「社会課題」は大きな言葉だが、今回の3団体が向き合う場面は驚くほど個人的だ。もしもの時に伝えられなかった言葉、新人看護師が夜に抱える不安、住む場所によって失われる子どもの創作機会。NECが9月3日に発表した第25期生は、制度の網からこぼれやすい日常を、デジタル技術と伴走支援で事業に変えようとしている。
3団体、3つの「行動できない」
株式会社tayoriは、必要性を感じながら終活に踏み出せない人に焦点を当てる。代表者として発表された直林実咲が手がける「tayorie」は、LINE上の問いに答えながら、思い出、感謝、もしもの時に伝えたい情報を記録・共有するサービスだ。公式サイトでは、簡単な問いへの回答を「たより」にまとめ、指定した時に相手へ届ける仕組みを案内している。NECの説明は、終活を死への準備だけでなく、大切な人との関係を育てる日常へと捉え直す構想を示す。
株式会社ナースXの中道嘉総は、手術室、急性期病棟、訪問看護、介護施設など約10年の現場経験を出発点にした。NECによれば、相談・キャリア支援で400人以上に対応してきた。同社の「マイプリ」は、振り返りへのAIフィードバック、症例トレーニング、24時間チャット相談を掲げる教育支援アプリで、公式サイトは2026年1月15日に公開したとしている。今回の塾では、病院実証を通じて教育者の負担と看護師本人への効果をどう測るかが焦点になる。
特定非営利活動法人LoCoBridgeは、過疎・島しょ地域で、10代がデジタル制作や創作に触れる機会の地域差を縮めようとする。代表理事は末廣優太。本拠は島根県隠岐の島町で、2026年3月設立と公表している。各地の運営者が「みんなのクリエイティブハブ」を開くため、構想、メンター育成、安全管理、機材、評価、資金調達まで支える中間支援組織だ。
NECの3団体は「24団体」の一部である
ここには名称上の注意が要る。NEC社会起業塾は、ETIC.が運営する「社会起業塾イニシアティブ」の企業パートナー枠だ。ETIC.は2026年度、スタートアップコース12団体、インパクトコース12団体の計24団体を採択した。tayori、ナースX、LoCoBridgeは、そのうちスタートアップコースのNEC社会起業塾枠に入る3団体である。
2025年度の刷新で、創業期の事業を形にするスタートアップコースと、既存事業の社会的インパクトを広げるインパクトコースに分けられた。企業名を冠した少数枠と全体の塾生数を混同すると、プログラムの規模も選考の意味も誤る。NECは募集時に最大4団体としていたが、最終的な選出は3団体だった。選考理由の個別採点や応募総数は公表資料にない。
2002年、社会起業がまだ説明を要した時代から
NECとETIC.が協働を始めた2002年度、日本では「社会起業家」という言葉自体が現在ほど一般的ではなかった。特定非営利活動促進法の施行から4年。介護保険制度の開始から2年。行政、企業、NPOの境界を越え、社会課題に事業手法で向き合う担い手をどう育てるかが模索されていた。
NECは同塾を「日本初」の若手社会起業家支援プログラムと位置づける。これはNEC自身の表現であり、独立した網羅的な先行事例調査による認定ではない。ただ、20年以上継続した企業協働型の育成事業であることは確認できる。卒塾生には認定NPO法人フローレンス、認定NPO法人かものはしプロジェクト、認定NPO法人カタリバ、ケアプロ、坂ノ途中などが含まれる。
1998年 — 特定非営利活動促進法が施行され、市民活動の法人格取得が広がる。
2002年度 — NECとETIC.がNEC社会起業塾を開始。
2013年度 — 日本フィランソロピー協会の企業フィランソロピー大賞「社会変革への礎賞」を受賞。
2025年 — 経済同友会のガイダンスが企業・ソーシャルセクター連携の事例として紹介。塾は2コース制へ刷新。
2026年度 — 第25期。NEC社員の新サポートチームが始動。
伴走の核心は、理念を「検証できる仮説」にすること
