今回、確認できたこと:日機装は、川崎重工業と神戸製鋼所が神戸・ポートアイランドで進めるNEDO助成実証へ3気筒SGV液化水素ポンプスキッドを納入した。両社は2026年1月に運転試験を始め、3月10日までに、液化水素を臨界圧以上へ昇圧し、IFVで加温してウェット燃焼方式の水素ガスタービンへ燃料を供給することに成功した。一方、正確な流量、吐出圧力、ポンプ動力、効率、累積運転時間、停止回数、供給水素の由来、システム全体の熱電効率と原価は公表されていない。ドライ燃焼器への供給、夏季運転、ポンプの長期信頼性試験は発表時点で今後の課題だった。

配管の片側には、絶対零度より約20度しか高くない液体がある。もう片側には、燃焼器が要求する圧力と流量がある。その間で三本のピストンが往復する。外から見ると、日機装が神戸水素エネルギーセンターへ納めた装置は、鋼製フレームにポンプ、モーター、弁、計器、配管をまとめた一台のスキッドにすぎない。

だが水素にとって、ここは相転移の関所である。液体のまま押すのか、先に気化してから圧縮するのか。その順序が、補機が消費する電力、配管の大きさ、気化器の挙動、発電設備の運用費を変える。川崎重工と神戸製鋼所が2026年3月に「世界初」としたのは、ポンプ、臨界圧以上の昇圧、中間媒体式気化器(IFV)、水素ガスタービンを一つの発電用燃料供給系として実際に動かした組み合わせだった。

発表の主語は川崎重工と神戸製鋼所である。しかし、液体水素を動かす心臓を製造したのは、1953年創業の日機装と、その米国子会社群Clean Energy & Industrial Gases(CE&IG)だった。水素社会は、ブランド名の大きな完成品メーカーだけでできるのではない。極低温シール、ピストン、吸込弁、真空断熱、法規適合を引き受ける「名前の見えにくい会社」が、実装の可否を決める。

−253°C1気圧付近で水素が液体として存在する温度
約13barNISTが示す水素の臨界圧(臨界温度33.18K)
3気筒SGV神戸へ納入された容積式液化水素ポンプ
400台超英語発表が示すCE&IGの世界の液化水素ポンプ納入実績

第一の問題:水素は、気体にしてから押すと大仕事になる

常温・常圧の水素は、質量当たりでは高いエネルギーを持つが、体積当たりでは極端に薄い。米エネルギー省によれば、1気圧の沸点はマイナス252.8度。液化すると同じ質量の常温ガスより体積はおよそ800分の1になり、トラックや船で大量に運びやすくなる。日機装の安全資料が使う比率は液体1に対して常温ガス約848である。

その利点は、利用地点で逆向きに現れる。液化水素を気化すれば体積が一気に膨らむ。ガスになってから圧縮機で圧力を上げるには、大きな体積を扱い、相応の仕事を与えなければならない。液体は密度が高く、ほとんど圧縮されないため、小さな体積の段階でポンプが圧力を与えるほうが必要動力を大きく減らせる。これが「先に押し、後で温める」神戸システムの物理的な核心である。

川崎重工と神戸製鋼所は、従来のガス状態で昇圧する方式より大きな圧縮動力を必要とせず、発電システム全体の省エネ性を高められると説明する。ただし、何kWを削減したかは示していない。比較するガス圧縮方式の入口条件、ポンプ効率、IFVの熱源、タービン圧力が分からないため、公開情報だけで削減率は計算できない。

液化水素のポンプは、エネルギーを生み出すのではない。水素がまだ小さな体積でいる瞬間を利用して、後で払うはずだった圧縮仕事を小さくする。

臨界圧13barを越える意味

水素には「液体」と「気体」の境界が消える点がある。NISTの物性表では、臨界温度は33.18K(マイナス239.97度)、臨界圧は13.00bar、約1.3MPaである。この圧力より高くしてから加熱すると、液体が沸騰して二相に分かれる通常の境界を通らず、密度の高い流体から気体的な流体へ連続的に変わる。

2026年の共同発表は、ポンプが「臨界圧以上」へ昇圧したと明記するが、正確な吐出圧を開示していない。臨界圧以上にする目的を発表文は細部まで説明していないものの、物性上は、気化器と配管で液体と気泡が混在する二相域を避け、燃料供給を制御しやすくする方向に働く。これはNISTの相平衡データからの技術的な解釈であり、神戸での脈動低減率や安定性の実測値ではない。

言葉にも注意が要る。装置は「液化水素気化器」と呼ばれるが、臨界圧以上では厳密な液・気相境界を越えない。実務上は、極低温高圧流体へ熱を与え、タービンが受け取れる温度の水素へ仕上げる熱交換器である。装置名は機能と産業上の慣用を表し、分子の経路を完全には表さない。

