軽井沢のホテルニュースとしては、驚くほど小さく、そして美しい。万平ホテルは、アルプス館90周年記念企画に合わせ、2026年7月1日からカフェテラスで「ジャムを楽しむスコーンセット」を提供する。価格は税込・サービス料込で2,760円。主役は、信州りんごのジャムと、ルバーブ、かぼちゃ、オレンジを合わせたジャム。スコーンの表面にはアルプス館の刻印が入り、紅茶とともに、軽井沢の暮らしに根付いた甘酸っぱい記憶を味わう企画である。

1894年万平ホテル創業
1936年現在のアルプス館が完成
90周年アルプス館記念企画
7月1日スコーンセット提供開始
2,760円税込・サービス料込
2018年アルプス館が登録有形文化財に

小さなメニューが、大きな歴史を運ぶ

このニュースが面白いのは、単なる季節限定スイーツではないところだ。軽井沢のジャム文化は、明治時代にこの地を訪れた宣教師が製法を伝えたことに始まると万平ホテルは説明している。冷涼な気候の中で果物やルバーブが育ち、別荘客と地元の暮らしが交わり、ジャムは軽井沢土産であると同時に、夏の食卓の記憶になった。

ホテルのプレスリリースによれば、今回のセットでは「信州りんごのジャム」と「ルバーブとかぼちゃとオレンジのジャム」を用意する。ルバーブは昭和初期から軽井沢の冷涼な気候を生かして栽培されてきた野菜で、強い酸味を持つ。その酸味に、オレンジの香り、かぼちゃのまろやかな甘みを重ねる。軽井沢らしい上品さは、豪華さではなく、土地の気候を舌で読むことにある。

万平ホテルの新メニューは、スコーンのニュースでありながら、軽井沢という避暑地がどう生まれ、どう記憶を守ってきたかを語っている。

万平ホテルは、宿場町から避暑地へ変わった日本の物語

万平ホテルの前史は江戸時代にさかのぼる。公式沿革によれば、1764年、旧中山道の軽井沢宿で佐藤万右衛門が「亀屋」という旅籠を開いたことが原点である。やがて明治に入り、カナダ人宣教師アレクサンダー・クロフト・ショーや東京帝国大学のジェームズ・メイン・ディクソンが軽井沢に滞在し、この高原を避暑地として見出していく。

1894年、佐藤万平は亀屋旅館を「亀屋ホテル」に改め、外国人向けの西洋式ホテルとして再出発した。1896年には外国人にも発音しやすいよう「万平ホテル」と名を変えた。ここに、江戸の宿場町から、明治の国際避暑地へと変わる軽井沢の物語が凝縮されている。ホテルとは、単に泊まる建物ではない。町の役割が変わる瞬間を記録する器である。

アルプス館というシンボル

現在のアルプス館は1936年に完成した。設計は久米権九郎。日光金谷ホテルや富士ビューホテルにも関わった建築家で、和と洋を混ぜ合わせた日本のクラシックホテル建築を代表する存在である。万平ホテルは、アルプス館をホテルの象徴と位置づけており、客室には丸みのある温かな照明、ガラス障子、猫脚のバスタブ、軽井沢彫家具など、土地と時代を伝える要素が残る。

アルプス館は2018年に登録有形文化財となり、2024年にはホテル創業130周年を記念して大規模改修を終え、再び客を迎えるようになった。90周年記念のスコーンに「アルプス館」の刻印を入れることは、可愛い演出であると同時に、建物そのものを食卓へ連れてくる行為でもある。宿泊しなくても、カフェテラスでホテルの記憶に触れられる。

ジョン・レノンの軽井沢、そして有名人が普通に歩けた町

万平ホテルを語るとき、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの名前は避けて通れない。長野県公式観光サイトは、二人が軽井沢を訪れる際に万平ホテルに滞在し、カフェテラスでロイヤルミルクティーやアップルパイを楽しんだと紹介している。館内には、レノンが弾いたとされるピアノも展示されている。

この逸話が愛されるのは、スターの豪華滞在としてではなく、彼が軽井沢で「普通の時間」を過ごせたように見えるからだ。自転車に乗る。カフェで紅茶を飲む。森の道を歩く。ホテルのバーで音楽に触れる。万平ホテルの魅力は、歴史が声高に主張しないことにある。そこに座れば、時間の方が少しだけ遅くなる。

なぜ軽井沢はジャムの町になったのか

軽井沢は、海の避暑地ではない。山の避暑地である。湿気の少ない夏、浅間山の風、森、別荘、教会、テニスコート、旧軽井沢銀座。ここでは、洋風文化が日本の生活に柔らかく混ざっていった。パン、紅茶、ジャム、ケーキ、ステーキ、暖炉、木造ホテル、避暑用の家具。そうしたものは、輸入されたまま残ったのではなく、日本の季節感に合わせて変化した。