プログラムの中心は賞金や一度きりの発表会ではない。2026年9月から2027年3月まで、参加者はメンターの助言を受け、仮説を立て、現場で試し、事業計画と戦略を修正する。募集要項は、おおむね創業2~3年以内で実績があり、メンタリングと改善を受け入れ、合宿、研修、報告会に代表者が参加できる団体を対象とした。
社会起業では「必要とされている」と「支払われる」、「利用された」と「状況が改善した」の間に距離がある。終活サービスなら記録数だけでなく家族の実務負担や後悔が減ったか。看護教育なら利用回数だけでなく学習、安全、定着、指導者負担にどう影響したか。創作拠点なら来場者数だけでなく、機会格差と地域の運営力が変わったか。伴走支援の価値は、その距離を測れる設計へ変えるところにある。
AIとデジタルが生む価値、同時に増える責任
2026年度のNEC枠は、AI・デジタル活用などを通じ、NECとの連携で相乗効果を期待できる事業を対象にした。3団体はいずれも条件に重なる。だが、技術は社会的価値の代名詞ではない。むしろ、扱う情報が繊細であるほど説明責任は重くなる。
tayorieが預かる家族の記憶や死後に伝えたい情報には、保存期間、削除、本人同意、相続時のアクセスを含む長期の情報管理が伴う。看護師向けAIは教育支援と診療判断の境界、誤答への対応、監督、個人・症例情報の保護を明確にする必要がある。地域の創作拠点では、機材を置くだけでなく、通信環境、指導者、安全、継続財源の差が再び格差になり得る。
NECとの協働が有効かは、技術提供の量ではなく、これらのリスクをサービス設計、契約、評価指標、現場運用に落とせるかで判断されるべきだ。選出発表は連携への「期待」を述べるが、具体的な共同開発、資金額、データ利用条件は明らかにしていない。
社員サポートチームは、寄付と事業の境界を越えられるか
NECは2026年度から、社員有志の「NECプロボノ倶楽部」に「NEC社会起業塾サポートチーム」を新設した。社員と起業家の対話・共創機会を増やし、起業家だけでなく社員側の学びと変革も促す狙いだという。これは、企業市民活動を外部支援にとどめず、自社の人材、技術、顧客接点を社会課題へつなぐ試みである。
一方、善意のプロボノは、本業の意思決定権や調達予算に届かなければ短期助言で終わる。起業家にとっては大企業対応の時間が増え、かえって現場が圧迫されることもある。成功の尺度は参加社員数ではなく、検証が速くなったか、実装の障害が除かれたか、プログラム後も対等な関係が残るかだろう。
実績数字は「誰を数えたか」まで読む
NECは2026年5月の募集資料で、2025年度末時点の卒塾生数を78、事業継続率を83%と公表した。NECのサステナビリティ・データ集には2025年度の累計卒塾生数を78団体、継続率を82%とする表もある。単位や算定時点・方法の違いが考えられるが、公開資料だけでは差を解消できない。
これは些末な問題ではない。社会的インパクトは、団体数、起業家数、事業継続、売上、政策への影響、受益者の変化でまったく違う姿になる。ETIC.が発表する社会起業塾イニシアティブ全体の「189名」も、NEC枠だけの累計ではない。長期プログラムだからこそ、母集団、基準日、計算式をそろえた時系列開示が必要になる。
2027年3月に問うべきこと
3団体の題材は異なるが、半年後に問うべきことは共通する。誰の行動がどう変わったか。AIやデータを安全に扱えたか。顧客と受益者が異なる場合、誰が費用を負担するのか。都市の本社と地域・病院・家庭の現場の間で、意思決定は対等だったか。そして支援期間が終わっても続く収益と組織ができたか。
25年の歴史は信頼の蓄積である。同時に、過去の卒塾生の名声が新しい3団体の成果を保証するわけではない。NEC社会起業塾の次の節目は、選出時の物語ではなく、2027年3月以降に公開される検証結果で決まる。社会起業を「応援する」文化から、失敗も含めて学びを開示し、調達、制度、地域運営へ実装する文化へ進めるか。第25期は、その転換を測る小さく具体的な試験になる。
