やJCBの水素建機は、水素をエンジン内部で燃焼させる。既存エンジンの製造・整備技術を生かしやすい反面、燃料電池式とは効率や排出特性が異なり、窒素酸化物への対策も要る。

コマツ機は水素から電気をつくる燃料電池式であり、電動油圧ショベルの仲間だ。「水素建機」という見出しだけで各社の方式を同一視すると、技術競争の本質を見誤る。これからの比較軸は車両価格だけでなく、稼働時間、補給速度、燃料の炭素強度、保守、騒音、インフラの共用可能性まで広がる。

排気管ゼロと、炭素ゼロの間

燃料電池ショベルは使用時に排気管からCO₂を出さない。しかし、使う水素が天然ガスなどからつくられ、その過程で炭素を排出すれば、ライフサイクル全体の排出はゼロではない。再生可能電力で水を電気分解してつくる水素なら削減余地は大きいが、発電、電解、圧縮または液化、輸送、燃料電池という各段階でエネルギーを使う。

だから今回の実証は、環境性能の最終回答ではなく、必要な計算の入口である。1時間の掘削に何キログラムの水素を使ったか。その水素の製造時排出はどれほどか。補給設備を何台の機械で共有できるか。燃料価格と機械稼働率を含めて、ディーゼル、電池、有線、低炭素燃料より有利か。公表されていない実測値が、商用化判断では最も重要になる。

次の実証で公表してほしい指標
  • 水素1kg当たりの作業量と、一回充填での実働時間
  • 補給に要した時間、供給設備の占有時間、現場内の必要面積
  • 低温・高温・高負荷時の出力と、長期耐久性
  • 水素の製造・輸送を含むライフサイクル温室効果ガス
  • 機械、保守、燃料、補給設備を含む総保有コスト

政策はまず電池式から動いた

国土交通省は2023年10月にGX建設機械認定制度を始め、当初は電池式・有線式の油圧ショベルとホイールローダーを対象にした。同年12月には4社15型式の電動ショベルを初認定した。制度面でも、電気を直接使う建機が先に商品化の入口へ立ち、燃料電池機は実証から基準、供給、量産をつくる段階にある。

コマツは製品使用と生産によるCO₂を2030年までに2010年比50%削減し、2050年のカーボンニュートラルに挑む目標を掲げる。しかし建機の脱炭素は、機械を売るだけでは達成できない。レンタル会社、元請け、専門工事会社、燃料供給者、発注者が、稼働データとインフラ費用を分け合う新しい契約も必要になる。

次の壁は、珍しくなくなること

今回の燃料電池ショベルは、仮置き土を動かした。それは小さく見える。しかし建設機械の革命は、派手なデモンストレーションではなく、同じ仕事を翌日も、来月も、別の現場でも繰り返せる時に起きる。

大林組は水素を安全に使える現場条件と人材を整え、岩谷産業は液化水素を運び大容量・短時間で補給する移動式ステーションを検討し、コマツは中・大型機の量産を目指す。三社の次の仕事は、今回の「日本初」を、誰も見出しにしない日常へ変えることだ。

もし朝の始業前に燃料が届き、オペレーターが特別扱いせずに乗り込み、工程が遅れず、燃料費と炭素排出が計算に合い、次の現場へ機械と補給設備が一緒に移れるなら、水素建機は発明から産業へ移る。北野牧で掘り起こされた本当の問いは、ショベルが水素で動くかではない。水素で働く建設現場を、社会が運営できるかである。

取材注記・主な資料

2026年8月10日午前9時(日本時間)までに確認できた公開情報を使用しました。性能評価と国内初の範囲は3社発表に基づきます。公表されていない出力、タンク容量、燃料消費、費用は推測していません。「使用時のCO₂排出ゼロ」と「ライフサイクルでのカーボンニュートラル」は区別しています。