ジャムはその象徴である。果物を煮て、砂糖で保存し、冬や旅の土産にもできる。瓶に入った色は、畑と庭と台所の記憶を運ぶ。軽井沢のジャムは、観光客にとっては土産であり、別荘客にとっては朝食であり、地元の人にとっては暮らしの味だった。万平ホテルが「ジャムを主役」にするのは、軽井沢らしい選択である。

スコーン、紅茶、ロシアンティー

今回のスコーンセットは、ジャムをスコーンにつけて楽しむだけでなく、紅茶に混ぜてロシアンティーのように味わうことも提案している。これは、とても万平ホテルらしい。西洋式ホテルとして始まった場所で、イギリス風のスコーンを出し、ロシアンティーの飲み方を示し、日本の信州りんごと軽井沢のルバーブを合わせる。国籍は一つではない。だが、全体としては、紛れもなく軽井沢である。

ホテルのカフェテラスという場所も重要だ。食事ではなく「ティータイム」。観光名所を急いで巡るのではなく、席に座り、紅茶を待ち、庭や人の気配を眺める。日本の旅がインバウンドと効率化で忙しくなるほど、こうした時間の価値は高まる。旅の記憶は、名所よりも、何もしなかった30分に宿ることがある。

日本のクラシックホテルという文化財

日本には、ホテルそのものが文化財のように機能する場所がある。日光金谷ホテル、箱根富士屋ホテル、奈良ホテル、東京ステーションホテル、蒲郡クラシックホテル、そして万平ホテル。これらのホテルは、宿泊施設であると同時に、近代日本が西洋と出会い、観光と外交と社交と建築を学んだ場所でもある。

クラシックホテルの価値は、古いことだけではない。古さを現代の快適さに翻訳し続けることにある。空調、耐震、浴室、ベッド、通信環境、食事、サービス。どれも変えなければならない。しかし、変えすぎればホテルの魂が失われる。万平ホテルが2024年の改修後にアルプス館を再び開いたことは、保存と更新の難しいバランスに挑む出来事だった。

軽井沢の午後に合う、静かなニュース

ホテル業界のニュースには、しばしば数字が並ぶ。客室数、投資額、ブランド、ランキング、開業日、稼働率。しかし万平ホテルの今回のニュースは、数字よりも手触りが大切だ。2,760円のスコーンセット。カフェテラス。9時30分から18時まで。数量限定の可能性。信州りんご。ルバーブ。かぼちゃ。オレンジ。アルプス館の刻印。

この控えめなディテールが、ホテルを強くする。巨大リゾートや外資系ラグジュアリーが増える時代に、万平ホテルは別の価値を示す。小さなメニューを通して、土地の記憶と建物の時間を届ける。そこには派手なプールも、巨大なロビーも、夜景のバーもないかもしれない。だが、旅人が「日本に来てよかった」と思う静かな理由がある。

Best Hotels in Japan のなかで、万平ホテルが担う役割

今回の「Best Hotels in Japan」特集では、東京の新しいサステナブル・ラグジュアリー、沖縄のリゾート、羽田の空港ホテル、幕張のイベントホテル、石垣島の島文化ホテルなどを取り上げている。そのなかで万平ホテルは、もっとも小さく、もっとも静かな物語かもしれない。しかし、だからこそ必要である。

日本のホテルの魅力は、最新性だけではない。130年の歴史を持つホテルが、90年前の建物を祝い、明治の宣教師から伝わったジャム文化を思い出し、カフェテラスで紅茶とスコーンを出す。これもまた、日本のホテルの未来である。未来とは、新しい建物だけではない。古い時間を、いまの旅人がもう一度味わえる形にすることでもある。

軽井沢の午後、スコーンにジャムをのせる。紅茶に少しジャムを溶かす。庭を見る。アルプス館の木造の気配を感じる。ニュースは小さい。けれど、旅の幸福は、しばしばこういう小さな場面から始まる。

Sources and references

この記事は、万平ホテル公式発表、PR TIMES、万平ホテル公式沿革・客室情報、長野県公式観光サイトなどを参考にしました。提供内容や価格は変更される場合があるため、訪問前に公式情報を確認してください。

  • PR TIMES: アルプス館90周年記念「ジャムを楽しむスコーンセット」発売。
  • MAMPEI HOTEL: 1764年の亀屋、1894年のホテル創業、1936年のアルプス館、2018年の登録有形文化財。
  • MAMPEI HOTEL: アルプス館客室、久米権九郎、軽井沢彫家具など。
  • Go! Nagano: ジョン・レノン、ロイヤルミルクティー、アップルパイ、万平ホテルの文化的背景。