安全な自動運転を証明するのに、無事故で何キロ走れば十分なのか。十キロか、十万キロか。事故が起きなかった走行だけを数えても、横断しそうでしなかった歩行者、自転車の飛び出し、路上駐車を避ける急な進路変更、運転者の介入といった「事故になる前の兆候」は見えにくい。
NTTモビリティ株式会社と、MS&ADインシュアランス グループのあいおいニッセイ同和損害保険株式会社が9月4日に発表した実証は、この測り方を変えようとする。実証車の走行データを単独で眺めず、同損保がテレマティクス自動車保険を通じて蓄積してきた運転挙動、地域のヒヤリハットエリア、走行量などのデータと比較する。
実証は何を比較するのか
NTTモビリティは、トヨタ自動車の「e-Palette(イーパレット)」をベースに改造した車両を提供し、実証全体の企画・統括、運行・管理を担う。あいおいニッセイ同和損保は車両へテレマティクスデバイスを搭載し、走行データを収集する。両社はそのデータを既存のテレマティクスデータと比較し、安全性の検証、改善点の抽出、潜在リスクの分析と発生防止策の検討を進める。
この設計の価値は、車両中心の視点と道路中心の視点を重ねることにある。自動運転システムは、自らのセンサーが何を認識し、どの制御を選び、いつ運転者が介入したかを記録できる。一方、保険テレマティクスは、多数の人間運転車が同じ地域でどのような挙動を示してきたかを集約できる。両者が一致する場所は構造的な難所かもしれない。自動運転車だけに現れる挙動は、システム固有の課題を示す可能性がある。
| 主体 | 公表された役割 | 分析で問われること |
|---|---|---|
| NTTモビリティ | 企画・統括、車両提供、運行・管理、分析結果を踏まえたシステム・運行管理改善 | 車両の判断と運用手順を反復的に直せるか |
| あいおいニッセイ同和損保 | デバイス搭載、走行データ収集、既存テレマティクスとの比較、リスク分析・防止策 | 人間運転の大量データを妥当な比較基準にできるか |
ただし、比較項目は公表されていない。速度、急加減速、横加速度、制御解除、運転者介入、接近距離などのうち、何をどの頻度で取得するかは不明である。安全性スコアの式、合格基準、比較対象となる車両・期間・道路条件も未開示だ。ここを埋めずに「安全を数値化した」と結論づけることはできない。
レベル2は、レベル4への近道ではない
レベル2では、システムが前後と左右の制御を支援しても、運転者が常に周辺を監視し、必要な対応を行う。レベル4では、定められた運行条件の範囲内でシステムがすべての動的運転タスクと安全確保を担い、運転者は要らない。この間には、センサー性能だけでなく、遠隔監視、車内安全、運行管理、故障時停止、保守、事故対応、行政許可という大きな隔たりがある。
日本では2020年にレベル3が制度上可能となり、2023年4月施行の改正道路交通法でレベル4相当の「特定自動運行」の許可制度が始まった。同年5月、福井県永平寺町で国内初の運転者を配置しないレベル4移動サービスが始まった。政府は2027年度に100カ所以上、2030年度に自動運転車両1万台という普及目標を掲げる。
今回の実証が意味を持つのは、レベル2をレベル4と呼び替えるからではなく、人の監視下で得たデータを使って未熟な部分を露出させられるからだ。安全担当の運転者が介入した事例は「失敗」として隠すのではなく、システムと運用を直すための重要な先行指標になる。
武蔵野は「難しい日常」の試験場
実証エリアは武蔵野市役所から吉祥寺駅周辺。武蔵野市は、住宅密集地に幅員の狭い生活道路が広がり、歩行者、自転車、バイク、自動車が混在すると説明している。吉祥寺駅へ近づけば、路線バス、配送車、買い物客、駐停車、交差点が重なる。整然とした専用道より、低速でも判断の分岐が多い。
市は6月、NTT東日本、NTTモビリティと「地域公共交通への自動運転導入に向けた連携協定」を締結した。市役所―吉祥寺駅周辺では複数車種の走行技術を検証し、武蔵境駅周辺ではスマートポールを使うインフラ協調を別に検証する。将来はコミュニティバス「ムーバス」や既存バス路線への技術活用も視野に入れる。
