1946年正倉院展の第1回開催
756年光明皇后による献納
約9000件正倉院の宝物
11月9日2026年の会期最終日

碁石を入れた小箱、遠く西アジアの器形を取り入れた水差し、千年以上の時をくぐり抜けた織物。そして、正倉院には「龍」と呼ばれた一匹の動物のミイラまである。10月24日に奈良国立博物館で始まる第78回正倉院展が見せるのは、豪華な宝物だけではない。奈良時代の人々が何を珍重し、何を祈り、どう暮らしたかという、多面的な歴史である。

帝王の遺品だけではない

正倉院の由来を語るうえで欠かせないのは756年だ。聖武天皇の死後、光明皇后は天皇の遺愛品などを東大寺の大仏に献納した。その目録が「国家珍宝帳(こっかちんぽうちょう)」である。だが、今日まで伝わる正倉院宝物のすべてが天皇の私物だったわけではない。東大寺の法会で使用された品々、寺の造営や写経に関する文書、後世に関係する物品も含まれる。

奈良国立博物館が紹介する所蔵品は約9000件。勅封(ちょくふう)による管理と、長年の点検・修理が文化財を守ってきた。ただし、1300年間まったく人の手が触れなかったという意味ではない。守り継ぐとは、開けずに眠らせることではなく、記録し、調べ、必要な保護を施す営みでもある。

漆胡瓶――形は西方、技は東方

今年の中心的な出陳品の一つ「漆胡瓶(しっこへい)」は、持ち手のあるペルシア風の水差しを模した漆器だ。表面には草花や動物、山岳などをかたどった銀板が施され、異なる地域の意匠と技法が一つの器で出会う。博物館はその製作について、中国・唐から伝わった可能性が高いと説明する。したがって「古代ペルシアから直接輸入された器」と単純に断定するのは正確でない。

唐は東西の品物や文化が集まる国際的な帝国だった。日本が受け入れたのは単一の「外国文化」ではなく、幾重もの交流の結果である。漆胡瓶は、その複雑さを視覚で示す。

碁石の文様にも、国際都市の感覚

「紅牙撥鏤碁子(こうげばちるのきし)」と「紺牙撥鏤碁子(こんげばちるのきし)」は、色を施した象牙に細かな文様を彫り込んだ碁石である。囲碁そのものの歴史に関心がある人にも、工芸に魅せられる人にも見逃せない。宮内庁は、「銀平脱合子(ぎんへいだつのごうす) 第2号」が、そこに納められていたと伝わる碁石とともに紹介されると説明している。

宝物を見る視点は二つある。権力者の趣味を物語る高級品として見ること。そして、小さな碁石に精密な手仕事を重ねた職人たちの技術史として読むことだ。

「龍」の正体はニホンテンだった

会場で最も意外な品の一つが「虹龍(こうりゅう)」である。伝承の世界では龍と呼ばれたが、近年の形態的な調査から、ニホンテンのミイラと判明した。奈良国立博物館によれば、体長は約23センチ。雌の可能性が高いという。

この動物が自ら宝庫に入り自然に乾燥したのか、別の経緯で収められたのかは分かっていない。1429年、足利義教が名香「蘭奢待(らんじゃたい)」を切り取った際の記録に「竜日干」が登場するが、その記述と現在の標本を結びつけることも慎重でなければならない。「謎が解けた」と言い切るのではなく、正体が判明してなお来歴には謎が残ると伝えるべきだ。

752年の大仏開眼会と、祈りの道具

「密陀彩絵箱(みつださいえのはこ) 第14号」は、752年の東大寺大仏開眼会で香を献納する際に使われたとされる箱だ。仏教は政治や外交だけでなく、絵画、工芸、労働、資材の流通とも結びついていた。壮麗な儀式の背後には、物を作り、運び、保管した人々の仕事がある。

また「殿堂平面図(でんどうへいめんず)」や「右京計帳(うきょうけいちょう)」に関わる文書は、寺院の建築や平城京の税負担・戸籍行政を知る手掛かりになる。黄金色の工芸品だけが、奈良時代の歴史ではない。

展示の歴史そのものも80年

正倉院展が初めて開催されたのは1946年。戦後間もない時代に、文化財の保護と一般公開を両立させる試みとして始まった。東京開催の年を除いて奈良で続き、今年は第78回となる。展示は収蔵品のすべてを一度に並べるのではなく、点検・研究成果や保存上の条件を踏まえて選ぶ方式だ。

今秋の開幕を機に知っておきたいのは、宝物が「昔からそこにあった」だけではないこと。計測、材質分析、修理、史料の再読解によって、名称や用途の理解も更新され続けている。虹龍の同定は、まさにその一例である。

遠い世界とのつながりを、安易に単純化しない

シルクロードという言葉は魅力的だ。しかし、見慣れない文様があるからといってすべてが西アジア製と証明されるわけではない。器の形、材料、装飾技法、文献記録を別々に調べ、どこで作られ、どう伝わった可能性があるかを考える必要がある。奈良は世界の端にあったのではない。多くの媒介者を経て物と思想が届く東アジアの一都市だった。

訪れる前に確認したいこと

会期は10月24日(土)から11月9日(月)まで。奈良国立博物館の東新館・西新館で、期間中は無休。基本の開館時間は午前8時から午後6時、金・土・日曜日と祝日は午後8時まで。入館は閉館60分前までで、日時指定の入場券が必要となる。訪問前に公式案内で販売状況と最新の注意事項を確認してほしい。

実物の前で見えてくるのは、王朝の華美さだけではない。遠い土地の形を自分たちの技術に取り込んだ職人、行事を支えた人、寺院の記録を残した人、そして宝物の中で思いもよらず歴史の証人になった一匹のテンである。

一次資料・参考文献

2026年10月22日までの公開資料に基づく。作品点数について主催館と宮内庁の掲載数値に相違があるため本文中の断定は避けた。独自インタビューは行っていない。

  1. 奈良国立博物館・第78回正倉院展
  2. 宮内庁・第78回正倉院展のお知らせ
  3. 正倉院展・主な出陳宝物
  4. 奈良国立博物館・英語版公式案内
  5. 正倉院展・開催概要と入場案内
  6. 宮内庁正倉院事務所・宝物データベース