第二の問題:マイナス253度では、普通のポンプが普通でなくなる

水素の沸点はLNGのマイナス162度より約91度低い。常温で組み立てた金属は冷えると縮むが、材料ごとに収縮量が違う。クリアランスが狭すぎればピストンや弁が固着し、広すぎれば漏れと効率低下を招く。日機装は、極低温ポンプには100分の1ミリ単位の設計精度が必要だと説明する。

材料も変わる。炭素鋼や多くのエラストマーは極低温で脆くなり得る。外から侵入した空気は、ヘリウムを除いて液化水素温度で固まり、水、窒素、酸素の粒子が弁や計器を塞ぐ可能性がある。温かい配管に熱が入れば液体が沸き、吸込側に気泡ができる。容積式ポンプが気泡を吸えば、送液量が乱れ、キャビテーションや部品損傷につながり得る。

さらに、閉じ込められた液化水素は温まると巨大な圧力源になる。H2Toolsは液体から常温ガスへの体積膨張を約848倍とする。通常運転でもボイルオフは発生するため、逃し弁、ベント、漏洩検知、パージ、断熱は付属品ではなくポンプシステムの一部である。スキッドとは、ポンプ単体を置く台ではない。冷たい部分と温かい駆動部、弁、計器、安全系を、試験可能な一つの責任範囲へまとめる方法である。

極低温の課題なぜ起きるか設計・運用で必要になること
熱収縮異種金属が異なる割合で縮む冷間クリアランス、材料組合せ、精密加工
気化・吸込不良熱侵入と圧力低下で気泡が生じる吸込圧の確保、真空断熱、冷却手順
漏洩水素分子が小さく、シール材も低温で変化適合材料、漏洩検知、換気、定期点検
氷・固体の閉塞空気と水分が極低温部で凍結する乾燥、不活性ガスパージ、空気侵入防止
閉塞部の過圧捕捉液が温まり約848倍の気体へ膨張区間ごとの圧力逃しと安全なベント

3本のピストンと、スキッドという製品

日機装が公表した名称は「3-cylinder SGV」。CE&IGの製品資料では、SGVは1、2、3気筒を選べるモジュール式の小型容積ポンプで、液化水素向けに真空ジャケットを備えたコールドエンドを持つ。往復動ポンプは、温かい側のモーターと駆動機構がピストン棒を動かし、冷たい側のシリンダーで吸込弁と吐出弁を交互に開閉して、一定量の液体を押し出す。

三気筒は一つの巨大ピストンではなく、複数の小さな吐出を時間的に重ねる。一般にこれは必要流量を得ながら脈動を滑らかにする設計に使われる。ただし、神戸設備の位相、回転数、ピストン径、ストローク、流量、脈動値は公表されていない。本稿は製品系列の原理を説明しており、非公開の神戸仕様を推定しない。

「スキッド納入」という表現にも産業上の重みがある。ポンプだけでなく、駆動部、潤滑、配管、弁、計装、制御、安全装置を共通の鋼製ベースへ組み、工場で可能な限り統合・検査して現場へ運ぶ。建設現場で一品ずつ接続する範囲を減らし、性能と責任の境界を明確にする。水素インフラの量産化は、珍しい機械を一台作ることではなく、この「繰り返し納められる単位」を作ることから始まる。

日機装はなぜ、この場所にいたのか

日機装は1953年、「特殊ポンプ工業」として始まった。米国製定量ポンプやキャンドモータポンプの輸入販売から国産化へ進み、人工心臓、透析装置、航空機用炭素繊維部品へ事業を広げた。一見ばらばらだが、共通するのは、止まれば人命や生産に影響する流体と精密機器である。

液化ガスでは、1982年に米J.C. Carterと技術提携し、1985年にクライオジェニックポンプ国産1号機を納入したと日機装は記録する。その後、日本のLNG基地の厳しい要求に合わせて改良し、1996年には米国に試験会社を設立。2015年にAtlas Copcoのクライオジェニックポンプ事業、2017年に米Cryogenic Industries Groupを買収し、2021年にCE&IGへ再編した。

つまり神戸の3気筒SGVは、単純な「日本製ポンプ」ではない。米国で蓄積された液化水素向け容積ポンプを、東京の日機装が持つ日本市場の設計部門が、高圧ガス保安法と顧客仕様へ合わせた国際製品である。水素サプライチェーンそのものと同じく、技術も国境を越えて組み上がっている。

納入実績には小さな表記差がある。2026年4月7日の日本語発表は「世界で450台以上」、同じ発表の英語版は「more than 400」とする。どちらも大規模な経験を示すが、数字が一致しないため、本稿の見出し値は保守的に400台超とした。マーケティング上の丸めか更新時点の違いかは説明されていない。