二つの実証を混同してはならない。今回の保険会社との共同実証は、市役所―吉祥寺駅周辺における車両走行データとテレマティクスデータの比較である。武蔵境駅周辺のスマートポール実証は、市の連携協定に含まれる別の取り組みで、あいおいニッセイ同和損保との9月4日発表には含まれていない。
ムーバス30年、その次を探す街
武蔵野市が新しい交通手段を試すのは初めてではない。1995年11月26日、市民からの一通の手紙をきっかけに、交通空白・不便地域を埋める全国初のコミュニティバス「ムーバス」が吉祥寺東循環で走り始めた。路線は7路線9ルートへ広がり、2024年8月に累計利用者6,000万人を突破した。
だが成功した仕組みも、人手不足から逃れられない。市は2026年4月、運転士不足、渋滞、歩行者・自転車の多い道路での遅れなどを理由に複数路線のダイヤを改正した。吉祥寺北西循環の平日は毎時5本から4本へ、境南西循環は毎時4本から2本へ減った。
自動運転は、この減便をすぐ元へ戻す魔法ではない。実証車に安全担当者が必要なレベル2の段階では、省人化の効果も限定される。それでも、地域交通を持続させるために将来どの業務をシステムへ移せるかを考えるには、混雑した日常の中で安全を測る必要がある。
保険会社は事故後から事故前へ
保険会社の伝統的な仕事は、事故確率を集団として見積もり、損害が起きた後に補償することだった。テレマティクスはそこへ個々の走行挙動と場所の情報を持ち込み、事故前の予防へ領域を広げた。あいおいニッセイ同和損保は2015年、トヨタのT-Connectに対応した「つながる自動車保険」を発表。2026年7月末にはテレマティクス自動車保険の契約台数が約222万台に達したとしている。
契約者には安全運転スコア、助言、保険料割引などを提供し、自治体や警察などと「SAFE TOWN DRIVE」を展開してきた。今回の実証では、人間の運転を採点してきた知見を、自動運転システムと運行環境の評価へ転用する。
ただし、人間向けの保険スコアをそのまま機械へ当てはめればよいわけではない。人間なら自然な減速でも、自動運転車では乗客を不安にさせる場合がある。反対に、規則を厳密に守る不自然な停止が、周囲の車や自転車に予測しにくい動きを誘発することもあり得る。安全性、乗り心地、交通流との協調は、別々に測って総合しなければならない。
若い会社と通年の実証拠点
NTTモビリティは2025年12月15日設立の新会社で、NTT株式会社が100%出資する。車両提供・管理、導入・運用支援、遠隔監視モニタリングなどを一体で提供する役割を持つ。NTTグループが各地で重ねた60件以上の自動運転関連実証を、地域ごとの単発事業から反復可能なサービスへまとめる狙いだ。
2026年6月、NTT武蔵野研究開発センタに「Co-Creation Hub」を開設し、季節や交通条件をまたいで通年検証できる拠点とした。9月3日には、米May Mobility製の自動運転システム(ADS)を搭載した改造e-Paletteで公道実証を始めると発表した。翌日の損保との発表も改造e-Paletteを使うが、二つの発表が同一の車両個体を指すかは明記されていない。確かなのは、通年検証の枠組みに車両試験と損保のリスク分析が並ぶことである。
トヨタが2025年に発売したe-Paletteはレベル2相当の自動運転システムに対応でき、外部開発会社の自動運転キットを載せる車両制御インターフェースと冗長システムを備える。トヨタは2027年度にレベル4準拠システム搭載車の市場導入を目指している。ただし今回使う改造車の詳細仕様と、量産車との差異は公表されていない。
安全比較の落とし穴
- 分母:走行距離だけでなく、交差点、歩行者、自転車、夜間、雨天など危険への曝露量をそろえる。
- 介入:安全担当者が操作を引き継いだ理由と、介入しなかった危険回避を区別する。
