枝にしがみつく一匹の猿。その胸元に、もう一匹の小さな猿がぴたりと身を寄せている。周りには、まだ控えめに咲く桜の花。画面の大半を占めるのは、華やかな春景色ではなく、重みを支える手足と、離れまいとする小さな体だ。江戸後期の画家、森狙仙(もり・そせん、1747〜1821年)の《Monkeys in a Cherry Tree》は、見る者に静かな問いを投げかける。命を描くとは、毛並みの一本一本を描くことなのか。それとも、二匹の間にある距離を描くことなのか。

桜より先に、猿の重みが目に入る

米クリーブランド美術館が所蔵する本作は、1800〜1821年頃の制作とされる、絹本に墨と色彩を用いた掛軸である。画面全体の大きさは縦110.5センチ、横53.4センチ。枝は右側の岩場から弧を描いて伸び、そこに体を預けた大きな猿の胸へ小さな猿が取り付く。枝の曲線と猿の四肢がつくる緊張感が、この作品の芯になっている。

英語の作品名は《Monkeys in a Cherry Tree》。日本語の定着した所蔵館正式題名は確認できないため、本稿では《桜樹の猿》(編集部仮題)と呼ぶ。桜が咲いているからといって、季節の情緒だけで読み終えてはもったいない。細い枝が受け止める二つの体、その互いの位置関係こそが主題に見える。

「母の抱擁」は事実か、鑑賞か

本企画の英語見出しは「A Mother's Embrace」。しかし、所蔵館の作品解説は大きな猿と小さな猿の姿を記述する一方、両者を母子と確定したり、大きい方の性別を特定したりしていない。そこで「母の抱擁」は鑑賞のための比喩として扱いたい。実際に見えるのは、小さな猿が大きな猿の胸にしがみつく姿であり、そこから親密さや保護を感じるのは私たち見る側の経験でもある。

絵は見る者の記憶を呼び起こす。子を抱く親を思い出す人もいれば、兄弟や仲間が支え合う姿を連想する人もいるだろう。森狙仙は結論を描き込まず、観察の細部で関係を想像させる。

猿の画家は何を見ていたのか

森狙仙は大坂を中心に活躍し、とりわけ猿の絵で知られる。江戸時代の絵画には、狩野派の形式、円山応挙らが推し進めた写生への関心、中国絵画の筆法、そして人々の間で流通した動物図像など、複数の表現が共存した。狙仙の作品を、単に「写真のように正確」と褒めるだけでは、その美しさの半分を見落とす。

猿の輪郭を固く切り取らず、柔らかくぼかした筆触で毛並みと身体の量感を示す。骨格を感じさせる手足と、繊細な毛の表現との対比が、岩や枝の硬さまで際立たせる。近くで眺めれば生き物の観察が、少し離れれば余白と線の構成が見えてくる。

江戸の写生と、人間が動物に託した感情

18世紀後半、日本の絵画世界では自然をよく見ることが新しい表現と結びついた。円山応挙(1733〜1795年)に象徴される写生志向は、動物の姿を生き生きと見せる方法として広がった。ただし狙仙の画風が誰にどのように学んで成立したか、個々の作品がどの資料に基づいたかについて、確証のない逸話を史実として語るべきではない。

猿は東アジアの絵画や故事の中で、人を映す動物でもあった。姿かたちの近さに加え、群れで動き、幼い個体を抱く仕草に、鑑賞者は自分たちの生活を重ねる。だからこそ、猿の絵には観察と寓意の両方が入り込む。森狙仙の掛軸を「かわいい」という一言で閉じない理由がここにある。

対になる掛軸が語ること

この作品には、同じコレクションの対幅《Monkeys on a Rock Ledge》がある。美術館の作品番号は、本作が1998.425.1、もう一方が1998.425.2。片方の画面だけを見ると、桜の枝と猿の親密な関係に意識が集中する。二幅を組として考えると、樹木と岩、身体と空間の違いによって狙仙が猿の世界をどう構成したかという、別の問いが現れる。

日本の掛軸は壁に永続的に掛けっぱなしにする絵画とは限らず、季節や場に応じてしつらえられてきた。美術館では保存と展示の事情から個別の作品情報が整備されるが、作品が組で伝わったという事実も鑑賞の一部である。

なぜクリーブランドにあるのか

本作の所蔵先は米オハイオ州のクリーブランド美術館。作品はフレデリック・S・C・ペリーの寄贈品として1998年に収蔵された。日本の美術品が海外の公共美術館にあることは、作品の来歴と海外の日本美術研究の歴史を考えるきっかけになる。ただし現在公開されている作品記録だけで、それ以前のすべての所有者や移動経路を確定できるわけではない。

同館はこの画像をオープンアクセスで公開し、利用・改変・再配布を認めている。作品がパブリックドメインであることと、現在実物が展示されているかどうかは別の話で、公式記録では「Not on view(展示中ではない)」とされている。

小さな枝に、途方もない時間

絵の制作年代は1800〜1821年頃と幅をもって示され、厳密な完成年は特定されていない。江戸の世に生きた画家が観察したかもしれない一瞬が、二百年余りを経て、異国の美術館のデータベースから私たちの画面に届く。静かな作品ほど、時間を超える強さがある。

森狙仙は猿を人間のように描いたのではない。猿の姿を丹念に見たからこそ、人間がそこに自身の感情を見いだせる余地を残した。満開の桜よりも胸に残るのは、一本の枝に託された二匹の重みである。

参考資料・作品データ

美術館の登録情報に基づく。母子関係・雌雄は所蔵館によって確定されていない。取材による独自証言はない。

  1. クリーブランド美術館《Monkeys in a Cherry Tree》(作品番号1998.425.1)
  2. クリーブランド美術館・森狙仙《Monkeys》(作品番号1990.129)
  3. クリーブランド美術館・対幅作品一覧
  4. ウィキメディア・コモンズ:所蔵館寄贈画像とCC0の記録