神戸は2018年から、炎より周辺機器を学んできた

ポートアイランドの物語は、新しいポンプから始まったのではない。2017年12月、川崎重工は1MW級水素ガスタービンCGSの実証設備を完成。2018年4月19、20日には、水素100%を燃料に市街地の4施設へ電気と熱を同時供給した。中央市民病院とスポーツセンターへ合計2,800kWの熱、両施設に国際展示場と下水処理場を加えた4施設へ合計1,100kWの電力を送った。

熱は数字以上に具体的だった。スポーツセンターではプール、給湯、暖房へ、病院では給湯、暖房、医療器具の滅菌用蒸気へ使われた。コージェネレーションは、燃料の化学エネルギーを電気だけでなく排熱にも変え、近隣需要がある都市で総合利用率を高める。その代わり、発電機だけでなく病院やプールの時間割まで供給系の一部になる。

当初のウェット燃焼器は、水を噴射して高温部を冷やし、窒素酸化物(NOx)を抑えた。2020年、川崎重工は水噴射を使わず微小な火炎へ分けるドライ低NOx水素専焼技術を実証し、2022年には混合燃料でも試験した。2026年の新しい燃料供給系は、まず既知のウェット燃焼器への供給に成功した。次にドライ燃焼器へつなぐ計画なのは、ポンプの試験が燃焼技術の進化と別々ではないからだ。

1953年 特殊ポンプ工業(現・日機装)創業。

1982~1985年 J.C. Carterとの技術提携を経て、日機装が国産クライオジェニックポンプ初号機を納入。

2015年 Atlas Copcoのクライオジェニックポンプ事業を取得。

2017年 Cryogenic Industries Groupを買収。神戸で1MW級水素CGSが完成。

2018年4月 ポートアイランドの4施設へ水素100%で電気1,100kW・熱2,800kWを供給。

2020年 川崎重工がドライ低NOx水素専焼ガスタービンを実証。

2022年 神戸製鋼所の液化水素IFV開発がNEDO事業に採択。

2023年 1MPa以下のIFV試験を完了。川崎重工との臨界圧以上の地域CGS事業が採択。

2026年1月 ポートアイランドで次世代燃料供給系の運転試験を開始。

2026年3月 ウェット燃焼式水素ガスタービンへの燃料供給成功を発表。

2026年4月 日機装が3気筒SGVポンプスキッドの納入を公表。

IFVは「捨てていた寒さ」を設備へ戻す

液化水素をタービンへ送るには、どこかから熱を受け取らなければならない。神戸製鋼所のIFVは、工業用水などと水素を直接熱交換させず、プロパンなどの中間媒体を挟む。中間媒体が蒸発・凝縮して熱を運ぶため、水側の凍結を避けやすく、極低温流体の冷熱も回収しやすい。これはLNG気化器で蓄積した技術を水素へ移したものだ。

共同発表は、回収した冷熱をガスタービン吸気冷却、冷凍・冷蔵、データセンター冷却、業務・産業空調へ応用できるとする。暑い日はガスタービンへ入る空気の密度が下がり、出力が落ちやすい。液化水素の冷たさで吸気を冷やせれば、輸送のために支払った冷却エネルギーの一部を利用地点で価値へ変えられる。

しかし「可能」と「実績」は違う。2026年3月の発表は、各用途へ実際に何kWの冷熱を何時間供給したか、IFVの熱交換効率、工業用水温度、着氷・凍結挙動を公表していない。夏季の厳しい条件での確認が今後に残ったのも、このシステムが季節で性能を変えるからである。

ポンプで省けるエネルギー、液化で払ったエネルギー

液体昇圧の利点を、水素経済全体の高効率と取り違えてはならない。米エネルギー省は、現在の水素液化に燃料のエネルギー含有量の30%超が使われ得ると説明する。液化後も断熱タンクのボイルオフ、海上・陸上輸送、荷役、ポンプ、気化、燃焼で損失が積み重なる。

日機装のポンプは、この長い損失表の一行を小さくする。IFVは別の一行だった冷熱を回収する。コージェネはタービンの排熱を地域の熱需要へ売る。三つを組み合わせる理由は、液化に払った大きなエネルギーを、利用地点で少しでも無駄にしないことにある。

それでも、供給水素の製造方法が化石燃料由来で、CO₂が回収されていなければ、タービンでCO₂を出さないことだけで低炭素電力とは言えない。2026年の神戸発表は、今回使った水素の製造経路、輸送距離、炭素強度を示していない。これは機器実証の価値を下げないが、環境価値の評価は保留にする。

成功した一回と、銀行が融資できる設備の間

3月のマイルストーンは明確である。実際の液化水素をポンプで臨界圧以上へ上げ、IFVを通し、運転中のウェット燃焼ガスタービンへ供給した。机上のフロー図ではない。一方、発電所設備として必要な耐久性と経済性を示す公開データはまだ薄い。