- 比較可能性:人間車と実証車の速度、時間帯、ルート、車格、乗客条件を合わせる。
- 稀な事故:衝突件数だけでなく、急制御、最接近、ルール逸脱など先行指標を使う。
- 個人情報:位置・時刻・映像・運転挙動の利用目的、保持期間、匿名化、アクセスを管理する。
安全性評価の難しさは、重大事故がまれであるほど統計的な比較に膨大な走行が必要になることだ。七カ月の一地域実証で、一般的な事故率の優劣まで証明できるとは限らない。だからシナリオ別の危険曝露と、事故になる前の代替指標が重要になる。
一方、保険データも完全な「人間の基準」ではない。契約者の年齢、車種、地域、走行時間帯には偏りがあり得る。急ブレーキ地点が危険な道路を示すのか、慎重な運転者が危険を回避した結果なのかも解釈が要る。比較母集団と補正方法が開示されなければ、スコアの意味は外部から評価できない。
見るべき成果は「無事故」だけではない
1995年 ・ 武蔵野市で全国初のコミュニティバス「ムーバス」が運行開始。
2015年 ・ あいおいニッセイ同和損保が「つながる自動車保険」を発表。
2020年 ・ 日本でレベル3が制度上可能に。
2023年 ・ レベル4の許可制度が施行され、永平寺町で国内初の運転者なしサービス。
2024年 ・ ムーバスの累計利用者が6,000万人を突破。
2026年6月 ・ 武蔵野市、NTT東日本、NTTモビリティが連携協定。
2026年9月~27年3月 ・ 車両データと保険テレマティクスを比較する共同実証。
最終報告で見るべきなのは、事故がゼロだったという一行ではない。何キロ、何時間、どんな天候と混雑で走ったか。どの危険場面をどう分類したか。運転者介入や急制御がどれだけ起き、改善後にどう変わったか。人間運転の比較集団をどう選んだか。乗客、歩行者、自転車利用者の受け止めが変わったかである。
そして改善の責任を分ける必要がある。車載システムで直すのか、運行速度や停留所位置を変えるのか、路上駐車対策や道路インフラで補うのか。危険を「車の欠点」と「街の欠点」に切り分けるのではなく、人・車両・道路・運用の相互作用として扱えるかが、この実証の本当の価値になる。
自動運転の社会受容性は、未来的な車両を見せるだけでは育たない。住民が毎日使う道路で、危険の兆候を測り、何を直したかを説明し、同じ方法を別の地域でも再現できて初めて信頼になる。武蔵野の七カ月は、無人運転の完成を宣言する試験ではない。安全を改善し続ける方法そのものを試す期間である。
- NTTモビリティ・あいおいニッセイ同和損保(2026年9月4日)――実証の目的、期間、エリア、車両、役割、テレマティクス契約台数。
- NTTモビリティ・May Mobility(2026年9月3日)――e-Palette公道実証とADS、Co-Creation Hubでの検証。
- 武蔵野市(2026年6月17日)――連携協定、地域の道路環境、二つの実証、ムーバス等への将来活用。
- 武蔵野市(2026年)――運転士不足等に対応するムーバスのダイヤ改正。
- 武蔵野市(2024年12月16日)――ムーバスの運行開始日、路線数、累計6,000万人。
- 国土交通省「自動運転車両の呼称」――レベル2とレベル3以上の用語・監視主体の区別。
- 国土交通省(2023年5月12日)――永平寺町における国内初の運転者を配置しないレベル4移動サービス。
- 経済産業省「モビリティDX戦略2025」――2027年度100カ所以上の自動運転サービス目標。
- トヨタ自動車(2025年9月15日)――e-Paletteのレベル2対応、車両制御インターフェース、冗長システム。
- あいおいニッセイ同和損保(2015年2月5日)――「つながる自動車保険」とテレマティクス活用の歴史。
編集注: 本稿は2026年9月5日までの公表資料に基づく。実証結果、測定項目、評価式、合格基準、走行距離、運転者介入、事故・ヒヤリハット件数、乗客の有無を推定していない。