公開されたこと/まだ公開されていないこと
  • 公開:ポンプは日機装CE&IG製の3気筒SGVで、日機装が日本法規・顧客仕様へ最適化。
  • 公開:2026年1月に試験開始、臨界圧以上へ昇圧し、ウェット燃焼タービンへ供給成功。
  • 公開:液体昇圧、IFV、ガスタービンの設計・運用ノウハウを体系化する目的。
  • 今後:ドライ燃焼方式への供給、夏季条件、液化水素ポンプの長期信頼性試験。
  • 未公開:正確な流量、吸込・吐出圧、回転数、ポンプ消費電力、効率、振動・脈動。
  • 未公開:累積運転時間、起動停止回数、可用率、シール・弁・ピストンリング交換履歴。
  • 未公開:IFVの冷熱回収量、タービン出力・NOx、システムの電気・熱・総合効率。
  • 未公開:設備費、保守費、水素原価、発電・熱単価、供給水素のライフサイクル排出量。

ポンプで最も知りたいのは、最初の成功より、冷却・起動・停止を百回、千回繰り返した後の状態である。低温側の弁は摩耗したか。ピストンリングは何時間で交換したか。暖機・冷却に何分かかり、冷却中に何kgの水素を失ったか。部分負荷で効率と脈動はどう変わるか。予備機なしで保守できるか。長期信頼性試験は、こうした銀行融資可能性の数字を作る段階になる。

CGSには熱需要という別の条件もある。病院は一年中蒸気を使えるが、プールや空調の需要は季節と時間で変わる。発電だけを最大化すると熱が余り、熱に合わせるとタービンとポンプが部分負荷になる。機器単体が高効率でも、地域需要と同期しなければ総合経済性は崩れる。

小さな会社ではない。だが「見えない会社」である

日機装は上場企業で、医療、航空、産業機器を世界に展開する。決して小企業ではない。それでも一般の水素議論では、車名、運搬船名、発電会社名の後ろに隠れる。産業政策にとって重要なのは、この中間層を見つけることだ。ポンプ、弁、シール、熱交換器、計装、制御、安全認証、保守網は、完成品の量産速度と国内付加価値を決める。

日機装の水素ポンプは神戸だけで終わらない。2025年には川崎重工から水素燃料船向けポンプユニットを受注し、液化水素航空機用の高速ポンプ試験も進めた。2026年7月にはCE&IGが、液化水素を含む広い流体向けの次世代サブマージドポンプを発表した。発電所、船、航空機、ステーションは形が違っても、極低温液体を漏らさず、必要な圧力と流量で送る問題を共有する。

ここに日本企業の現実的な機会がある。水素需要の伸びが予測より遅くても、極低温ポンプの技術はLNG、酸素、窒素、アンモニア、宇宙、医療ガスで使える。水素専業の賭けではなく、既存の産業ガス事業から技術とサービス網を移すことで、市場の立ち上がりを待てる。神戸のスキッドは、米国で製造経験を積み、日本で法規と顧客へ合わせる、その企業戦略の縮図でもある。

水素経済の本当の主役は、流れを切らさない

水素社会の構想図は動詞で書かれる。「つくる」「運ぶ」「ためる」「使う」。だが各動詞の間には、別の動詞がある。「送る」「押す」「温める」「計る」「逃がす」「止める」「直す」。これらを担う装置がなければ、サプライチェーンは線ではなく、孤立した箱の列である。

神戸の成果は、水素発電が商用化したという宣言ではない。長期信頼性、夏季性能、ドライ燃焼、コスト、炭素強度はまだ答えを待つ。成功したのは、液化水素を小さな体積のまま押し、臨界点の上を通して温め、既存の水素タービンへ届ける一連の流れである。

その中心にあったのは、巨大な運搬船でも、輝く球形タンクでもない。三本のピストンを持つポンプスキッドだった。エネルギー転換が実験から産業へ移る時、主役はしばしば最も写真映えする機械から、毎朝同じ圧力で流体を送り出す機械へ移る。水素経済が本当に始まるかどうかは、その地味な機械が十年後も動くかにかかっている。

取材注記・主な資料

2026年8月10日午前9時(日本時間)までに確認できた公開情報を使用しました。臨界圧約13barはNIST値、液体から気体への約848倍はH2Tools値です。「臨界圧以上で二相境界を避ける」は物性データに基づく技術的説明で、神戸設備の非公開性能値ではありません。2018年の電気1,100kW・熱2,800kWは当時の実証実績であり、2026年試験の出力とは記していません。日機装の納入実績は日本語版450台超、英語版400台超と異なるため、本文では保守的な400台超を採用しました。